第121話 砂漠のオアシス re


 なだらかな砂丘さきゅうを越えると、岩山が連なる渓谷けいこくが見えてくる。そこでは多くの掘っ立て小屋と、その周囲で働く人々の姿を見るようになった。強い日差しや砂から頭部を守るように、鼻と口元をおおう布を顔に巻いていた人々は、大型ヴィードルの姿を見慣れているのか、ウェンディゴに無関心で、各々の仕事を黙々とこなしていた。


 我々は隊商の大型ヴィードルのあとに続いて、広く整備された道を進んでいく。

 ウェンディゴの車内から透かして見える掘っ立て小屋の屋根には、赤茶色に腐食したトタンや、色とりどりのボロ切れが使用されていた。どこか異国情緒が漂う光景をぼうっと眺めていると、カグヤの声が内耳に聞こえる。


『浮浪者が集まってつくられた集落なのかな?』

 まずしい身形みなりの子どもたちを見ながら私は言う。

「そうなのかもしれない……この集落には孤児が多いみたいだ」

『ここにいる人たちは、地下にある〈鳥籠〉が目的で集まったのかな?』


「でも、それだけじゃなさそうだ」

 私はそう言うと、人が多く集まっていた通りに視線を向けた。

『市場がある』とカグヤが驚く。

「集落の住人を目当てに行商人がやってきているのかもしれない」


 商人の露店や武装した傭兵集団、ては客引きをする娼婦の姿も確認できた。多くの人間で通りはごった返していて、砂漠地帯だとは思えないほどのにぎわいを見せていた。予想に反して人種は豊かで、アジア系以外の多くの地域の人間がいることも確認できた。


 綺麗な水で満たされた溜池があって、その近くには長蛇の列ができていた。人々は思い思いの容器を手に持ち、飲料水を得ているようだった。


「ここで水を販売しているようですね」と、ミスズが言う。

「そのための長い行列か……」

 溜池を管理している戦闘員の姿も確認できた。おそらく〈鳥籠〉から派遣されている人間なのだろう。


 溜池から地中に向かって太いパイプラインが伸びているのが見えた。あの配管内に水が流れているのだろう。

「水は地下にある施設から供給されているのでしょうか?」

『地下水をみ上げているのかもしれない』とカグヤが言う。

『イーサンの話では、大勢の人間を収容するための核防護施設があるみたいだし、地下には大規模な浄水システムがあるのかも』


「砂漠で暮らす人々の人工的なオアシスですね」とミスズが言う。

「有料のオアシスだけどな」と思わず皮肉を言う。


『オアシスはいつの時代も、そこで暮らす人々の命運を握るための道具として使われてきた場所だよ』とカグヤが言う。

「誰がそんなことを?」

『権力者たちだよ。水は有限だからね。だから過去には、選ばれた人間だけが利用できるっていう選民意識を植え付けたり、宗教を広めたりするためにも使われてきた』


「人の弱みに付け込んで宗教に勧誘をするのか」

『何を今さら。そもそも日常に問題を抱えていて、精神的にまいっているから神にすがりつきたくなるんでしょ?』


「オアシスの水は、人々の心を操るのに都合がかった?」

『そうだね。水を利用できる人間はそれだけで特別な存在なんだ。そうなると、自分をその地位に押し上げた宗教や神に対して、絶対的な服従をすることになる』


「この場所で水を得る代わりに、集落の住人は施設のために何をしているのでしょうか?」

 ミスズの質問にカグヤが答える。

『地下施設の人間に対する絶対的な服従と労働かな』

「労働ですか……」


 ミスズの視線の先には、隊商の荷物を運ぶ多くの人夫にんぷの姿があった。日差しが強いなか、彼らは汗と砂にまみれながらも一生懸命に働いていた。

「でも、それは仕方ないことなんじゃないのか」

「どうしてだ?」と、話を聞いていたナミが言う。

「どうして仕方がないんだ?」


「人は水がなければ生きていけない」

「だから服従するのか? みんなで権力者とやらに抵抗すればいいんじゃないのか?」

 ナミの撫子なでしこいろの瞳を見つめながら私は言う。

「住人が団結して反乱を起こせばいいって、ナミはそう考えているのか?」


「そうだ。地上に出てきている施設の関係者を武力で制圧すればいい、そうすれば代価を支払わなくても水がたくさん飲める」

「地下施設から水の供給を止められたら、たとえ彼らが地上の支配権を得たとしても、なんの意味もないんじゃないのか?」


「でも、地下の人間だって地上から送られて来る物資は必要なはずだ」

「物資を盾に交渉しろと?」

「そうだ」と、ナミは大きな胸を張る。


『ナミはなんでも力でせようとするきらいがあるけど……そうだね。状況を変える為にはアクションを起こして、そのあとは粘り強く交渉するしかない。でなければ彼らは一生、他人に奉仕して生きていくことになる』

「けど」とミスズが言う。「それには多くのモノを犠牲にしなければいけません。人々の命や、生活のすべてを失う覚悟が必要になります」


「そして」と、いつの間にかコンテナから戻っていたペパーミントが言う。

「皆が皆、同じ気持ちにならなければ行動は起こせない」

「そうなのか?」と、ナミは首をかしげた。

「そういうものよ。ひとりでも裏切ったら、すべてがダメになってしまう。それにね、住人の多くはナミよりも身体からだが弱くて、意思も強くない」


 ナミはけわしい表情をして、それから言った。

「廃墟の街も、それからこの集落も変わらないんだな。生きているだけで苦しい思いをしなければいけない」

「文明が滅んだ世界でも互いを殺し合っているんだ。そう簡単に人は変わらない」

 私はナミの長い睫毛を見ながら、そう口にした。


「そうね。それは武器を製造している私がよく分かっている」

 ペパーミントの言葉にうなずくと、話題を変えるために努めて明るく言う。

「それで。ペパーミントはコンテナで何をしていたんだ?」

「レイが作業員たちから手に入れた鉱物があったでしょ?」

「あの金に似ている鉱石か、あれがどうしたんだ?」


「〈データベース〉を使って色々調べてみたのだけれど、あの石ころは今までにない未知の鉱物だった」

「本当に〈データベース〉に情報が載っていなかったのか?」


「ごめん、少し話をった。でもね、私が調べられる限りでは、同様の鉱物資源は見つけられなかった。アクセス権限で閲覧できない情報もあるからね」


「なにが特別なんだ? 俺はてっきり旧文明期の〈鋼材〉に使用されているモノだと思っていたけど」

「全然違うわよ」と、なぜかペパーミントは語気を強める。

「その鉱物はどこからやってきたんだ?」


『爆弾の影響で誕生した鉱物……とか?』とカグヤが言う。

「爆弾?」と、ペパーミントは首をかしげる。

『うん。そもそもあの鉱物は、発掘現場で取り除かれた土砂に含まれていたモノだったし』


「そうだったのか。まったく気がつかなかったよ」

『レイはレイダーたちのヴィードルに気を取られていたからね』


「爆弾の影響……そうね。ありえるわ」とペパーミントが言う。

「ねぇ、レイ?」

「なんだ?」

「あの鉱物について、拠点でもっと詳しく調べてもいい?」


「構わないよ。利用できるようだったら、俺たちのためにもなるからな」

「ありがとう、レイ」と、彼女の表情はやわらかくなった。

「鉱石はこの鳥籠で換金できるみたいから、もしかしたら〈鳥籠〉の人間は鉱石について何か知っているのかもしれない。機会があるなら、鉱石についても調べよう」

『そうだね』とカグヤが言う。


『レイラさま』と、ウミの声がして私は周囲に目を向けた。

 おそらく〈鳥籠〉の警備隊だろう。ライフルを肩から提げた武装集団に〈ウェンディゴ〉は囲まれていた。通りの真ん中で、それなりの野次馬もできていたが警備隊は構うことなくライフルを構える。


『レイラさま、反撃を行いますか』

 ウミはそう言うと、ウェンディゴの車体に収納していた重機関銃を威嚇するように展開した。ウミが見せた重機関銃に警備隊は驚いて、すぐさま露店や停車していた商人のヴィードルに身を隠した。


「ウミ、武器をしまってくれ。連中をおどかすのはそれくらいで充分だ」

『承知しました』

 ウミはそう言うと重機関銃を車体に収納した。


「ウミ。俺の声が連中に聞こえるようにしてくれるか?」

『ただちに』

「もういいのか?」

『はい。大丈夫ですよ』


「えっと……。俺たちは争う気はない、だから冷静になってくれ」

『争う気がないだと!』

 車外にいた男の声が再現されて、車内のスピーカーから聞こえた。


 すると飴色の戦闘服を着た男がライフルを手に物陰から出てくる。

「お前は俺たちに銃を向けた!」と男はまくし立てる。

「お互いさまだ」と私は頭を横に振った。


「軍用の大型車両で俺たちの縄張りに侵入しておいて何を言う!」

「たしかに悪いと思っている。でも冷静になって話が分かる人間を連れてきてくれないか」

「悪いと思っているだと! 俺がその話の分かる人間だ! すぐにヴィードルから降りてこい!」


「あんたたちの仲間に招待されたんだ」と、私はうんざりしながら言う。

「そんな話は聞いていない!」

「だから話が分かる人間を連れてきてくれって言っているんだ」


『どうするの、レイ』と、カグヤが言う。『堂々どうどうめぐりだよ』

「直接、話をしに行くしかないな」

 私はそう言うと、ウェンディゴの搭乗員用ハッチの前に立った。


「レイラ殿、私もご一緒させていただきます」

 それまで眠るように座っていたヌゥモ・ヴェイが、長剣を手に立ち上がった。

「ありがとう、ヌゥモ。でも大丈夫だ。彼らの誤解を解いてくるだけだ」

「わかりました」

 ヌゥモは外にいる男を一瞥いちべつしたあと、私にうなずいてみせた。


「お前がそのヴィードルの所有者か!」

 警備隊の男は額から汗を流しながら叫ぶ。

「そうだ。それでさっきも話したと思うけど――」

「所属だ!」男は私の言葉を遮ると、ライフルの銃口を私の胸に突き付けた。

「所属している組織を名乗れ!」


「いい加減にしてくれ。揉め事は起こしたくないんだ」

『レイ、我慢だよ』と、カグヤが言う。

「揉め事だと! 軍用ヴィードルがあるからっていい気になるな。いいからどこの鳥籠の人間か答えろ!」

「忠告はした」

 私が動こうとしたときだった。


「そこまでだ!」と、背の高い男が警備隊員と私の間に割って入った。

「フーチュンさん!」

 警備隊の男は数歩後ろに下がると、視線を空に向けながら直立した。


「すまない。〈イリン〉の客だな?」と〈フーチュン〉と呼ばれた男が言う。

「そうだ」

「大変失礼なことをした。すぐに彼女のもとに案内させてもらう」


 それからフーチュンは私に向けていた笑顔を崩すと、周りにいた隊員をにらんだ。

「お前たちは下がれ」

「はっ! 失礼いたします!」

 警備隊はウェンディゴの側を離れると、それぞれの監視所に散っていった。


「来てくれ。ここからは私が案内する」

 フーチュンと呼ばれた男はそう言うと、我々に背中を見せながら歩き出した。


 男は背が高く、細くてキツイ目をしていた。不機嫌でもないのにつねに怒っているような、そんな表情をした男だった。長い黒髪に茶色い瞳、骨ばった顔をしていたが血色はかった。身体からだの身のこなしも軽く体格もいい。それに男がまとう雰囲気は明らかに堅気かたぎのモノではなかった。


「待ってくれ」

「何か?」と、フーチュンは怪訝けげんな顔をする。

「ヴィードルで来ているんだ」と、私はウェンディゴを指差ゆびさした。

「問題ない」

 男は作り笑いを浮かべると、また歩き出した。


『嫌な感じ』とカグヤが言う。

「たしかに……あいつは俺たちに名乗らなかった」

『偶然を装っていたけど、レイのことを知ってたね』

「みたいだな」


『レイラさま』と、ウミの声が内耳に聞こえた。

「どうした?」

『ウェンディゴの受動警戒システムが作動しています』

「どういうことだ?」


『広域警戒レーダーが警告を発しています。ウェンディゴに対して複数のロックオンを確認しました。〈火器管制システム〉を起動して応戦しますか?』

「いや。リソースを〈シールド生成装置〉に回して、警戒だけ続けてくれ。相手の出方が見たい」

『承知しました』


『何だかキナ臭いね』とカグヤが言う。

「そうだな」

 私はそう言って、フーチュンの背中を見つめた。

『レイを招待しておいてこんな失礼な態度を取るなんて、この鳥籠も一枚岩じゃないのかな?』


「そんな風に思わせているだけなのかもしれない」

『なんのために?』

「俺たちを油断させるためだ」

『なにから?』

「わからない。でもだからこそいやな感じがする」


 フーチュンが向かう先は広場になっていて、その中心には空に伸びるように真っ黒い円柱が立っていた。三十メートルほどの円柱の先からは、薄青色の薄膜が半球状に広がっているのが見えていた。


『大規模なシールドがあるね、あの場所が地下に続く入り口なのかな?』

 重武装の警備隊を見ながら私は言った。

「それだけじゃないみたいだ。地下施設に続くエレベーターは、広場に複数設置されているようだ」


 人間やヴィードルの通行を制限するための障害物としてコンクリートブロックが並べられていて、検問所も設置されていた。しかし我々はフーチュンと一緒にいたからなのか、一度も警備隊に止められることなく先に進むことができた。


 広場には厳重な警備が敷かれていて、武装したヴィードルや戦闘用機械人形の姿も多く目にした。商人たちの大型ヴィードルは、検問所で隅々まで調べられているようだった。


 そして商人の側には多くの人夫にんぷが待機していた。彼らも施設のために働いているからなのか、検問所で止められることなく自由に広場を移動できるようだった。生体情報が登録されていて、施設の人間に管理されているのかもしれない。


 鳥籠の入り口だと思われる入場ゲートの先は、四方を鋼材で補強されたコンクリートのような材質の地面になっていて、百人ほどの人間が同時に乗れそうな空間になっていた。おそらく床全体が地下施設に続くしゃこうエレベーターになっているのだろう。シールドは砂を通さないのか、その地面だけが妙に綺麗なまま状態が保たれていた。


 フーチュンはシールドの膜を越えると、我々を入場ゲートの先に通した。巨大な斜行エレベーターはウェンディゴが乗っても問題ないようだった。

「我々の〈紅蓮ホンリェン〉にようこそ」と、フーチュンは自慢げに言った。


『ホンリェン?』と、カグヤがフーチュンの言葉を繰り返す。

「紅蓮? それがこの施設の名前なのか」

 私の言葉に彼は得意げにうなずく。

「そうだ。〈紅蓮〉それこそが我々の鳥籠の名だ」

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