第120話 砂漠地帯 re


 高層建築群の間を進み廃墟の街を抜けると、えぐれた地面と倒壊した建築物によって形作られた小高い丘が見えてきた。瓦礫がれきに埋もれた乱雑とした道を、大型軍用車両である〈ウェンディゴ〉は脚を器用に、それでいて力強く動かして進んでいく。


 積み重なる瓦礫がれきの間にできたわずかな空間には、青々と生い茂る背の高い雑草が群生していて、草陰にリスに似た生物が複数いるのが見えた。ウェンディゴが瓦礫がれきを踏み砕く音に驚いて、草陰に潜んでいたリスが飛び出てくる。


 そのリスに似た生物を注意深く観察すると、手足が全部で六本あることに気がついた。環境汚染による変異体だと思っていたが、周辺にいる同種の小動物も六本の手足を持っていた。空間のゆがみが生み出す〈転移門〉を渡って、こちら側の世界にやってきた生物なのかもしれない。


 瓦礫がれきの丘を上がると、絨毯爆撃によってつくられたと思われるクレーター群が見えた。周囲を見渡すと、区画全体が瓦礫がれきに埋まっていることが分かる。これほどの破壊を今に残す爆弾が存在していたことに、私は恐怖にも似た感情を持った。


 我々が上がってきた丘は、どうやら巨大なクレーターのふちにできたモノだったようだ。そのクレーターの内部は、ジャンクタウンの周囲にあるクレーターと異なり、植物や木々がなく、土がき出しの荒涼こうりょうとした大地が広がっているだけだった。


「……何もありませんね」

 ウェンディゴの車内から透かして見えていた風景に、ミスズがぽつりとつぶやく。私は同意するようにうなずいたあと口を開いた。

「ここには本当になにもないんだな」


『文明崩壊のキッカケになった紛争から数世紀はっているはずなのに、植物が芽を出していないのは、やっぱりこの地で使用された爆弾が影響しているのかな?』

 カグヤの言葉に肩をすくめたあと、ホログラムディスプレイに表示されていた情報を確認する。

「周辺一帯の汚染濃度は?」

『大丈夫だけど、ひどく汚染されている場所もある。だから注意しないとダメだね』


「ヤンのお姉さんは、元町にある中華街の跡地に行けば、施設につながる場所が自然と分かるって言っていたけど……何も見当たらないな」


『それならさ、ドローンを飛ばして周辺を確認しようよ』

 カグヤの言葉に反応するようにステルス型の偵察ドローンがふわりと飛んでくる。カグヤはドローンの動きが気に入っていたのか、ずっと遠隔操作していた。


「いや、もう少しだけ様子を見よう。俺たちが持っている地図では、この先は海に繋がっているけど、実際は旧文明期に海が埋め立てられていて、東京湾に向かって大地が広がっている。クレーター群のなかを通って進めば、何か見つけられるかもしれない」


 かつて大黒ふ頭と呼ばれていたあたりには超高層建築物が建ち並んでいて、経年劣化によるひび割れやくもりが発生しない特殊なガラス板が日の光を反射していて、そのまぶしさに思わず目を細めた。


「ねぇ、レイ。その金貨きんかを見せてくれる」

 ペパーミントは私がなぐさみにしていた金貨を見て興味を持ったみたいだ。

「異界で拾った金貨だ」

 私はそう言うと、ペパーミントに向かって金貨を親指ではじいた。

「異界?」と、彼女は金貨をキャッチしながら言う。

「ああ。ハクと一緒に深い森の中を彷徨さまよっているときに見つけたんだ」


 ペパーミントは金貨を目線の高さに合わせるように持ちあげると、金貨の表面に彫られていた塔をしばらく見つめていた。そのさい、ペパーミントのイヤリングが日の光を反射して輝いた。


 彼女は長い黒髪をひとつにまとめて背中に流していて、紺色のフード付きツナギを着ていた。もちろんハイヒールは履いていない、動きやすいコンバットブーツをしっかりと履いていた。


 ペパーミントの綺麗な指の間で金貨は輝いていた。

「そんなに私を見つめて、どうしたの?」

 悪戯いたずらっぽい笑みをみせる彼女に向かって肩をすくめる。


「その金貨の何がそんなに気になるんだ」

「異界で手に入れたモノなんでしょ?」

「それが?」


「レイの〈秘匿兵器ハンドガン〉のためのアタッチメントを開発しているでしょ?」

「まだ諦めていなかったのか?」

 驚いている私に対して彼女は笑みをみせる。

「もちろん。狙撃形態での攻撃は成功したんでしょ?」

「ああ」


「でも耐久性に不安があるから、この金貨に使用されている未知の素材が使えないか考えていたの」

「成功っていっても、一度の射撃にしか耐えられなかった」

「今はそれで充分だよ。それにね、あの弾倉の設計図はあるから、成功するまで何度も試行錯誤することができる」


「拠点の地下にある整備所で作業できるのか。それとも、兵器工場に帰らなければできないことなのか?」

「どうして?」と、ペパーミントは青い瞳を私に向けた。

「私と離れたくないの?」


「真面目にいたんだ」

「私はいつでも真面目だよ。でも、そうね。レイの拠点にある設備でも作業はできる。素材はさすがにどうにもならないけど……」

「〈ジャンクタウン〉で素材を調達できないのか?」

「わからない」とペパーミントは頭を振った。


「今度、ジュリと一緒にジャンクタウンに行こう」

「ジュリが買い物を担当してるの?」

「ジュリは商人だったからな、頼りになるんだよ」

「商人か……ジュリもまだ子どもなのに大変ね」


「ジュリは孤児だったんだ。子どもだろうとなんだろうと、強くなきゃ生きられない世界で育った。だから大変だなんて考えていないと思う。それよりも拠点で何もしないで、ただ俺たちの世話になっていることのほうが耐えられないんだと思う」

「ジュリは立派なのね……ねぇ、レイ」

「うん?」


「この金貨、預かってもいい?」

「ああ、自由に使ってくれ。他にもほしかったら、ハクの寝床にあるから探してみてくれ」

「ありがとう」と彼女は微笑む。


 クレーターぐんに向かって進んでいた我々は、気がつくと荒涼こうりょうとした砂漠が広がる奇妙な場所を移動していた。ウェンディゴを操作していた〈ウミ〉は、すぐに状況の異変に気がついたが、なにが起きているのか理解できないでいた。まるで〈転移門〉を越えて、別の世界に侵入したような不自然さがあった。


「レイラ、隊商が見えます!」

 ミスズのとなりに立つと、なだらかな砂丘の先に視線を向けた。

「大型ヴィードルに、武装した護衛集団までいるな」


『レイラさま、いかがなさいますか?』と、ウミのりんとした声が聞こえた。

『あの隊商を追跡しますか?』

「そうだな。あの集団の目的地は〈鳥籠〉だと思う。集団のあとを追ってくれるか?」

『承知しました』


 ウェンディゴの車内には、ミスズとペパーミント、それからヌゥモとナミがいた。本来、族長の息子である〈ヌゥモ・ヴェイ〉との二人旅になるはずだったが、ミスズが同行したいと言うと、彼女の護衛のためにナミも一緒に来ることになった。


 ペパーミントは他の施設を見学したいということだったので、同行させることにした。せっかく〈兵器工場〉から出られたのだから、世界の姿を見せてあげたかった。たとえ文明が崩壊した世界だとしても。


 ウェンディゴは隊商と適度な距離を取りながら、そのあとを追跡していた。中華街があるべき場所に広がる奇妙な砂漠地帯は、平坦な道だけではなかった。砂丘もあれば谷や岩場もあった。まるで都市全体が砂に埋もれたような場所があることも確認できた


 深い谷底には深緑色の濃霧のうむが立ち込めていて、危険な汚染地帯となっていた。その濃霧のうむのなかを、巨大な影が幾つも通り過ぎていくのが確認できた。谷底に何がいるのかは分からなかったが、絶対に関わらないほうがいいことは理解できた。


 隊商の進行方向に視線を向けると、かたむいた高層建築物が見えた。巨大な柱のようにそびえる複数の建物は、かたむき交差するように互いを支えていた。窓から入り込んだ大量の砂で建物は埋まり、ウェンディゴが通り過ぎるさいの振動で砂がサラサラと流れると、人間のモノと思われる骨が砂の間から顔を出していた。


 何も存在しないと思っていた砂漠には、砂に埋もれた多くの建物が存在していて、そういった建物の近くには複数の人間がいて何かの作業を行っていた。


「発掘作業でもしているのでしょうか?」

 ミスズの言葉にカグヤが答える。

『そんな風に見えるね。大掛おおがかりな機材もあるけど、あれだけの作業に見合う報酬は得られるのかな?』


 カグヤの言うように、発掘作業をしていた作業員たちのそばには大型作業用ヴィードルや、建物内から掘り出した土砂を運ぶためのベルトコンベアまで設置されていた。土砂が完全に取り除かれた建物も確認できた。


 作業員が張った天幕を眺めながら言う。

「作業自体は安全なんじゃないのか?」

『安全? どうしてそう思うの』とカグヤが言う。

「廃墟の街では常に人擬きや略奪者に注意しなければいけない。けどこの場所なら、その心配はないだろ」

『たしかに人擬きはいなさそうだけど、略奪者はどこにでもいるんじゃないのかな?』


 作業員たちの発掘作業を見ているときだった。風切り音がしたかと思うと、何かがウェンディゴの装甲に直撃して、シールドの青い波紋が広がるのが見えた。


『攻撃です、レイラさま』

 ウミがあまりにも冷静に言うので、最初は状況を理解することができなかった。

「攻撃?」

『はい、襲撃です』

 ウミがそう言うと、車体を透かして見えていた風景の一部が拡大表示された。すると砂丘の向こうに、砂煙を上げながら向かってくる数台のヴィードルが見えた。


「レイラ殿、あれは敵か?」

 ナミはそう言うと、撫子なでしこいろの瞳を私に向けた。

「攻撃してきたからな、略奪者のたぐいなんだろう」


 発掘作業をしていた作業員は銃声を聞くと、すぐさま建物の陰に入った。警備をしている人間はいないのだろうか? そんなことを考えていると、建物の陰に入っていった作業員たちが旧式のアサルトライフルを手に戻ってくるのが見えた。


 私の考えに反して砂漠地帯では襲撃が頻繁に起きているようだ。作業員たちの動きは手慣れていて素早かった。彼らはベルトコンベアで運ばれた土砂の上に腹這いになると、略奪者のヴィードルに対して射撃を始めた。


『やっぱりレイダーは何処にでもいる』

 カグヤの言葉に答えるようにナミが言う。

「私がヴィードルで応戦する」


「待って、ナミ。試したいことがあるの」

 ペパーミントはそう言うと、手元のノート型端末を操作した。

「やってみて、ウミ」


 ペパーミントの言葉のあと、ウェンディゴの屋根に、二メートルはありそうな細長い角筒が出現する。おそらくウェンディゴの車体に収納されていた兵器の一部だろう。以前も、車体に収納されていた重機関銃を使用したことがあった。


 その細長い角筒が展開されると、普段は見えない位置にある兵器が、そのときだけは車内からも姿が確認できるようになる。


『レイラさま、反撃してもよろしいでしょうか?』

 ウミの凛とした声を聞きながらうなずく。

「ああ、やってくれ」


 ウェンディゴの車体と同様に白く塗装された角筒の周りに、一瞬放電による稲妻のような電光が発生するのが見えた。次の瞬間、すさまじい勢いでなにかが撃ちだされるのが見えた。と同時に、砂丘を下っていた敵ヴィードルがぜた。


 角筒の周りに発生した陽炎かげろうを眺めながら、ペパーミントにたずねた。

「何が撃ちだされたんだ?」

「高密度に圧縮された旧文明期の〈鋼材〉」とペパーミントは言う。

「ウェンディゴの整備には、倒壊した建物の〈鋼材〉を利用するでしょ? そのときに、レールガン用の弾薬も補充しておいたの」


「レールガン?」と私は驚いた。

「あれがウェンディゴに搭載されているっていう電磁砲でんじほうなのか?」

「驚くようなことでもないでしょ? レイが使う〈秘匿兵器ハンドガン〉のほうが、よっぽどめずらしくて強力な兵器じゃない」


「いや、そうかもしれないけど……」

「レールガンの弾薬は廃墟の街にいる限り自由に補充できるから、弾薬不足に悩まされることもない」

「拠点周辺がみょうに小奇麗になっていたのは、ペパーミントが瓦礫がれきを取り除いたからなのか」

「ええ。ミスズと一緒に〈鋼材〉を回収しに行くって、レイに言ってあったでしょ?」


『続けて攻撃します』

 ウミの言葉のあと、略奪者たちのヴィードルはレールガンの攻撃でぜて宙をった。すさまじい速度で撃ちだされる鋼材によって、四台の敵ヴィードルはまたたく間に破壊されて、砂漠の上に破片の雨を降らせた。


『レイラさま、すべて敵を排除しました』

「ありがとう、ウミ」

 レールガンの火力に驚きながら答えると、略奪者たちの姿を探した。


 破壊されたヴィードルのコクピットから男が転がり出て、足を引きりながら逃げていくのが見えた。しかし男の逃走も一瞬のことで、すぐに銃声がすると男は砂丘の斜面しゃめんを転がることになった。


 そして歓声が聞こえてきた。発掘現場に視線を向けると、作業員たちが喜ぶ姿が見えた。略奪者を仕留めた銃声は、どうやら作業員たちのライフルによるモノだった。彼らは興奮さめやらぬ状態でウェンディゴに向かって口々に感謝を言葉にした。


『ちょっと顔を見せてあげれば?』とカグヤが言う。

 ウェンディゴのハッチを開いて車外に出ると、発掘現場の作業員たちはさらに盛り上がった。


「助かったよ、兄ちゃん」

 作業を監督していた髭面ひげづらの男が言う。

「あのレイダーどもには随分ずいぶんと悩まされていたんだ。何度追い払ってもしつこく戻ってくるような連中でな、夜もまともに眠れない状態だった」


「そうか……役に立てたなら、よかったよ」と、私は男の迫力に気圧されながら言う。

「役に立ったなんてもんじゃないぞ! 兄ちゃんには感謝してるんだ。もっと自信を持ってくれ!」

 それから髭面の男は近くにいた作業員に声をかけた。


「おい! あれを持ってこい!」

 数人の作業員が駆けていくと、腕にかかえられるほどの木箱を持って戻ってきた。彼が戻ってくるまでの間、髭面の男は笑顔を絶やさなかった。


「受け取ってくれ、兄ちゃん。そいつは俺たちの感謝の気持ちだ」

 髭面の男は満面の笑みでそう言うと私に木箱を持たせて、それから木箱を開いて中身を見せてくれた。


 木箱のなかには金色に輝く石のようなモノが入っていた。

「これは金……いや」と、私は木箱を揺らしながら言う。「金にしては軽すぎる」

「金じゃないぞ」と髭面の男は笑う。

「似てはいるが、そいつの方がずっと軽くて固いんだ」


「たしかに軽いな」

「兄ちゃんもこの先にある鳥籠に行くんだろ。その鉱石はあの街で換金できる。ちょっとした金になるから、俺たちの感謝のしるしだと思って、その金で遊んでくれ」

 私が口を開こうとすると、髭面の男は発掘現場に戻って行ってしまった。

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