第119話 第三世代の人造人間 re
ステルス型偵察ドローンが〈ウェンディゴ〉の車内を自由に飛行していた。その不規則な軌道に制限はなく、文字通り空間を縦横無尽に飛行してみせていた。
「面白いわね」とペパーミントが言う。
「つねに機体の周囲に重力場を生成して、自由に飛行している」
「ペパーミントから見ても、そのドローンはめずらしいモノなのか」
「そうね。旧文明期には、戦場から日常生活にまでステルス型は浸透していたけれど、あまりにも性能がよかったみたい。不正行為や犯罪に使用されるようになってからは、ステルス型ドローンを妨害する専用の装置まで造られて、都市のあちこちに設置されてしまった。それ以来、ステルス型は徐々に姿を消していったとされている」
カグヤの操作で自由に飛び回るドローンを眺めながら私は言う。
「たしかにセンサーに引っかからないドローンは、日常生活では脅威になるな」
「だからほとんどの機体は破棄されてしまったの。偵察ドローンとしては、もう使い物にならなくなったから、それは仕方ないことだと思うけど」
「自律型ドローンのシステムを妨害する装置っていうのは、どんなモノだったんだ?」
「広範囲に特殊な重力場と、電波を流すモノらしい」と、彼女は曖昧に答えた。
「らしい?」
「私にもよく分からないの。こうして本物のステルス型ドローンを見たのも初めてだったから。でも機体を調べれば、きっと何か分かるかもしれない」
「ペパーミントも見るのは初めてなのか……。ジャンクタウンの施設でも購入できないモノだから、やっぱり旧文明期の貴重な遺物なんだろうな」
「そうね」と、ペパーミントは綺麗な青い瞳を私に向けた。
彼女の人間離れした美しさにドキッとして、思わず視線を
■
我々は現在、中華街跡にあるとされる〈鳥籠〉に向かっていた。
数日前に〈ジャンクタウン〉を
私は〈オートドクター〉を所持していないからと断ったが、彼女は考えを変える気がなく、私は渋々了承したのだ。中華街跡に残された施設のことも気になっていたので、鳥籠を訪問するにはいい機会だとも考えていた。
そしてペパーミントだ。ジュリから連絡を受けると、彼女は旅に出るにはいい機会だと、そう自分に言い聞かせて〈兵器工場〉をあとにした。工場の外に一度も出たことのなかったペパーミントは、カグヤから受信していた地図を頼りに、右も左も分からぬままに廃墟の街を
なんとか保育園の拠点近くにある海岸までたどり着いたが、そこでまたもやトラブルに見舞われた。ペパーミントは〈人造人間〉の集団に包囲され、身動きが取れなくなってしまう。救援を求めていたペパーミントのもとに向かうと、そこで見知った〈人造人間〉に会うことになった。
■
超高層建築物の巨大な影が落ちる十字路に、〈鳥籠〉で生活する人々に〈守護者〉と呼ばれていた〈人造人間〉の集団がいた。そして彼らに囲まれるようにして、薄汚れた戦闘服を着たペパーミントが立っていた。
子供型の〈人造人間〉である〈アメ〉が言う。
「
「知り合いが困っているみたいだったから、会いに来たんだ」
私がそう言うと、彼女は多脚戦車〈サスカッチ〉の砲身から軽やかに飛び降りると、私のもとに近付いてきた。
「知り合い?」と、アメは黄色いレインコートを揺らす。
「もしかして、あの〈人造人間〉のこと?」
アメが
「そうだ。彼女は俺たちの友人だ」
「そうなの、ミスズ?」
アメは私のとなりに立っていたミスズに
ミスズが口を開こうとしたとき、彼女のとなりでモジモジしていたジュリがペパーミントに向かって駆け出した。
金属の骨格を持つ〈人造人間〉の集団は、急に動いたジュリに反応して、レーザーライフルの銃口を一斉に彼女に向けた。
「攻撃ヲすルな!」
故障したような機械的な合成音声が聞こえると、赤いお面を装着した〈人造人間〉が集団の中からあらわれる。
その〈人造人間〉の言葉を聞いて、骸骨に似た集団はライフルの銃口を下げた。ジュリは集団の間を通り抜けて、無事にペパーミントのもとにたどり着くと彼女に抱き着いた。ジュリの様子を眺めていると、赤いお面を装着した〈人造人間〉が私に近づいてきた。
「久しブりダな。不死ノ子、レイら」
〈カイン〉は頭部に挿したシカのツノを揺らした。
「会えて嬉しいよ。それで……これは一体、なんの騒ぎなんだ?」
「我々ノ管轄区域に侵入してキた〈第三世代の人造人間〉ニ、対処しテいル所ダ」
「管轄……ですか?」とミスズは首をかしげた。
「そうだよ」とアメが答えた。
「あの子の管轄は東京都で神奈川県じゃない」
アメの言葉に驚いて、私はすぐに
「ペパーミントは神奈川県に入ってきちゃダメだったのか?」
「あの子は〈ペパーミント〉って言うんだね。レイラの知り合いなら、特別扱いにしてもいいんだけど……」
アメはそう言うと、腕を組んで
「それでも、基本的に管轄区域外の侵入は許されていないんだ」
「何か重要な決まりごとがあるのか?」
「うん。原則は立ち入り禁止なんだ。管轄外の地域で許可のない行動は許されていない」
『意外だね』とカグヤが言う。
『〈人造人間〉たちはもっと自由に行動できるものなんだって思ってた』
「自由だよ」とアメは答えた。「でもね、私たちは今も神々の言われた通りに、この国の管理を行っているんだ。だから自分たちの仕事をほっぽり出して、ほかの〈人造人間〉が管理している区画に行くようなことはしないんだ」
『国の管理? それってどういうこと?』
「私たちに与えられている仕事のひとつだよ。私たちは自由に生きられるけれど、昔も今も私たちは何もしていないって訳じゃないんだ」
『それは何となく分かるけど……困ったな』
「アメ、
「第三世代の人造人間って、どういうことだ?」
『そう言えば、ハカセもそんなことを前に話していたね』とカグヤも疑問を持つ。
「レイラたちになら、普通に話しても大丈夫かな」とアメは言う。
「人造人間にはね、異なる目的を持って誕生した個体が存在するんだよ。たとえば戦争のために、戦うことだけを目的に創造された個体は〈第二世代の人造人間〉と呼ばれている」
「彼ラの事ダ」
それまで黙っていたカインが言う。彼の視線の先には、ペパーミントを囲む骸骨の集団がいた。それらの〈人造人間〉は、カインやアメと違って、誰も彼もが同じような姿をしている。
人間の骨格を持っているが、その姿は皮膚を持たない金属製の骸骨そのものだ。
「〈第二世代の人造人間〉に自意識はないのか?」
「あるよ」とアメは答えた。
「あるけど、それでも彼らは戦うこと以外にあまり関心を持っていない」
「そうなのか……」
骸骨の集団に目を向けた。戦争のためだけに産まれた生命体。そう言われると、彼らの存在が
『その〈第二世代の人造人間〉は沢山いるの?』と、カグヤがアメに
「いるよ。廃墟の街の
『過去の戦場ってこと?』
「うん。そういう個体は危険だから、見つけても絶対に近づかないでね」
『危険? もしかして故障してる?』
「私たちは厳密に言えば機械じゃないから、故障とは言わない」
『あっ』とカグヤは言う。『ごめん……』
「いいよ」と、アメは白銀色の頭蓋骨を横に振る。
「でも、そうだね。故障みたいなものだよ。頭が変になってるから、敵味方を
『それは文明崩壊のキッカケになった紛争の影響?』
「そんな感じ」とアメはうなずく。「遠い昔の争いが忘れられないんだよ」
『第三世代は、どういった存在なの?』
「私たちのずっとあとの時代になって誕生したのが、ペパーミントが属する〈第三世代の人造人間〉なんだ。戦闘は目的にしていないから、人間により近い外見をしているのが特徴かな」
『アメたちと違って、皮膚があるのも第三世代の特徴?』
「皮膚?」とアメは言う。
「あぁ、そっか、今のカグヤたちには見せたことがなかったね」
すると白銀に輝くアメの骨格から、粘度の高い液体がプツリと沁み出すのが見えた。それはあっと言う間にアメの全身に広がり、骨格を
「ほら、私にも皮膚はあるんだよ」
アメはそう言うと、その場でくるりと回転した。バレリーナのように回るアメのレインコートが
「それは
私は戸惑いながらアメに質問した。
「うん。そうだよ」
アメは幼さの残る可愛らしい顔で微笑む。そのさい、短い黒髪が揺れた。
「とても可愛いと思います!」と、ミスズがアメのことを
「そう?」
アメは調子に乗って、その場でまたくるりと回った。
私はあらかじめ謝罪を口にしてから言う。
「失礼だと思うけど、アメたちはどうして骸骨みたいな姿をしているんだ?」
「あぁ」とアメは空を仰ぎ見た。
「レイラは皮膚に張り付くピッチリしたラバースーツを着たことがある?」
「いや」と私は頭を振る。
「そっか、でも想像はできるでしょ? なんだか皮膚がギュウギュウに引きつるような気がして、動きに違和感があるんだ。だから普段、私は皮膚を
アメがそう言うと、健康的な色をした皮膚が見る見るうちに粘度の高い液体に変化して、旧文明の不思議な〈鋼材〉で覆われた白銀色の骨格に沁み込んでいくのが見えた。金属の骨格だけの姿に戻ると、アメは
「うん。やっぱりこの姿のほうがずっと楽だ」
アメが微笑むと、その瞳は赤く発光する。
『それで、第三世代のことだけど――』とカグヤが言う。
「第三世代はね。主に専門的な職について人間を助けることが役割だったんだよ。だから契約者も存在していた」
『契約者?』
「うん。基本的に第三世代は自由だよ。第二世代と違って、戦争だけが生きる目的じゃないからね。契約した人間がいて、主人のために働くことが主な役割だったの。私たち〝オリジナル〟と違って、第三世代は万能じゃないんだ。戦闘が苦手だったりするし」
「第三世代が戦闘を得意としないのは、
私は気になっていたことをアメに質問した。
「そうだね。
『戦闘が得意じゃない……。だからペパーミントは〈人造人間〉なのに、〈兵器工場〉の管理を任されていたんだね』
「うん、でもあの子は契約者が登録されていないみたいだね」
『それって、マズいの?』
「世界がこんなになってから誕生した第三世代は、決して多くはないけど、それなりの数の個体が存在している。だから人間の主人がいない第三世代は、とくにめずらしいことじゃない。でもそういう個体は、自意識が育たないから、自分自身が産まれた施設から出ることがほとんどないんだ。ましてや、ほかの人造人間の管轄区域にあらわれることなんてほとんどない」
ジュリと目線を合わるようにして、しゃがみ込んで楽しそうに話をしていたペパーミントに視線を向けた。ペパーミントは人間のように感情が豊かだったし、自意識もしっかりと持ち合わせていた。無感情に働くだけの人形にはとても見えなかった。
「ペパーミントって子は、なにか特別な環境にいたのかな?」
「そう言えば」と、私は〈兵器工場〉での出来事をアメに話して聞かせた。
「主のいない〈兵器工場〉を一生懸命に守っているうちに、自意識が芽生えていったのかもしれないね……」
アメはそう言うと、ペパーミントに優しい視線を向けた。
「愛サれタイと願う人造人間カ」とカインは言う。「不思議ナ個体だ」
「でも困りました」とミスズが言う。
「せっかく来てくれたのに、ペパーミントさんを拠点に招待できないなんて……」
「それは大丈夫だよ」
アメの言葉にミスズは花が咲いたような笑顔を見せる。
「本当ですか?」
「うん。レイラを〈主人〉として契約すればいいんだよ」
「契約ですか?」とミスズは首をかしげた。
「主人として契約すれば、東京都から自由に移動できるようになるのですか?」
「うん。所在地が新たに追加登録されるだけだから、ちゃんと彼女が産まれた工場には帰れるようになるし、主人と一緒なら、許可がなくても他県に移動することができる」
「レイラ!」
ミスズが目を輝かせながら私に視線を向ける。
「そうだな」と私は肩をすくめる。
「でも奴隷の契約じゃないんだ。ペパーミントにも人権はある。だから彼女と話をしてから、契約するか決めよう」
「人権か……」とアメは微笑んだ。
「レイラは面白いことを言うね」
我々が近づいていくと、ペパーミントは照れくさそうに微笑んだ。過酷な旅だったのか、ペパーミントは砂埃に汚れていた。〈兵器工場〉で見た完璧に飾られた姿ではなく、ありのままのペパーミントがそこに立っている気がした。
「話を聞いていたんだろ?」と、ペパーミントに言う。「俺と契約するか?」
「私はそれでも構わない。その契約によって、私の本質が変わる訳ではないのでしょ?」
「変わらないよ」とアメは言う。
「あなたは今まで通り、自分自身の意思で考えて、自由に生きられる。条件はあるけど、契約を破棄することだってできる」
「なら、早くその契約を済ませましょう」
大きな胸を張るペパーミントを見ながら、アメに
「契約ってどうやるんだ?」
「まずは手をつないで」
「接触接続が必要なのか?」
「うん。特別な契約だからね」
私は肩をすくめると、ペパーミントに手を差し出した。
ペパーミントの手は柔らかく体温が感じられた。その手の上に、アメは金属の手をそっとのせた。アメの手からもほんのりと体温が伝わる。
すると〈接触接続〉を行うさいに感じるのと同様の軽い痛みが手のひらに走る。
「これで終わりだよ」とアメは言う。
『本当に今までと何も変わらないんだね』
カグヤの言葉に疑問を浮かべる。
「どういうことだ?」
『もしかしたら、〈兵器工場〉に関連する権限を得られると思ったんだ。でも権限はペパーミントのモノで、レイとは共有されていない』
「そういうことか」
「あっ」とアメが言う。
「他にも問題が?」
「契約によって、主人に好意を寄せることになるって言い忘れていたよ」
「好意? どうしてそんなモノが?」
「主人を害することが無いように、そういう仕組みになってるんだよ。でも、それも絶対じゃないし、それほど強制力もないから大丈夫かな」
「絶対じゃない?」
「言ったでしょ。彼女の自由意志を曲げることはできない。あまりにもひどい主人なら抵抗することもできる」
『抵抗?』と、カグヤが疑問を口にする。
「うん。たとえば休みなく延々と働かされたり、〈セクサロイド〉のような役割を無理に押し付けたり、犯罪を強要された場合は抵抗できるようになってる。第三世代の人造人間は、契約者とパートナーになるだけで、奴隷になる訳じゃないからね」
『当然で、普通のことばかりだね』
「そう。レイラがいう人権ってやつだよ」と、アメは微笑んだ。
ペパーミントが主人を得て、神奈川県が立ち入り禁止区域でなくなったからなのか、周囲の〈人造人間〉はペパーミントに向けていたライフルの銃口を下げた。
「問題は解決したの?」と、ペパーミントは不安そうに言う。
「うん、解決した」とアメは言う。
「でも次からは気をつけるんだよ。レイラがいなければ、あなたは今ごろ、すごく大変なことになっていた」
「そうね」とペパーミントはうなずく。
「ありがとう、レイ」
「レイ……か。契約しても上下関係は生まれないんだな」
「主様って呼んでほしいの?」と、ペパーミントは笑う。
「まさか。対等な関係でいられてよかったと思ってる」
「なぁ、レイ」と、それまで不安そうに話しを聞いていたジュリが言う。
「ペパーミントはもう拠点に来ても大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だよ」
私がそう答えると、ジュリは嬉しそうにペパーミントに抱き着いた。
「もう大丈夫そうだね。私たちはもう行くよ、レイラ」
アメの言葉にうなずく。
「これからどこに?」
「色々な場所だよ。私たちが管理しているのは神奈川県全域で、とても広いからね」
「そういえば、昆虫の変異体が大量発生したときも、アメたちは大活躍だった」
「あれも私たちの大切な仕事だよ。それじゃ私たちはもう行くよ」
アメは黄色いレインコートを揺らしながらサスカッチに飛び乗る。
「今回も世話になった。ありがとう」と、私は頭を下げた。
「気にスるナ」とカインが言う。
「ソれデはな、レイら」
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