第118話 偵察ドローン re


 しばらく続いていた強風が止まると、廃墟の街に不自然な静けさが戻る。騒がしい銃声も人の悲鳴も聞こえてこない。風でめくれていたシートがもとに戻ると、建物内からは外の様子が完全に分からなくなる。


『ステルスに特化した偵察ドローンか……厄介だね』

 内耳に聞こえるカグヤの声にうなずいたあと、ガラスのない窓枠まで歩いていく。

「機体に日の光が反射しなければ、ドローンがいることさえ気がつかなかった」

『どうするの、レイ?』


「あのドローンを撃ち落とせないか?」

『撃ち落とせたとしても、偵察ドローンが取得した情報は、すでに私たちを監視していた人間に送信されているんじゃないのかな?』

「目的は偵察ドローンを回収して解析することだ」


『拠点の設備で調査するの?』

「そうだ。機体の特性や情報の送信先が分かれば、俺たちを監視している連中に対処できるかもしれない」

上手うまくいくと思う?』 

上手うまくいくようにやるしかない」


『それなら破壊しないで無傷で入手する方法を考えよう』

「〈ワヒーラ〉から妨害電波を出して、ドローンを落とせないか?」

『自律型の偵察ドローンには、そもそも〈電子戦システム〉に対抗するための装備が搭載してあるから、それは難しいと思う』


「ならハッキングも不可能か……面倒だな」

 室内に視線を戻すとハクのことを捜した。先ほどまで一緒にいたが、いつの間にか何処どこかに消えていた。


「ハク?」と私は暗闇に呼び掛ける。

『なぁに』と、床にぽっかり開いた穴からハクが姿を見せた。

「ハクにお願いがある」

『ん?』

「ハクに捕まえてほしいモノがあるんだ」


『つかまえる!』ハクはベシベシと床を叩く。

「なにを捕まえるのか教えるから、一緒に来てくれるか?」

『ん。いっしょ、いく』

 ハクは私に身体からだをピタリとくっ付ける。


 建物全体がシートでおおわれている所為せいなのか、室内に風の流れがなく、強い日差しによって温められた空気はよどんでいて蒸し風呂のようだった。頭部を覆うガスマスクは気温を調整してくれていたが、戦闘服の下はひどく汗をいていて不快だった。


 体温調整や衝撃に対して優れた効果を発揮するインナーを使用していたが、異界を旅したときにやぶれて使い物にならなくなっていた。それ以来、普通のシャツを使用していたが、今回はそれがあだになったのだ。〈ジャンクタウン〉にある〈軍の販売所〉に行くときには、購入するのを忘れないようにしよう。


 天井かられ下がるケーブルの間には、蜘蛛の巣が大量に張り巡らされていて、糸を掻き分けてうんざりしながら進むことになった。相変あいかわらず蜘蛛や昆虫の類は苦手だった。しかしハクには慣れてしまっていて、なにも感じなくなっていた。むしろ可愛いらしいと思うこともあった。


 そもそも〈深淵の娘〉であるハクは、蜘蛛に分類されるのだろうか? 今度、〈人造人間〉の〈ハカセ〉にいてみるのもいいかもしれない。

 私は目の前の現実を忘れるために、別のことを考えるように努めていた。それらの蜘蛛の巣には手のひらほどの蜘蛛がいたが、ハクの姿を見る前からカサカサと移動して瓦礫がれきの隙間に身を隠していた。


 階下に到着すると、〈アーキ・ガライ〉のそばに上階で話をした傭兵の男と、アーキが見張っていた女の子がいた。彼女たちのすぐ近くには、糸に雁字搦がんじがらめにされた人間の遺体が床に転がったまま放置されていた。死体の状態におびえる傭兵二人を余所よそに、アーキは退屈そうに自分自身の鈍色にびいろの長髪をんでいた。


「お疲れさま」

 アーキに声をかけると、彼女は嬉しそうに私の側に駆け寄って来る。けれどハクが私の前に出るとアーキは立ち止まることになる。ハクはさりなさをよそって行動していたが、意図的にアーキの移動を妨害したのは誰の目からも明らかだった。


 どうしてそんなことをしたのだろうか。と、私は首をかしげた。まさかハクは、アーキにヤキモチを焼いているのだろうか? 

 そんなハクを余所よそに、二人の傭兵はハクの登場にひどくおびえていた。


「俺たちを監視している偵察ドローンは、お前たちのモノか?」

 私がそうたずねると傭兵の男は頭を横に振った。

「いや、俺たちは知らない。それより、その蜘蛛は危険じゃないのか?」


「俺と敵対しない限り大丈夫だ」

 そう言ってハクの体毛を撫でると、男は顔を引きつらせる。

「そ、そうか」


 私はこれからのことについてしばらく考えて、それから口を開いた。

「悪いけど、二人にはしばらくこの場にとどまってもらう」

「ど、どういうことですか!」と茶髪の女が声をあらげる。

「偵察ドローンが監視しているって言ったのを忘れたのか。このまま二人が建物から出て行けば、俺と接触したことが知られる」


「それは、マズいことなのか?」と、傭兵の男は顔をしかめる。

「二人が〈ジャンクタウン〉に戻ったら、偵察ドローンを使って監視していた者たちに、この場で何を見たのか洗いざらい話すように強制されるだろう」

「そういうことか。でも――」


「白蜘蛛のこともそうだけど、俺に関する情報は――ある程度、知られてしまっているだろう」と、男の言葉をさえぎり言う。「けど相手が何者であれ、これ以上の情報は渡したくない。二人が建物から出るところを見なければ、連中もお前たちが死んだと諦めるだろう」


「けどそれにも限界はある。ジャンクタウンで生活していれば、いずれ生きていると知られる」

 男の言葉にうなずく。

「その可能性は確かにある。けど傭兵組合に保護してもらうまでの時間は稼げる」


「そうだな……俺たちはどうすればいい?」

「しばらくそこで大人しくしていてくれ。偵察ドローンを片付けたら合図をする」

「分かった」


「その女は知り合いか?」

 不安そうに立っていた女性を見ながら男にく。

「いや、この依頼で一緒になっただけだ」

「不本意だと思うけど、彼女に護衛してもらってくれ」


「護衛?」と女性は慌てる。「えっと、私は、あの?」


「落ち着け。〈ジャンクタウン〉まで帰るんだろ? なら銃を使える仲間はひとりでも多いほうがいい、たとえ負傷していたとしても」

「私たちを生きて返してくれるの?」

「そうだ。殺す気はない」


 バックパックから予備の弾薬箱と戦闘糧食をいくつか取り出して、傭兵の女に手渡した。

「賢く使ってくれ」

「あ、ありがとう」


「アーキに狙撃を頼みたい。一緒に来てくれるか」

「わかりました。アレはどうするのですか?」

 彼女はそう言うと、傭兵たちに冷たい視線を向けた。アーキの瞳孔が縦長に収縮しゅうしゅくすると、彼女の雰囲気はガラリと変わる。


「俺たちと敵対する意思はもうないよ」

 感情を読み取ることができる瞳の能力を使っても、二人から敵対的な意思は感じられなかった。二人がまとっていたのはおびえと戸惑いの感情だけだった。


 傭兵たちをその場に残すと、私はハクとアーキを連れて上階に向かう。建物を覆い、周囲から建物全体を隠蔽いんぺいしていた青いシートをめくって外の様子をうかがう。


「見えるか?」

 私がそう言うと、アーキはたかの頭部をかたどったガスマスクを起動して頭部全体を覆う。それからシートのわずかな隙間から外を見る。


 我々を監視していた偵察ドローンには、カグヤがすでに識別タグをつけていて、赤色の線で輪郭りんかく縁取ふちどっていたが、ドローンにはセンサーを妨害する機能が備わっているのか、〈ワヒーラ〉の機能を使用しても、ドローンの姿を度々たびたび見失っていた。


「鳥? ……いえ、あれは虫ですか?」

 マスクを通しても普段どおりにアーキの声が聞こえた。

「いや、機械だよ。狙撃できるか?」

「やってみます」

「ドローンの反応を確認したいだけだから、ワザと命中させないでくれ」

「了解です」


 私とハクは、ドローンの死角になるように建物の反対側から外に向かって飛び下りると、ドローンの位置を確認しながら移動した。

「アーキ、合図したら狙撃してくれ」と、向かいの建物に設置されていた航空機の広告看板に飛びつきながら言う。

『わかりました』


 六階建ての建物の屋上に到着すると、周囲をぐるりと見渡した。それからガスマスクの機能を使って、敵の偵察ドローンを慎重に探す。しかし確認できる範囲に、ほかの偵察ドローンの姿は見当たらなかった。タグが付いたドローンでさえ見つけるのに苦労するのだから、同じ種類のドローンが飛んでいたら見つけることは非常に困難なのかもしれない。


 私にピタリと身体からだを寄せていたハクに言う。

「ハクはあれが捕まえられるか?」

 日の光を反射するドローンを指差ゆびさすと、ハクは大きな眼でじっとドローンを見つめた。

「ハク?」


『ん、できる』

 ハクはそう言うと、触肢しょくしでトントンと地面を叩いた。

「どうやって捕まえるんだ?」

『いと、つかう』


「ここから届くか? それとも、もう少し近づいたほうがいいか」

『ちかく、いく』ハクはそう言うと屋上から飛び下りた。

 私も急いでハクのあとを追った。


 ハクを見ながら、〈ワヒーラ〉から受信していた映像を拡張現実で確認した。偵察ドローンはまるでハチドリのように、空中に静止しているかと思うと、落ち着きなく周囲を飛び回り、また空中に静止する。不規則な動きだが、静止するわずかな時間に狙撃は可能だろう。


 文明が崩壊してから、今日まで休むことなく稼働し続けるホログラム投影機による公告が見えてきた。カプセルホテルの巨大な広告は、睡眠用のポットに入るなまめかしい女性を映し出していた。


 女性は美しい姿態したいを見せつけるようにポットに入ると、身体からだをゆっくりと丸めた。ある種の女性と猫にだけ許されたゆったりした寝姿に、女性は官能的なとろんとした瞳で微笑む。美しい女性の姿がすっと消えるとホテルの名前がでかでかと表示された。


 ホログラム広告が瞬く建物をハクが登っていくのが見えた。私は隣接する建物の外階段部分に飛びつくと、階段を駆け上がり建物の屋上に出る。建物屋上には裂けたテントと空の缶詰が転がっていたが、人の気配はなかった。


 建物の端まで移動すると、ホログラムで浮かび上がる女性の瞳を見つめ、それから助走をつけると、ハクがいる建物に向かって一気に飛んだ。


 一瞬の浮遊感は、空を飛ぶことを夢に見た人々が望んだ景色を見せてくれる。信じられない跳躍力で建物の間を飛ぶと、転がりながらハクの側にたどり着く。


『レイ、わすれた』とハクがしょんぼりしながら言う。

 私は立ち上がると、戦闘服についたすなほこりを叩いて払う。

「大丈夫。気にしてないよ」


 ハクは時折、子どものようにひとつの事だけに集中してしまう。そうなるとハクは周りが見えなくなる。悪いことではない。〈ハカセ〉が言うように、ハクはまだ子どもなのだ。


 九階建ての建物屋上から、浮遊する偵察ドローンが見えていた。偵察ドローンはシートに覆われた建物を辛抱強く監視していた。空き地にしか見えない場所からはアーキ・ガライが構えるライフルの銃身が、まるで空中に浮かぶようにちらりと見えていた。


「カグヤ。ドローンの動きを予測できるか?」

『また無茶を言う』と、カグヤは不満を口にした。

『〈ワヒーラ〉の処理能力があればできるかもしれないけど、ドローンの動きをシミュレーションするための情報が必要だよ』


「機械学習のために回避行動のデータが必要ってことか?」

『うん』

「どれくらい?」

『わからない。数十か数百』

「そんなに? 旧文明期の技術で簡単に計算できないのか?」

『やったことがないから分からない』


「なら試そう」

『試すって、もしかしてアーキに狙撃させて、あのドローンにワザと回避行動を取らせるの?』

「そうだ」

『そんなことしたら、逃げられるんじゃないのかな?』


「大丈夫だろ?」

『その自信は何処どこから来るの?』

「アーキに狙われているのを知っているのに、ドローンはあの場から逃げていないだろ?」

『それだけ?』

「それだけで充分だよ」


『まだ?』と、ハクが私の身体からだを押す。

「もう少しだけ待ってくれ。準備ができたら教える」

 私はそう言うと、ハクのフサフサの体毛を撫でる。


『〈ワヒーラ〉の情報処理能力を、ドローンの回避行動予測に回した。いつでも行けるよ』

 カグヤの言葉のあと、アーキに確認を取る。

『いつでも射撃できます。合図をお願いします』


 拡大表示されていた偵察ドローンが、その不規則な動きを止めた一瞬のことだった。偵察ドローンのすぐ横を銃弾がかすめるように発射されたのが見えて、それから一瞬遅れて銃声が聞こえてきた。


『レイ、今の見えた?』と、カグヤが驚いたように言う。

「ああ。弾丸が直前でらされたような動きを見せた」


『すまな……いえ、すみません、レイラ殿。狙いがれてしまいました』

 アーキの落ち込んだ声が聞こえた。

「あれはアーキの所為せいじゃないよ。狙いは完璧だった。でもあのドローンには弾丸が通用しないみたいだ」

『そうですか……』


『特殊な電磁波で力場を発生させて、弾丸の軌道をらしているのかな?』

 カグヤの言葉に私は頭を横に振る。

「わからない。それを調べるためにも、どうしても捕獲したい」


『回避行動は取らないんだから、行動の予測は必要ないみたいだね』

「そうだな。〈ワヒーラ〉には周辺一帯の索敵をお願いしてくれ」

『了解』


 不規則に動き続ける偵察ドローンを眺めた。

『ハク、つかまえる?』

「ああ、ハクにお願いするよ」


 ハクはそろりと建物の外壁を移動すると、偵察ドローンに向かって糸を吐き出した。糸はすさまじい速度でドローンに迫ると、その直前であみのように大きく広がった。もちろん偵察ドローンは糸を回避しようと動いたが、もはや手遅れだった。


 すさまじい速度で迫り、網のように変化する糸の軌道を瞬時に予測することなど、どんなに優れたシステムを搭載していても難しいことなのかもしれない。あるいは、〈混沌の監視者〉と呼ばれる石像なら可能なのかもしれない、しかし偵察ドローンは一個の自律型機械でしかなかった。


「すごいぞ、ハク!」と、大袈裟おおげさにハクを褒める。

『ハク、すごい!』

 ハクは興奮しているのか、その場でトントンと跳躍する。


 私はハクが落ち着くのを待ってから声をかけた。

「ハク、ドローンをこっちに持ってきてもらえるか」

 私がそう言うと、ハクは触肢しょくしに引っかけていた糸を一気に引っ張り上げた。


 糸が複雑に絡みつくドローンをハクは私に差し出した。

『レイ、あげる』

「ありがとう、ハク」

 私は手袋を素早く外すと、ドローンに触れた。


『もう大丈夫』とカグヤが言う。

 〈接触接続〉によって、ドローンのシステムは完全にカグヤの支配下に置かれた。

「アーキ、標的は確保できたよ。今からそっちに行くから、少し待っていてくれ」

『了解しました。ここで待機しています』とすぐに彼女の声が聞こえた。


「ハク、その糸をもらってもいいか?」

『ん。あげる』


 ハンドガンの銃口を糸に押し当てて糸を完全に取り込むと、手のなかにある小型の偵察ドローンを眺める。円盤型の偵察ドローンは機能が停止しているからか、今は球体型に形状を変化させ、小さく手に収まっていた。


 ドローンの表面は全体が蜂の巣の模様に似たハニカム構造をしていた。鉄球のように冷たかったが、驚くほど軽い物体でもあった。飛行のための回転翼がなく、重力場を生成して浮かぶ機体のようだ。


「使用者の情報は得られたか?」

『ううん。データの送信先は、〈ジャンクタウン〉だって確認できたけど、それ以上の情報は何も得られなかった』

「そうか……」

『ドローンを起動してみるよ』


 ドローンが気になるのか、ハクは私の手のなかにある球体を覗き込んでいた。起動したドローンは周囲の色相を瞬時にスキャンすると、環境に合わせて装甲の表層を変化させた。ドローンを握っていたが、今では透明なガラス玉を手に持っているようにも見えていた。


『きえた!』とハクは驚く。

「ハクにも見えないか?」

『におい、いのち、ない』

「ハクは機械が苦手なんだな」

『ちょっと、にがて』と、ハクは地面をベシベシと叩いた。


『レイ、見て。機体に傷がある』

 ドローンを視線の高さに持ち上げて確認すると、装甲の一部がひび割れていた。

「捕まえるときに壊れたのか?」

『違うと思う。損傷箇所には汚れが付着しているし、すでに壊れていたんだと思う』

 ひび割れた箇所だけが空中に浮かんでいるようで、ひどく不自然だった。


「だから日の光を反射していたのか……」

『うん。この傷がなかったら、私たちは監視されていることにも気がつけなかった』

「拠点のことや、ヤトの一族のことも全部知られている可能性があるな」

『ほかにもこんなドローンが飛んでいるのかな?』と、カグヤが不安そうに言う。


「わからない。監視ドローンは、拠点入り口にあるシールドは通過できないよな?」

『うん。ドローンは見えないだけで、実際には存在しているからね』

「よかった」と私は息をついた。

「それなら拠点に戻ってこいつを調べよう」

『そうだね。でもまずは、アーキを迎えに行こう』

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