第117話 傭兵組合 re


 建設途中で放棄された建物、その最上階にある部屋には天井がなく、き出しの鉄骨に引っかけるようにして建物をおおっているシートが見えていた。


 息を潜めながら周囲に視線を向けると、薄暗い部屋の奥に、赤色の線で輪郭りんかく縁取ふちどられた人間がぼんやりと浮かんでいた。私は顔を上げると、青いシートに視線を戻した。


「こうして見ると、建物を覆うシートがいかに大きいか分かるな」

『そうだね。これだけのモノを用意するには、相当な資金と労力が必要なはずだよ』と、カグヤの声が内耳に聞こえる。

「襲撃者たちの背後にいるのは、やっぱり資金に余裕がある〈五十二区の鳥籠〉なんだろうな」

『それに私たちを監視していたのは、レイが考えているように雇われの傭兵だと思う』


 薄暗い部屋に視線を落とすと、小銃を構えながら、私に銃口を向けている男の姿が見えた。男は右の眉から頬に駆けて大きな傷痕があって、義眼を使用しているのか、瞳が赤色に明滅していた。


 階下から撃ち抜いていた男の太腿からは血液が流れていて、戦闘服を赤黒く染めていた。負傷し、多量の血液を失ったことで起きる身体からだの反応によって、男はひどく汗をいていて、全身がかすかに震えていた。それでも男は荒い息を繰り返し、柱に寄りかかった状態で私に銃口を向けていた。


「殺す気はない。だから銃口を下げてくれ」

「これだけのことをやっておいて、今更になって殺す気がないだと!」

 声を荒げる男を無視しながら、手に何も持っていないことを示すために、両手を胸元まで持ち上げて手のひらを男に見せた。


「お前たちが始めたんだ。俺は狙撃された。その攻撃で死んでいたかもしれない、だから反撃した」

「反撃だと? 過剰防衛にも限度があるだろ! 何人殺したんだ!」

「狙撃されて頭を撃たれても、お前は過剰防衛だと言うつもりか?」

「クソっ!」男は悪態をつくと、手に持っていた小銃を私の足先に放り投げた。


 男のライフルを拾い上げると、弾倉を抜いてチャージングハンドルを操作して、薬室内の弾丸を吐き出させた。

「お前は傭兵だな?」

 男の側に弾倉を抜いたライフルを立て掛ける。

「そうだ……」男は私を睨みながら答えた。


 それから男は足が震え、寄りかかっていた柱から倒れそうになる。

「足の治療をしてもいいか?」と、男は荒い息で言う。

「ああ、構わないよ」


 男はその場に座り込むと、ナイフで戦闘服を裂いて傷口を確かめた。それからバックパックの中身を乱暴にひっくり返して、消毒液が入った小さなボトルを手に取る。そして傷口に消毒液を出鱈目でたらめにかけると、包帯を伸ばして傷口に押し当てた。


 外で待機していた〈ワヒーラ〉から情報を得ていて、周囲に人間がいないことは確認できていた。それでも建物をおおうシートが風でめくれ上がるたびに、外の風景に注目した。何かが窓の外を横切ったように見えたからでもあったが、何度確認しても、〈ワヒーラ〉から得られる情報に不自然なモノは見当たらなかった。


「あんたは何者なんだ?」と、少し落ち着いた傭兵が言う。

「自分たちが監視していた男のことも知らないのか?」

 男は私の顔をじっと見つめた。頭部全体を覆う面頬をしていたからなのか、男には私が誰なのか分からなかったのだろう。マスクの形状を変化させて、首元の位置までマスクを下げた。


「こいつは驚いた。あんたはスカベンジャーのレイラだったのか」

 男は私の顔を見ると、大袈裟おおげさに驚いてみせた。


「俺は雇われの傭兵だ。ちかって言うが、俺たちの任務はあんたを害することじゃない。あんたの拠点を監視して、そこで何が起きているのかを報告することが任務だったんだ」

「何を優先して報告するように言われたんだ?」

「あんたの組織に所属している人間を調べ上げることだ」

「組織? 俺はただのスカベンジャーだ」と私は顔をしかめた。


 傭兵は鼻を鳴らすと頭を横に振った。

「あんたの首を狙っていた多くの人間が同じことを言っていたよ。あいつはゴミをあさることしか能がないネズミで、これは楽な仕事だと。けど、あんたを殺す依頼を受けた者は誰も帰ってこなかった」


『レイの殺害依頼ね……それは気に入らないな』とカグヤがつぶやく。

「そうだな」と私はカグヤに同意した。


 傭兵のすぐそばにしゃがみ込むと、彼にたずねた。

「あんたの依頼主は誰だ?」

「俺たちは〈ジャンクタウン〉の〈商人組合〉から依頼を受けたが、商人組合は〈五十二区の鳥籠〉から依頼を受けている」

 男はそう言うと、足の痛みに顔をゆがめる。


「どうしてそれを知っているんだ?」

「傭兵組合と商人組合の新たな取り決めだ。雇い主の情報を開示しない限り、俺たち傭兵は商人組合の依頼を受けない」

『取り決め?』とカグヤが言う。

『どうしてそんなものが必要になったの?』


「どうして取り決めが?」と、カグヤの代りに男にいた。

「商人組合の依頼を受けた大勢の傭兵たちが死んだからだ」

「死んだ?」

「中華街のマフィアどもとの戦争じゃない、あんたの襲撃に関わった者たちのことだ」


「それがどうして取り決めの問題に発展したんだ?」

「商人組合からの依頼は、たったひとりのスカベンジャーを殺せという内容だった。巨大な武装組織を抱える人間を殺せとは依頼されなかった」


『つまり傭兵組合は、商人組合に嘘の依頼をされたと、そう思ったんだね』

 カグヤの言葉にうなずくが、男が言った武装組織と言う言葉が気になった。

「武装組織なんてモノは存在しない」

「俺はこの仕事を下りる。だから隠す必要なんてないんだ。あんたの事を組合に報告する気はないからな」と男は頭を振る。


「いや、本当のことだ。襲撃には俺ひとりで対処した」

 男が顔をしかめると、彼の右目がかすかに発光した。

「それはあり得ないな。確実に依頼を達成しなければ、〈五十二区の鳥籠〉から多額の報酬を得られない。そういう条件になっていたんだ。だから商人組合は腕利きの傭兵に依頼を出したんだ。何が何でも依頼を達成するためにな」


「腕利きね……確かに人数は多かったな。砲撃専門の特殊部隊もいた」

「本当にひとりで対処したのか? ……いや、もう何だって構わない。俺にはもう関係のないことだ」

 男は気落ちしているのか、そう言うと溜息をついた。


「依頼の達成が条件か……。それなら、襲撃に立ち会って組合に結果を報告した連中がいたんだな?」

「ああ、たしかにいたな。そいつらは今、商人組合の警護をしている」


『ねぇ、レイ。それってもしかして、組合の建物屋上に陣取っていた連中のことじゃない?』

 カグヤの言葉にうなずいたあと、男に質問した。

「そいつらは黒ずくめの傭兵集団だな?」


「そうだ。けど傭兵組合も、もちろん全部あんたの仕業だとは思っていない。商人組合から提供された栄養剤を飲んで多くの人間が死んだから、正確な情報を手に入れられなかったんだ」


「傭兵組合は、商人組合の連中が栄養剤に毒を混入したと疑ったのか?」

「そうだ。あとで依頼主から提供されたモノだと分かったが、傭兵組合は賠償を求めた。その過程で商人組合と新たな取り決めができたんだ」

 男はそう言うと額の汗を拭った。


「そうか……どう思う、カグヤ?」

『嘘を言っているようには見えない。けど……』

「けど?」

『お金でどんなことでもできちゃう傭兵の言葉は、簡単には信じられないかな』

「そうだな」と私は溜息をついた。


『階下にいる傭兵の女にも同じ質問をさせるよ』。

「頼むよ」

 私はそう言うと、バックパックからコンバットガーゼの包みを取り出し、密閉していたビニール袋を破り、コンバットガーゼを男の傷口に押し当てた。

「止血剤が沁み込んだガーゼだ。押さえていろ」


 それから床に散らばる男の荷物の中から未使用の包帯を拾い上げると、男の足に巻いた。

「……すまない」

「気にするな。俺が撃ち抜いたんだからな」

 男は苦笑したが、何も言わなかった。


『ねぇ、アーキ』とカグヤが言う。

『なんでしょうか、女神さま?』

 階下に待機していた〈アーキ・ガライ〉の声が内耳に聞こえる。


『アーキが見張っている傭兵の子に、私の言った通りの質問をしてくれる?』

『わかりました』

『まずは監視の目的について聞いてみて』


 私はカグヤとアーキの会話を聞きながら、薄暗い部屋の奥に向かう。男からは敵意が感じ取れなかったので、攻撃される心配はしてなかった。


 外壁がない場所からは青いシートが見えていて、そのそばに大掛かりな機材が雑に積まれているのが見えた。その機材からはシートに向かってフラットケーブルが伸びていて、そのケーブルの先端がシートに取り付けられた専用の差込口に接続されていた。


 箱型の大きな装置の側には、〈超小型核融合電池〉がいくつか積まれていて、装置の電源に使用されていることが分かった。


 装置の上にはノート型の端末が置かれていて、端末のディスプレイには何の変哲もない空き地の様子が映し出されていた。その空き地に散らばるゴミや廃車には見覚えがあった。


『この装置を使って、建物を覆うシートに映像を表示していたんだね』とカグヤが言う。

「そのようだな……。それで、どうだった?」

『階下にいる傭兵の子も、その男と同じことを言ってたよ。彼らの仕事はあくまでもレイの監視だけで、攻撃は想定していなかったって』


「ハクが捕まえた連中は何て言っていたんだ?」

『何も聞き出せなかった』

「どうして」と、私は手に持っていた端末を装置の上に戻した。

『ハクは手加減してくれたみたいだけど、収縮しゅうしゅくする糸の性質の所為せいで、捕まえていた人たちは圧迫されて身体中の骨が折れて死んだ』


まいったな……ハクは落ち込んでいないか?」

『ううん。それはたぶん大丈夫だと思う』

「それなら問題ない」


「これからどうするんだ」と、男の側に戻るとたずねた。

「さっきも言ったと思うが、俺は〈ジャンクタウン〉に帰る。組合に違約金を払うことになるかもしれないが、ここでの監視は続けられない」

「違約金? そんなモノを組合に払う必要があるのか」

「組合から物資を融通してもらっていたからな。今回は支払わないといけないかもしれない」


「物資か……たとえば、このシートとか」と、建物を覆うシートに視線を向けた。

「そのシートは〈五十二区の鳥籠〉が提供したモノだが、武器やら人材を貸してくれたからな」

「人材か。あんたの仲間は、もうひとりしか残っていない」

「全員殺したのか?」と男は私を睨んだ。


 私は肩をすくめるだけで何も言わない。言うつもりもない。

「いや。あれはチンピラと変わらないような連中だ。死んでもしくはない」

 男はそう言うと頭を振った。


「同じ傭兵団の仲間じゃないのか?」と私は男の態度をいぶかしんだ。

「違う」

 男はそう言うと、側に立てかけていたライフルを杖にして、何とか立ち上がる。

「俺たちは寄せ集めの集団だ。組合の主力になるような傭兵団は、中華街のマフィアどもとの戦闘に駆り出されている」


「傭兵団の依頼主も〈五十二区の鳥籠〉か?」

「そうだ。報酬がいいからな」

「関わる必要のない争いごとに首を突っ込むんだから、きっと報酬はいいんだろうな」


「ああ、信じられない額がもらえる。と言っても、戦争を生き延びて、報酬の全額を受け取れるやつなんてほとんどいないけどな」

「悲惨だな」

「ああ」


「受け取ってくれ、こいつはあんたのだ」と、男に弾薬の詰まった弾倉を渡す。

「いいのか?」と傭兵は驚いた。

「何が?」

「俺があんたを攻撃するとは思わないのか」


「攻撃されたら反撃すればいいだけのことだよ。それにあんたからは俺を攻撃する意思は感じ取れない。それに今更いまさら命を危険にさらして攻撃する利点もないだろ」

「なんでもお見通しか」と、男は乾いた笑みを口の端に浮かべた。


 傭兵は弾倉を受け取ると、じっと弾倉を睨んで、それからモールベルトに挿した。

「助かるよ」と傭兵は言う。

「ジャンクタウンに帰る際には必要になるからな」


「そんな状態で帰れるのか」と私は無責任なことを言う。

「さあな。人擬きに殺されて死ぬかもしれない」

「このあたりは人擬きの数が少ない、案外、生き残れるかもしれない」

「たしかに人擬きは見かけないな。人擬きを追い出したのか?」


「ああ。それで、この場所はどうするんだ?」

「どうにもできない。拠点は放棄するしかない」と男は頭を振る。

「そうか」

 私はそう言うと、青いシートを眺める。

『シートを頂いちゃうつもり?』とカグヤが言う。

「拠点近くにある監視所で使えるかもしれない」


 階段を下りていく男の背中を見ていると、空気がわずかに揺れて頬をくすぐる。

『レイ!』と、ハクの元気な声が聞こえた。

 視線を薄闇に向けると、ハクの長い脚がゆっくりとあらわれて、一本、また一本と暗闇の中から伸びてきて、そのあとにハクが姿を見せる。


「どうしたんだ?」と、ハクの登場の仕方に驚きながらたずねた。

『つかまえる。しっぱい』

「捕まえた連中が死んだことを気にしているのか?」

『ん』


「今回は仕方ないよ」と、私はハクを撫でる。

『ねぇ、レイ』とカグヤが言う。『ハクのことを傭兵に知られちゃったけどいいの?』

「あの傭兵はハクを見ていないだろ?」

『階下に女の子がいたでしょ? 彼女には見られている』

「あぁ、たしかに見られたな……」


『どうするの?』

「ハクのことは秘密にしていたいけど、そろそろ限界かもしれないな」

 私はそう言うと、ハクのパッチリした大きな眼を見つめた。

『レイが白蜘蛛と仲間だってことが、すでに知られているって思うの?』

「ああ。それに一部の人間には、俺たちの拠点が蜘蛛の巣に覆われていることも知られている。だからもうハクのことは隠せないと思う」


『一部の人間って、襲撃のさいに立会人をしたっていう傭兵団のこと?』

「そうだ。襲撃があったとき、カグヤは連中の存在に気がついていたか?」

『ううん』とカグヤは否定する。

『上空のカラスと、それから〈ワヒーラ〉のセンサーにも反応はなかった』


「奴らがどんな風に姿を隠しているのかは分からないが、ハクのことは知られているだろう。だから今更、隠しても意味がないと思う」

『そっか……そうだね。もう隠しても意味がない』


「それに」と私は言う。「今も見張られている」

 シートの切れ目から見えていた風景に視線を向けると、空中に浮かんでいた〝何か〟が日の光を反射して、そのまぶしさに思わずまぶたを閉じた。頭部全体をマスクで覆うと、視線の先を拡大した。


『偵察ドローン?』とカグヤが言う。

 円盤型の超小型偵察ドローンが空中に浮かんでいるのが見えた。

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