第108話 檻 re


 建物に覆い被さる巨大な〈建設人形〉の、ちょうど胸元の位置にある建物の煙突からは黒い煙が立ち昇っていて、その周囲に数羽のカラスの姿が確認できた。我々は建物の裏手に回り込むようにして静かに移動した。


 略奪者たちのほとんどは、すぐ近くの別の建物に集まっているようだったが、周辺の建物にも多くの略奪者が潜んでいることは〈ワヒーラ〉から得られる情報で分かっていた。


 建物の近くには武装が施された改造ヴィードルが数十台ほど止められていて、その側にある掘っ立て小屋の窓からは、頬杖をついた男が居眠りをしているのが見えた。レイダーギャングのヴィードルを管理している整備士なのかもしれない。男の背後には整備に使用する工具や部品が所狭ところせましと置かれていた。


 〈カラス型偵察ドローン〉の情報で周囲に戦闘員がいないことを確認すると、私は身を低くしながらヴィードルの近くに向かい、レオウとヌゥモは掘っ立て小屋に侵入した。


 レオウは居眠りしていた男の背後に回ると、男の口を塞ぐのと同時にコンバットナイフを喉に深く突き刺した。男はビクリと驚いて身体からだをモゾモゾと動かしていたが、レオウがナイフをひねると全身の力を抜いて机に突っした。レオウはそのまま男の身体からだを小屋の奥に引き込むと、外から見えないようにした。


 視線の先に拡張現実で表示されていた索敵マップ確認すると、小屋のなかにいる略奪者たちの反応が徐々に薄くなり消えていくのが見えた。ヌゥモに殺されたことで、〈ワヒーラ〉の動体センサーで生体情報がとらえられなくなったのだろう。敵対的な存在を示す赤い点が消えると、掘っ立て小屋の中にはレオウとヌゥモを示す青い点だけになった。


 タクティカルグローブを外すと、適当に駐車されていたヴィードルに次々と触れていった。カグヤに協力してもらいながら、〈接触接続〉で略奪者たちの車両の操縦権限を上書きしていく。車両のマスターキーを所持していたとしても、私の生体情報がなければエンジンを起動することができなくなる。


 これでレイダーギャングは、ヴィードルを使った戦闘が完全にできなくなった。車両に触れて操作権限を上書きしているさい、車両の装甲に落書きをしていた略奪者を見つけて躊躇ためらうことなく即座に殺すと、運転席で居眠りしていた女も殺した。二人は私の存在に気づくことなく死んでいった。


 周囲の安全確認が終わると、カラスから受信していた情報に注意を向ける。カラスは我々の上空をしばらく旋回すると、ツル植物が絡みついた建物の窓に止まってづくろいを始めた。そうして本物のカラスさながらの行動を取りながら建物内の様子を観察した。


 略奪者が本拠地にしている建物内は薄暗く、用途不明のゴミで乱雑らんざつとしていた。床には大量の酒瓶と食べかけの缶詰が転がっていて、汚れて茶色に変色したマットレスには略奪者のひとりが横たわりいびきをかいて眠っていた。


 汚れたマットレスや、クッションがき出しのソファーで眠れる略奪者はまだいいほうで、吐瀉物としゃぶつの横で眠っている者もいれば、床に転がるドブネズミの死骸を枕にして眠っている者もいた。


 カラスはトントンと跳躍ちょうやくして移動すると、上階の窓から建物内を覗き込んだ。ガラスのない窓枠の先は薄暗くて、天井や壁からがれた壁紙が垂れ下がっているのが見えた。そこには十数人の女性がいて、錆びた鉄格子が目立つ檻に入れられていた。

 部屋は恐ろしく汚く、汚物の入ったバケツや人間の死体が放置されていて、力なく床に座り込んでいる女性たちの近くを昆虫が動き回っていた。


 彼女たちは廃墟の街で略奪者たちに捕らえられて、この場所で監禁されているのだろう。ここまで来る途中に見かけた光景が頭をよぎった。広場で射撃の的にされている人間がいたのだから、捕らえられている人間がいても不思議じゃない。


 理由は分からなかったが、私はらえられている人間がいることを想定して行動していなかった。略奪者に対処することで頭がいっぱいで、他の可能性を見過ごしていたのかもしれない。


 以前、食人鬼の集団と敵対したことがあったが、この場所を占拠している集団は、人間を食べるために捕らえているのではなく、恐らく単純な快楽のために人間を捕らえているのだろう。その証拠に、部屋には死んで間もない人間の死体が放置されていたが、食べるために肉が切り分けられた様子はなかった。


 捕らえられていた複数の女性に味方だと示すタグを貼り付けると、近くにいたレオウとヌゥモに小声で言った。

「これから敵の本拠地に侵入する。事前の打ち合わせ通り、建物内で見かけた人間はひとり残らず殺してくれ」


 ヌゥモはうなずいたあと、フェイスシールドに表示されている地図を見ながら言う。

「レイラ殿、この青い点は?」

「レイダーたちにらわれている人間で、俺たちの敵じゃない」

「その者たちも一緒に処分しますか?」

「いや、殺すつもりはない。助けようと思っている」


「助ける?」と、ヌゥモは眉間にしわを寄せる。

「ああ、俺たちが相手にするのは、脅威になりえる人間だけだ」

「わかりました」

「それじゃ、もう一度だけ確認しよう」と、私は建物を眺めながら言う。


「俺たちはこの場で騒ぎを起こして、敵を混乱させることが目的だ。騒ぎを聞きつけて、周辺の建物から大勢のレイダーたちが駆けつけてくることになる。そのさい、所定の位置で待機しているヤトの部隊は、混乱している敵を強襲して一気に叩く」

 レオウとヌゥモがうなずくのを確認したあと、私はつづけた。

「そうなったら、彼女たちは戦闘の巻きえになって死ぬかもしれない」


「では、どうするのだ。レイラ殿」とレオウが言う。

「このまま隠密行動を続ける。らえられていた女性たちの安全が確保されてから、作戦を開始する」

「その人間を救うことに意味はあるのか?」


「意味はないのかもしれない。けど彼女たちは俺の手が届く範囲にいて、助けられるかもしれない命だ。見て見ぬふりをして放っておくことはできない」

 レオウはじっと私を見つめて、それからうなずいた。

「わしらはレイラ殿のために戦うと誓った。レイラ殿がそれを望むのなら、それが叶えられる協力をするまでのことだ」


「ありがとう。ヌゥモはどうだ?」

「レイラ殿について行きます」と、ヌゥモは鈍色にびいろの髪を揺らした。


 〈建設人形〉から垂れ下がっている太いケーブルをつかむと、力任せに引っ張ってケーブルの強度を確認した。ツル植物が巻き付くように複雑に絡みついていたが、ケーブルは登るのにちょうどいい太さをしていた。そのままケーブルを使って登っていくと、二階の窓から建物内に侵入した。


 植物が絡みついた窓から差し込む日の光が、荒れ果てた建物の様子を鮮明にする。壁紙や床材のがれた室内を一瞥いちべつすると、レオウとヌゥモが窓から侵入してくるのを待った。


 建物内の略奪者たちを示す赤い点には、ほとんど動きが見られなかった。偵察ドローンで確認していたように、他の部屋にいる略奪者たちは眠っているのかもしれない。薄暗い廊下を進み、数人の略奪者の反応がある部屋まで行くと、略奪者たちがいびきをかいて眠っているのが確認できた。昨夜は派手に飲んでいたのか、部屋の至るところに酒瓶が転がっている。


 我々は音を立てないようにして、足の踏み場もない部屋の中を移動する。略奪者たちは我々が近づいても起きる気配がなかった。右手首の刺青から刀を出現させると、眠っている略奪者たちの喉を突き刺していった。


 まるで単純な流れ作業をしているように、刺しては場所を移動して、また同じことを繰り返す。略奪者たちを殺すことよりも、音を立てないことに気をんだくらいだった。


 ヤトの刀は略奪者たちの血液を取り込んで己のかてとしていたが、先程さきほどの戦闘で感じた高揚感はなく、快楽に酔うこともなかった。


 手分けして部屋で眠っていた略奪者を殺し終えると、バックパックから取り出した爆薬を部屋に設置していった。


 らわれた女性たちの部屋に向かう道程みちのりで見つけた部屋はすべて確認し、そこに略奪者がいれば殺して爆薬を設置していった。幸いなことに、建物を警備していた数人の略奪者たちは危機意識がなく、ライフル片手に適当に建物内を巡回しているだけだった。


 まさか本拠地に侵入されるとは思っていなかったのか、警備要員だった略奪者たちは我々の存在に気がつくことなく死んでいった。


 猫ほどの体長があるドブネズミが駆け降りてくる階段を、我々は上階に向かって進んだ。

 女性たちをらえている部屋の前には、談笑する略奪者が二人いた。二人の話を盗み聞いた限りでは、彼らはらえられていた女性たちの管理をしていて、女性を貸し出してほしい略奪者から金を受け取ることも二人の仕事だった。


 二人の聞くに堪えない猥談わいだんにうんざりすると、レオウとヌゥモをその場に待機させて私はひとり部屋の前に向かった。

「なんだ兄ちゃん、こんな時間から女がしいのか?」

 略奪者の女は顔に笑顔を張り付けたまま私にそう言った。

「そうだ」カウンターの向こうにいる女にうなずく。


「あん? ずいぶんと小綺麗な恰好をしてるな」

 前歯の欠けた男が私に顔を近づけながら言った。男の身体からだからは吐き気をもよおす酸っぱい臭いがした。

「隊商を襲撃したときに奪ったんだ」と、私は嘘を口にする。


「昨日の襲撃か! あれはいいモノだったな」

 急に笑顔を見せた男に調子を合わせるようにうなずくと、カウンターの奥にいた女も唾を飛ばしながら話に割り込んだ。

「あれは実によかった。たくさん殺せたし、銃もぶっ放せた。新しい奴隷も手に入ったし。どうだい、兄ちゃん。今なら手垢のついてない女が、なんとひとりいるんだ!」


「男が趣味じゃないのか?」と前歯の欠けた男が言う。

「なんだ男が目的か? 残念だけどここにいた男は親分に射撃の的にされて、昨日の夜に全員死んじまったばかりなんだ。私のお気に入りも殺されたんだ」

 女はそう言うと、かさぶたが目立つモヒカン頭を振った。髪を剃るときに失敗したのだろう。

「そうか」と、私は溜息をついた。


 他にもらえられている人間がいると思っていたが、まさか全員殺されているとは思っていなかった。

「そんなことで落ち込むなよ、兄弟。男なんてすぐに捕まえられる。今日のところは女で楽しんでくれ」と、前歯の欠けた男が言う。


「新しく入った子は高いけどね。ほら、カードを差し込みな!」

 モヒカン頭の女はそう言うと、カウンターに置かれた箱型の端末を私のほうに向ける。私は端末に触れながらIDカードを差し込んだ。


 前歯の欠けた男は女性たちがらえられている部屋の扉を開けるために、扉横にある端末に近づく。男の手が端末に触れると、生体認証による確認が行われて、それから扉がゆっくり開いた。


『檻の扉を開くのにも、男の生体情報が必要そうだね』

 カグヤの言葉にうなずくと、声に出さずに返事をする。

『情報を奪えるか?』

『任せて』


「うん? どうして残金が表示されないんだ」

 モヒカン頭の女は難しい顔をして端末を睨む。

「どうした?」

 前歯が欠けた男が部屋の扉を開いたままカウンターに戻ってくる。


「このポンコツに売上金の残高が表示されないんだ」

「そんなことあるかよ」男は乱暴に端末を操作した。

「いや、これは……金が全額引き出されてやがる」


 かんがいいのか、状況を理解した男は肩に提げていたライフルを持ち上げようとした。しかしそれは叶わなかった。男の背後にあらわれたレオウが、彼の首を一気にひねって首の骨を折ると、ヌゥモがモヒカン頭の女の喉元に剣を振り下ろした。長剣は女の鎖骨を砕いて、肺を斬り裂いて、脇腹から出るとイスに深く突き刺さった。


「手を出すのが早かったか?」とレオウが言う。

「いや、ちょうどいいタイミングだった」

 私が笑みを見せると、レオウもニヤリと微笑んだ。


 悪臭がする部屋に入っていく。鉄格子の向こうにいる女性たちは、生気のない表情で我々を一瞥いちべつしただけですぐに顔をせた。悪臭の正体は部屋の壁際に積み上げられた人間の死体で、さらに言えば部屋に設置されていた暖炉からだった。

 暖炉には薪と一緒に人間の遺体が入れられていた。焼け焦げた死体は収縮しゅうしゅくした筋肉によって骨が折れていて、異様な姿をしていた。


 女性たちの檻は施錠されていたが、ヌゥモが切断して持ち込んでいた男の新鮮な手を端末に認識させると簡単に開いた。すでにカグヤが情報を入手していたので、手を切断する必要がなかったが、あえて野暮なことは口にしなかった。


「私に近寄るな!」

 檻に入ると錆びた鉄格子に身を寄せるように、檻のすみにいた女性が声を上げる。

「助けにきたんだ」と、身綺麗な女性に言う。

 周囲の女性はひどく汚れた格好をしていて、力なく痩せ細っていた。

「嘘をつくな! そう言ってお前たちが連れ出した女たちは、誰一人帰ってこなかった!」と女性は頭を振った。


『安心させてから殺していたのかな……』とカグヤがつぶやく。

「残虐でひどく悪趣味なやり方だな」


 女性の側に向かうと、彼女のあごを持ち上げてつくづくとその顔を見た。黒髪に黒い瞳、右目から耳にかけてあざがある。しかし痣は殴られてついたモノではなくて、ずっと以前からある火傷の痕にも見えた。


「名前は?」

「ヤマダだ」

「それは苗字だ。名前が聞きたいんだ」

「私はヤマダで、それ以外の名前はない!」

 彼女はそう言うと、自身の顎を掴んでいた私の手を払った。


「レイラ殿」とヌゥモが言う。「敵に動きがありました」

 ヤマダは急に近付いたヌゥモの姿に驚いてビクリと身体からだを震わせた。


 フェイスシールドに表示されている地図を確認する。階下に放置してきた略奪者たちの死体が見つかったのかもしれない。戦闘員の位置を示す赤い点がせわしなく動いているのが確認できた。階下からは略奪者たちの騒がしい声も聞こえるようになっていた。


「ヤマダ、死にたくなければ俺の言うことを聞いてくれ」

「だから――」

 口を開こうとするヤマダの口を鷲掴わしづかみにする。

「騒ぐな、いいな。もう時間がない、他の女を集めて部屋の奥に向かってくれ」


 ヤマダは何かを言おうとしていたが、私は頭を振るとハンドガンを抜いた。

「本気なのか?」と、ヤマダの表情に疑問符が浮かんだ。

「本気で私たちを助けに来てくれたのか?」

「そうだ。カグヤ、ミスズと話がしたい」

『了解』


『どうしました、レイラ?』と、ミスズの声が内耳に聞こえる。

「レイダーたちに監禁されていた数人の女性を見つけて保護した。攻撃が始まったら応援に来てくれないか」

『わかりました。すぐに支援に向かいます』


 ミスズとの通信を終えると、私はヌゥモの側に向かう。

「ヌゥモはレオウと一緒にこの階にとどまって、階下からやって来る敵に対処してくれ」

「わかりました。レイラ殿は?」

「作戦開始だ。俺は連中をひとり残らず殺してくる」

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