第107話 傲慢 re


 腐った木材とフェンスで雑に組まれたバリケードを越えて、我々は凶悪な略奪者たちが徒党ととうを組む区画に侵入した。上空を旋回している〈カラス型偵察ドローン〉で、すでにバリケードの周囲に見張りがいないことが確認できていたので、とくに警戒することなく移動を続けた。


 そのバリケードは白骨化した人間の骨や動物の骨で飾られていた。威嚇のためか、あるいはみずからの存在を誇示こじするためのモノなのかもしれない。それを物語るように、バリケードの側には鉄棒に突き刺さった状態で絶命した複数の死体が放置されていた。


 死んでいるモノたちの身形から、かつて略奪者だということが分かる。その死体は恐らく、付近一帯で活動する敵対組織に対する警告なのだろう。腹を裂かれ内臓を地面に垂らしている死骸は警告標識だ。この地域は我々が支配しているのだと、そう警告するための。


 略奪者たちが占拠せんきょしている区画は、ジャンク品や廃材、そしてゴミに埋もれていてひどい有様だった。放置車両が派手な色で塗装されていて、道路や歩道に積み上げられている。また卑猥ひわいな絵が描かれた建物からは、人間の首のない死体が吊るされていて、小さな広場の中央には射撃の的にされた人間の死体が大量に放置されていた。


 放置された死体は悪臭を放っていて、二十センチはありそうな昆虫がハエと一緒に死骸にたかっていた。その死体の中には幼い子どものモノだと思われる遺体も複数確認できた。横たわった女の子の死体の側を通り過ぎるときに、彼女の瞳のない暗い眼窩がんかからブヨブヨと太った蛆虫うじむしが顔を出しているのが見えた。


 武装集団が占拠している区画に侵入するまえに、我々は複数の部隊に別れていた。ヤトの戦士で五人一組の隊が編成されていて、部隊は全部で四組になった。少人数の隊は略奪者の縄張りを包囲するように、あらかじめ相談し決めていたそれぞれの位置に移動していた。それぞれのヤトの部隊には〈ワヒーラ〉が同行していて、戦闘の支援を行うことになっていた。


 上空にいるカラスに加えて、四機の〈ワヒーラ〉が周辺の精細な地形図と敵の情報を取得していて、リアルタイムで我々に情報を送信することになる。それらの情報はカグヤが瞬時に精査して、戦術ネットワークを介して各々が装着しているガスマスクのフェイスシールドに視覚情報として表示される。


 ミスズとナミはヴィードルに搭乗していて、作戦行動中、遊撃に徹することになる。ヴィードルによる強力な火力と突破力で敵を攪乱かくらんしてもらう。私はレオウとヌゥモを連れて本拠地に潜入して、敵の心臓部を一気に叩く算段さんだんだ。


 〈ウェンディゴ〉を操縦するウミは所定の位置まで移動すると〈環境追従型迷彩〉を起動して、周囲の景色に溶け込むようにして車両を認識しづらくしたあと、戦闘用機械人形に意識を転送して周辺警備を行うことになる。彼女が戦闘に参加しないのは、非常事態のさいに我々が速やかに脱出できるために、ウェンディゴの周囲の安全を確保するためだった。


 〈環境追従型迷彩〉はウェンディゴに備わる機能のひとつで、周囲の景色を瞬時に認識し、環境に適応できるカモフラージュパターンを生成する技術のことだ。完全に敵の目から隠れることはできない。しかし隠密効果は高く、遠目から見れば周囲の景色と同化して透明になっているように見える。


 フェイスシールドに表示される索敵マップには、周辺一帯の正確な地形図の他にも建物に潜んでいる生物の姿が赤い点として表示されていた。略奪者だと思われる赤い点の多くは、彼らの縄張りの中心地に集まっていた。おそらくほとんどの略奪者が本拠地付近の建物で生活しているのだろう。


『敵の姿を確認しました』

 ヤトの戦士から通信が入る。索敵マップを確認すると、周囲の監視を行うために略奪者たちが使用していた建物の近くに、ヤトの部隊が待機しているのが見えた。


「その位置から監視所にいるレイダーを狙撃することは可能か?」

『問題ありません』と女性が答える。


 彼女は〈アーキ・ガライ〉と呼ばれる戦士で、ヤトの一族が使う古い言葉で〈大樹たいじゅ〉という意味の名前を持つ女性だった。ミスズが行っている戦闘訓練で射撃に関して優れた成績を残していた。彼女のように射撃で好成績を残した者には狙撃銃を支給していて、各部隊に腕のいい狙撃手として割り振っていた。


 略奪者が監視所として利用していた建物内に複数の動体反応が確認できたが、建物屋上で監視していた人間は二人だけだったようだ。残りの反応は監視所の交代要員として常駐している略奪者のものだろう。


 アーキ・ガライが所持する狙撃銃には特殊な消音器が取り付けられていて、私がいる場所まで銃声は届かなかった。しかしフェイスシールドに表示される映像で、監視をしていた略奪者が血煙をあげながら倒れるのが見えた。


 ヤトの一族は密に連携を取り、狙撃と同時に建物内に侵入して次々と敵戦闘員を殺していった。ルームクリアリングはミスズが訓練で最も重要視していた項目なだけあって、索敵マップに青い点で表示されるヤトの戦士に無駄な動きは一切見られなかった。


 アーキ・ガライは短い間隔で射撃を行い、監視所にいた二人のレイダーを二発の銃弾で見事に射殺していた。

「ナイスショットだ」

『これくらい簡単にできます』と彼女は答える。


 別の部隊からも連絡がきて安全が確保されたことが分かると、敵が占領する区画に侵入する。

「レイラ殿」

 先行していたヌゥモが壁を背に立ち止まると、私も建物の陰に身を隠す。

「どうした?」

「複数の人間を確認しました」


 上空を旋回していたカラスに指示を出して敵部隊の確認を行う。カラスは倒壊した建物の窓から飛び出していた枯れ枝に止まると、略奪者たちに眼を向けた。


 騒がしい笑い声と共に道路の向こうから、十数人の略奪者が歩いてくるのが見えた。裸に近い格好をしていた男女は、専用のホログラム投影機で着飾っていた。ホログラムで表示されている鬼のツノやコウモリの翼、ユニコーンのツノや天使の翼を自慢げに周囲に見せびらかしていた。ホログラムを投影しているのは、クリップ状の小さな装置で、彼らはそれを思い思いの場所に取り付けていた。


「始末するか?」

 レオウはそう言うと、胸元のコンバットナイフを抜いた。

「我々が侵入したことを敵本隊に感づかれないように、可能な限り音を立てないように始末しよう」

 私の言葉にレオウは笑みをみせて、ヌゥモは静かに腰の長剣を抜いた。


「路地に誘い込む、それまで動かないでくれ」

 レオウとヌゥモがうなずいたのを確認すると、大通りに向かって拳大の瓦礫がれきを投げた。それはヴィードルの残骸に直撃して小さな音を立てた。


「おい」と、先頭を歩いていた略奪者の女が立ち止まる。

 女の手袋はホログラムの真っ赤な炎に包まれていて風に揺らいでいた。

「お前だ。見てこい」

 女はとなりに立っていた男をライフルで小突いた。


「どうして俺が?」

 男はそう言うと、酒瓶を建物に向かって投げつけた。

「変異体の化け物かもしれないからだ」

「それなら尚更なおさら、俺は行きたくねぇな」


だまれ変態。お前が廃墟でつかまえた人擬きの手足を切断してから、寝床に連れていって何をしているのか私が知らないと思っているのか?」

「わかったから、そいつは秘密にしとけ」

 男は女にいやらしい笑みをみせると、ホログラムで表示されていた背中の甲羅を揺らしながら小走りで路地に向かってきた。


 略奪者たちから死角になる場所に入ると、ヌゥモは容赦なく男の首をねた。そしてそのまま男の身体からだを支えると、音を立てないように壁際に静かに寝かせた。


「ったく、何やってんだ」と女が悪態をつく。

「小便してんだよ、きっと」と、別の女が大きな胸を揺らしながら笑う。

「あいつ病気で尿漏れを気にしてたから」


「お前だってこの間、飲み過ぎて糞を漏らしてただろ」と、男がホログラムで投影されたゾウの鼻をくねらせると、騒がしい笑い声が路地に木霊こだました。 

「もういい」

 女は苛立いらだった声で言うと、路地に向かって歩き出した。


 ホログラムで派手に着飾る他の略奪者たちも女に続いた。私はレオウとヌゥモに目線で合図を送ると、略奪者たちが近づくのを待った。


 路地に入ってきた男が血溜まりに足を滑らせて、壁際に寄りかかる仲間の死体を見つけるのと同時に私は建物の陰から飛び出した。


 レオウが投げたナイフが男の喉に突き刺さると、ヌゥモは虎の尾を生やした女の肩口に向かって長剣を振り下ろした。刃は女の脇腹から綺麗に抜けて、彼女を二つに切断した。


 私は走りながら〈ヤト〉の刀を右手に出現させると、目の前にいた女の胸を刺し貫いた。女は戸惑い驚いた表情で私を見つめた。それから炎が揺らめく手袋で私の腕をつかんだが、それはホログラムだったので熱を感じることはなかった。


 女の身体から刀身を引き抜くと、彼女のとなりに立っていた男の首を切断した。彼は最後の瞬間まで、何が起きたのか理解していなかった。返す刀でさらにもうひとりの男の胴体を腕ごと両断した。


 ヤトの刀は殺したモノの魂を己の力に変えていた。刀身が敵の身体からだに深く突き刺さると、生命力とも呼べるモノが刀身を伝って私にも流れ込んできた。そのたびに例えようのない快楽に身悶みもだえ、全能感に意識を手放しそうになる。


 私はおびえる略奪者たちの間に、得体の知れない幻影を見た。着物を着た黒髪の美しい女性が私に微笑み、私を闇に誘う。刀身があやしく輝き鈴の音を響かせると、血を求める刃が闇の中でまたたく。ヘビのうろこにも似た刃文が浮き出た刀は略奪者たちの肉を裂き、内臓を貫いて骨を切断した。


 ヘビの首のように振るわれる刃は、敵対するモノを殺し尽くすまで止まらない。噴き出す血液は尾を引いて刀身に吸われていく。

 敵対者に対する絶対的な優越感に意識が引っ張られていくのが分かる。まるで快楽の沼に沈み込むように、意識が混濁こんだくしていく。


 胸を突き破って今にも飛び出そうとするたかぶった感情を冷ましながら、私は手の中で脈動する刀に語りかけた。

「お前の望みは殺し奪うことじゃない。ましてや、俺を支配することでもない」

 刀は悲鳴を上げるように手の中で震えていたが、やがて右手首の刺青に戻る。


 私は横たわる物言わぬ無数の死体の中心に立っていた。

「レイラ殿」とレオウが静かな声で言った。

「すまない、取り乱した」と、私は息を吐き出しながら言う。

「けど、もう大丈夫だ」


「うむ」

 レオウはうなずくと死んだ男の側に屈みこんで、男の首からコンバットナイフを引き抜いた。それからナイフについた血を指ですくい取ると、自身の顔に塗りつけた。真っ赤な血液が付着した指は額から頬を通って、首元をなぞっていく。


「殺した者の魂をわしらの血肉に取り込み、一時的に預かる儀式だ」とレオウは私に言う。「部族に伝わる古いきたりだ」

「預かった魂はどうなる?」

「わしらの力になり共に生きる。わしらが死ぬと、共に神々のもとに帰る」


「どうしてそんなことを?」

「憎しみを抱いた魂は現世を彷徨さまよう。しかしわしらと共にあれば迷うことはない」

「それは――」


傲慢ごうまんな考えか? たしかにそうだな。みずから殺しておいて憎しみを育てる。そして憎しみで迷わぬようにと言い訳を口にして、死者を己の糧にして魂さえも縛る。しかしレイラ殿、生きるとはまさしく他者を食い物にすることなのだと、そう思わないか?」

「俺は――」


「レイラ殿、周囲に敵はもういません」と、ヌゥモが通りから姿を見せながら言う。

「わかった」

 我々は略奪者の死体を放置して先に進む。遺体は本来なら変異体のえさにならないように焼却処分したほうがいいが、今は敵に見つかるようなことはできない。しばらくの間、薄暗い路地に転がっていても問題ないだろう。


「カグヤ、最適化した移動経路を表示してくれ」

『わかった。ところで、レイは大丈夫なの?』

「少しヤバかった。あれは妖刀のたぐいだな」

『楽しそうに殺してた』


「そうだな」

『気をつけないとね』

「分かってる」と、拡張現実で表示される地図を確認しながら答える。

『なら、いいけどさ』と彼女は言う。『そういえば、ミスズから連絡が来たよ』


「彼女の状況は?」

『戦闘位置についたって』

「ヤトの部隊は?」

『もう位置についてるよ。レイの合図でいつでも攻撃を始められる』


「了解……。なぁ、カグヤ」

『うん?』

「気遣ってくれて、ありがとう」

『どういたしまして』

 カグヤはそう言ってクスクスと笑った。


 略奪者たちの位置を示す赤い点を避けるようにして通りを進むと、前方に複数の機械人形を確認した。それらの機械人形は旧式の〈警備用ドロイド〉や〈アサルトロイド〉だったが、ほとんどの機体は損傷していて原形が残っていなかった。


 略奪者の手によって改造されているのか、マネキンの白い頭部を持つ〈警備用ドロイド〉や、マニピュレーターアームにアサルトライフルが取り付けられた掃除ロボット、それに人間の骨で飾られた〈アサルトロイド〉の姿も確認できた。


『そのまま進んで』とカグヤが言う。

『機械人形は〈ワヒーラ〉の強力なハッキング装置で、一時的に支配下に置いてある』

「攻撃してこないのか?」

『攻撃されないよ。そもそもレイたちの存在を認識できないようにしてある』

「わかった」


 我々は悪趣味な改造が施された機械人形の側を素早く通り過ぎた。

 敵の本拠地と思われる建物の側までやってくると、巨大な〈建設人形〉が建物に覆い被さるようにして動きを止めているのが目に入る。その建設人形の胴体には、建物から伸びたツル植物が絡みついていて、機械の巨人を呑み込もうとしていた。

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