第109話 餌場 re


 ヤトの戦士たちに攻撃開始の合図を送ると、建物に侵入したときに設置していた爆弾を起爆させる。爆弾は威力が調整されたモノだったが、すさまじい炸裂音と共に建物全体がきしんで揺れるのを感じられた。


 レオウとヌゥモは階段の近くに陣取ると、階下からやってくる敵戦闘員に対処することにしたようだった。二人はレーザーライフルの電源を入れて戦闘に備えた。


 レーザーライフルは〈超小型核融合電池〉を使用する兵器で、電池を使い切るまでレーザーを数百発撃ち続けられるモノだった。弾倉の再装填等の操作を必要とせず、射撃が得意ではないレオウでも十二分に扱えるモノだった。しかし射撃に関しては、レオウが自分で得意ではないと言っているだけで、射撃の成績がかったことを私は知っていた。


 そして爆発音が合図になり、周辺に待機していたヤトの部隊も略奪者たちを強襲するために動き出す。ここからは時間との勝負だった。いかに素早く行動できるかで、敵戦闘員に与えられる損害に変化が出てくる。


 圧倒的な素早さで行われる奇襲に勝る攻撃力は存在しない。だから略奪者たちは混乱の中で多くの死者を出すことになるだろう。そしてその奇襲は、圧倒的に人数の少ない我々に勝利を呼び込むことになる。


 階下の爆発音に驚いた戦闘員が音の正体を確認するために、上階から駆け下りてくる姿が見えた。その戦闘員を冷静に撃ち殺していった。略奪者たちが本拠地に侵入者がいると気づくのは時間の問題だった。だから我々の存在が知られていない短い時間を使って、我々は戦闘員の数を一気に減らすつもりだった。


 ハンドガンの弾薬を上手うまく切り替えて射撃を行っていく。略奪者たちの装備は極端で、ほとんど何も身に着けていない者もいれば、鉄板や機械人形の胴体パーツを改造して着こんでいる者もいた。それらの略奪者に対応するため、弾薬の素早い切り替えは必要不可欠だった。もっとも、通常弾でも簡単に貫通できる防具だったので、そこまで神経質になる必要はなかった。


 戦闘員の死体で階段がいっぱいになってようやく略奪者たちは襲撃されていることに気がついて、我々に対する攻撃を始めた。私は物陰に身を隠すと、上階に向かって手榴弾を放り投げる。すると階段の先にいた戦闘員が手榴弾をキャッチする。男は驚いて自分自身の手の中にある手榴弾を二度見した。


 私は壁を背にして手榴弾の爆発をやり過ごした。炸裂音のあと顔を出して階段の先を確認すると、男は爆発の衝撃で吹き飛んでいてその場にいなかった。しかし男が立っていた場所には血溜まりと男の肉片が残されていて、彼が死んだことを教えてくれていた。


 戦闘員は銃声や仲間の死にかまうことなく、私を殺すために上階からぞろぞろとやってくる。略奪者たちの中には、みずからの胸に注射器を突き立てる者もいた。おそらく覚醒剤のたぐいを使用しているのだろう。そしてそれは彼らの痛みや死の恐怖まで取り払う。注射を終えた戦闘員はよだれを垂らしながら、視線が定まらない眼で私を睨んだ。


 私は数十発の射撃で応戦すると、上階から投げ込まれた手榴弾から身を隠すために目の前の部屋に飛び込んだ。階段をね転がってきた手榴弾は、私が部屋に入った瞬間には爆発し、周囲に殺傷能力の高い小さな金属片をばら撒いた。


 部屋の中に飛び込んだ私が目にしたのは、側面から奇襲攻撃しようとしていた数人の戦闘員だった。彼らは私の出現に驚いて間抜まぬづらを見せると、肩に提げていたライフルに手をかけた。しかし私のほうが速かった。略奪者に接近してコンバットナイフを胸に突き立てると、その男を盾にしながら他の戦闘員に突撃し至近距離で射撃を行う。


 戦闘員の胸に突き刺さっていたナイフを抜くと、男はグニャリと膝を折ってその場に倒れた。死んだ男のアサルトライフルを奪うと、彼らが私を奇襲するために使用した場所を利用して敵戦闘員の側面に出た。彼らの視線と銃口は先程さきほどまで私がいた場所に向けられたままだった。


 死んだ男から奪ったライフルの全弾を撃ち込むと、ライフルを捨てて集団の中心に手榴弾を投げてすぐに身を隠した。炸裂音のあと飛び出すと、右手首から出現させた刀で攻撃を生き延びた戦闘員に止めを刺していった。


 転がる無数の死体の中心で息を吐くと、フェイスシールドに表示される索敵マップを素早く確認した。上階には戦闘員の反応はもう残っていなかった。


 すぐ近くに突然敵の反応が表示されたかと思うと、パワードスーツを装備した戦闘員が壁を破壊しながら建物内に侵入してきた。その内のひとりは、外から飛び込んでくるなり、私を取り押さえようとしてパワードスーツの腕を伸ばしてきた。


 横に飛び退いて紙一重のところで避けると、装甲が装着されていなかったパワードスーツの頭部に向かって射撃を行い、襲撃者を何とか殺すことができた。しかしすでに操作が行われていたパワードスーツのマニピュレーターアームにすさまじい力で腕をつかまれてしまう。


 そのパワードスーツから逃れようとしていると、別のパワードスーツを装着していた戦闘員の突撃を受けて派手に吹き飛ばされてしまう。

 万力のように腕を締めつけていたパワードスーツを盾にして、何とか追撃を逃れることができた。すでにマニピュレーターアームが本体から引き千切れていて、自由に動くことができたので反撃に転じる。


 襲撃者は追撃を行うために身体からだを反転させると、私に向かって跳躍した。スーツの駆動系に過度な負担がかかっているのか、大きな音と共に火花が散る。そしてそれがいけなかった。敵戦闘員が操るパワードスーツが勢いよく私の側に着地すると、床がきしんで沈んだように感じられた。次の瞬間、パワードスーツの重さに耐えられなかった床が抜けた。


 一瞬の浮遊感のあと、背中に強い衝撃と痛みを感じた。どうやらもろくなっていた床を次々と破壊しながら、我々は階下に落下していったようだった。気がつくと私は薄暗い部屋の中にいて、となりにはパワードスーツを装着した男が横たわっていた。彼の喉元には腐った床の木材が突き刺さっていて死んでいた。


 視線を薄暗い部屋に向けると、瞳は暗闇に順応して部屋の様子を鮮明に映し出した。地下に放置されていた死体の山の上に落下していたようだ。視線を天井に向けると、抜けた天井の先から顔を出して私に射撃を行おうとしている略奪者たちと目が合った。その場から素早く飛び退くのと同時に発砲があって、放置された死体に銃弾が食い込んでいった。


『ガスマスクを装着しておいてかったね』

「そうだな」と、カグヤの言葉にうなずく。

 マスクが無ければ、耐え難い悪臭をぐことになっていただろう。


『廃墟の街で襲撃して殺した人間の死体を、ここに捨てていたのかな?』

 彼女の言葉に私は溜息をついた。

「理由は分からないけど……おそらくそうだろう」


 足元に転がる大量の死体に目を向ける。男や女の死体は年齢層にまとまりがなく、略奪者たちが適当に捕まえてきた者たちを誰彼構わず殺していたと推測することできた。出口を探そうと周囲に視線を向けるが、損傷して腐っているグロテスクな死骸で部屋は埋め尽くされていた。どれほどの人間を殺せば、こんな地獄のような光景は生み出せるのだろうか。


『まるで餌場だね』とカグヤはつぶやいた。

 積み上げられた死体は損傷がひどく衣類を身に着けていなかった。

「餌?」

『床下にブタを飼っていた時代があったんだよ、ずっと昔に』

「急に何を言い出すんだ。カグヤ」


『どうしてレイダーたちはわざわざ死体を地下に放り込んでいたと思う?』

「わからない……。いや、もしかして家畜のブタに残飯をあげるように、地下にいる何者かに死体を与えていた?」

『うん。レイダーたちの代りに死体を処理している〝何か〟がいるのかもしれない』

 私は素早く周囲に視線を走らせた。しかし大量の死骸が邪魔になって、〈ワヒーラ〉の動体センサーでもその〝何か〟の姿はとらえられなかった。


 突然、天井の穴から戦闘員が飛び込んでくる。彼らは死体に足を取られながらも着地すると、奇声をあげながら私に向かって駆けて来た。ビチャビチャと音を立てながら駆けてくる男の手には消防斧が握られていた。


 接近してくる男の胸に銃弾を撃ち込むと、天井の穴に向かって手榴弾を放り投げた。それから先ほど殺した男の手から斧を奪うと、天井の穴から部屋に飛び込んできたもうひとりの男に向かって斧を投げつけた。上階で手榴弾の炸裂音が聞こえるのと同時に、男の胸に斧が深く突き刺さる。


『そのパワードスーツの腕、邪魔じゃないの?』

 ひしゃげて破壊されたパワードスーツのマニピュレーターが、私の腕をつかんだままだった。その腕を力任せに引きがすと、部屋に降りてきた女に向かって投げた。鉄の塊であるマニピュレーターアームが女の脚に直撃すると、彼女の足は奇妙な角度に折れた。


 彼女は首をめられた鶏みたいな声を出すと、地面に転がる死体に顔から倒れた。死体の中でもがいている女を射殺すると、部屋の奥に見えた階段に向かって駆けた。


 薄闇の中、死体の間をうように走っていると、巨大なミミズに似た気色悪い生物が跳び掛かってきた。その生物を避けようとして上半身をらせると、粘度の高い血液に足を滑らせて背中から床に倒れた。


『レイ!』

「分かってる!」

 カグヤの声に答えると、ハンドガンの弾薬を火炎放射に切り替えて、跳び掛かって来るミミズじみた生物を焼き払う。


 それからすぐに立ち上がり、死体の間からモゾモゾと飛び出してくる生物を次々と火炎放射で焼き殺していった。

『こいつらがブタの正体なの?』とカグヤが言う。

「死体をこんな化け物に処理させて、何の意味がある?」

『食べるんじゃないのかな?』

「ミミズを太らせて食べるのか?」


 次々と跳び掛かってくる生物の攻撃を飛び退いて避けると、上階に続く階段を駆け上がった。階段の先には扉があって施錠されていて開かなったが、体当たりで木造の扉を破壊して上階に転がり出た。


 身体からだをくねらせながら階段を上がって来る巨大なミミズに向かって最後の手榴弾を放り投げると、片膝をついた状態で廊下の先から走ってくる敵戦闘員に射撃を行う。

 それから素早く身体からだを起こすと物陰に隠れる。


『ヤトの部隊による包囲網ほういもうは完全なモノになったよ』

 〈ワヒーラ〉から受信する情報を確認しながらカグヤにいた。

「奇襲は成功したのか?」

『うん。周辺の建物から出てきたレイダーたちは為す術もなく蹂躙じゅうりんされてる』

「そうか」


 彼女の言葉にうなずくと、壁の向こうを走っていた戦闘員に対して偏差射撃を行う。壁を貫通した弾丸は戦闘員の頭部に命中した。


 包囲網がせばまり〈ワヒーラ〉が敵の本拠地に近付いている所為せいか、受信する情報が精細になっていた。それによって建物内の戦闘員たちの輪郭線がフェイスシールドに表示されるようになった。もはや壁の向こうに隠れていたとしても、障害物を透かして輪郭線がハッキリと見えるようになっていた。


 衝撃と共に爆発音が立て続けに響くと、目の前に壁が迫ってくるのが見えた。

 次の瞬間、視界が回転して床を転がり背中を壁に打ちつけた。ひどい耳鳴りがして、頭を振りながら視線を上げると、室内は砂埃と瓦礫がれきに埋め尽くされていた。そして砂煙の向こうから風が吹き込んでくると、鉄の脚があらわれた。


『レイ、多脚戦車だ!』

 カグヤの声に素早く反応して身体からだを起こすと、戦車の砲身から撃ちだされた砲弾を避けた。砲弾は私の背後の壁を貫通し炸裂した。衝撃波で私は吹き飛ばされ、気がつくと建物の外に放りだされていた。


 身体の節々ふしぶしがひどく痛むが、それを気にすることなく地面に膝をつけると、鉄板やら何かでゴテゴテに改造された多脚戦車に向かってハンドガンを構えた。


 ホログラムで投影された照準器が浮かび上がると、ハンドガンの形状が変化して、銃口に向かって青白い光の筋が幾つも走っていくのが見えた。そして天使の輪にも似た輝く輪がハンドガンの銃口の先にあらわれる。


 音もなく発射された光弾は、多脚戦車の装甲板をいとも簡単に貫通し、飴色の戦車に食い込み車体後部をふくらませた。一瞬の間のあと、轟音ごうおんと共にすさまじい熱でけだした戦車の装甲が広範囲にわたって飛び散った。それらは周囲の木材や枯れ木に接触すると引火して大きな炎に変わった。


 機械人形の駆動音を背後に聞くと、私は横に飛び退いて機械人形に向かってハンドガンを構えた。

『待って、レイ!』とカグヤが言う。

『その機械人形はワヒーラでハッキングしていて、今は敵じゃない』


 ハンドガンの引き金から指を離すと、無残に破壊された多脚戦車の陰に身を隠した。

「連中は戦車まで所有していたのか?」

『うん。レイダーギャングの切り札だったのかも、周到に隠していた所為せいで起動するまで反応がつかめなかった』

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