第78話 らせん re


 作業用の機械人形や大型車両が普段使用しているエレベーターに乗りながら、意味もなく、白で統一された無機質な壁をじっと眺めていた。我々は現在、地下深くにある坑道に向かっていた。その先に奈落の底に続く深い縦穴がある。


 一緒に縦穴に行くのはミスズとウミが操作する機械人形、そして白蜘蛛のハクも一緒だった。我々の見送りには、ジュリとペパーミントが来ていた。ハクが〈兵器工場〉に入るさいには、警備システムとひと悶着あったが、今はシステムに登録されていて自由に行動することが許されていた。


 不思議なことに〈深淵の娘〉であるハクが我々の仲間にいても、ペパーミントは驚かなかったし、普通に接していた。旧文明期の人々と〈深淵の娘〉たちが、何かしらの関係性を持っていたことは本当なのだろう。


 ちなみにペパーミントは、工場見学を通じてジュリと仲良なかよくなっていた。それに関しては驚くことでもなんでもなかった。ジュリは人懐こい笑顔で、誰とでもすぐに打ち解けられる子だった。逆にそれが心配にはなることがあるが。


 エレベーターの壁を眺めるのに飽きると、近くに待機していた機械人形に声をかけた。

「ウミ、機体の動きに違和感はないか?」

『問題ありません、レイラさま』

 戦闘用機械人形に意識を転送して、機体を操作していたウミは装備の確認を行う。


 装備は以前と同じモノだった。レーザーライフルを装備し、腰に装着しているユーティリティポーチに弾薬として機能する〈超小型核融合電池〉がいくつか入っていた。それから濡羽ぬれば色のポンチョも装備している。


 洞窟の高い天井からは常に小雨のような水滴が降ってきていたので、機体を保護するポンチョがあってかった。そのポンチョには深いスリットが入っていて、ドロイドの動きの邪魔にならないようになっていた。

「本格的な戦闘になると思うけど、機体に異常はないか?」

『状態は万全です』と、彼女はりんとした声で答える。


「昨夜のうちに、機体の改修はませたから問題ないはずよ」

 ペパーミントはそう言うと、私に青い瞳を向けた。

「改修?」

「ええ。ソフトウェアは最新のモノで、エラーも検出されていない。だけどその機体は製造されてから、今まで一度もまともな整備を受けてこなかった。だから機体を整備するついでに改造しておいたの。そうだよね、ジュリ?」

 ペパーミントに笑顔を向けられると、ジュリはなぜか照れて頬を赤く染めた。


『具体的に何をしたの?』と、カグヤがたずねる。

「各関節のパーツを特殊な磁場でコーティングされたモノに変更したの。反応速度も動きも格段によくなったはず。それから古くなっていた〈小型核融合ジェネレーター〉を、新しいモノに交換しておいた」

「ずいぶんと手間をかけてくれたんだな……費用はどれくらいになったんだ?」

「必要ないわ」


「戦力の強化は、この作戦を遂行するために必要なことだから?」

「ええ。工場のための投資だと思えば、たいした金額にならない」

「投資ね……」

「なに?」と、ペパーミントは私を睨む。


 私は肩をすくめて、それから言った。

「システムにエラーは確認できなかったって言っていたけど、〈ワヒーラ〉を使ってその機体をハッキングしたさいに、人格プログラムが破壊されていたはずだ」

「専用のプログラムをインストールしたから、それが障害にはなることはないわ」

「その専用のプログラムってなんだ?」


「この機体は人工知能を搭載していて、あらかじめインストールされたプログラムで動くように設計された機体だったの」

『それが破壊されたから、代わりのモノが必要になった?』

 カグヤが質問すると、ペパーミントはうなずいた。


「ええ。本来は人工知能のコアと一緒に、機体にプリインストールされているプログラムが必要だった。けどシステムに侵入して強引に機体を動かしているでしょ? だから機体の制御を手助けする専用のプログラムが必要になるの」


『人工知能がなくても動かせるような機体じゃなかった。だからプログラムをインストールする必要があったんだね』

「そう言うこと。レイラたちは、ウミが特殊な種族だってことは知っているんでしょ?」

「ああ」

「種族専用の機体があればよかったんだけど、この工場には存在しないから」


 ペパーミントの青い瞳を見ながらたずねた。

「専用の機体か……どこかで手に入れられる当てはあるか?」

「この工場でも大量に製造されていた記録は残っているけれど、種族の軍事利用が禁止されると、すべて破棄されることになった」

「破棄か……廃墟の街のどこかで見つけられたらいいんだけどな。ところで、そのプログラムの所為せいで、機体のシステムがおかしくなるような危険性はあるのか?」


「ないわ。それは断言できる」と、ペパーミントはハッキリと言った。

「そうか。それでそのプログラムは具体的にどんな役割をしてくれるんだ?」

「機体制御に関する指示系統の調整用ソフトウェアよ。スムーズに直感的に機体を制御できるようになったから、他のことにリソースを割けるようになった。たとえば、射撃管制に関するシステムなんかにね」


 ウミの機体を眺めて、それから素直な感想を口にした。

「よくわからないけど、ウミが機体の状態に満足してくれているのなら、それでいい」

「人工知能の上位互換としてしか扱われてこなかった種族に対して、レイラは優しいのね」


 彼女の青いひとみを見ながら私は苦笑する。

偏見へんけんのない時代に生きているからな」

「それは皮肉? それとも――」

「本心だよ。信頼しんらいできて敵対しないのなら、俺は誰にでも好意的になる」


「だから私にも優しいの?」

「美人に優しくしない理由はないからな」

「でも、それってつまりレイラが誰にも興味がないってだけのことなんじゃないの?」

 エレベーターのやけに高い天井に視線を向けて、それからペパーミントの青い瞳を見つめながら言った。


「知り合った人間全員に好かれる必要性を感じていないだけだよ」

「好きよ、そういう考え方」

「それは皮肉なのか?」

「さあ?」と、彼女は悪戯いたずらっぽい笑みを見せる。


「それなら、レイラは〈人造人間〉のことも愛してくれる?」

 私はペパーミントに視線を向けて、その微笑みの真意を探ろうとした。もちろん何も分からなかったが。


「ペパーミントが愛を必要としているようには見えない」

「どうしてそう思うの? 私たち人造人間は永遠とも思える時間を生きられるけど、それはとても孤独なことなの、愛されたいと思うのは自然なことだと思う。それに私だけじゃない、きっと誰も彼もが愛されたいと願っている」


「俺は愛がどんなモノなのかも分からないよ」

「ねぇ、真面目な話。レイラは〈人造人間〉を愛せる?」

「人造人間の知り合いはいる」

「それは知ってるわ」


 私は白い天井を仰いで、それからペパーミントに視線を戻した。

「それで、話の終着点は?」

「人間との会話を楽しんでいるだけよ」と、ペパーミントは肩をすくめた。すると艶のある黒髪が胸元にサラサラと流れ落ちる。


「おしゃべりな〈人造人間〉は嫌い?」

「何かを楽しみたいのなら、他人が何を考えているのかなんて気にする必要はない」

「もうそれは聞いたわ」

 私は溜息をつくと、ミスズに視線を向けた。


 ミスズはハクのことを撫でていて、話を聞いていたのか困ったような表情をしていた。

 話題を変えることを意識しながら私は言う。

「兵器工場を警備するために使っている兵器を使って、その門番とやらは破壊できなかったのか?」


 私が話題を変えたことに不満に思ったのか、ペパーミントは頬をふくらませた。

「もちろん試した。でもダメだった」

「あれだけの破壊力がある兵器でも無理だったのか」

「兵器を設置して、ただ攻撃すればいいって単純な問題じゃないの。それに大型兵器を設置する過程で、洞窟が崩落するような事態になったら、もっと大変でしょ?」


「旧文明期の技術に不可能はないと思っていたよ」

「できないこともあるわ。現にこの場所は〈兵器工場〉だけど、レイラが所有するハンドガンは造れないもの」

 銃口の向きに注意しながら手元のハンドガンを見つめる。だけどその外見は、なんの変哲もない拳銃にしか見えなかった。


「それじゃ、おしゃべりの続きをしましょう」

 笑顔を見せるペパーミントに、私は思わず溜息をついた。

「何が知りたいんだ?」

「不死の子供が何を考えているのか知りたいの」


「普通の人間と同じだよ。それに、俺には記憶がないんだ。だから〈不死の子供〉がどんなモノかなんて知らない」

「どうして記憶をなくしたの?」

 ペパーミントはそう言うと、ジュリの頭を撫でた。


「望んで失うようなモノじゃないから、理由なんてわからない」

「いいえ、レイラは望んで記憶を捨てたのよ」

 触肢しょくしをゴシゴシとこすり合わせていたハクを見て、それからペパーミントに視線を合わせる。

「たとえそうだったとしても、そのことについて何も覚えていないんだ」


「ずいぶん都合つごうがいいのね……でも、それが記憶を失くすってことなのかもしれないわね。寂しくなったりする?」

「何も感じたりはしないよ。なにを失ったのかさえ、覚えていないんだからな」

「レイラはこの先、そのことについて後悔することになるんじゃないのかな?」と、ペパーミントは言う。「詳しい事情は知らないけれど、記憶を捨てるのは異常なことだと思う。どんな事情があったにせよ、レイラはそれを背負い続けなければいけなかった」


「そうなんだろうな」

「他人事なのね」

「実際、他人事なんだろ。記憶と共にそいつは死んだんだ」

「〈不死の子供〉が死ぬなんて、もっとおかしい」と、ペパーミントはクスクス笑う。

「たしかにおかしいことだって認めるよ。でも、この世界は初めから何もかもおかしかった。俺はそのおかしさに合わせて生きていくしかないんだ」


「レイラの言いたいことは、なんとなく分かるわ。私は地上のことは知らないけれど、世界が狂っていることは知っている。でもだからと言って、レイラが世界に合わせる必要はない。そうでしょ?」

「そうだな」


「レイラは自分自身の記憶と向き合う必要があったのよ」

「自分自身の幽霊に会いたいと思ったことはないよ。それに、死んだ人間にしてやれることなんて何もない」

「葬式ぐらいは必要よ。泣いてくれる人も」


「ペパーミントは俺のために泣いてくれるのか?」と、私は軽口を言う。

「泣くわ。部屋に引きこもっておいおい泣いて、それで一週間は落ち込む」

「一週間ね、なら、その涙は俺が死んだときのために取っておいてくれ」

「レイラは死なないわ」

「死なない人間なんていない」


「本当に何も覚えていないのね」と、彼女はまるであわれむような目で私を見つめた。

「ねぇ、教えてくれる? 記憶がないって、どんな感じがするの?」

「何も感じないよ。何かを思い悩む記憶がそもそもないんだからな」

 私はそう言うと、ペパーミントのとなりに立って不思議そうな顔で私を見つめていたジュリに視線を向ける。


「今はまだ考える必要がないから、レイラは平気なのかもしれない」

「そうなんだろうな」

「レイラは何が目標や目的のようなモノを持って、今まで生きてきたの?」

「目的?」

「そうよ」と、ペパーミントは言う。「目的がないのに生きていても仕方ないでしょ?」

「どうだろう……その日を生きるのに精一杯で、何かを強く望んだりはしなかったと思う」

「そんなの変よ、だってそれはまるで覚醒の手がかりを失った夢みたいなモノじゃない」


『覚醒の手がかりを失った夢』と、彼女は言った。

 まるで詩をそらんずるように。


 エレベーターの扉が何の前触れもなくスルスルと開いていくのが見えた。

 私は息を吐き出すと、ペパーミントに言った。

「話の続きは今度にしよう。とりあえず、暗い洞窟で死なないように努力するよ」

「そうね、私が泣かないように頑張って」と、ペパーミントは泣いているフリをした。

「俺は泣かないからな」と、ジュリが頬を赤くしながら言う。


「準備はできたか、ミスズ?」

 彼女は装備の最終確認をしながらうなずいた。

「はい。いつでも行けます」

「ウミは?」

『何も問題はありません。いつでも戦えます』


 するとハクが私とペパーミントの間に割って入る。

『いっしょ、いく』

 ハクはそう言うと、トントンとエレベーターの床を軽く叩いた。

「それなら出発だ」


 ここでペパーミントたちとは別れることになる。ちなみに彼女が用意してくれた坑道の詳細な地図があったので、今回の作戦にワヒーラは同行しない。

「無茶するなよ!」

 エレベーターの中から手を振るジュリに向かって、ミスズは笑顔を見せた。

「いってきます!」



 鉄板が敷かれた勾配のあるスロープを歩いて、岩肌が剥き出しになっている区画に出る。作業用大型車両が我々のあとについてくるのが見えた。そのヴィードルの荷台部分には、常に回転する大きなドラムが取り付けられていた。


 中身は特殊なコンクリートで、門番と呼称されている石像を破壊したあと、〈空間のゆがみ〉が確認された坑道を封鎖するために使用する予定のモノらしい。


 しばらく進むと、自動運転車でもあるマイクロバスが用意されていて、我々はそれに乗りこんだ。巨大な縦穴は果てしなく深い。時間を無駄にしないためにも、車両に乗って穴の底に向かうことになる。


 ミスズは初めて乗ったバスの中を珍しそうに眺めていた。意外だったのは、ハクがマイクロバスに興味を示さなかったことだ。すでにどこかで見たことがあったのか、バスの天井に飛び乗ると、大人しく移動するのを待っていた。


 螺旋状らせんじょうに掘られた巨大な縦穴の専用通路を使って穴の外周を進んでいくと、採掘作業している機械人形を多く目にするようになる。それは比較的平和な作業風景だ。機械人形が掘り出した鉱物は大型の作業車に載せられて、専用の通路を通って工場に運ばれる。


 照明が用意されていない場所もあったが、そもそも作業用の機械人形は採掘に必要なセンサーを搭載しているので、人間と異なり視覚で得られる情報をあまり必要としないのかもしれない。


 さらに奥に進むと、聞き慣れた戦闘音が聞こえるようになった。

「まるで戦場だな」

 薄暗い空間で瞬くマズルフラッシュを見ながらつぶやくと、カグヤの声が聞こえる。

『そうだね。戦っているのは〈混沌の子供〉たちと、機械人形の戦闘部隊だよ』


 戦闘区域に近付くとマイクロバスはゆっくり止まった。この先は歩いて向かうことになる。我々は装備の確認をしてからバスを降りた。

 そして高台から見下ろす形で、機械人形の戦闘をしばらく眺める。


『この場所で、私たちが戦闘に介入する必要はなさそうだね』

 戦闘は機械人形の優勢で行われていた。〈混沌の子供〉は捨て身の攻撃でなんとか機械人形に対抗していたが、明らかに戦術をあやまっていた。


「アサルトロイドに戦闘用機械人形か……化け物に勝ち目はないな」

『そうだね。工場の警備部隊は〈混沌の子供〉たちを圧倒してる』

「でも数では化け物がまさっている」

 〈混沌の子供〉たちによって掘られたと思われる横穴が至るところにあって、そこから絶えず化け物が出てきているのが確認できた。

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