第68話 記憶装置 re


 ウェンディゴに乗り込むと黙ってコクピットに向かった。

 シートに座ると全天周囲モニターが起動して、コクピットシートがまるで空中に浮き上がったように感じられた。足元を確認すると、道路に散らばる放置車両や人骨を踏み砕きながら進むウェンディゴの脚が見えた。


 ワヒーラから受信する索敵マップと周辺情報の確認を行いながら、多摩川沿いにあると言われている〈七区の鳥籠〉に向かう新たな移動経路を再入力する。


「レイダーたちの状況は?」と、私は誰にともなくいた。

『追ってきてるよ、ものすごい数で。改造したヴィードルも数台確認できた』

 敵を示す赤い点が索敵マップに表示される。その数は増えていき、ウェンディゴに対して攻撃を行おうとする動きも見せていた。


『レイラさま、自機に対して複数のロックオンを確認しました』と、ウミが何でもないことのように言った。

「危険感知機能を活用しながら回避行動に移ってくれ」

『必要ありません。このまま最短経路で離脱します』

「ロケット弾が飛んでくるのかもしれない、大丈夫なのか?」


『ウェンディゴのシールドが無効化してくれます』

「シールドにエネルギーを供給するリアクターはもつのか?」

『はい。実体弾式小火器による攻撃を受け続けたとしても、何も問題ありません』


 恐怖心を煽る警告音が繰り返し鳴り響き、コクピットシート前面のモニターに赤色の警告表示が複数出現した。数秒後、無数のロケット弾がウェンディゴに着弾する。システムによって再現された爆発音がコクピット内に聞こえる。けれど爆発で生じた衝撃による揺れはまったく感じない。


「被害は?」

『ありません。射撃管制システム起動。反撃を開始します』と、ウミがりんとした声で言う。

「反撃? 武装はレールガンだけじゃないのか?」

『先ほど入手した弾薬を機関銃に装填しました』

「装填したって……」


 平坦だった車体側面の装甲につなぎ目があらわれると、装甲の一部が開いて収納されていた重機関銃が姿を見せた。

 銃身が車体後方に向かってくるりと回転すると、追撃してきた敵に対して射撃が始まる。システムが音量を調整しているため、車内から銃声はそれほど大きく聞こえない、しかし攻撃にさらされている者たちにとって、重機関銃が発する射撃音は恐怖以外の何物でもないだろう。


 索敵マップに表示されている敵を示す赤い点は、ウェンディゴのすぐ側まで迫ってきていたが、重機関銃による攻撃が始まると徐々に遠ざかっていく。


 発射される銃弾は、旧文明期の強度がある建物にすら傷を与えていた。相手がヴィードルだろうがパワードスーツだろうが、すべて破壊してみせた。しかし重機関銃による攻撃はすぐに止まってしまう。


 視線を動かすと、雨に濡れて蒸気が立ち昇っていた重機関銃の本体が所定の位置に戻って収納される様子が見えた。

「もう敵は撃退できたのか?」

『いえ、弾薬が底を突きました』

「襲撃者は?」

『諦めたみたいですね』


 全天周囲モニターに索敵マップが拡大表示されると、敵が追撃を諦めてウェンディゴから離れていくのが確認できた。

 私はホッと息をついた。


「カグヤ、レイダーギャングの縄張りと、そこから推測できる彼らの拠点の位置情報をイーサンと、それからヤンの端末に転送できるか?」

『できるよ』

「なら送信してくれるか? 行商人や鳥籠の住人に注意喚起がしたい」

『タダで情報をあげちゃうの?』


「ああ。ヤンはジャンクタウンの警備隊に所属していて、かつ隊長だからそれなりの発言権がある。それにイーサンは傭兵部隊を率いているから、もしもレイダーギャングに対する討伐隊とうばつたいが組まれるなら、この情報は助けになるはずだ」

『分かった。シンたちにも送信しておく?』


「そうだな。〈姉妹たちのゆりかご〉とも多くの商人が交易を行っている。注意喚起しておいたほうがいいだろう」

『了解』

「カグヤも敵拠点の位置を記憶しておいてくれ、いずれ借りは返す。必ず」


 シートに深く座りこむと、厚い雲に覆われた暗い空を見る。

 雨粒がウェンディゴの車体を叩くたびに、青い波紋が広がるのが見えた。

「ウミ、操縦を任せても大丈夫か?」

『問題ありません』

「なら、お願いするよ」

 フットペダルが収納されるとコクピットシートが回転して、コクピット後方の出入り口に足が向けられた。私はゆっくり立ち上がるとコクピットを出た。


「レイラ、これを使って」

 ジュリが私を見上げながらタオルを差し出す。

「うん?」と、一瞬疑問に感じる。

「血で汚れてるから……」

 ジュリは自分の頬をタオルでこすって見せた。


「ありがとう」

 ジュリからタオルを受け取る。

「大丈夫?」

「ああ、問題ないよ。こいつは俺の血じゃないんだ」


「そうじゃなくて……」

 気まずそうにするジュリの視線を追うと、外の風景が透ける壁が見えた。

「女性が撃たれるのを見ていたのか?」

「うん」とジュリはうなずいた。「だから――」

「大丈夫だよ。俺はそんなにやわじゃない」

 ジュリの茶色の髪を適当にでて、彼女が上目遣いでうなずくのを確認したあと、乗員室のハッチからコンテナに向かう。


 ハッチが開くと、目の前にもやが立ち込めているのが見えた。光すら通さないもやの先がどうなっているのか、視覚では確認することができない。それはもやの先が、重力場と空間のゆがみによって特別な環境になっているからだという。


 初めてソレを目にしたときには安全性について心配したが、人はどんなモノにもすぐにれてしまう。私はとくに何かを思うこともなく、不思議なもやの先に入っていった。


 その先は短い通路になっている。通路の両側には扉があって、目的別の部屋につながっている。右手の扉の先にはトイレと洗面台があって、左手の扉からは調理室をねた作業室につながっている。それぞれの部屋で使用される水は主に雨水や、川から取り込んだ水を浄水システムで綺麗にしたモノを使用されていた。


 私は洗面所に入ると返り血で汚れた顔を洗った。血液を含んだ水が排水溝に飲み込まれていく。それから鏡を見ながら、ジュリに渡されていたタオルで顔をいた。鏡に映るやつれた顔は、なんだか自分のモノとは思えなかった。髪からしたたる水滴には血液が含まれていて、戦闘服の首元は赤黒く染まっていた。


『大丈夫、レイ?』と、カグヤの声がした。

「平気だよ。戦闘中に知り合いが死んだのはこれが初めてじゃない」

『うん』

 鏡を覗き込み、自分自身の顔を見つめる。すると伸縮した瞳孔どうこうが光を発するのが見えた。感情の変化に合わせて濃紅色の虹彩こうさいが金色の光を放つことは稀にあった。


「気にしなくても大丈夫だ。それに、精神を安定させるためにナノマシンが働いてくれているんだろ?」

『でも人間の感情は複雑だから』

「ナノマシンは万能じゃない……か」

 私はそう口にすると、ゆっくり息を吐き出した。


「それより、これがなんだか分かるか?」

 ベルトポケットに入れていた小さな細長い筒を手に取る。ひんやりと冷たい蜜柑色の筒には、それが何かを示す表記もなければスイッチのたぐいもなかった。


『あの信者から預かったネックレスだね。教団の関係者だって示すアクセサリーかな?』

「確認できるか?」

『接触接続で調べるよ。そのまま握ってて』

 細長い筒を持つ手のひらに、静電気にも似た軽い痛みが走る。


『これは〈記憶装置〉だね、情報は全く読み取れなかったけど』

「女が必死に守っていたモノがこの筒なら、教団にとって大事なモノなのかもしれないな」

『大事なモノ……? どうしてそう思うの』

「死ぬことが分かっていて、俺にたくしたからだよ」

『そんなに大事なモノを、初めて会った人間に渡しちゃうのかな?』

「死体をあさられて、レイダーに奪われたくなかったんだろう」


 カグヤはしばらく黙り込んで、それから言った。

『あの女性はレイダーギャングに追われていたんだね。それなら、レイダーの動きが異様に速かったことも説明できる』

「けど彼女を探しているようには見えなかった」

『ワザと泳がして、拠点に帰るのを待っていた……とか?』

「拠点……物資を保管していた場所か」


 細長い筒をベルトポケットに入れた。

「それについては、また今度考えよう。まずはマリーから受けた仕事に集中しよう」

 洗面所を出ると、通路正面にある後部コンテナに続くハッチを開けて靄の中に入った。コンテナ内は無機質な白い空間になっている。


 バスケットコート二面分ほどの広さがある空間は、コンテナ内にある特殊な装置で発生させた空間のゆがみによって確保されているらしい。そのコンテナ内で迎撃体制のまま待機していたミスズは、ちょうどヴィードルから降りるところだった。


 私はミスズに手を差し出すと彼女が降りるのを手伝った。

「もう大丈夫だ。レイダーは振り切れたよ」

「はい。ウミから聞きました」と彼女はうなずく。

「そうか」


「あの、レイラ」

「うん?」

「……大丈夫ですか?」

「平気だよ。あの女性を救えなかったことは悔しいし悲しいけど、どうしようもない」

「……そうですね」と、ミスズは困ったような表情を見せて下唇をんだ。


「ミスズ、俺たちは最善を尽くした。それが大事なことだ」

 我々があの場にいなくても女性はいずれ死んでいた。そう言って責任から逃れることは簡単だった。でも言い訳をしたくなかった。だからこそ自分自身の行動に責任が取れるように最善を尽くすし、自分がやっていることに間違いがないか常に自分自身に問いかけ続けている。我々はやり直すことのできない相対的な時間の中を生きている。


 時間は前にしか進まない、過去に戻ることはできないのだ。そしてそれはきっと旧文明期の人間でさえあらがうことのできなかった絶対的な法則だ。だからこそ世界は荒廃し滅んだ。


「気持ちを切り替えよう、ミスズ」

 彼女は琥珀こはく色の瞳でじっと私を見つめて、それからうなずいた。

「はい。分かりました」


「それじゃ、コンテナに積んだ荷物を降ろそう。それからウミが確保した戦闘用の機械人形を確認しよう」


 作業を進めていると、退屈していたジュリがやってくる。彼女はジャンクタウンで商売していただけあって、商品の値段を知り尽くしていた。私はジュリと相談しながら売れるモノと、売れないモノを分けていった。

 木箱に詰め込まれていた〈国民栄養食〉をはじめ、食料品関係の物資は開封されていなかったが、食べる気にはなれなかったので売ることになった。


 旧式の小銃は状態がかったので、売り物にするだけでなく何かあったときに備えて予備として数挺ちょう確保してコンテナに保管することにした。レーザーライフルは売り物にせず、すべて所持することにした。


 それらの物資と一緒に入手した弾薬箱には、レーザーライフルの弾薬として使用される〈超小型核融合電池〉も雑ざっていて、それなりの数を入手することができた。これで弾薬不足で困ることもないだろう。


 ちなみにレーザーライフルは角張った形状をしていて、銃器と言うよりは、お洒落な工具に見えた。ライフルの全体に灰色を基調とした塗装が施されていて、ストック部分は黒だった。光学照準器とライフル同様の角張った消音器が標準装備されていた。


 

「大体、こんな感じかな」

 だいぶ片付いた物資を見みていると、ジュリが得意げに言う。

「あとは俺に任せてくれ」

「ああ、でも銃の扱いには注意してくれよ」

「分かってる。こう見えても俺は銃を販売してたんだ。扱いは心得てる」

 彼女の言葉に私は肩をすくめた。


「物資を保管する棚がほしいですね」と、ミスズは床に置かれた大量の弾薬箱を眺めながら言う。

 確保できた弾薬はそれなりの量になった。弾丸は保存状態がよく、すぐに使えるモノばかりだった。元々誰の所有物だったのかは分からない、しかし不死の導き手のモノであるにせよ、略奪者のモノであるにしろ、これらの装備を失ったことは彼らにとって相当の痛手になるはずだった。


 それからワヒーラの状態も確認しに向かう。

 探索に使用した機体が被弾していないか調べたが、攻撃を受けた様子はなかった。車体側面のスペースに取り付けておいたバックパックは、そのままの状態にしておいた。探索に向かうとき、ワヒーラと行動を共にすることが多くなりそうだったからだ。


 ワヒーラなら〈カラス型偵察ドローン〉で見ることのできない建物内部の状況も確認できて、戦闘を有利に進めることができる。

 ちなみにカラスはコンテナ内で待機中だ。天候が悪くなる梅雨の間は、使用できない日が増えるかもしれない。


 それから壁際に立っていた戦闘用の機械人形を確認する。機体に損傷はなく、見つけたときと変わらない状態だった。

「ウミ、いてもいいか?」

『何でしょうか、レイラさま』と、コンテナ内のスピーカーからウミの声が聞こえた。


「この機械人形には、人格プログラムがプリインストールされていなかったのか?」

『されていました』

「いました?」

『ハッキングのさいに人格プログラムは破壊されました』

「でもそれがなくても普通に動いていたんだから、とくに問題はないんだよな?」

『私が使用する分には問題ありません』


「そうか……」

 機械人形の側に置かれていたライフルを拾い上げて、薬室を確認したあと弾倉を抜いた。

「それなら、ウミ専用の機体にしてくれ」

『よろしいのですか?』

「ああ、ウミも貴重な戦力だ」

『ご期待に添えるように、努力します』

「ほどほどにな」


『レイ、もうすぐ目的地に到着するよ』

「了解」

 カグヤに答えると、ミスズたちと一緒にコンテナを出た。

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