第69話 砲口 re


 土手沿いに白い円柱が整然と並んでいるのが見えた。

 詳細については分からないが、その円柱の直径は一メートルほどで、高さも五メートルはありそうだった。円柱の頂部には、レドームにも似た球体型の装置が載せられていた。それらの白い柱は、川の流れに沿って等間隔に延々と並んでいた。


 レインコート代わりに使用している外套を羽織はおると、素早く装備の確認を行う。

「ミスズはウェンディゴで待機していてくれ、あの柱を確認してきたらすぐに戻る」

 彼女は車内から透けて見える雨に濡れる廃墟の街を眺めて、それから私に言った。

「いつでも動けるように準備しておきます」

「ああ。でも大丈夫、すぐに戻る」


 搭乗員用ハッチから外に出ると、ふわりと暖かい風がほほでた。さっと周囲を見渡したあと、太腿のホルスターからハンドガンを抜いて警戒しながら進む。ワヒーラから得られた情報によれば、〈七区の鳥籠〉はこのあたりにあるとのことだった。


 背の高い雑草が生い茂る勾配を上がっていくと、川向こうに超高層建築群が見えた。灰色の厚い雨雲に隠れるように、いくつもの建物が空に向かって伸びている。

 恐ろしい変異体や人擬きが徘徊する上層区画は、人間にとって過酷な環境だったが、遺物回収を生業なりわいとしているスカベンジャーたちにとっては夢の場所だった。もっとも、探索に挑んで戻ってこられる者はほとんどいない。


 川沿いに繁茂はんもする珊瑚さんご色の植物を確認したあと、白い円柱のひとつに近付いた。

『うん?』

 カグヤの言葉に反応して足を止める。

「どうした?」

『あの奇妙な柱からだと思うけど、私たちに対してスキャンが行われたみたい』


「危険そうか?」柱にちらりと視線を向ける。

『どうだろう……大丈夫だと思うよ』

 曖昧あいまいな返事だったが、とにかく円柱に接近する。


 その柱は旧文明の特殊な〈鋼材〉を含んでいるのか、ツルリとした表面に傷や経年劣化によるひび割れは確認できなかった。〈接触接続〉ができるか試すため、タクティカルグローブを外すと雨に濡れる柱にそっと触れた。


 柱の表面はほんのりと暖かくて、機械の動作音にも似た重々しい音がかすかに聞こえた。けれど柱に耳をつけると、その音はピタリと止まってしまう。

 雨に濡れるのを気にせず、高い柱を仰ぎ見る。

「カグヤ、なにか分かったか?」


『ダメだね。なにも分からない。接触接続であれこれ調べたけど、石をスキャンしているみたいに何の反応もなかった』

「けど、旧文明期の設備なんだろ? 機械なら接触接続でなにか分かるはずだ」

『それが分からないから困ってるんだよ』


 私は腕を組むと、雨に濡れる円柱をじっと見つめる。

「たとえば、俺たちの拠点にあるシールドを生成する装置みたいなものか?」

『シールドを発生させる柱か……。それを確かめるために、川向こうに行ってみる?』


 川沿いに生い茂る得体の知れない植物を見ながら、私はどうするか考えた。背の高い雑草には、昆虫の変異体が潜んでいるのかもしれない。雑草をき分けて進むには、それなりの勇気が必要だった。

『柱の向こう側に一歩踏み出すだけでいいんだよ。シールドのたぐいがなくて安全に通れるって分かったら、ウェンディゴで先に進めばいんだからさ』


 腰に差していたなたを抜くと、草を掻き分けながら恐る恐る柱の横を通り過ぎた。

『普通に通れたね』

「ああ、どうやらシールド生成装置のたぐいじゃないみたいだ」

 私は拍子抜けしながら柱を見つめる。

『レドームみたいなのがついているし、〈電波塔〉みたいな通信設備かな?』

「それにしたって、こんなに沢山はいらないだろ」

 土手沿いに並ぶ白い柱を眺めながら言う。


『今回もお手上げだよ。一旦いったんウェンディゴに戻ろう』

「そうだな……ところで、〈七区の鳥籠〉の正確な位置は分かったのか?」

『このまま土手沿いに北上しよう。入り口はきっと目立つから見落とすことはないと思う』


 ウェンディゴに戻ると、ウミに移動するように頼んだ。

『カラスは飛ばさないの?』

「いや、天候が悪すぎる。雨脚が弱まってから考えよう」


「レイラ、なにか分かりましたか?」

 ミスズの言葉に頭を横に振る。

「いや、ダメだった。旧文明期の設備だってことしか分からなかったよ」

「そうですか……困りましたね」


 大人しく座席に座っていたジュリが、ホログラムディスプレイを眺めながら言う。

「なぁ、レイ。ちょっといいか?」

 ジュリのとなりに立つと、彼女は私を見上げる。

「これって、砲台だよな?」


「砲台ですか?」

 ミスズの興味を引いたのか、彼女もホログラムディスプレイを覗き込む。

「うん」

 ジュリは座席のひじ掛けに収納されていた端末を操作すると、映像を拡大して我々に見せてくれた。


 川向こうが映るぼやけた画像を確認すると、航空機の格納庫などに使用されるようなコンクリート製の構造物が高台にあるのが見えた。それは軍の基地で見かけるバンカーにも似ていたが、詳細については分からない。その薄暗いバンカーの中には、砲身をこちらに向ける兵器のようなモノがあった。


『ちょっと待って、すぐに確認する』

 カグヤは拡大されてぼやけていた映像の解像度を上げていった。

 バンカーの中央には、大量のケーブルに繋がれた巨大な兵器が鎮座していた。


 こちらに向けられた角張った砲口は、直径が十五センチほどあるように見えた。左右に開いた砲塔の先端は白い塗装がされていて、乱雑として絡まっていたケーブルは青いビニールテープでまとめられていた。


 半透明の太いケーブルが強烈な光を発したかと思うと、砲台に向かって伸びる無数のケーブルが青い光を発しながら明滅するのが見えた。

「あれって、危ないんじゃないのかな?」とジュリが他人事のように言う。


『レイ、あの青白い光りを何処どこかで見たことがあるような気がするんだ』

 カグヤの言葉にうなずきながら、無意識にハンドガンに触れた。

「ああ、俺も見たことがある」


 突然、ウェンディゴの車内に騒がしい警告音が鳴り響く。

『射撃管制レーダーの照射を確認、回避行動に移ります』

 ウミの緊張した声と共にウェンディゴの動きが速くなる。

 土手沿いを離れて、倒壊した廃墟の陰に入ろうとしたときだった。

『間に合いません、なにかに掴まってください!』


 砲身の先端に集まった光が、青くて小さな光弾に変化するのが見えた。それは砲口の大きさから考えれば、不釣り合いなほどに小さなモノだった。


 一瞬だった。青い光が強い輝きを放ったかと思うと、ウェンディゴに強い衝撃が与えられて、車内が激しく揺れた。私はジュリが座席から転げ落ちないように、ひょいと彼女を抱き上げるとシートに掴まった。


 ウェンディゴは側面からの強い衝撃で引っ繰り返らないように、地面に脚を突き立てたが、それでもアスファルトを削りながら後方に吹き飛んだ。

「ウミ、大丈夫か?」

 ジュリを座席におろすと、尻餅をついたミスズに手を貸す。


『シールドがダウンしました。充電モードに移行します。レイラさま、ただちにこの場から離脱します。よろしいですか?』

「ああ、すぐに移動してくれ」

 川向うに見えるバンカーに視線を向ける。構造物の開口部からは大量の蒸気が立ちのぼっていて、バンカー内の兵器がどうなっているのかは確認できなかった。


 高速道路の高架下に身を屈めるようにしてウェンディゴは停車した。

「大丈夫か、ミスズ?」

「ちょっと痛かったですけど、大丈夫です」

 ミスズはそう言うと、お尻を気にしていた。


「ウミ、ウェンディゴに被害はあるか?」

『損傷は確認できていません。しかしシールドの充電に相当な時間を必要とします。その間、ウェンディゴは敵性生物からの攻撃に対して無防備になります』


 ウェンディゴの車体の大部分は、旧文明期の非常に強度のある〈鋼材〉によって守られている。だから攻撃による被害を心配することはないだろう。しかしそれはあくまでも旧式の兵器による攻撃の場合だ。先ほどと同様の攻撃を受ければ、シールドのないウェンディゴは耐えられないだろう。


「それにしても、あれだけの攻撃によく耐えられたな」

 感心していると、カグヤの声が聞こえる。

『直撃していたら耐えられなかったよ。ウミが攻撃地点を予測して、その周囲にだけ強力な力場を生成してくれたから、なんとか攻撃をはじくことができた。まともに受けていたら一溜まりもないよ』


「あの……カグヤさん」と、ミスズが遠慮がちに言う。「今の攻撃って、レイラのハンドガンと同じ攻撃ですよね」

『うん。おそらく〈重力子弾〉って呼ばれているモノだね』

「厄介だな」

 思わず溜息をつくと、川向うにある構造物に視線を向ける。すると廃墟の合間から立ちのぼる真っ白な蒸気が見えていた。


『砲身を冷却しているのかも』とカグヤが言う。

「ずいぶんと大掛おおがかりな装置なんだな」

『レイのハンドガンよりも、ずっと古い時代のモノなのかもしれないね』


「どういうこと?」と、ジュリが私を見ながらカグヤにたずねた。

『レイのハンドガンのほうが、圧倒的に火力があるんだよ』

「小さいのに、すごいことができるんだな」

 ジュリは目を輝かせながらホルスターに収まったハンドガンを見つめる。

「こいつは売らないぞ」

 私はそう言うとハンドガンを外套の裾で隠した。

「分かってる」と、ジュリはニヤリと笑みをみせる。


『それに、あの兵器は連続して攻撃ができないみたいだね。砲身の冷却が必要みたいだし』

 カグヤの言葉を聞きながら、これからのことについて考える。

「面倒だけど、歩いて鳥籠を探すしかないか」


「そうですね。ヴィードルで近付いたら、また攻撃されそうです」とミスズが言う。

 廃墟の街に視線を向けて、それからふと思いついたことを口にした。

「あの兵器を構造物ごと破壊できないか試してくるよ」

「レイも〈重力子弾〉とかいうやつを使うのか?」とジュリが言う。

「そうだ」


「大丈夫でしょうか?」とミスズが心配した。

「これで破壊できなかったモノは今までなかったから平気だろ」と、私は太腿のハンドガンを軽く叩いた。

「いえ、そうじゃなくて、反撃されないでしょうか?」


『柱に近付いたときには攻撃を受けなかったよ』

 カグヤの言葉を聞いて、ミスズは首をかしげる。

「そう言えばそうでしたね。高台から攻撃される位置にいたのに、何も反応がありませんでした。やはり人間には反応しないのでしょうか?」

『その可能性はあると思う。ウェンディゴは軍用規格の車両だから、過剰な反応を見せたのかも』


「ウミ、戦闘用の機械人形でウェンディゴの警備は可能か?」

『可能です』

「それなら警備を頼むよ。ジュリも留守番してくれ」

「分かってるよ」と、ジュリは腕を組んで頬をふくらませた。

「行こう、ミスズ」



 コンテナ内に向かい、起動した機械人形の装備を整える。

 レーザーライフルをウミに渡すと、弾薬として使用される〈超小型核融合電池〉をユーティリティポーチに入れていく。それから予備に持ってきていた濡羽ぬれば色のポンチョを機械人形に着せる。ポンチョには深いスリットが入っていて、動きの邪魔にならないようになっていた。


「ウミ、ライフルを構えてみせてくれ」

『承知しました』

 彼女は素早くレーザーライフルを構えて見せた。ポンチョは馴染んでいて、ウミの動きを邪魔するようなことがなかった。機械人形の劣化のない特殊な合皮に保護された手首を確認したが、人間のモノと同様で動きに不自然さはなかった。


 コンテナ内までついて来ていたジュリが、機械人形のフルフェイスヘルメットにも似た頭部の装甲を眺めながらたずねた。

「なぁ、ウミ。カメラアイはどうなってるんだ?」

『開くから見ていてください』

 ウミはそう言うと、ジュリと視線を合わせるようにしゃがんだ。


 フルフェイスヘルメットの、薄暗い半透明のフェイスシールドが上方に開くと、口元と頬にあたる箇所を保護していた装甲パーツが左右に開いた。顔面中央部分には、まるで昆虫の複眼のようなレンズがついていて、それは紺碧こんぺき色に明滅していた。


「綺麗……」と、ジュリが感想を口にする。

『どういたしまして』

 ウミはそう言いながら、頭部の装甲を閉じた。

「閉じていても、ちゃんと見られるのか?」と、ジュリは興奮気味にたずねた。

『はい。ちなみに後頭部にもついていますよ』

 ウミはジュリの態度がおかしいのか、クスクスと笑った。


 装備の確認を終えて外套がいとう羽織はおったミスズを見ながら言った。

「そろそろ行こうか、ミスズ」

「はい」

「二人とも気をつけてね」と、ジュリが我々を見送る。


 コンテナの後部ハッチが開くと、〈空間拡張〉によって確保された空間と外をつなぐもやが見えた。

『レイラさま、ミスズさま、どうか気をつけてください』

 機械人形を操作するウミに向かって、ミスズは笑顔で返事をする。

「いってきます」と。


 高架下には、人間が暮らしていた形跡が残っていた。

 掘っ立て小屋とゴミ捨て場にされたテントがあって、焚火に使用していたと思われるドラム缶が確認できた。しかしいずれも放置されてずいぶんと時間が経っていて、掘っ立て小屋は生い茂る草に埋もれていて、ドラム缶は錆びてほとんど原型を留めていなかった。


 地面に転がっていたプラスチック容器を手に取ろうとすると、触れた先から欠けていった。それから我々は周囲に警戒しながら、土手沿いに向かった。〈カラス型偵察ドローン〉は使用していなかったが、ウェンディゴの側にワヒーラを待機させて各種センサーを起動していた。ワヒーラを一緒に連れて来たかったが、軍用規格のドローンなので、川向うの兵器が反応するかもしれないので危険はおかせなかった。


 雑草を掻き分けて土手の勾配を上がると、ゆっくりと顔を出して川向うを確認する。高台にあるバンカーを思わせる構造物からは、相変わらず白い蒸気が立ちのぼっていた。


「まだ大丈夫みたいですね」と、ミスズが難しい顔をして言った。

 彼女の言葉にうなずくと、カグヤにたずねた。

「カグヤ。何か動きはあるか?」

『周囲に変化はないよ、攻撃されるような兆候ちょうこうも確認できない。兵器は完全に沈黙してる』


 私は土手沿いに建つ五階建ての建物を指差した。

「それなら、あそこから狙撃しよう。見晴らしもいいから、兵器に動きがあればすぐに対処できるはずだ」


 その建物は〈旧文明期以前〉の集合住宅で、あちこちで壁が崩れていて、びた鉄骨が剥き出しになっているのが見えた。

 外階段を使って上階に向かうが、三階に差し掛かると階段が途中で崩れていた。私とミスズはライフルを構えて、慎重に各部屋へと続く通路を歩いた。狭い通路には雨が絶えず吹き込んでいて、フードに隠れていない顔を濡らした。


 通路の先に邪魔な扉があった。ライフルの銃身で開け放たれたままの扉を押すと、扉が何かに引っかかった。扉の先を確認しようと、覗き込もうとしたときだった。

 目の前に人擬きの大きく開いた口があらわれた。私は素早く後方に飛び退くと、化け物の頭部に対して射撃を行った。


 銃声はそれほど大きくなかった。

 銃声を気にして、あらかじめライフルに消音器を取り付けていたからだ。しかしそれでも周囲に潜んでいた人擬きの関心を引くには充分だった。次の瞬間には、建物の至るところから人擬きの呻き声や叫びが聞こえてきた。

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