第67話 戦闘用機械人形 re


 慎重に探索していると、突き当りの壁が崩れていて外に繋がる穴がポッカリと開いる場所に出た。人が通れるほどの横穴には、となりの建物に移動するために使用されていたと思われる錆びの浮いた鉄板が架けられていた。鉄板の先には意図的に破壊されたと思われる非常階段と、建物内に続く非常口が見えた。


 ハンドガンを構えると、横穴からゆっくり身体からだを覗かせて外の様子をうかがった。建物の下に見える狭い路地にはゴミが散らばり、その路地の先は道路につながっていた。身体からだを引っ込めると、鉄板にゆっくり足を乗せた。


『気をつけて、レイ』と、カグヤの声が内耳に聞こえた。

 赤茶色に腐食した鉄板は、私の体重できしんだが問題なく渡れそうだった。

「行けそうだな」


『レイラ』

 ミスズの声が内耳に聞こえると、小声で返事をする。

「どうした?」

『奇妙なスイッチを見つけました』

「スイッチ? すぐに行くから待っていてくれ」


 崩れた壁の先に見えていた非常口が気になったが、拡張現実で表示される地図でミスズの位置を確認しながら彼女のもとに向かう。床に転がる人擬きの死骸に気をつけながら歩いて、飲食店の厨房だと思われる部屋に入っていく。


 天井の一部が崩落していた所為せいで、斜めにかたむいた床には雨漏りによる水溜まりができていた。悪臭を放つ泥や、乱雑に転がる穴の開いた鍋を見ながらミスズの側に行く。


「これです、レイラ」

 色褪せたポスターの横をミスズは指差した。

「よく見つけられたな」と、私は感心する。

 薄汚れた壁には小さなスライドスイッチが埋め込まれていて、電気が通っていることを示すように点のような小さな光が明滅していた。

「いえ、あの、偶然です」と、ミスズは得意げな笑みを見せる。


「カグヤ、これが何のためのスイッチか分かるか?」

『壁の中をスキャンするから、壁全体をゆっくり見渡して。ワヒーラを使ってレイの視界から得た情報を解析する』


 汚れた壁に視線を向けた。湿気の影響なのか、床から侵食するように壁の低いところにはこけがびっしり生えていた。しばらくすると壁に変化が起きて、壁の表面に浮き上がるように、スイッチから伸びる配線ケーブルが拡張現実で再現されて見えるようになった。そのケーブルは天井を伝いながら、我々の背後にある冷蔵室の扉に続いていた。


 冷蔵室の扉を開くためにドアレバーに手をかけようとして、すぐに動きを止めた。ドアレバーは血液で汚れていたのだ。指先で血痕をこすると完全に乾いていなかった。ハンドガンを片手に構えるとドアレバーに手をかけたが、扉は施錠されていてピクリとも動かなかった。


「ミスズ、スイッチを頼む」

 彼女がスイッチを操作する。電源が入って明かりが灯ることもなければ、警告音が鳴ることもなかった。けれど先ほどと異なりドアレバーは簡単に動いた。私はハンドガンを握り直すと扉をゆっくり開いた。


 扉の先は狭い部屋になっていた。壁際には十数挺ちょうのアサルトライフルとレーザーライフルが立てかけられていて、部屋の奥には木箱が積み上げられていた。


「これは……武器庫でしょうか?」と、ミスズが部屋を覗き込みながら言う。

「ああ。それに小銃の状態や種類から見ても、レイダーのモノには見えないな」


 小銃以外にも弾薬箱が棚に綺麗に並べられていた。反対の壁際には立ち尽くしたまま動かない機械人形が見えた。その機械人形は戦闘用機体で、装甲なども装着された完全な状態だった。


 戦闘用の機械人形は墨色のフレームを持っていて、老竹色の装甲が装着されていた。各種収納用のポケットとポーチが腕と脚の装甲に取り付けられていて、肩には周囲の状況を瞬時に判断し、射撃の精度を高めるレーザー探知装置が取り付けられていた。


 また機械人形の関節部分は特殊な合皮で保護されていて、頭部はフルフェイスヘルメットにも似たモノで防護されていた。カメラアイは確認できなかったが、ヘルメットのシールド部分で保護されているのだろう。


「ここにある物資は、すべて回収しちゃいますか?」

 遠慮がちに言うミスズにうなずく。

「そうだな。このあたりを縄張りにしているレイダーの私物なら、このまま置いておくのは危険過ぎるし、同様に不死の導き手のモノでも置いておくことはできない」


「それならヴィードルで回収したほうがいいですね。私は一旦いったんウェンディゴに戻ります」

「ああ、頼むよ」

「それじゃ行ってきます」

 ミスズは笑顔を見せると厨房の外に向かう。

「ミスズ」と、私は彼女を呼び止めた。「常に警戒をおこたらないでくれ」

「はい」


 ミスズがいなくなると、私は冷蔵室の物資を持ち出し易くするために、木箱をあらかじめ部屋の外に運び出すことにした。

 しばらく黙々と作業していると、車両の重みで床が崩れてしまわないように、ヴィードルをゆっくり操縦しながらミスズがやってくる。そして車体後部にある小型コンテナを見せるように、その場でくるりと回転すると車両を停車させた。


 それから我々は手早くコンテナに物資を詰め込んでいった。小銃に弾薬箱、〈国民栄養食〉が詰まった木箱なども素早く積み込む。するとヴィードルの重量が増えたからなのか、床がきしんだように感じられた。


 あらかた物資を積み終わると、機械人形の確認に向かう。そこで異変に気がついて、私は戸惑う。

「どういうことだ。どうして今まで存在を認識できなかったんだ?」

 機械人形の側には、壁に寄りかかるようにして座る〈不死の導き手〉の信者がいた。女性は負傷していたが、胸元はかすかに動いていた。


『生きてるみたいだね。なんで今まで気づかなかったんだろう?』

 カグヤの声を聞きながら女性の側にしゃがみ込むと、彼女の状態を確認した。


 女性はひどく汗をいていて呼吸が荒かった。脇腹に銃弾を受けたのか、シャツに血が滲んでいた。私は女性が着ていた紺色のコートに注目した。コートの裏地に銀色の端子が縫い付けられていて、コートからはケーブルが伸びていた。そのケーブルは女性が腰に下げているポーチの先に繋がっていた。ポーチの中には見たことのない端末が入っていた。


『その装置が彼女の存在を隠蔽いんぺいしていたのかな?』

「かもしれないな……」

「レイラ?」と、ミスズが心配して冷蔵室の中に入って来る。

「問題ないよ」と、私は振り返りながら言う。「教団の人間だ、生きているから応急処置して、ウェンディゴに連れていく」


「ヴィードルに乗せますか?」

 ミスズはそう言うと、困ったように下唇を噛んだ。

「いや、重さで床が抜けるかもしれない。ミスズは先にウェンディゴに戻ってくれ」

「大丈夫ですか?」

「問題ないよ」


 ミスズが慎重にヴィードルを操縦するのを横目に見ながら、私は手早く女性のコートを脱がせるとシャツを破いて消毒液で傷口の周りを拭きとると、傷口にコンバットガーゼを押し当てた。それから女性の背中に手を回しながら抱き起こすと、包帯を素早く巻いていく。


 女性は意識が朦朧もうろうとしているのか、うわ言を繰り返していた。

「しっかりしろ。必ず助けてやる。だから諦めるな」

 女性はわずかに目を開いて私の姿を確認すると、大きく目を開くと暴れ出した。


 私は女性の身体からだを押さえながら言う。

「大丈夫だ。敵じゃない、君を助けたいだけだ」

 女性は長い黒髪を振り乱しながら暴れたが、やがて糸が切れた人形のように抵抗する力がすとんと抜けた。


「敵……じゃない?」と、女性は茶色い瞳を私に向けた。

「そうだ。俺はこの場所を探索していたスカベンジャーで君の敵じゃない」

 女性を抱き上げようとすると、彼女は首元のネックレスを引き千切って、私の手を押し返すようにネックレスを強引に手渡してきた。ネックレスの先には小さな細長い筒がつながれていた。


「……これを……受け取って」

「これはなんだ?」

 しかし女性は気を失ったのか、何も言わなかった。


 そのときだった。騒がしい警告音と共にカグヤの声が内耳に響いた。

『何か来る。気をつけて、レイ!』


 天井が大きな音を立てて崩れると、砂煙の向こうに〈アサルトロイド〉が立っているのが見えた。その機械人形は、女性を思わせる優美なフォルムを持つ戦闘を主目的に警備用に開発されていて、戦闘能力が極めて高い。装甲も厚く、腕に組み込まれたレーザーガンも殺傷能力が非常に高いモノになっている。


 目の前に出現したアサルトロイドは奇妙な飾り付けがされていた。ギリシャ神話の怪物、キュクロープスを思わせる大きなカメラアイを保護するフルフェイスマスクの代わりに、人間の欠けた頭蓋骨が使用されていて、むき出しの胴体フレームを守るように、卑猥ひわいな絵が描かれた鉄板が溶接されていた。


「レイダーが所有する機体か?」

 アサルトライフルを素早く構えると、機械人形のカメラアイに向けて射撃を行う。アサルトロイドは頭部を守るように腕を交差させると、腕の装甲で銃弾をはじく。

『早い!』とカグヤは驚く。


 アサルトロイドが腕を振り上げると、腕の先から鋼鉄の刃が飛び出す。機械人形が振り下ろした刃をライフルで受け止めると、そのまま身体からだを捻って機械人形の胴体に回し蹴りを叩き込んだ。


 が、アサルトロイドは衝撃で後方に下がっただけで、攻撃に効果があるようには感じられなかった。一瞬の間のあと、機械人形の腕に青白い電光が走るのが見えた。私がハンドガンを抜いたのとほぼ同時に、アサルトロイドは腕に取り付けられていたレーザーガンを私に向けた。


 弾薬を徹甲弾に素早く切り替えると、アサルトロイドの腕に銃弾を叩き込んだ。弾丸はアサルトロイドの腕を貫通し破壊した。すると発射される寸前だったエネルギーが行き場を失い暴走し、爆発を引き起こした。


 私は凄まじい爆風に吹き飛ばされ、壁に背中を叩きつけた。痛みと苦しさに喘ぐように肺に空気を入れると、すぐに立ち上がりそばに倒れていた女性を抱きかかえた。


 砂埃が舞う室内を走って崩れた壁の外に勢いよく飛び出した。女性を抱きながら地面を転がると、すぐに立ち上がって走り出そうとした。しかし目の前にアサルトロイドが飛び降りてくる。


 アサルトロイドは先程の爆発で酷く損傷していた。後付けされた胴体の鉄板はなくなっていて、内部パーツが剥き出しだった。頭部を飾っていた頭蓋骨もなくなっていて、カメラアイのレンズにはヒビが入っていた。


 その機械人形はもう片方の腕を私に向けた。レーザーガンの先が青白く発光する。私は女性を守るように、咄嗟とっさに彼女を抱きしめた。そして衝撃音があたりに響いた。しかし私の身体からだはレーザーに焼かれていなかった。


『大丈夫ですか、レイラさま』と、ウミの凛とした声が聞こえた。

 アサルトロイドは上方から地面に激しく叩きつけられるようにして、バラバラに破壊されていた。破壊され停止したアサルトロイドの残骸の上に立っていたのは、先ほど冷蔵室で見た戦闘用の機械人形だった。


「ウミなのか?」

『はい。ワヒーラの強力なハッキング装置を使って、機械人形のシステムに侵入しました』

「……助かったよ、ウミ。ありがとう」

『いえ、当然のことをしただけです。急ぎましょう』


『レイ』と、カグヤの落ち着いた声が聞こえる。『レイダーの縄張りから大勢の敵が出てくるのが確認できた』

 通りの向こうから聞こえてくる銃声に顔をしかめながらたずねた。

「ミスズは?」

『すでに敵と交戦中』


 ウミが遠隔操作していた戦闘用機械人形と一緒にウェンディゴに向かいながら、状況を確認する。そのさい、敵からの狙撃を警戒して建物の壁際を移動する。

「戦闘の状況は?」

『今は平気、でもこのままだと包囲される』

「ウェンディゴは?」

『大丈夫、まだ見つかってない』


 するとミスズが乗るヴィードルが、射撃を行いながら道路の先を横切るのが見えた。

「ウミ、ミスズの掩護えんごを頼めるか?」

『お任せを』

「これを使ってくれ」


 ウミにアサルトライフルを手渡すと、ベルトポケットからいくつか弾倉を引き抜いて機械人形の太腿に装着されたポーチに入れる。

「使い方は分かるよな?」

『問題ありません。機体にインストールされている戦闘用データを使用します』

「頼んだぞ」

 その場でウミと別れると、教団の女性を胸に抱きながらウェンディゴに向かう。


 青い線で輪郭りんかくが縁取られたウェンディゴが見えてきたときだった。

 生温かい液体が飛び散って私の顔にかかった。

「えっ?」

 私は一瞬後に聞こえた銃声と共に間抜けな声を出した。


 私が抱えていた女性の側頭部は銃弾を受けて、その衝撃で破裂していた。

『狙撃手だ! すぐに早く隠れて!』

 カグヤの声を聞いて反射的にウェンディゴの陰に跳び込んだ。


 遠くから銃声が聞こえたかと思うと、銃弾がウェンディゴに直撃する。けれどダメージにはならない。シールド生成装置によって発生した力場が弾丸をはじく。銃弾が直撃するたびに、シールドの薄膜に生じる衝撃の波がウェンディゴの輪郭をなぞるように広がっていくのが見えた。


「クソ!」

『怪我したの、レイ?』と、驚くカグヤの声が聞こえる。

「いや、教団の女がやられた」


 私はそう言うと、女性の頭部が破壊されたさいに口の中に侵入していた頭皮の一部を唾と一緒に吐き出した。

『レイが怪我してないならかった――』

「なにもくない」と、私はカグヤの言葉をさえぎる。「あと少しで彼女を救えたんだ」


『だね……ごめん』

「謝らなくていい、俺も悪かった。それより狙撃手の位置が分かるか?」

『うん。地図に印をつけといた』

「ワヒーラは?」

『こっちに向かって来てる。ほら、見えた?』

 ちらりと視線を動かすと、通りの角を素早く曲がって来るワヒーラが見えた。


「そのままコンテナに収容してくれ」

 女性の遺体を地面にゆっくり寝かせると、太腿のホルスターからハンドガンを抜いた。


『弾薬を選択してください』

 機械的な合成音声が発する事務的な女性の声を聞きながら、〈重力子弾〉を選択した。

「跡形もなく吹き飛ばしてやる」

 怒りと共に言葉を吐きだすと、標的に銃口を向けた。


『レイラ!』と、ミスズの声がした。

 私は気持ちを冷ますようにゆっくり息を吐き出すと、彼女に返事をする。

「ミスズ、そっちの状況は?」

『敵の数が増えてきています』

 通りの向こうから、ヴィードルに搭載された重機関銃の激しい射撃音が聞こえてくる。


「撤退だ。ウェンディゴまで引いてくれ」

『レイラは無事ですか?』

「ああ。俺は無事だけど、教団の女がやられた」

『そうですか……残念です』


 ミスズとの通信が切れると、すぐにウミとの通信に切り替えた。

『何でしょうか、レイラさま』と、冷静なウミの声が聞こえる。

「ウミも撤退してくれ」

『はい、すぐに――』

「その機体がほしい、そのまま戻ってくることは可能か?」

『問題ありません』


 通信が切れると私は身を乗り出した。ホログラムの照準器が浮かび上がり、銃身の形状が変化していくのを確認すると、略奪者だと思われる狙撃手が身を隠していた建物に照準を合わせた。

 変形した銃身内部に、青白い光の筋が幾つも走っているのが見えると、引き金に指をかけた。が、すぐに指を離した。


 照準器を介して網膜に投射されている拡大映像に、軽自動車ほどの体長を持つ白蜘蛛が映りこんだ。白蜘蛛は狙撃者の背後にゆっくり忍び寄ると、長い脚を素早く降り抜いた。その瞬間、狙撃手の首が胴体から離れて、そのまま建物の下に落下していった。


 ミスズのヴィードルに続いてウミが遠隔操作する機体が黒いコンテナに乗りこむと、ウェンディゴが起動し〈環境追従型迷彩〉が解けた。

 いつの間にか降り出した雨が地面に横たわる女性の顔を濡らしていた。私は遺体に向かって手を合わせると、ウェンディゴに乗り込んだ。

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