第61話 反重力弾 re


『レイ、急いで!』

 カグヤの声に反応して巨石の陰から身を乗り出すと、接近してくる昆虫にフルオートで銃弾を撃ち込んでいく。正確に照準を合わせる必要は無い、変異体のシロアリはそこら中にいるのだから撃てば必ず命中する。


 突然、ライフルを構えていた腕を喰い千切らんと、五十センチほどのシロアリが飛び掛かってきた。私はライフルから手を離すと、腰のなたを素早く引き抜いて昆虫の首を切り落とす。胴体から離れた昆虫の首はカチカチと顎を鳴らしていた。


 鉈を素早く振り昆虫の体液を払うと、鉈をさやに戻しながら走り出した。落石の間を縫うように進み、瓦礫がれきの間から襲いかかって来るシロアリの頭部を弾丸で撃ち抜いていく。と、トンネルの先から激しい銃声が聞こえてくる。私は安全ピンを抜いた手榴弾を足元に落とすと、先に進んだ。


「レイ、リロードする。掩護えんごを頼む」

 瓦礫がれきに背中を預けるイーサンの言葉に答えるように、前方のシロアリのれに向かって射撃を開始する。後方から轟音が聞こえてくる。先ほど置いてきた手榴弾の破裂音だ。薄暗いトンネルの先からやって来る昆虫に対して射撃を行いながら、ワヒーラから受信する地形図を確認する。


 一瞬の油断が命取りになる。瓦礫がれきに潜んでいた小さなシロアリがあらわれると、私の首元に目掛めがけて飛び掛かってくる。ライフルをたてにしようとして持ち上げるが、間に合わない。恐怖で思わず身体からだこわる。すると水風船が割れるような破裂音と共に、シロアリの頭部が消し飛ぶ。


 視線を上げるとミスズが立っていた。

「ありがとう、ミスズ。助かったよ」

 ミスズは、軍の検問所跡で発見したハンドガンを使って戦闘を継続していた。ハンドガンから撃ちだされる弾丸の威力は高く、一撃で変異体のシロアリを殺せた。それに加えて残弾数を気にすることなく、数百発の射撃が可能なので戦闘を有利にしていた。


 猛然と接近してきたシロアリをライフルのストックで殴り飛ばすと、残弾が底を尽いていたライフルを昆虫の群れに投げた。それからハンドガンを抜くと、地面に膝をついてシロアリ一体一体に対して、正確に頭部を狙いながら射撃を行う。


 先頭のシロアリが頭部を撃たれて絶命すると、脚をもつれさせて倒れる。銃弾は貫通して後方の昆虫にも致命傷を与える。その死骸に巻き込まれるようにして、シロアリたちの進行速度が落ちた。


「レイ、行くぞ!」

 イーサンの声を聞くと、残りの手榴弾をすべて放り投げた。そして振り返ると、破裂音を聞きながらイーサンとミスズのあとを追うように走った。


 狭いトンネルの先には、地下だとは思えない空間が広がっていた。とてつもなく高い天井には地割れによる隙間があり、地上から日の光が差して込んでいた。巣の出口が近いのかもしれない。


 地下につくられた広大な空洞には、旧文明期の建物の残骸が地上に向かって伸びていた。それらはずっと以前に、地盤沈下によって地中に埋もれたモノなのだろう。それ以外にも、天井から地下に向かって飛び出している建物の一部が見えた。


 トンネルの天井から、地面に向かって伸びるように突き出した建物があった。その建物の内部に、焚火たきびの明かりがぼんやりと見えた。この場所は人が生きていけるような環境には思えなかったが、何者かの存在を確かに感じ取れた。


「レイ、あの建物に避難するぞ」と、イーサンは斜めに大きく傾いた建築物を指差した。

 建物は旧文明期の建材で建てられたモノで、地盤沈下によって地下に沈み込んでいたが傾いているだけで、割れたガラス以外に目立った損傷は見られなかった。我々はガラスのない大窓から建物内に侵入する。


「大丈夫か、ミスズ」と、息が上がったミスズにたずねた。

「少し疲れましたけど、大丈夫です」

 ミスズの黒髪は汗に濡れていた。

 斜めになった階段を上がりながら、カラスから受信する地上の様子を確認する。


 地上は地震に驚いて巣穴から溢れ出た変異体のシロアリに埋め尽くされていた。討伐隊の野営地は地割れに飲み込まれていて見る影もなく、地震を生き延びた人々は、シロアリから逃げ惑い、そして生きたままわれていた。


『地獄さながらの光景だね』と、カグヤが必要のない感想を言う。

 我々が野営していた場所は、討伐隊の野営地とシロアリの巣からも離れていたので地割れに巻き込まれることはなかったが、それでもシロアリの大群の襲撃を受けていた。


 ウェンディゴは後退しながら群がるシロアリを蹴り飛ばしていて、ウェンディゴを守るようにしてシンのヴィードルと、ユイナとユウナが搭乗する車両がシロアリに対して攻撃を行っていた。


 エレノアはヤンたちと一緒に行動していて、我々がいる地点に向かって来ていた。このまま何事もなければ、巣穴の出口で合流できそうだったが、彼女たちもシロアリの猛攻を受けていた。軍用ヴィードルに搭載されている多連装ロケットランチャーや、重機関銃の攻撃を受けても、怒り狂ったシロアリの勢いがおとろえることはなかった。


 その混乱の中、まるでうようにしてシロアリを殺していたのはハクだった。

 鋭いかぎづめが付いた長い脚を振るたびにシロアリの死骸が増えていった。ハクは昆虫に囲まれることをきらい、常に動き回りながら戦闘を行っていた。囲まれそうになると空中に飛び上がって、シロアリを足場にして昆虫のいない空間に移動していた。


 そして口から糸を吐き出すと、自分自身よりも大きい討伐隊のヴィードルに糸を絡ませて、そのヴィードルを昆虫に投げ飛ばしていた。シロアリのれは体液を撒き散らしながら、なすすべもなくヴィードルに押し潰されていた。


「地上はどうなっている?」と、めずらしく息が上がっているイーサンが言う。

「最悪だよ。討伐隊は壊滅状態だ」

 彼は溜息ためいきをつくと、ボディアーマーのポケットからスキットルを取り出して酒をあおった。


「シンたちはどうしてる?」

「安全な場所に撤退中だけど、昆虫の数が多すぎる」

「ヤンたちと合流させたほうがいいのかもしれないな。この局面きょくめんを打開するには、戦力を集中して突破口を作るしかない」

 イーサンの言葉にうなずくと、カグヤに頼んでシンたちのために最適な移動経路を探してもらい、それを彼らに送信させた。


「あの、えっと……私たちも合流できるでしょうか?」

 ミスズが不安を口にした。

 私はベルトポケットから清潔なハンカチを取り出すと、ミスズの額の汗を拭った。それからミスズの琥珀こはく色の瞳を見つめながら言う。

「大丈夫だ。俺たちは絶対にこんな薄暗い虫の巣では死なない」


「そうだな」

 イーサンは煙草に火をつけて、それから言った。

「なぁ、レイ。この死体に見覚えがないか?」


 落石の陰に隠れるようにして、見慣みなれた紺色のコートを着た男たちの死体が横たわっていた。それらは腐臭を放ち、武器を手にしたまま地面に横たわっていた。

「不死の導き手だな……連中も討伐隊に参加していたのか?」

「いや、参加していない。そもそも教団の関係者を見るのも久しぶりだ」


「昨日今日の死体じゃないな、なにか理由があってシロアリの巣に侵入したのか?」

「そのようだな。それにこれは……例の覚醒剤だな」

 イーサンは男たちの周囲にばら撒かれている緑色の粉を指につけた。

「どうしてそんなモノが?」

「さぁな、けど覚醒剤の粉は変異体の体表にも付着していた。気がついたか?」

 私は頭を横に振ると、イーサンは何かを考えこむように黙り込んだ。


「レイラ、見てください」

 ミスズの側に行って建物の窓から顔を出すと、シロアリの大群が地割れに巻き込まれた討伐隊の生き残り目掛けて突進しているのが見えた。討伐隊の生き残りはレーザーライフルや、戦闘用に改造されたパワードスーツを装備した重武装の部隊だった。


 パワードスーツの両手には重機関銃が取り付けられていて、シロアリの大群に向かって銃弾の雨を降らせていた。目を細めて視界を拡大すると、パワードスーツの搭乗者が見えた。

 彼女は狂気すら感じられる満面の笑顔を浮かべていた。昆虫に対する恐怖を感じていないのか、あるいは感じているからこそ感情がおかしくなってしまっているのか、彼女は笑いながら機関銃を乱射していた。


 しかし討伐隊の全員が生きる残るために最善を尽くしていたわけではなかった。何人かの傭兵は怖気おじけづいていて、武器を捨てて逃げ出し始めていた。


「マズいぞ」とイーサンは煙草を捨てながら言った。


 逃げ出した者たちによって生まれた隙間にシロアリが雪崩込なだれこんだ。そうなってしまうと、傭兵たちにできることは限られていた。パワードスーツの女性は最後まで奮戦ふんせんしたが、多くの者たちが自死を選んでいた。部隊を置いて逃げた者たちも昆虫によって手足を千切られて死んでいった。その光景にミスズは息を呑み、イーサンは何も言わずにウィスキーを喉の奥に流し込んだ。


 息を大きく吸い込むと、私は覚悟を決めた。

『弾薬を選択してください』

【弾薬オプション】

 ―――

 ――

『反重力弾を選択しました』


 太腿のホルスターからハンドガンを抜いた。

「カグヤ、威力の調整を頼む」

『了解』

 建物の縁に立つとハンドガンを構える。ホログラムで投影される照準器が浮かびあがり、銃身の形状が変化していく。銃身内部で紫色の光の筋が銃口に向かって走ると、銃口の先の空間がぼんやりとゆがんで周囲を薄暗くしていくのが見えた。


「旧文明の兵器か」

 イーサンの言葉にうなずく。

「ああ」

「大丈夫なのか、レイ」

「一度だけ試したことがある」

「なら、さっさと連中を楽にしてやってくれ」


 パワードスーツを装着した女性があげる断末魔に向かって引き金をひいた。

 射撃の反動は想定していたモノよりもずっとよわかった。銃声もほとんどしなかった。撃ち出されたのは、紫色の輝く〈プラズマ〉にも見える光弾で弾速は遅かった。しかし徐々に速度が上がり、傭兵たちにむらがる昆虫のもとに到達した。


 プラズマの球体は空中でピタリと静止したかと思うと、金属を互いに打ち合わせたときのような甲高い音を周囲に響かせた。

 その瞬間、輝く光弾を中心にして広範囲にわたってすべてのモノが重力に逆らうように宙に浮かんだ。


 パワードスーツや女性の死体、それに複数の脚をバタつかせるシロアリ、そして引き千切れた人間の手足に昆虫の死骸、果ては周囲の瓦礫がれきや砂も浮かび上がる。不思議な光景に目を奪われていると、空気をつんざく甲高い音が響いた。すると空中に浮かんでいた全てのモノが、紫色に発光していたプラズマの球体に向かって引き寄せられ、そして圧縮されていった。


 凄まじい重力に捕らわれたシロアリは瓦礫がれきに潰されて圧殺され、パワードスーツのフレームは紙のように折れ曲がり重火器と共に圧し潰されていった。周囲にあった全てのモノに影響を与え圧縮したプラズマの球体は、高密度に圧縮された紺色の球体に変化し、鈍い音を立てながら地面に落下した。


 拳大の球体を眺めながら、私は誰にともなくたずねた。

「今の攻撃で何匹やれたと思う?」

「少なくとも百匹はやれたんじゃないか」イーサンは煙草の煙を吐き出しながら言った。「けどトンネルで使うのは危険過ぎる。下手すれば崩落を引き起こしかねない」


「……そうだな」

 効果範囲と威力を制限していたが、それでも危険だということは理解できた。

「ワザと崩落を引き起こして、私たちが通ってきたトンネルをふさぐのに使うのはどうでしょうか?」とミスズが提案する。

「トンネルを塞ぐか……」

 ミスズの長い睫毛を見ながら思案する。


「カグヤ、ワヒーラから受信している地形図を確認して、地上に向かうときに使用しないトンネルを割り出してくれないか?」

『いいけど、どうするつもりなの?』

「俺たちが崩落に巻き込まれる危険性のないトンネルは反重力弾で破壊する」

『了解、待っててね』


「何か考えがあるのか?」とイーサンが言う。

「昆虫の数を減らして、俺たちが逃げるための時間を稼ぐ。イーサンとミスズは建物を出て、すぐに動けるように準備してくれ」

「了解。ところで、どこに向かえばいいのか分かっているのか?」

 イーサンとミスズの端末に、最適化した地上への移動経路を転送した。


「見えているか、ミスズ?」

 ミスズのタクティカルゴーグルにも経路が表示されているはずだった。

「はい、大丈夫です。レイラはどうするのですか?」

「目標を破壊したら、俺もすぐに飛び降りるから安心してくれ」

「飛び降りるのですか?」と、ミスズは首をかしげた。


 ミスズが困惑するのも分かる。我々は結構な高さまで建物を上がってきていた。けれど強化された身体からだにとって、これくらいの高さは受け身でどうにでもできた。

『いつでもやれるよ、レイ』

 カグヤの声が聞こえると、建物の縁に立ってハンドガンを構える。


 銃身の形状が変化していくのを見ながら、カグヤがタグ付けしたトンネルに照準を合わせる。銃身内部で紫色の光が走り射撃の準備が整うと、躊躇ためらうことなく引き金を引いた。


 次々と撃ち出された光弾は、目標に向かって真直ぐ飛んでいく。射撃を終えると建物から飛び降りて、身体からだをひねりながら落下の衝撃を逃がすようにして受け身を取り、そのままの勢いで立ち上がるとミスズたちのあとを追った。


 後方で甲高い音が次々に鳴り響き、シロアリを巻き込みながら局地的な崩落を引き起こしていった。私は全力で走りながらミスズたちの前方にあらわれた昆虫に対して、通常弾での射撃を開始した。


『レイ!』

 カグヤが視覚情報として敵の出現位置を網膜に投射してくれる。赤い線で輪郭りんかく縁取ふちどられた昆虫が地中から飛び出そうとしていた。私は弾薬を切り替えると地中の昆虫に向かってライフル弾を撃ち込んだ。地表に出てこようとしていた昆虫の胴体が破壊されるのが見えた。


「レイ、もうすぐ地上だ。急げ!」

 後方から我々に追いつこうとしていた昆虫に対して射撃を行っていると、イーサンの声が聞こえた。振り返るとトンネルの先に地上から差し込む日の光が見えた。


「行け、イーサン! ミスズも急げ!」

 シロアリに向けていた銃身をわずかに浮かせると、猛然と駆けてくる昆虫の上方、トンネルの天井に向かって反重力弾を撃ち込んだ。甲高い音のあと振り向くと、すぐ目の前に眼のないシロアリがいて、飛びかかってくるのが見えた。


 恐怖で身体からだが強張ると、銃声が聞こえてシロアリの頭部が破裂した。

「行くぞ、レイ」

 顔をあげると、ライフルを構えたヤンの姿が見えた。

 私はヤンにうなずいてみせると、地上に向かって走りだした。

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