第62話 冬の精霊 re


 陰鬱いんうつな曇り空を背景にして、シロアリの変異体が波となって迫って来る。

 昆虫の大群を一瞥いちべつすると、カグヤが遠隔操作で移動させていたヴィードルの後部座席に乗り込んだ。コンソールを操作してシステムチェックを行っていく。重機関銃の残弾数やシールド生成装置の状態などを確認すると、ワヒーラから受信している周辺一帯の地形図を確認する。


「いけるか、ミスズ?」

 コクピットシートに座るミスズは振り返ると、力強くうなずいた。

「問題ないです。いけます」

 ヴィードルのそばに待機してレーダーを回転させていたワヒーラに指示を出すと、〈カラス型偵察ドローン〉から受信していた映像を確認する。


「カグヤ、撤退に使用する移動経路はどうなっている?」

『もうみんなのヴィードルに送信済みだよ』

「ウミとジュリは?」

『ウェンディゴはすでにこの区画を離れて、廃墟の街に向かって移動してる』


 索敵情報を確認していると、ユウナとユイナの乗るヴィードルが接近してくる。

『レイ、ぐずぐずしてないで出発するよ!』

「了解」


 イーサンとエレノアの乗ったヴィードルを先頭に、我々は黒土に埋もれた荒涼こうりょうとした区画を離れる。視線のずっと先には、見慣れた高層建築群がそびえる廃墟の街が見えていた。


『レイ、ハクは何処どこにいるんだ!?』

 すぐとなりを走っていたヴィードルからリーの声が聞こえたかと思うと、すぐに幼い女の子の声が聞こえる。

『なぁに?』


 突然、白蜘蛛が何処どこからともなくあらわれると、リーとヤンが乗っていたヴィードルに飛び乗った。急に出現したハクに驚いてヴィードルはふらついたが、リーは冷静に操縦して車両姿勢を立て直す。


『これから虫どもにロケット弾を全弾発射する、ハクは爆発に巻き込まれないように離れていてくれないか』

『ん。わかった』


 リーの声に反応して、ハクはすぐ後方を走っていたシンが搭乗する白いヴィードルに飛びついた。けれど脈動みゃくどうするように波打つ装甲をきらったのか、すぐにユイナが操縦するヴィードルに飛び乗った。


 ハクが離れたことを確認すると、ヤンの声が内耳に聞こえた。

『リー、さっさと始めよう』

 軍用規格の中型ヴィードルはその場でくるりと回転すると、速度を落とすことなく追走しながら、車体側面に取り付けられたロケットランチャーから無数の小型ロケット弾を発射した。


 ランチャーにはロケット弾が計四発装填されていて、左右に取り付けられたランチャーから八発のロケット弾が次々と発射されていく。発射されるたびに爆音が周囲にとどろいて、煙の尾を引きながらロケット弾が飛んで行く。


 装填されていた全てのミサイル弾を撃ち尽くすと、すぐに次弾装填作業が自動で始まる。発射されるロケット弾は小型だが、破壊力は恐ろしいものだった。変異体のれに向かって飛んで行ったロケット弾は次々と着弾し、爆炎と共に大量のシロアリをバラバラにしながら宙に吹き飛ばしていく。


 すると爆音に驚いたハクがヴィードルに飛び乗ってくる。ハクの体重で低くなった視点に驚いて前方に視線を向けると、ユイナが操縦するヴィードルからもロケット弾が発射されて、我々の側面から迫ってきていたシロアリを攻撃していた。


『ミスズ、変異体の動体反応をとらえたよ』

 カグヤは地中から飛び出そうとしていたシロアリの輪郭りんかくを赤色の線で縁取ると、全天周囲モニターに表示していく。ミスズはその情報を確認しながら射撃の準備を行う。攻撃開始を察知したハクは何処どこかに飛んで行くために、行動の予備動作として身体からだを低くしたが、私はすぐにハクを引きとめた。


「ハク、少しだけそこで我慢してくれ。すぐに済む」

『ん』

 ハクは素早く移動できるかもしれないが、ヴィードルのタイヤを使用した高速移動モードの速度には追い付けないかもしれない。ここでハクとはぐれてしまったら、大量の昆虫がいる区画に取り残されることになる。


 重機関銃の独特な射撃音と共に大量の弾丸が発射され、シロアリの変異体をズタズタに引き裂いていく。ミスズは昆虫の体液と死骸に足をとられないように、ヴィードルを器用に操縦して死骸を飛び越えていく。ハクは楽しんでいるようだったが、重量があり機動力がないヤンたちの車両は、昆虫の死骸を迂回うかいするしかなかった。


 カラスから受信していた映像と、ワヒーラから得ている情報を確認する。

「ミスズ、ヤンたちの掩護えんごに――」

 そこまで言うと、シンの声が聞こえる。

『僕が行く』

 白いヴィードルは速度を落とすと、ヤンたちのすぐ後方に移動してシロアリに向かって機関銃の掃射を始める。


『ミスズ、集中して!』

 周囲の動きに気を取られていたミスズもカグヤの声に反応して、すぐに操縦に集中する。この区画は比較的平坦な土地で障害物も少ないが、それでも建物の残骸や瓦礫がれきが至るところに転がっていて、集中しなければ事故を起こしかねなかった。


 コンソールを操作して火器管制システムを起動すると、操縦に集中しているミスズに代って周囲のシロアリに向かって攻撃を開始した。


『レイ、聞こえる?』

 エレノアの声が聞こえると、先頭を走っていて絶えず出現するシロアリと交戦していたイーサンのヴィードルに視線を向けた。

「どうしたんだ?」


『ワヒーラから受信する情報を確認していましたが、廃墟は人擬きで溢れている』

 私は一瞬、頭が真っ白になる。が、すぐに気を取り直して冷静に考える。

「戦闘音に引き付けられて集まってきたのか?」

『それもありますけど、地震がキッカケになったと私は考えています』


「地震?」

『先ほどの激しい揺れで巣から出てきた人擬きが集まってきているのだと思います。彼らは腹を空かせていて、とても危険な状態』

「……ここには人擬きの餌になる昆虫の死骸が大量に残されている」

『このままだと、廃墟の街からやってきた人擬きと鉢合わせになります』


 シンに追いついた昆虫が、白いヴィードルに次々と取り付いていくのが見えた。私は掩護えんごするために、素早く機関銃の銃口を向けた。けれど次の瞬間、白い装甲でうごめいていた何かが一瞬で鋭いとげに変化する。車両に取り付いていた昆虫の変異体は、ハリネズミに抱き着いたあわれな生物のように、身体からだ串刺くしざしにされて絶命した。


 太く鋭い棘に変化していた何かは、あっという間に装甲に戻り、昆虫の死骸は後方に転がっていった。

「シン、大丈夫か?」

『ああ、問題ないよ。このまま掩護えんごを継続する』


 射撃を再開したヴィードルを確認したあと、イーサンに声をかけた。

「ミスズたちをウェンディゴまで先導してくれないか」

「レイラ?」と、ミスズが驚いて振り向いた。

『もちろん、そのつもりだが』とイーサンの声が聞こえた。『何か考えがあるのか?』


「いや、まったくない。だからここに残っておとりになることで撤退の時間を稼ぐ」

おとりって……お前さんがひとりで残ったって状況は変わらないぞ』

「俺たちを追ってきている昆虫のれを引き付けることはできるさ」


『それで』と、イーサンの溜息が聞こえた。

 全天周囲モニターに表示されている地形図を確認しながら言った。

「ウェンディゴまでの移動経路を送信する。廃墟に入ったら邪魔になる人擬きだけ相手して、敵の包囲網を突破してくれ」


『お前さんが一緒に来ても同じだろうよ』

「同じじゃないさ、このまま包囲されたら出口のない混戦に突入する」

『三つ巴の戦いか……全員が生き残るのは難しいな』

「そうだ。それに俺は死ぬつもりなんかない」

『どうだかな』

「忘れたのか、俺には旧文明期の兵器がある。昆虫くらい簡単に蹴散らしてやる」

 私はおどけながらそう言った。


 しばらく沈黙が続いた。イーサンもミスズも何も言わなかった。

『悪いな』と、ヤンの声が聞こえてきた。『たった今、機関銃の残弾が底を突いた』

『逃げることに専念してくれ、僕が掩護を続ける』と、シンの声が続いた。

『ユウナ! 左からも化け物が来る、集中して!』

『お姉ちゃんに言われなくても分かってる!』とユウナが声を荒げた。

 地中から突然あらわれたシロアリに対して、重機関銃で攻撃を続けていたユイナたちの緊迫した声も聞こえてきた。


 私はカラスから受信している映像をもう一度確認した。

 シロアリの巣がある周辺一帯の区画は、地震による地盤沈下と地割れによって地形が大きく変化していた。建築物は傾き地面に埋まり、地割れによってポッカリと開いた大きな巣穴からは、絶えずシロアリの変異体が出現していた。まるで軍隊のパレードのように規則正しく列を作って出現する昆虫のれに、終わりは見えなかった。


「ダメですよ。レイラをひとりで行かせません」

 ミスズは私を置いて行かないとばかりにヴィードルの速度を上げて、皆のヴィードルを追い抜いていく。

 私は溜息をついて、それから言った。

「カグヤ」

 システムの遠隔操作によってミスズはヴィードルの操縦権限を失う。


「レイラ、どういうことですか?」とミスズは私を睨んだ。

 私はミスズに笑みを見せるとヴィードルを停止させた。

「ユウナ、来てくれないか」

『レイ、こんなところで止まってなにやってるの!』と、ユウナが声を荒げる。


 停車したヴィードルのキャノピーが開くと、ユイナとユウナの顔が見えた。

「ユウナ、操縦を変わってくれ」

 ユウナは何かを言おうとして口を開いた。けれどすぐに口を閉じると自身のヴィードルから飛び降りた。


 私も車両から降りると、イーサンとヤンたちのヴィードルが我々を追い抜いていく。私は首巻を上げて鼻にあてると、砂煙をやり過ごした。

「ダメです!」と、ミスズは首を振る。「戻ってくださいレイラ!」

「これ以外に、俺たちが生き残る術はないんだ」

 カグヤに頼んで、ユウナにヴィードルの操縦権限を与えた。


『僕も残るよ』

 次々と集まってくる昆虫に対して牽制射撃を行っていたシンの声が聞こえた。

「ダメだ。シンは姉妹たちをあの昆虫から守らなければいけない」

『ここで死ぬ気なのか、レイラ?』

「まさか」と私は頭を振った。「生き延びるさ。こう見えても、俺は諦めが悪いんだ」


 シンは一瞬黙り込んで、それから口を開いた。

『僕はレイラを家族同様に想っている。君はそれだけのことを僕たちにしてくれた』

「そうだな」

『絶対に生きて戻るんだ。僕は君に報いなければいけないんだから』

「分かってる」

『ユイナ、行くよ』


「レイラ、ダメです」

 ミスズは頭を横に振る。私を置いて行かないでと。

「大丈夫だ、ミスズ。俺を信じてくれ。任せたぞ、ユウナ」

 ミスズはまだ何かを口にしていたが、コクピットに乗り込んだユウナはキャノピーを閉じると走り出した。


 私は太腿のホルスターからハンドガンを引き抜くと、ゆっくり息を吐き出した。

『また二人にだけになっちゃったね』とカグヤが言う。

「いや、ハクもいる」

 となりにいるハクに視線を向けると、白蜘蛛はトントンと地面を叩く。

 カグヤはクスクスと笑う。


「ハクは行かなくていいのか?」

『ん。ハク、いっしょ、たたかう』

 ハクは地面を叩くと、カサカサと腹部を振った。

「心強いよ」

 ハンドガンの銃口をシロアリの大群に向ける。変異体のれが立てる足音は遠雷えんらいのように轟いていた。


 ホログラムで投影された照準器が浮かび上がり、銃身の形状が変化していく。その銃身の内部で青白い光の筋が銃口に向かって走っていくと、天使の輪にも似た青白く輝く輪がハンドガンの銃口の先に出現する。

『レイ、いつでも射撃可能だよ』

「了解」


 音もなく発射された光弾は青白い閃光となって荒涼とした大地を進むと、れの前列にいたシロアリに直撃して、周囲の変異体を巻き込みながら瞬く間に融解ゆうかいさせた。シロアリの群れを消滅させながら通過した閃光は、そのまま直進して視界から消える。


 一瞬の間のあと、轟音ごうおんと共にはるか遠くに見えていた高層建築物がぜるのが見えた。爆発の轟音と共に山腹の一部がえぐれて、建築物の瓦礫がれきが地上に落下していく。


 私はしびれる手を何度か握って感覚を確かめる。射撃の際の反動で照準がズレたのかもしれない。上方に浮いた〈重力子弾〉は昆虫よりも建築物に大きな破壊を与えていた。


 遠くで崩壊する建物を見つめながら、私は言った。

「どれくらいの昆虫をやれたと思う?」

『数百かな? わからないけど沢山だね』

「焼け石に水だな……」


 融解ゆうかいして跡形もなく消滅した昆虫の隙間を埋めるように、昆虫の波が押し寄せてくるのが見えた。ハクは興奮しているのか地面を叩くと、その場でくるくると回っていた。


「カグヤ、反重力弾の威力を上げられるか?」

『残弾数に影響するけど、可能だよ』

「やってくれ。どうせなら、全弾撃ち尽くすまでやろう」

『了解』


 銃身の形状が瞬く間に変化していくと、今度は紫色の光の筋が幾つも走り、銃口の先の空間がぼんやりとゆがんでいくのが見えた。

『残弾は八発だよ。それ以上は無理だからね』

 うなずくと引き金を引いた。


 球体状のプラズマが発射されると、銃身をわずかに動かして別のれに照準を合わせて引き金を引いていく。次々と撃ちだされた光弾は威力が調整されているだけあって、大きく速度もあった。


 前列のシロアリたちを貫通すると、プラズマの球体は中空に静止した。そして金属を打ち合わせたときのような、甲高い音が周囲に響いた。すると光弾を中心にして、周囲にあるモノが広範囲にわたって宙に浮きあがるのが見えた。


 長い触覚や脚をバタつかせるシロアリに、瓦礫がれきや黒土が重力に逆らうように浮き上がる。そして耳が痛くなるほどの甲高い音が響いた。その瞬間、空中に浮かんでいた昆虫やら何やらが光弾に向かって引き寄せられ、そして凄まじい重力で圧縮されていった。


 そうして数千匹の昆虫は瞬く間に圧殺され、瓦礫がれきや岩は粉々になりながらひとかたまりになっていった。残されたのは高密度に圧縮された球体状の物体だけだった。それはしばらくの間、空中に浮かんでいたが、やがて地面に落下して鈍い音を立てた。


 あちこちで同様の光景が繰り返される。その度にハクは驚いて地面を叩いた。

 数千を超える昆虫を殺せたと思う。けれどそれだけだった。昆虫の勢いはおとろえることがなく、反重力弾によってつくられたクレーターを乗り越えて迫って来ていた。


「お手上げだな」

あきらめて撤退する?』

「まさか。さっきも言っただろ、俺は諦めが悪いんだ」

 ハンドガンをホルスターに収めると腰に差していたなたを抜いて、身体からだの重心を落として構えた。ハクも昆虫に飛び掛かる姿勢を取る。


 シロアリはまだ遠くにいる。けれど、彼らが怒り狂っていることは分かった。

『レイ。時間だよ』

「時間?」と、私はなたを握る手に力を込めた。「何の時間だ」

『とっておきを使うんだよ』


 視界の端に映像が表示される。それは上空からの俯瞰映像だったが、カラスの視点にしては、ずいぶんと高い位置からの映像だった。

「カラスのモノじゃないな」

『爆撃機だよ』と、何でもないようにカグヤは答えた。


『準備できました、レイラさま』

 ウミの声が聞こえて視界のすみにタイマーが表示されると、私はすべてをさっしてあわてながらハクに声を掛けた。

「ハク、すぐに俺を連れてここから逃げられるか?」

『いく、いっしょ』

 ハクはひょいと私を抱き上げると、廃墟の街に向かって跳躍する。


 一度の跳躍で数十メートルの距離を移動できたので、我々は変異体のれから相当な距離をとることができた。

「ハク、衝撃に備えるんだ」

 タイマーを確認したあと、振り返って空をあおいだ。

 すると爆撃機から何かが投下されるのが見えた。それは日の光を反射して輝いていた。


 ハクは倒壊した建物の陰に入ると、壁面に糸を吐き出して、くるりとその場で回ると自身の周囲にも糸を吐き出していく。


『弾着十秒前』と、ウミの声が聞こえる。『7、6、5』

 私はカウントを聞きながら、ハクがあっという間に作り上げた糸の囲いに驚いた。それは小さなモノだったが、何重にも重なる糸で作られていた。まるでかいこまゆのように、糸でつくられた小さな巣のなかに私とハクは入っていく。


 ハクは私を抱きしめるように引き寄せると、糸を吐き出して入り口を完全にふさいだ。

『3、2、1、弾着……今!』

 そして世界から音が消える、まぶたを閉じて腕で顔をかばうようにしていたが、全てが透けて見えた。まぶたも自身の腕も、それから骨さえも透けて見えた。私をかばうためにハクが交差させた長い脚も透けていた。


 ずっと遠くにある光のなかに青い球体が見えた。

 それは美しく、恐ろしいまでの迫力を持って輝いていた。

 心が震えるような美しい光景のあと、世界は光を失う。


 空気をつんざく破裂音のあと、まるで銃弾の雨にさらされているかのように周囲から風切り音が聞こえる。我々にできることは何もなかった、爆発の衝撃が通り過ぎるのを待つしかなかった。


 そこに小さな瓦礫がれきが、ハクの頑丈な糸を突き破って侵入してきて腕の一部と共にほほえぐっていった。痛みに顔をしかめ視線をあげると、目の前に別の瓦礫がれきが迫ってきていたのが見えた。


『見て、レイ。小さな手なのに、こんなにも力持ち』

 女性はクスクス笑う。

 私は彼女の名前を呼ぼうとしたが、すぐに口を閉じた。

 名前が思い出せないのだ。


 すると、聞き慣れた声が言う。

『ねぇ、レイ。私の声が聞こえる?』


『レイ!』

 カグヤの声に答えるようにまぶたを開いた。

『大丈夫、レイ?』

「……ああ、なんとか」

 白日夢でも見ていたのか、意識が曖昧模糊あいまいもことしていた。


 どれほどの時間が流れたのだろうか。

 ハクが脚を退けると、破れた糸の向こうに巨大なキノコ雲が見えた。

 私はハクの小さな巣から這い出ると、ベルトポケットからガーゼを取り出して出血していた頬にあてる。


 ハクがつくった巣の周囲には、爆発の衝撃で運ばれた瓦礫がれきや昆虫の死骸が折重なっていた。雲はなく、空は青々として澄んでいた。この地域に来て初めて見た晴天だ。

 視線を動かすと巨大なキノコ雲が見えた。その雲の中に雷のまたたきを見た。


 私は溜息をつきながら言った。

「カグヤ、次に何かをするときは事前に報告してくれ」

『ごめんね、レイ』と、カグヤはしょんぼりしながら言う。『普通の爆弾だって表示されていたから、こんなに威力があるとは思っていなかったんだ』


「旧文明期の普通がこれなんだろ」

『うん。本当にごめんね……』

 私はうなずくと、キノコ雲を眺めながら言った。

「……冬の精霊か」

『うん?』


「ウェンディゴのことだよ。あんなモノを使っていたら、冬の訪れは早まるだろうな」

 視線のずっと先にはバランスを崩してとなりの建物に衝突し、轟音を立てながら崩壊していく高層建築物が見えた。


 私はとなりにやってきたハクの体毛に触れていく。

怪我けがしてないか、ハク?」

 体毛はフサフサとしていて、触り心地がかった。


『ん、へいき。レイ、けが?』

 ハクは触肢しょくしで私の腕に触れる。

「大丈夫だよ、すぐにくなる。それより、ありがとう。ハクがいなかったら、大変なことになっていた」


『レイ!』

 カグヤの声に驚いて顔を上げると、地底から這い出してくる昆虫の大群を眺めながら溜息をついた。

「まだ終わらないみたいだな」

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