第57話 ジュリ re


 ヤンはカチャカチャと音を立てながら手錠を外す。

「レイ、何度も言うが、お前の沸点ふってんは低すぎる」

「悪かったと思っている」

「はぁ」と、ヤンは溜息をついた。「でもまぁ、今回はあいつらが持ち込んだトラブルだ。連中の命でつぐなうことになったが、文句はないだろう」


「俺が言うのも変だけど、これで終わりか?」

 ヤンはボディアーマーの首元に両手をかけた。

「終わりだ。レイを連行したのも鳥籠内外の人間に対して、体裁ていさいを取りつくろっただけだしな。正直、チンピラ同士の喧嘩なんて日常茶飯事だ。処理する死体の数が少しばかり増えただけで何も変わらない」


 チンピラとの騒ぎのあと、我々は入場ゲート近くにある警備隊の詰め所まで連行されていた。死んだ男たちに暴行されていた露店の店主も、警備隊の人間に背負われて連れてこられていた。痛そうに腹を押さえているが、それだけだった。意識もしっかりしている。


「それに今回は、もう事件が解決しているからな」

 ヤンも笑顔を見ながら私は言う。

「結構、いい加減なんだな」


「これくらいがちょうどいいんだよ。本気で縛り付けたいなら、鳥籠に持ち込まれる銃を規制しなければいけなくなる。検問所なんて設けたら、鳥籠に入れる人間の数も大幅に減る。困るのは商人の連中だけじゃない、外の人間と関係がないやつなんてこの狭い鳥籠にはいないからな」

「鳥籠も色々と複雑なんだな」と、私は天井を見上げながら言う。


「兄ちゃん、助けてくれてありがとう」

 店主の言葉に私は頭を振る。

「気にしなくてもいいよ、それにしてもよく俺のことを覚えていたな。顔も覚えられないほど、毎日大勢の客が店にやって来るだろ」

 彼女は後頭部でひとつにまとめた茶色い髪を揺らした。

「兄ちゃんは特別さ」


「特別?」と、ヤンはよからぬことを想像した。

「そうさ。この兄ちゃんが売ってくれた武器で俺はおおもうけできたからな」と、店主は胸を張る。

「そういうことね」と、ヤンはつまらなそうに言う。


「まだ痛みはあるのか?」と、私は彼女にいた。

「吐きそうなくらい痛いけど、大丈夫だ。それより、俺の名前はジュリ。兄ちゃんの名前は?」

「スカベンジャーのレイラだ」

「レイだね。よし、覚えた!」

「レイラだ。これからはトラブルに巻き込まれないように、ジュリも気をつけてくれよ」


「なぁ、レイ」と、ヤンは手にあごをのせながら言う。「呑気のんきなこと言ってるけど、その子は鳥籠に置いておけないぞ」

「うん?」私は首をかしげた。

「うん? じゃねぇよ」と、ヤンは溜息をつきながら言う。「レイが殺したチンピラどもは、この鳥籠の人間じゃないが仲間は大勢いるだろうからな」


 死んだ男たちのIDカードがテーブルにのっていた。

『仕返しをするために、あいつらの仲間たちが戻って来る?』カグヤが疑問ぎもんを口にした。

「ジュリはまた狙われるのか?」

 質問にヤンは他人事ひとごとのように答える。

「絶対、戻って来るだろうな」


『面倒だね』

 カグヤの言葉に私は同意した。

「ああ、たしかに面倒だ」頭を振って、それからジュリにく。「鳥籠に家族はいるのか?」

「俺?」と、ジュリは首をかしげた。「いないよ。母ちゃんは病気をもらっちまって、ずいぶん前に死んだ」


「そうか。悪いこといたな」

「どうして?」と、ジュリはあっけらかんと言う。


 ジュリは本当に親の死を気にしていないのかもしれない。この世界では早くから親を亡くした子どもなんてめずしいことでもないし、鳥籠には孤児こじが溢れている。IDカードを持っていて鳥籠の住人としてまともに生きていけるだけ、ジュリは他の孤児たちよりもマシな生活ができていたのかもしれない。


「そう言うことだ。レイ、お前が責任を持って、しばらくその子の面倒を見ろ」

「無理だ」

 ジュリはキョトンとした顔で私とヤンを交互に見ていた。

「お前に色々と秘密があるのは知っている。けど今回は諦めて、その子を受け入れろ」

「俺はスカベンジャーで廃墟の探索が仕事だ。いつ死ぬのかも分からない状況で、子どもの面倒なんて見られない」


「俺は十四だぞ。子どもじゃない」と、ジュリはきっぱりと言う。

『いや、君はしっかりと子どもだよ』とカグヤがつぶやく。


「諦めろ、レイ」と、ヤンは頭を振る。「復讐しに戻って来る男たちに、おかされた挙句あげくに無残に殺されるのはその子で、道端に捨てられたその腐乱死体を片付けなくちゃいけないのは、警備隊である俺たちの仕事だ。そして俺はそんな仕事は真っ平ごめんだ」


『さすがに今回はどうしようもないよ。手を出したレイが最後まで面倒を見るしかない』

 カグヤの言葉に私は渋々しぶしぶ同意した。

「……そうだな」


「待ってくれ!」とジュリが慌てる。「俺は店を置いて何処にもいかないぞ」

「店って言ったって、ちんけな露店じゃねぇか」と、ヤンがぶっきらぼうに言う。

「それでも、俺が苦労して手に入れた店だ!」

 ジュリは声を荒げて、それから咳込んだ。

「死んだら、その苦労もおじゃんになる」


「でも……」

「もう、お前の問題だけじゃない。レイに面倒をかけることも忘れるなよ」

「好きでそうするわけじゃない!」

「違うな、お前が望んだことだ。他人の世話になりたくないのなら、自分で問題を片付けるべきだったんだ」

「お前に何が分かる! やっと苦労して手に入れた店なんだ。どうしてわけの分からない男たちに金を出さなければいけないんだ!」


 興奮して痛みを忘れたのか、ジュリは立ち上がった。

「お前じゃない。俺はヤンだ」と、彼は静かな声で言った。「けどまぁ、お前の気持ちは分かるよ。理不尽な世の中だ。でもな、俺たちはそんな世界で生きてる。お前だって、その歳になるまで親なしで生きてこられたんだ。汚い事のひとつやふたつはしてきたはずだ。今度はお前に災難が降りかかる番が来た。それだけのことだ」


 くやしかったのだろう、ジュリはドカリと椅子に座ると涙を隠すようにうつむいた。

『レイ』と、カグヤが言う。

 私は溜息をついた。

「ヤン。このIDカードもらっていってもいいか?」

「その子の見舞金にしてくれ。専用の端末がなくても、金は引き出せるんだろ?」

「ああ、助かるよ」


 死んだ男たちのIDカードをふところに入れると、ジュリの側でしゃがみ込む。

「背中に負ぶされ」

「自分で歩ける」と、彼女は言う。

「無理するな、それとも抱っこされたいか?」

 ジュリは嫌々ながら、私の背中に負ぶさった。


「行くのか?」と、ヤンが言う。

「ああ、クレアの診療所に顔を出したい。ミスズたちもいるはずだからな」

「ミスズが物資を融通ゆうずうしてくれているらしいな、俺も感謝しなくちゃいけない」

「それなんだけど、問題にする連中が出てくるかもしれない」

「分かってる。クレアの診療所は俺に任せておけ」


「面倒かけるな」

「気にするな、お互いさまだろ。それに、他人の幸福をねたむ連中は何処どこにでもいるもんだ」

「そうだな……それじゃ、もう行くよ」

「ああ、もう騒ぎは起こすなよ」

 ヤンの言葉に苦笑すると、詰め所をあとにした。



「なぁ、レイ」と、背中から遠慮がちなジュリの声が聞こえる。「悪いんだけど、店に少し寄ってくれないか?」

 私はジュリを背負い直しながら言う。

「分かってる。何か残っていたらいいな」

「うん」とジュリはうなずいた。


 チンピラに破壊され散らかっていたジュリの露店は、周囲の商人仲間が綺麗に片付けてくれていた。


 彼らはジュリを助けてあげられなかったことを謝り、彼女が露店をたたむと知ると、残されていた品物を彼女から買い取った。彼らはジュリに対して救いの手を差し伸べることができなかったが、それは彼らが悪い人間だからというわけではなく、彼らもジュリと同じで日々を生きることに精一杯なのだ。

 自分自身の生活に余裕がないのに、他人の生活の面倒まで見ていられない。それだけのことなのだ。


「店は残念だったな」

 私の言葉にジュリは意気込む。

「そうだな、でも次はもっといい店を持つ」

「意外だな。また泣くと思っていたよ」

「泣くかよ。ってか、泣いてないし」

 ジュリは背中で暴れた。


「なんでもいいけど、背中で暴れないでくれ、ただでさえ目立ってるんだ」

 我々は買い物客でごった返す大通りを歩いていた。

「うっ……そうだね。悪かった」と、ジュリは静かになる。


 クレアの診療所の前には人だかりができていた。

 物資を配っている場所では行列ができていた。その多くが子どもだったが、何人かの大人も含まれていた。思ったほどの騒ぎになっていないのは、警備隊の人間が診療所の周りを警備しているからだろう。


 診療所の入り口に立っていたリーに声をかけると、彼はボディアーマーの胸元にしまっていた端末を叩いた。

「ヤンから聞いたよ、災難だったな」


「そうでもないさ、専属の商人ができたと思えば、中々悪くない」

「それもそうか」と、リーは苦笑する。

「ところで、クレアたちは?」

 リーは診療所の中をあごで指した。


「ねぇ、ミスズ。レイがまたなんか拾ってきたよ」と、ユウナが言う。

 治療のためにジュリをクレアに預けると、ことの顛末てんまつを話した。

「それは仕方ない、きっとシンも同じように助けた。でもシンならもっと上手うまくやれた」

「いえ、レイラは立派です」と、ミスズは擁護ようごしてくれた。


「でもミスズも大変ね」と、クレアは綺麗に編み込まれた赤茶色の髪を揺らす。

「どうしてですか?」

「だって二人の拠点で面倒を見るんでしょ?」

「えっ?」と、ミスズは私を見た。

 私は肩をすくめた。


 それからクレアは物資に対する感謝をしてくれたが、それはあくまでもミスズの厚意こういによるものだったので、私はそのことをクレアに伝えた。クレアはミスズの優しさに触れて、目に涙を浮かべながら感謝した。小さな世界での出来事だ。決して多くは救えない、問題も多々あるのかもしれない、でも確かに救われる人間がいる。


 それを偽善だと呼ぶ人間もいる。けれど毛布を手に無邪気に喜ぶ子供たちの笑顔と喜びの感情は本物で、それをミスズが与えたのだという真実は、誰にも変えられなかった。


「それじゃ、俺は先に行くよ」

「もう行くの? ひさしぶりに会ったのに」

 ほおふくらませるクレアに私は申し訳なさそうに言う。

「ヨシダの店で買った資材をヴィードルに積み込まなきゃいけないし、運んできた武器を売りさばきたいんだ」


「そんなに沢山あるの?」

「それなりにある。それから借りていた部屋だけど――」

「部屋はそのままにしておく」と、クレアは私の言葉をさえぎる。「私の休憩時間に使ってるし、レイとミスズが帰って来たときには、いつでも使えるようにしておかなきゃいけないし」

 私はクレアの青色の瞳を見つめて、それからうなずいた。

「そうだな、感謝するよ」


 診療所の外に出ると、警備してくれていたリーに声を掛けてから大通りに向かう。

「なぁ、ジュリ。もう少しクレアのところで休んでいてもかったんだぞ」

「武器を売るんだろ。商売のことなら俺に任せておきな」

「任せとけって、そんな状態でなにができるんだ」

「口が動くなら、商売はできるぜ」


「口ね……」

『まずその言葉ことばづかいを、どうにかしなくちゃいけないね』

 思わず口に出してカグヤに返事をした。

「ああ、それに臭いもひどい」

「く、臭いって、俺のことか」

 ジュリが背中で急に暴れ出した。恥ずかしかったのだろう。



 傭兵組合を相手に商売していた見知った商人に武器を売ることができた。

 フットワークの軽い商人で、彼は駐車場まで足を運んで自分の目で商品を確かめてくれた。武器の状態はよく、文句のつけられないものだった。彼は相場の値段を提示し、ジュリは輸送に関する労力を加味した値段を提示した。商人は渋ったが目の前にある銃器の魅力には逆らえなかった。


 軍の販売所に行けば、同等の小銃が手に入るが値段は割高になる。探索で得たモノは、どんなに状態がくても販売所で手に入るモノに値段が及ばない。今回のように品物がほぼ新品であっても、そのルールは変わらない。だから商人は値段を少し吊り上げたくらいでは、銃を諦めることはしない。


 ほくほく顔の商人が武器の入った木箱を荷車に載せて帰ると、入れ替わるようにしてヨシダの店で買った資材を運んでくる男たちがあらわれた。

 自分自身でコンテナに入れると言うと、彼らは適当に資材を降ろした。それから黒いコンテナを眺めて、心配そうに私を見つめる。


「大丈夫だから」

 私の言葉を彼らはいぶかしんでいたが、楽ができてかったと言って帰っていった。

 私はヴィードルに乗り込むと、資材の積み込みを始めた。


「なぁ、どうして直接荷物を積んでもらわなかったんだ?」

 これから面倒を見なければいけないジュリに対して、隠し事をするのもいやだったので、ジュリに黒いコンテナの中を見せることにした。

「入ってみれば分かる」

「入る?」


 ジュリは黒いコンテナに入っていった。それから急いで戻って来た。

「レイって魔法使いだったのか?」と、ジュリは目を輝かせた。

「労働者たちに見せたくなかった理由が分かったか?」

「わかった」と、ジュリはうなずく。「でっかいヴィードルにも驚いたけど、こんな機能があるって知られたら大変だぞ。商人組合との間で戦争になる」


 ジュリの大袈裟おおげさな物言いに私は苦笑する。

「戦争にはならないだろうけど、たしかにトラブルの元にはなるな。だからジュリも周りに秘密にしてくれ」

「する。絶対秘密だ」と、ジュリは深刻な顔で言った。


 作業しながらカグヤとウミのこともついでに教えた。どうせ切れない関係になるのだから、隠していても仕方がない。ジュリは知ってはいけない秘密を知ってしまったと思い、顔を青くした。

「秘密を知った俺はレイの奴隷にされるのか?」と、ジュリは本気で震えた。

 ジュリの大袈裟おおげさな態度に笑っていると、鳥籠の入場ゲートに男が駆け込んできた。

「虫だ、昆虫の大群が出た!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る