第58話 森 re


 ヴィードルのマニピュレーターアームを慎重に操作していると、警備隊の詰め所に集まる隊員の姿を眺めていたジュリが言う。

「なんだか、すごい騒ぎになってきたね」

「そうだな」

「レイは気にならないのか」

「ジャンクタウンの外には深い森があって、そこに危険な昆虫の変異体が生息していることは誰でも知っている。今さら、騒ぐほどのことじゃないだろ?」


「そっか……。なぁ、レイは森の奥に行ったことがあるのか?」

「いや、ないよ」

「どうして? レイはスカベンジャーなんだろ? 森の奥にあるかもしれない〈遺物〉とかには興味ないのか?」


 資材をコンテナ内に綺麗に並べることに集中しながら答える。

「昆虫が苦手なんだ」

「レイは虫が怖いのか、それはなんだかカッコ悪いな」

「そうか?」

「そうだよ」

「ジュリは昆虫が平気なのか?」

「へっちゃらさ」と、彼女は得意げに胸を張る。


 黙々と資材の積み込み作業をしていると、ヴィードルに乗ったヤンがウェンディゴの側にやって来る。

「レイ、悪いけど、力を貸してくれないか?」


 ヤンが乗っていたのは、灰色と深緑色のデジタル迷彩が施された軍用規格のヴィードルで、以前、クレアを救出するときに略奪者たちとの戦闘に使用した車両だった。

「そんな物騒ぶっそうなものに乗ってどうしたんだ。なにか事件でも起きたのか?」と、私はとぼけてみせた。

れいの虫が出たみたいだ」

「各地にある鳥籠を襲撃しているってやつか」

「そうだ。ジャンクタウンに向かって来ていた隊商が襲われた」


 ジャンクタウンに駆け込んできた男性のことを思い出す。彼の隊商が襲われたのだろう。

「今から出るのか?」

「ああ」と、ヤンはうなずいた。「逃げ遅れた商人の家族と、その護衛のために森に残った傭兵たちがいるからな。救出しにいくのなら、あまり時間をかけていられない」

「報酬は出るのか?」

「少ないが、なんとかしよう」

冗談じょうだんだよ。ジュリを襲ったやつらから結構な額をいただいたから、ヤンからの報酬はいらない」


「待ってくれ、俺はどうすればいいんだ?」とジュリが慌てる。

「この場で待っていてくれ」

「そんなこと言われたって……」

「安心しろ、ジュリ」と、ヤンが言う。「護衛ごえいとして警備隊の隊員を数人残して行く」


「ヤンの提案は嬉しいけど、ジュリに護衛は必要ないよ」

 私の言葉にヤンは顔をしかめる。

「いや、必要だ。忘れたのか、レイ。ジュリはチンピラどもに狙われているかもしれないんだ。今、鳥籠にひとり残して行くことはできない」


「警備隊も森に向かうための人手が必要だろ。ジュリはウェンディゴが守ってくれる」

 ヤンは私の視線を追うように大型ヴィードルを見つめる。

「ウェンディゴって、その車両のことか?」

 太陽の光を吸収する黒いコンテナは、かすかに脈動みゃくどうして波打っていた。

「ああ、ウミが彼女のことを守ってくれる」


 ウェンディゴの装甲を拳で叩くと、ウミのりんとした声が外部スピーカーから聞こえた。

『お任せを、ジュリには指一本触れさせません』

 ヤンは険しい表情をつくると、ヴィードルのコクピットシートに深く身体からだを沈めた。

「人工知能だな……。レイのことだから、大抵たいていのことじゃ驚かないと思っていたが、そいつはダメだ。そいつの存在が商人たちに知られたら大事になるぞ」


「ヤンだから見せているんだ」

 彼は頭を振ると深い溜息ためいきをついた。

「でもまぁ、分かった。ジュリはウミとやらに任せることにして、レイは後部座席に乗ってくれ」

 私はヤンが乗るヴィードルを眺めながら訊ねた。

「そいつで行くのか?」

「そうだ。すぐに出るぞ」


「少し待ってくれ。ウミ、ワヒーラを出してくれるか」

『承知しました』

 ウミの言葉のあと、小型ヴィードルにも似た小さな機体がコンテナから出てくる。

「レイ、そいつは?」


 車体に収納されていた梯子式の乗降ステップを使って、ヴィードルに乗り込みながら答える。

「索敵に特化した機能を持つ〈車両型偵察ドローン〉だ。森の中での戦闘になるなら、こいつが役に立つはずだ」


「次は何が出るんだ?」とヤンは呆れる。

「こういうモノは倉庫の奥に保管しているより、使ってこそ意味があるんだ」

 ワヒーラの車体の大部分を占める、円盤型のレーダーがゆっくりと回転し始めた。


「ジュリ、ミスズたちには連絡しておくから、ここで大人しく待っていろよ」

 ジュリは頬をふくらませる。

「分かってるよ。子どもじゃないんだ」

「そうだな。子どもじゃないなら、自分が置かれている立場を理解できるはずだ」


 ウェンディゴの車体側面にある乗員用ハッチが開くと、ジュリはおっかなびっくり車内に入っていった。

「レイ、気をつけてね。それから、ヤンの兄ちゃんも」と、ジュリは言葉尻にわずかな不安を忍ばせた。

「ああ、行ってくる」と、ヤンはヴィードルを走らせた。



 ヤンの軍用ヴィードルはスタンダードな設計で造られていた。つまり、悪く言えば古臭い操縦席だった。シート周りには多くの装置や操作盤が設置されていて窮屈きゅうくつだった。全天周囲モニターはなく、オイル臭い車内には小さなモニターが前方と左右に取り付けられているだけで、視界は非常に悪い。


 後部座席の前方に取り付けられたコンソールを使って、左手のモニターの映像を後方のカメラ視点に切り替えた。その映像からは、ヴィードルのあとを追うように走っている〈ワヒーラ〉の姿が確認できた。


『カグヤ、ミスズたちに連絡をとっておいてくれるか』と、私は声に出さずに言う。

『もう連絡しておいたよ』

 私はカグヤに感謝すると、ヴィードルに取り付けられている無骨な装置にれた。

『システムとの接続を確認したよ。これでワヒーラからの情報が受信できるようになった』

 私は痺れの残る手のひらをこすりながら、カグヤに感謝した。


「ヤン、見えているか。画面にワヒーラから受信する情報が表示されたはずだ」

「ああ、情報の処理に時間がかかっているが、これなら散り散りになって逃げた連中のことを見つけられるかもしれない」


 モニターに表示されている後方カメラからの映像を、ワヒーラから受信している索敵情報に切り替える。

 立体的に再現された地形図に、動体センサーがとらえた生物の反応が表示されていた。たしかにワヒーラの能力を使えば、行方不明者の捜索も捗るだろう。


『これでも森全体の情報は表示していないんだけどね』

 カグヤの言葉に私は疑問を持つ。

『どうして情報を制限しているんだ』

『森の深いところには、危険な昆虫がたくさんいる』

『なら、そこが目的地じゃないのか?』

『違うよ、襲撃された行商人のヴィードルはもう見つけた』


『それなら、なにを隠しているんだ?』

『白蜘蛛だよ。ハクがそこにいるから近付いたらダメだよ。警備隊なんて連れていったら、ハクがみんな食べちゃうかもしれないでしょ』

『危険な昆虫がたくさんいる森で、ハクは大丈夫なのか?』

『うん、むしろハクの存在に驚いて逃げ出しているみたい。だからレイたちは、取り残された商人たちを救うことだけに集中して』

『了解』


 獣道にしか見えない街道をそれて、ジャングルを思わせる木々の間に入っていく。

 足場が悪くなると、ヤンはヴィードルの脚の先についていたタイヤを収納させて、爪を使って器用に木々の間を進んだ。


「前方にある大きな反応は、商人たちの大型ヴィードルのモノだな」

 ヤンの言葉にうなずきながら、動体センサーでとらえていた奇妙な反応に注目した。

「それだけじゃないな。あそこにいるのは人間だけじゃないみたいだ」

「戦闘に備えてくれ」

 ヤンはそう言うと、複数のスイッチを操作して射撃に関する起動した。


 停止した大型ヴィードルにむらがるように、半透明な胴体を持つ乳白色の昆虫が大量に湧いていた。体長が一メートル半はありそうな変異体は、細長い胴体を持ち、六本の足で車体の上を縦横無尽じゅうおうむじんに動いていた。その昆虫は見える範囲だけでも十数匹いて、逃げ遅れた商人や、護衛の傭兵たちを食べていた。


 ヤンは昆虫に向かって、重機関銃による攻撃を行い容赦ようしゃなく弾丸を浴びせていく。突然の事態に奇妙な昆虫は驚いたように見えたが、すぐにヴィードルに向かって襲いかかってきた。


 幸いなことに昆虫の体表は柔らかく、機関銃の弾丸で簡単に制圧することができた。昆虫の多くがその場で体液を撒き散らしながら死んでいく。透明なはねを持つ同一の個体もいたが、それらの昆虫も空を飛ぶことなく、地面をカサカサと移動して襲いかかってきた。


 ワヒーラを安全な場所に待機させると、受信する索敵データを見ながらヤンに攻撃指示を出していく。木々の間から、ふいに跳び掛かって来る大きな昆虫にも対処していく。ヤンの操縦技術は中々のもので、ヴィードルを自在に操りながら変異体を処理していった。


 センサーで昆虫の殲滅を確認すると、ヴィードルを降りて、周囲に隊商の生き残りがいないか確認していく。が、結論から言うと生き残りはいなかった。全員、平等に昆虫に食い殺されていた。


 商人と護衛の傭兵たちは腹を裂かれていて、内臓を喰われて絶命していた。あの奇妙な昆虫は内臓が好みなのか、人体の柔らかい部分だけを食べていたが、なかには固い頭蓋骨をかじり、脳を吸い出されたあとが残る遺体もあった。


 ヤンもライフルを片手に、ヴィードルから降りてくる。

「何か分かったか、レイ」

「少なくとも、生き残った人間はいない」

「そうか」

 ヤンは死んでいる昆虫の近くにしゃがみ込んで死骸を調べ始めた。


「こいつはあれだな……シロアリの変異体だな」

「シロアリって、あの木材とか食べるアリのことか」

「そうだ。けど正確にはゴキブリの仲間だけどな」

「やめてくれ、虫は苦手なんだ。想像もしたくない」

「そうだったな」とヤンは苦笑して、それから目を細めた。「それにしても奇妙だな」


「何が?」

「少なぎる。シロアリはアリやハチと同じで、女王を中心としたれで行動する昆虫だ。もっと数がいてもいいはずなんだ」

 シロアリに似た昆虫の長い触覚しょっかくを掴んで、千切れた頭部をじっと眺めるヤンを視線に入れないようにしながら、私は網膜に投射されるワヒーラからの情報を確認する。


「付近に昆虫の反応はもう残っていない」

 ハクが相手にしていた昆虫の反応も消えていた。ワヒーラの索敵範囲に昆虫だと思われる生物の反応は多く残っていた。けれど、それらがシロアリなのか、それとも森に元々生息せいそくする昆虫なのかを区別するのは難しかった。


「鋭い牙があるな」と、ヤンはそう言うと、昆虫の頭部を投げ捨てた。

はねがついている個体もいる。ジャンクタウンの近くで、こんなに大きな虫を見たことはあったか?」

「いや、ないな。そもそも、この森にどれだけの種類の昆虫がいるのかも、俺たちは完全に把握できていないからな」


「それは恐ろしいな」

 ヤンは肩をすくめる。

「隊の連中に、この場所の報告はしておいた。戻るぞ、レイ」

「ずいぶん呆気あっけなかったな」

「レイのおかげで楽ができた。本当なら商人たちの痕跡を追って、森の中を捜索そうさくしなくちゃいけなかったからな」


 ヤンは死者のIDカードだけを手早く回収していった。その様子をぼんやりと眺めていると、カグヤの声が内耳に聞こえる。

『レイ、奇妙なモノをみつけたよ』

「ヤン、一緒に来てくれ」

 彼に声をかけてから、木々の間に入っていく。


 茂みをかき分けて進むと、樹木じゅもくに縛り付けられた人間の遺体を見つけた。

「なんだ、こいつは?」と、ヤンは周囲の異様さに気がついた。

 広範囲にわたって、人間の死体が木々に縛り付けられていた。


「死んでからずいぶん時間が経過しているように見える」

「ああ。それにこいつら、レイダーだな」と、ヤンは鼻を鳴らす。

 樹木に縛り付けられた男性の遺体は痩せ細り、ほほがコケていた。レイダーギャング特有の汚い衣類を身に着けていて、鉄板で胸元を覆った男性の口の周りには、嘔吐のあとがこびりついていた。


「吐き気のする臭いだな。それに、こいつらは薬中だ」と、ヤンは唾を吐いた。

「薬物中毒者か……もしかして、最近出回っている覚醒剤を使用していたのか?」

「おそらくな」

 ヤンは遺体のそばに無雑作に捨てられていたバックパックを拾い上げて、その中身を確認していった。中から出てきたのはわずかな食料と、透明なビニール袋に包まれた緑色の粉末。それもかなりの量だった。


「どうして覚醒剤が遺体の側に?」

 ヤンは頭を振りながら答える。

「隠し場所だったのかもしれないな」

「その死体との関係は?」

「さぁな。その遺体は、連中の処刑かなにかで残されたモノだろう」

「生きたまま虫に喰わせる。とか?」


『うげぇ』と、カグヤが拒絶反応を起こす。

「たしかなことは分からないが」と、ヤンは死体を眺めながら言う。「ただただ気味が悪いな」


『汚物は消毒しなければいけないね』と、カグヤが言う。

『遺体の処理を考えているのか?』と私は声に出さずにたずねた。『でも森で火を使うのはあぶなくないか?』

『威力を制限すれば、大丈夫じゃない?』

 私は肩をすくませると、ヤンに言った。

「ジャンクタウンも近いし、遺体は燃やそう」


「燃やすって、手間がかかるぞ?」

「大丈夫だ。それより、その遺体を放っておいたら、危険な昆虫が鳥籠にやってくるかもしれない」

 ヤンはボディアーマーの首元に両手をかけて、それからうなずいた。

「そうだな、被害が拡大するのは阻止したい」


 我々はヤンからの連絡を受けて森に入ってきた隊員と協力して死体を集めていく。略奪者だけでも十三人分の遺体があって、その中には大量の覚醒剤を所持している者の死体も含まれていた。森の開けた場所を見つけると、遺体を一箇所に集めて火炎放射で一気に処理した。


「そいつは拳銃なのか、それとも火炎放射器なのか?」

 ヤンの疑問に私は笑って答えた。

「火炎放射器の機能がついたハンドガンだ」

「そいつは笑えるな」と、ヤンは真顔で言う。「レイ、こいつも燃やしてくれ」


 大量の覚醒剤が詰まったバックパックを受け取った。覚醒剤と、それから死体を運ぶのに使った手袋も一緒に火の中に投げ入れた。ヤンの指示で風上に移動すると、我々は立ち昇る黒煙を黙って眺めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る