第56話 トラブル re


 亜熱帯のジャングルを思わせる光景が広がる街の一角で〈ウェンディゴ〉は脚を止めた。

「ハクを〈鳥籠〉に連れていくことはできないんだ。用事を終わらせたら、すぐに迎えに来る。それまでこの森で遊んでいてくれるか?」


『ん。ハク、あそぶ』

 ハクは勢いをつけるために身体からだを低くしたあと、森に向かって一気に跳躍する。そしてやけに高い樹木じゅもくに脚をからませると、森の奥に向かって飛んでいった。


 しばらくハクの動きを目で追ったあと、ウェンディゴに乗り込んだ。

「レイって、なんでもありだね。まさか蜘蛛と話せるような人間に出会うとは思ってもみなかった」


 ユウナの言葉に私は頭を振った。

「ハクは特別なんだ。ユウナも一度ハクと話せば、言葉を理解できるようになる」


「どういうこと?」

「よく分からないけど、ハクとのチャンネルがつながるんだ」


「もっと分かんなくなった」

 ユウナは菜の花色の瞳を私に向けて、それから小声でクスクスと笑った。


 ジャンクタウンを囲む灰色の防壁が見えてくると、ウミはウェンディゴを停車させた。

「ヤンたちと話をつけなくちゃいけないから、先に行ってくるよ」


「そうですね」ミスズはうなずいた。

「ウェンディゴは色々と目立ちますから」


 大型の軍用ヴィードルが〈鳥籠〉に接近すれば、それだけで大きなさわぎになる。ジャンクタウンの警備隊であるヤンたちを刺激しないためにも、話をつける必要があった。


 昨晩降った雨の所為せいで整備されていない道には水溜まりができていて、泥濘でいねいに足を取られないように歩かなければいけなかった。ジャンクタウンの防壁から迫り出すようにして建てられた不格好な監視所に、武装した人間の姿が見えた。


 私は攻撃の意思がないことを伝えるため、彼らに両手を見せるようにした。

「ヤン、俺だ。レイラだ!」


 監視所にいたヤンが私の言葉に答えるように手をあげると、他の隊員も一斉いっせいに銃口を下げた。警備隊がやけにピリピリしているように感じられた。

『何か問題があったのかな?』カグヤも心配する。


 入場ゲートを通過するための生体スキャンが終わると、シールドの薄膜を越えてジャンクタウンに入る。すると警備隊の詰め所に待機していた〈リー〉が姿を見せた。


「久しぶりだな、レイ。元気だったか」彼は笑顔を見せた。

「いつも通りだよ」と、リーの握手あくしゅに答えた。

「ところでなにかあったのか? 隊員がずいぶん緊張きんちょうしているように見えたけど」


「昆虫の襲撃が相次いでいるんだ」

「昆虫? ジャンクタウンが襲われたのか?」


「違う」と、リーは頭を振った。

「他の地区にある鳥籠だ。それで警戒していたんだ」

「襲われているのは鳥籠だけか?」


 リーは短く整えられたあごひげを撫でた。

「わからない。周辺一帯で交易を行っている行商人からも情報が上がってくるから、襲撃に関しては間違いないと思うけど、実は俺たちもよく分かっていないっていうのが実際の状況だ」


「それは厄介だな……」

「それに、あの大型ヴィードルがやってきたからな」

「ああ、あれは――」


 ウェンディゴの説明をしようとしていたとき、ヤンの声が聞こえた。

「ひさしぶりだな、レイ。それにしても、またとんでもないモノを引き連れて来たな。あの軍用ヴィードルはレイのだろ?」


 ヤンはボディアーマーの位置を下げるように、首元に両手を掛け、鳥籠の外に止められていた大型ヴィードルを眺めた。


「あぁ、そうだ。それを言いにきたんだ」

「ミスズも来てるのか?」


「来てるよ、それにミスズの友達も一緒だ」

「へぇ、友達ね……分かった。隊員に話は通しておくから、そのまま通っていいぞ」

 彼の言葉にうなずくと、ウェンディゴのウミと連絡を取った。



「コンテナの荷物は俺が出しておくから、ミスズはユウナと一緒に鳥籠の大通りに行って人を雇ってきてくれないか」


 ミスズは首をかしげた。

「荷物を運ぶのを手伝ってくれる労働者ろうどうしゃたちですか?」


「そうだ。輸送関係の仕事を専門にけ負う店があるから、何人か人を雇って来てくれ。金はカグヤに言えば出してくれるから」

「わかりました」


「頼んだよ。ユウナも、ミスズのことよろしく」

「任せて」と、彼女は笑顔で答えてくれた。


 〈カラス型偵察ドローン〉にも、二人に危険がないか監視するように頼んだ。ユウナがいれば大抵の問題には対処してくれると考えていたが、用心するに越したことはないだろう。


 行商人たちが使用する大型ヴィードル専用の駐車スペースにウェンディゴを停車させると、私は黒いコンテナ内に入っていった。それからヴィードルに乗り込んでマニピュレーターアームを使って、ミスズの物資が入った木箱を降ろしていった。あらかじめ他の物資と分けていたので、素早く作業を終わらせることができた。


 木箱に座ってミスズたちが来るのを待っていると、空中に浮遊するホバー機能が付いた荷車と共に数人の労働者がやって来るのが見えた。彼らは慣れた手つきで木箱を荷車に乗せると、ミスズたちの指示に従って大通りに向かった。


 すると警備隊の詰め所で暇を潰していたヤンが言う。

「レイはミスズたちと一緒に行かなくてもいいのか?」


「別の用事があるんだ」

「そうかい。それにしても、また綺麗な女を連れていたな」


「ユウナは〈二十三区の鳥籠〉から来てるんだ」

「二十三区の鳥籠か、花街で有名な鳥籠だな」

「そうだ」


「そう言えば」と、ヤンは思い出したように言う。

「今朝、二十三区の鳥籠から来た商人が襲撃について話していたな」


「鳥籠が襲われたのか?」

「いや。近くの集落が虫の大群に襲われたらしい」

「また昆虫か」


「そうだ。妙な話だと思わないか? 大量発生した虫の大群による襲撃なんて、数年に一度でも起きれば一大事だったのに、今じゃ立て続けに起きている」


「意図的に引き起こされていると考えているのか?」

「昆虫の大群を操る術があるなんて、俺は聞いた事ないがな」


 私は溜息をつくと、青い空を見上げた。

「そう言えば、ジャンクタウンに来るときに〈守護者〉を見かけたよ」


「ジャンクタウンの近くで?」

「ああ。そのときには気がつかなかったけど、もしかしたら昆虫の襲撃が関係しているのかもしれない」

「そうだな……一応、警備隊の連中には警戒をさせるよ」



 多くの買い物客で賑わう大通りを歩く。トタンのあばら家が並ぶ通りには、地面にボロ切れをいて、その上に武器やジャンク品を並べる商人を多く見かけた。その通りの先では、流れの奴隷商人が群衆ぐんしゅうを相手に商売をしていた。


 積み上げられたカラフルな輸送コンテナの前には、裸に近い格好で売りに出されている数人の奴隷がいた。意外なことに目玉の商品は、見目良みめいい女性ではなく、上半身に何も身に着けずに、無骨な義手を見せびらかしていた元傭兵の女性だった。


 昆虫による襲撃も関係しているのかもしれない、行商人の護衛として戦える奴隷の需要が高まっているのだろう。


 奴隷たちを横目に見ながら路地に入ると人気ひとけのない道を進み、かすれた文字に大きく製作所と書かれた看板がある掘っ立て小屋に入っていく。廃材が放置された店先はひどいものだが店内は広く、品物は種類別に並べられていて清潔感のある空間になっていた。


 ゴミにしか見えない用途不明の機器を見て回ったあと、ジャンク品の陰に埋もれるようにして作業していた初老の男に声をかけた。


 店主は体格がく、片腕は人体改造によって機械の腕になっている。

「調子はどうだ、ヨシダ」


 ヨシダは義手の先についている複数の指を器用に使い、手元の複雑な作業を続けながら私の顔を見た。


「レイか、久しぶりだな。最近めっきり姿を見せないから、どこかで野垂のたれ死んだかと思っていたよ」ヨシダはその外見に似合わない渋い声で言う。


「死んじゃいないよ。逆に調子がいいくらいだ」

「そいつはなによりだ」ヨシダは口の端に笑みを作る。

「それで、今日はどんなモノがほしいんだ」


「建築用の資材が欲しい」

「クレアのじょうちゃんに借りている部屋をまたいじくるのか?」


「いや、今回は違うんだ。廃墟の街にある拠点に車庫を建てようと思っているんだ」

「以前、話していた拠点か……でも建てるって言ったって、資材を運ぶ足はあるのか?」

「大型ヴィードルが手に入ったんだ」と、私は笑みを見せる。


 ヨシダは腕を組んで、それから言った。

「そいつの車庫ってわけだな。ヨシ、ついてこい。資材は店の裏手にある」


 店の裏に回ると、スクラップの山が見える。いい加減に積み上げられていた錆びたヴィードルのフレームがあれば、機械人形の壊れた部品が山のように積まれている。ジャンクタウンと呼ばれるだけあって、そうしたガラクタやジャンク品の山が大量に積み上げられていた。


 その全てがヨシダのモノというわけではなく、他店のジャンク屋のモノもある。彼らだけに分かる境界線があって、全てのジャンクの山に持ち主が存在しているようだった。


 鉄屑の山から突き出した義足を眺めながら、ヨシダにたずねた。

「適当に資材を見繕ってくれるか?」

「どのくらい運べるんだ」


 私は目の前にある廃材の山を眺めた。

「それくらいの量ならいける」

「そんなに運べるのか?」


「問題ないよ。行商人たちが使う駐車場に運んでもらえるか?」

「ちょうど暇をしている男たちがいるから、すぐに運ばせるよ」

 ヨシダは大量の資材が本当に運べるのか半信半疑だったが、すぐに自分の仕事に取り掛かる。


 支払いを済ませながらヨシダにたずねた。

「行商人のヴィードルをあまり見かけなかったけど、もしかして昆虫の襲撃が関係しているのか?」


「関係があるのかもしれないな。少し前まではレイダーギャングが暴れていたが、今度は昆虫の大群だ」ヨシダは忌々しそうに唾を吐いた。

 ジャンク店を出ると大通りに戻った。


 ミスズやユウナのことが気になっていたので、クレアの診療所に顔を出そうと考えていたが、まずはコンテナに積んできた武器の買い取り先を探そうと考えた。商人の店が並ぶ通りを歩いていると、怒声が聞こえてくる。私は足を止めて、人だかりの中に入っていく。


 するとぎだらけの木製テーブルに武器を無造作に並べていた露店が見えた。それに、子どもにしか見えない若い女店主を囲む男たちの姿も見えた。


「以前、チンピラたちから手に入れた武器を売った店だよな」

『新人さんの露店だね』カグヤが思い出す。

『何かトラブルがあったのかな』


 群衆を押しのけて前に出る。

「そうじゃねぇんだよ。俺たちが言いたいのはな、此処ここで商売するなってことなんだよ」

 若い男はそう言うと、女の子の胸倉むなぐらをつかんだ。


「鳥籠の住人が露店を出してはいけないなんて取り決めは存在しない!」

 男の半分ほどの背丈せたけしかない店主は、凄む男に怖気おじけづくことなく言ってみせた。

「商人組合の人間が場所代を出しているのに、どうして、てめぇは知らん顔ができるんだ?」と別の男が声を荒げた。


『小さな女の子に、大の男たちが何をやってるんだか』と、カグヤは呆れた。

「たしかに」


 店主は助けを求めるように周囲に視線を向けるが、周囲の露店の店主たちは目をそらして、関わらないようにしていた。


「あっ」

 少女と目が合うと、彼女は思わず言葉を口にする。


 それに気がついた男のひとりが一瞬、いやらしい笑みを浮かべたのが見えた。

「よぉ、兄ちゃん。この娘と知り合いか?」と、太った男が近づいてくる。


 この世界では滅多めったに見ることのない太った男が歩いてくると、私の後ろにできていた人だかりが散っていくのが気配で分かった。


 困り顔の店主に視線を向けると、彼女の唇が切れていて血が流れているのが見えた。私は溜息をついて、それから言った。

「そうだ。彼女は知り合いだ」

『また余計なことに首を突っ込んだ』カグヤがつぶやく。


「実はな、この娘が俺たちにショバ代を出そうとしないんだ。ずいぶんと景気がさそうなのにな」と、男は臭い息を吐き出しながら言った。

「みかじめ料ってやつか?」と、カグヤにたずねた。


「早い話が、そう言うことだ」

 男は自分に質問されたと勘違かんちがいして答えた。

「なんだったら、兄ちゃんがまとめて肩代わりしてくれてもいい」


「ふざけるな、そいつは関係ないだろ!」

 店主はそう言うが、胸倉をつかんでいた男に乱暴に押されて尻もちをついた。


 私は二度目の溜息をつくと、男に言った。

「いくらだ?」

「気持ちだよ。ほんの気持ちでいい」と、男は小さな端末を差し出した。


 私はIDカードを取り出した。

「ダメだ兄ちゃん。そんな連中に払う必要はな――」

 店主が言い終わる前に、彼女は側にいた男に蹴り飛ばされて腹を抱えてうめいた。

「払うから、彼女に手を出すな」私はうんざりしながら言った。


『払うの?』

「市場には、彼らなりのルールがあるんだろ」


 端末にカードを差し込むと、結構な額が引き出される。ヨシダに払った金額とあまり大差ないものだった。

「もういいか?」


 IDカードを返してもらうために、男に向かって手を差し出した。

「ダメだ」と男はにやける。

「これは今日の分だけだ。今までの分もまとめて払ってもらわなきゃ困る」


「どうしてだ?」

「どうしたもこうしたもねぇ、黙ってそこで待ってろ」

 男はそう言うと、端末を操作し始めた。


『だから関わらないほうがかったんだ』

「同意するけど、カグヤも放っておけなかっただろ?」

『そうだけどさ』


 私は男の手からひょいと端末を取り上げる。まさか端末を取られると思っていなかった男は目を丸くして驚いた。それから顔を真っ赤にした。


「どういうつもりだ?」彼は感情を抑えた声で言った。

「約束が違う」


 カグヤに端末を操作してもらい、男に支払っていた金額と、それから元々端末で管理していたすべての電子でんし貨幣かへいを引き出した。


「まだ立っていられる内にそいつを寄越すんだ」太った男は凄んでみせた。

 私はゆっくり息を吐き出しながら観察する。


 相手は四人、小銃で武装しているのが二人。店主を蹴り飛ばしている男は丸腰だったが、機械の部品で派手な人体改造をしていた。目の前にいる太った男は、腰のベルトにハンドガンを差している。黄ばんだタンクトップを着ていて、やけに太い義手を見せびらかしていた。


「おい、聞いてるのか――」

 何かを言葉にしようとした男の喉仏を殴り、喉を押さえてうずくまった男の顔に膝蹴りを入れる。衝撃で上体を起こした男の腰のベルトからハンドガンを抜くと、銃のスライドを引いた。


「なっ!?」

 驚いて肩から提げていたライフルを構えようとした男たちに向かって、ハンドガンの銃口を向けると、そのまま弾丸を撃ちこんだ。


 二人が倒れると、店主を蹴り飛ばすのに夢中だった男が銃声に驚いて露店のテーブルを倒して裏に隠れた。あらかじめカグヤによってタグがつけられ、赤い線で輪郭りんかくが縁取られていた男の姿がテーブル越しに透けて見えた。私は男の頭部に狙いを合わせると引き金を引いた。


 ハンドガンの弾倉を抜いて残弾数を確認して、弾倉を装填し直すとその場にしゃがみ込んで、足元で痛みにうめいていた太った男と視線を合わせた。


「金は払った。それなりの金額だった」

 そう言うと、男の額に銃口を当てた。

「でも、あんたは約束以上の金を盗ろうとした」


「や、やぐぞくなん、してい……い」

 男は苦しそうに喉を押さえていた。


「そうだったか?」

 私はそう言うと引き金を引いた。


「武器を捨てろ!」

 声がして振り向くと、武装した鳥籠の警備隊員に取り囲まれていた。


 どうやら野次馬の誰かが警備隊に通報していたらしい。もう少し早く来てくれていたら、誰も死なずに済んだのに。

『レイの馬鹿』と、カグヤが言う。


 私は太った男から奪っていたハンドガンを足元に落とすと、興奮した警備隊に撃たれないようにゆっくり両手をあげた。


退け、お前ら!」

 隊員の間からヤンが姿を見せると、苦しそうに倒れている店主を見て、それから男たちの死体に目を向けた。


「レイ、やり過ぎだ」

 彼は頭を振りながら言った。

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