第55話 縛られる必要なんてない re


 拠点のリビングでコーヒーを飲みながらカグヤと話をしていると、ミスズが慌てて駆け込んできた。

「レイラ、大変です!」

 出会ったころよりも少し伸びた彼女の黒髪を見ながら私は言った。

「どうしたんだ?」

「ユウナが遊びに来ました」


「本当に来たのか? それならすぐに迎えに行ったほうがいいな。拠点の外にはハクがいる」

「ハク!」と、彼女は白蜘蛛のことを思い出してあせり始めた。

『落ち着いて、ミスズ』と、カグヤの声が聞こえる。『大丈夫だよ。地上にいるハカセに連絡しておくから、ミスズは準備をして、それから地上に迎えに行って』

「はい。ありがとうございます」

 ミスズは礼儀正しくカグヤに感謝すると、笑顔で部屋を出ていった。


「……それで」と、私はカグヤに言った。「映像を出せるか?」

『うん』

 ホログラムディスプレイが空中に浮かぶように投影されていて、街の上空から撮影したと思われる俯瞰ふかん映像えいぞうが表示されていた。その映像には見たことのある高層建築群が表示されていた。


「横浜の映像か?」

『そうだよ。ちょうど今、上空を飛んでいる爆撃機からの映像』

「この爆撃機が何処どこから飛んできたのか、分かったのか?」

『ううん、それはダメだった』と、彼女は残念そうに言う。『通信が可能な距離が限られていて、爆撃機が県外に出ちゃうと接続が切れるんだ』


「ウェンディゴからじゃなくて、地上の〈電波塔〉を介した通信はダメか?」

『うん。軍関係の通信制限がかけられていて、接続には高い権限が必要になる』

「また権限か……」

 そこであることに気がつく。

「軍関係の通信制限って、カグヤも軍事衛星からの通信なんだから、その制限に引っかかるんじゃないのか。どうして〈電波塔〉を介して普通に通信ができるんだ?」


『さぁ、どうしてだろう?』

 カグヤの適当な物言いに私は溜息をついた。


 巨大なこいのホログラムが、建築物の間を優雅ゆうがに泳いでいるのが見えた。こいの口からはたきのように大量の水が流れていたが、やがてそのホログラムも消えた。しばらくすると見慣みなれた日本人形の巨大なホログラムがあらわれて、お辞儀をしてからまたたきながら消えた。廃墟の街で見かけたときにも考えてしまうが、あれはいったいなんの広告なのだろう。


 しばらく映像を確認していると、ユウナを連れたミスズがやってくる。

「ひさしぶり、レイ」

 私に向けられた菜の花色の瞳がかすかに発光していた。

「久しぶり、ユウナ。シンとユイナは来なかったのか?」

「うん。シンは〈ゆりかご〉の警備で忙しいし、お姉ちゃんはその補佐をしないといけないから」


『暇人なのはユウナだけか』と、カグヤがつぶやく。

 ユウナは声に驚いて、周囲に視線を向けた。

「ねぇ、ミスズ。この場所ってお化けとか出る?」

『お化けじゃないよ。そう言えば、ユウナたちとは話したことなかったね』

 カグヤはユウナに簡単な自己紹介をして、それからミスズも交えて会話を始めた。


 ユウナはあっさりとカグヤの存在を受け入れているようだった。

「レイの周りって不思議なのが沢山いるよね」と、ユウナは指を折り曲げながらかぞえる。「大きな蜘蛛くもと鉄でつくられた動く骸骨がいこつ、それから人工知能が搭載された機械人形に、人工衛星からの声。レイには、そういうのを引き付けるフェロモンでもあるのかな?」


 自分の存在を棚に上げて、ユウナは私の首筋に鼻を近づける。

 ユウナから離れると私は言った。

「早速で悪いけど、ジャンクタウンに行こうと思うんだ。ユウナも一緒に来るか?」

「うん、行くよ。あそこには行ったことがないんだ」

「そうか、ならみんなで行こう。ウミも準備してくれ」


 ユウナの側に立っていた家政婦ドロイドは、ユウナのことが気になるのか、彼女のことをじっと見つめていた。

『ユウナたちも〈ショゴス〉の核から誕生しているから、興味があるのかもしれないね』と、カグヤは私にだけ聞こえるように言った。

『ユウナは気がついていないみたいだけどな』私も声に出さずに言った。


『肉体を持ったことで、完全に違う種に変化したのかもね』

『やっと仲間を見つけたのに、またウミはひとりぼっちなのか』

『今は私たちがいる。だから独りじゃない、でしょ?』

『……そうだな』


「みんな?」と、ユウナは首をかしげた。「ウミは戦闘用の機械人形じゃないから、外に連れ出したらあぶないんじゃないの」

「大丈夫なのです」と、ミスズが得意げに言う。


「地上に行けば分かるよ」

 ユウナにそう言葉をかけると、出かける準備をするために部屋を出た。

 廊下を歩いているとビープ音が聞こえて、私は振り向いた。

「どうした、ウミ?」


 ウミからテキストメッセージを受信する。

〈ユウナから不思議な気配を感じました〉

「もとが同じ生き物だからなのかもしれない」

〈彼女は私と同じですか?〉


「確信はないけどな。他にも仲間がいる場所を知っている。行ってみたいか?」

〈いえ。気になりますが、それに対して深く想うことはありません〉

「そうか」

〈はい〉

「ウミもその身体からだで地上までくるのか? それとも、拠点から意識だけをウェンディゴに移せるのか」

〈ここから意識を転送します。この機体は充電でもさせておきます〉


 ウミは機械人形の身体からだに少しも執着しゅうちゃくしていなかった。そしておそらく〈ウェンディゴ〉に対しても同様の気持ちを持っているのだろう。ウミの本体は、あくまでもあの宝石のような球体なのだ。身体のかわりはいくらでも見つけられる。



 地上に向かいウェンディゴを見せると、ユウナは子供のように興奮した。

「すごい! こんなに大きなヴィードルを持っているのなら、この間の依頼も楽ができたのに、どうして使わなかったの?」

「まだ持っていなかったのです」と、ミスズが言う。

「私も乗っていいの、ミスズ?」

「もちろん」と、ミスズはうなずいた。「いいですよね、レイラ?」


「構わないよ。道中に何が起きるか分からないから、ユウナが乗ってきたヴィードルもコンテナに入れよう」

 ユウナは私を小馬鹿にしたような目で見る。

「そのコンテナには入らないんじゃないかな」

 私は何も言わず、ただ肩をすくめた。


 ヴィードルをコンテナ内に移動させるために、車両に乗り込む二人を見ているとハカセが近くにやって来た。

「不思議な気配を持った娘ですね」と、ハカセは言う。

「そう言えばカグヤも以前、ユウナたちが遺伝情報を操作された人間だと言っていたけど、〈人造人間〉とは何が違うんだ?」


 私の不躾ぶしつけな問いにハカセは答える。

「呼び方に関して言えば、〈人造人間〉と呼んでも問題ないでしょう」

『でも』と、カグヤが言う。『ハカセとは根本的に違う種族だよね?』

「まったく違います。彼女が特別な誕生の仕方しかたをしたように、我々も特別な方法で創造されました」

『その情報に関しては、何も言えない?』

「はい」


「ハカセも俺たちと一緒にジャンクタウンに来るか?」

 質問にハカセは頭を横に振る。

「私が鳥籠に行けば、騒ぎになるでしょう」

「あぁ、たしかに大騒ぎになるな……」


「それに、私はハクさまの巣で調べ物が残っています」

「なら土産を買ってくるよ」

「不死の子よ、私に構う必要はありません」

「ついでだよ。車庫を建てるのに使う資材も買ってこないといけないし」

「なら」と、ハカセは笑う。「そう言うことにしておきましょう」


 するとユウナの大きな声がウェンディゴのコンテナから聞こえてきた。コンテナの広さに驚いているのだろう。



 ウェンディゴのコクピットシートに座るミスズにたずねる。

「操縦できそうか?」

「たぶん、大丈夫です。操縦感覚は普通のヴィードルと同じなので……でもなんだか巨人になった気分です」


 ミスズが座るコクピットシートの周りには、外の景色が映し出されていて、全天周囲モニターであるため、まるでコクピットシートが浮いているように感じられる。周囲の景色は大型ヴィードルの車体の位置に合わせて表示されているため、視点の高さが変化している。見送りに来ていたハカセが一回り小さく見えた。操縦者が巨人になったと錯覚さっかくするのも分かる気がした。


『操縦が大変そうなら、ウミに任せちゃえば?』

 カグヤの言葉にミスズは頭を振る。

「いえ、操縦感覚をつかむために少しだけ動かしてみます」

『それもそうだね、ウミに何かあったときに動かせなきゃ大変だし』


 後方に視線を向けると、ハクが屋根の上に乗っているのが見えた。

 ハクは腹部をカサカサと振ると、くるくるとその場で身体の向きを変えていた。乗員室のシートに座っていたユウナは、ハクの仕草しぐさを興味深そうに眺めていた。


 ウェンディゴのコンテナには、軍の検問所跡で入手していた物資が積まれていた。それらはミスズにあげると約束していた物資で、ミスズはそれをクレアの診療所におとずれる身体からだが丈夫ではない子どもたちに無償むしょうで与えるつもりでいた。


 この世界においてそれはめられた行動じゃないし、余計なトラブルのもとになるかもしれなかったが、私はミスズがやろうとしていることを応援おうえんしようと考えていた。最悪な世界にも希望はあるのだと、子どもたちに見せてあげることができれば、あるいはなにかを変えられるかもしれない、私はそう考えていた。


 ウェンディゴは今まで使用していたヴィードルと違って、建物の壁面に飛びついて、そのまま走るようなことはできなかった。けれど圧倒的な馬力で、大きな車両であるにもかかわらず安定した移動速度が出せた。そして大抵の放置車両や瓦礫がれきは障害になることなく踏み越えていた。ミスズと運転を交代したウミの操縦は荒かったが、装甲車にも似た車内で揺れを感じることはなかった。


 道中、人擬きとも何度か遭遇そうぐうしたが、それらのすべてをウミは踏み潰した。

 車体が返り血やら肉片で汚れるから止めてほしかったが、ウミの自由にさせた。今まで拠点で生活していたのだ。地上の開放感を楽しむのは悪いことじゃない。


 それよりも気になったのは白蜘蛛の動きだった。ハクは人擬きに興味がないのか、人擬きがあらわれても微動びどうだにしなかった。けれど同じ人擬きでも、建物内に潜んでいる個体を見つけると、そのあとを追うように建物に飛び込んでいった。感染してすぐの個体と、長い時間をかけて変異してきた人擬きとでは、なにかが違うのかもしれない。


 細心の注意を払い移動していた廃墟の街も、今では命の危険を感じることなく進むことができるようになっていた。〈カラス型偵察ドローン〉は車両の屋根で翼を休めていたし、ミスズとユウナはホログラムディスプレイを眺めながら、何かの相談をしていた。


 私は乗員室の後部ハッチからコンテナに移動すると、ワヒーラを眺めた。

『テストするの?』

 カグヤの言葉にうなずく。

「ああ。余裕があるうちに、ワヒーラの機能を確かめようと考えている」


 コンテナの後部ハッチが開くと、得体のしれないもやを通って一度外に出ると、コンテナのふちつかまって屋根に乗る。

 走行中なのに揺れは感じなかった。そのことを不思議に思いながら周囲の様子を眺めていると、カグヤの操作でワヒーラもコンテナの上に飛び乗ってきた。図体のわりに身軽なのだろう。


『それじゃ動体センサーを起動するね』

 カグヤがそう言うと、ワヒーラのレーダーがゆっくりと回転を始めた。

「どんな感じだ、カグヤ?」

『すごいよ。一気に視界が開けた感じがする。建物内に潜んでいる昆虫の動きも分かる。カグヤの声には少しばかりの興奮が含まれていた。


 ハクもワヒーラのことが気になるのか、コンテナの上に飛び乗ってきた。

『それ、まわる』

「ああ、ちなみにこれも味方だから、壊しちゃダメだよ」

「ん」

 ハクはそう言うと、恐る恐る触肢しょくしを伸ばしてワヒーラに触れて、そして腹部を震わせてからまた何処どこかに飛んでいった。


『レイ、警戒して。接近する反応を捉えた』

 ワヒーラのレーダーが動きを検知したのだろう。私は身を低くすると、ハンドガンを抜いた。と、そこにトンと軽い音を立てて、黄色いレインコートを着た子供がウェンディゴの屋根に飛び乗ってきた。


「やっぱりレイラじゃん」と、子供型の〈人造人間〉である〈アメ〉が言う。「てっきり誰かが〈深淵の娘〉に襲われていると思ったんだけど、違うみたいだね」

 ハンドガンをホルスターに収めながらアメに言う。

「最近、よく会うな」

「そうだね」と、彼女はニッコリと微笑む。

「あの白蜘蛛とは色々あったけど、今は味方なんだ。ハクは俺たちを攻撃しない」


「あの深淵の娘〈ハク〉って言うんだ。聞こえてたよね、カイン? 彼女は敵じゃないよ」

 背後でトンと小さな音がして振り向くと、シカのツノを頭部に挿したカインが立っているのが見えた。

「そウか、敵じゃナくて良カった」と、機械的な合成音声でカインは言う。「アれは厄介ナ生き物だカらナ」


「助けに来てくれて、ありがとう」

 二人に感謝すると、カインは頭を振った。

「気にスるナ。好キでやっテいる」

 私はうなずいた。


 カインは近くに来ていた多脚戦車の〈サスカッチ〉に飛び乗った。

「レイラ、カグヤ、またね」とアメは言って、それから車内の様子が見えているのか、ミスズにも手を振った。「バイバイ、ミスズ」


 あっという間にいなくなったカインたちが、この場所でなにをしていたのかを聞きそびれてしまったが、私は気を取り直してカグヤにたずねた。

「カグヤ、ウェンディゴには武器が搭載されていないのか?」

『あるよ。車体に収納されていてまだ見てないけど』

「どこに収納されているんだ?」


『足元ですよ、レイラさま』と、ウミの声が聞こえた。

「足元か……それはどんな武器なんだ?」

 そう言うと、コンバットブーツの先で軽くコンテナを叩いた。

『レールガンです』

「電磁砲か、ちなみに発射される弾丸は?」

『高密度に圧縮した旧文明の〈鋼材〉です』

「相当な威力がありそうだな、残弾数は?」

『ありません』


「どこかで調達しないとダメだな」

『どっかの建物から〈鋼材〉だけを取り込んじゃうのは?』

 カグヤの提案に顔をしかめた。

「それはさすがに気が引ける」

『どうして? 何世紀も放置された建物だよ。それはただの廃墟で、私たちが有効活用するんだから、気にする必要はないと思うけど』


 それについて腕を組んで考えた。

「でも、この街全体が旧文明の遺跡いせきみたいなモノだろ? そんな風に解体しちゃ悪いだろ」

『誰にさ?』

「考古学者……とか」

『レイ、本当にそんな人がこの世界にいると思う?』

「ハカセがいるんだ。考古学の博士がいても不思議じゃないだろ」

『いません』


 ふと通りに目を向けると、建築物に根を絡ませた黒い大樹が、大通りに向かって伸びているのが見えた。枝に葉のない大樹は、今にも倒れそうだった。

『レイラさま、大丈夫ですよ』と、ウミのりんとした声が聞こえる。『この惑星は建築物に埋め尽くされています。少しなくなっても誰も気にしません』


「そうだな」

 私はそう言うと、しばらく黙り込んで、それから口を開いた。

「なぁ、ウミ。ずっと気になっていたんだけど、俺を様付さまづけで呼ぶ必要なんてないんだぞ」

『どうしてでしょうか?』


「どうしてって、俺たちは対等な存在だ」

『しかし、レイラさまは私のあるじです』

「俺たちは家族だったんじゃないのか?」と、私は軽口を言う。

『けれど……我々は奉仕ほうしするために創られました』


 私は名も知らない黒い大樹を見つめて、それから言った。

「急には無理でも、徐々じょじょに考え方を変えていこう。自分自身の産まれに縛られる必要なんてないんだから」

『……承知しました』

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