第53話 軍用車両 re


 傭兵たちのモノなのだろうか、ライフルや身体からだから千切れた義手が糸の先にぶら下がっているのが見えた。〈深淵の娘〉である〈ハク〉には収集癖しゅうしゅうへきがあるのか、あるいは食べられなかったから適当に吊るしているだけなのかもしれない。いずれにせよ、ハクが住処すみかに案内してくれたのは、我々を襲うためではなかったようだ。


「まだ、安心できませんよ」と、ミスズが警戒をうながす。

「そうだな」


 私は苦笑して、それから糸に吊るされていた奇妙なバックパックを眺めた。

「ハク、このバックパックを調べてもいいか?」


『ん、いいよ』

 可愛らしい声でそう言うと、腹部をカサカサと揺らした。


 ハクは寝床に使用していた廃墟に、廃墟の街で拾ってきた大量のジャンク品を糸で吊るすのにいそがしいのか、我々がやることに興味を持っていないようだった。


なにか気になることがあるの?』カグヤの声が内耳に聞こえる。

「あのバックパックは、軍用ヴィードルの近くいた傭兵の持ち物だと思う。見覚えがあるんだ」


『そっか、ヴィードルを動かすための〈マスターキー〉を探すんだね』

「ああ。それがなければ、あれは動かせないからな」

 私はそう言うとバックパックを下に引っ張って、ハンドガンで糸の一部を取り込んだ。


 バックパックからは大きな装置が飛び出ていてひどく重かった。装置は複雑に絡み合ったケーブルにつながれていて、装置の上部からは昆虫の触角のようなアンテナが飛び出ていた。


 それは旧文明期以前の大戦で兵士たちが使用していた大型の無線機にも似ていた。バックパックから装置を取り出そうとしたが、布の上からもケーブルが挿し込まれていて取り出せなかった。


『接触接続で確認したけど、それはお手製の遠隔操作用のデバイスみたいだね』

 カグヤの言葉に反応して、ケーブルを引き抜こうとしていた手を止めた。

「遠隔操作か……こいつで何を操作していたんだ?」

『ちょっと待って、電波の受信先を探してみる』

 バックパックを地面に置くと、周囲に視線を向けた。


 一緒についてきたハカセはハクの寝床が気になるのか、フワフワの糸で作られた〈かまくら〉にも似たハクの寝床を見ながら、端末に何かを書き込んでいた。ハカセに見せてもらうと、ハクの住処すみかの様子が丁寧に模写もしゃされていた。動画や画像データも残しているようだったが、絵にして残さないと気が済まないみたいだ。


 ミスズは白蜘蛛が怖いのかハクと距離を取っていたが、そのたびにハクがミスズに近付くので、じゃれて遊んでいるようにしか見えなかった。しかし当のミスズは必死なのか、次第に走って逃げるようになりハクはそれが楽しいのか、ミスズのあとを執拗しつように追っていた。追われるのが私じゃなくてホッとした。


『わかったよ。レイの読みが当たったみたい、電波の受信先は大型ヴィードルだった』

 カグヤはそう言いながら、拡張現実で浮かび上がっていたインターフェースに地図を表示してくれた。たしかに大型ヴィードルが、この複雑な装置からの電波を受信しているようだった。


「とりあえず確認しに行こう」

『そうだね。その装置のソフトウェアはコピーしたから、本体はもういらない。だから置いていってもいいよ』


 ハクに許可を取ってから、バックパックを適当な場所に置いておくことにした。ハクが寝床の飾りとして使うかもしれない。ハカセとミスズに声をかけてから移動した。


 少し歩くと大型軍用ヴィードルが見えてくる。

 ヴィードルには大量の糸が絡みついていて、完全に動きを停止させていた。


『それ、かたい。レイ、あぶない』

 幼い声がして振り向くと、ハクがすぐ側に来ていた。ハクは動くときにまったく音を立てないので、気配を感じるのが難しい。


「大丈夫だよ。こいつは機械で、ただの乗り物なんだ」

『のりもの』と、ハクは何故なぜかその場でふわりと跳んでみせた。

「あの乗り物を調べたいから、糸を取ってもいいか?」


『ん、いいよ。おおきい、いらない』

「ありがとう、ハク」と、私は素直に感謝した。


 まずは軍用大型車両の周囲に絡みついている糸に対処しなければいけなかった。ハンドガンで糸をどんどん取り込んでいくことにした。


 インターフェースに表示される弾薬の残弾数が少しずつ回復していくのを見るのは気持ちがいいけれど、糸を取り除く作業は思っていたよりも時間を必要とした。高い場所にある糸は、ヴィードルの脚に乗って糸を取り込む必要があった。


 たしかなことは分からないが、車両の脚に使われている複合装甲は旧文明の特殊な〈鋼材〉に見えた。びがなく、装甲の隙間から見える内部を構成するパーツは、黒光りするラテックスに包まれた〈人工筋肉〉が使われているようだった。その脚にはいくつかの関節があって、車体を地面スレスレまで低くすることも可能なほど、自由度の高い可動域かどういきを持っていた。


 白く塗装された車体は上方から押し潰されたように平べったい。装甲車にも似た車体の側面には搭乗員のためのハッチがあり、後部には車体よりもわずかに高さがある真っ黒なコンテナが積まれていた。


 また車体には内部の様子が分かるような窓がなかった。おそらくヴィードルのキャノピーと同様の技術が採用されていて、内部からは外の景色がハッキリと分かるようになっているのだろう。


 白黒で国旗が描かれた標章ひょうしょうの側にはメンテナンスパネルがあり、収納されていた操作盤には、さきほどの装置に似た部品が取り付けられていた。その部品から伸びる平坦な棒がアンテナなのだろう。


「カグヤ、ヴィードルのシステムには侵入はできそうか?」

『さっき手に入れたソフトウェアは役に立たないみたい。単純なプログラムが組まれているだけだったから、ヴィードルを前後左右に動かすことしかできない』


「前後左右?」思わず顔をしかめた。

「うん。武装集団はヴィードルのハッチを開放することすらできなかったみたい」

「なら何のためにこいつを使っていたんだ。まさか弾よけじゃないよな」


『荷運び用だと思ったけど、それも違うみたい』

「もしかしてコンテナも開かないのか?」


『そうだね』カグヤはキッパリと言う。

「本当に弾よけで、周囲を威圧いあつするためだけの道具だったのか……」


 どこからともなくハクがやってきて車体に飛び乗ると、コンテナの屋根をトントンと叩いて、また離れていった。私はその大型ヴィードルを眺めながら言う。


「今はもう存在しない武装集団の鳥籠で入手したモノなのかもしれないな……」

『そうなのかもしれないね』

「なんとかシステムに侵入して、直接操作するのはダメか?」


『ヴィードルのシステムをハッキングするってこと?』

「そうだ。傭兵たちが使っていたソフトウェアは諦めよう」


 カグヤが接触接続できるようにグローブを外すと、搭乗員用のハッチに触れた。

『ダメみたい。やっぱり軍用規格の車両だから、特別な権限が必要みたい……』


 するとヴィードルの側に来ていたハカセが言う。

「不死の子よ、よかったら私の権限の一部を譲渡じょうとしましょう」


「権限の一部?」

 私は驚いてハカセに聞き返した。


「はい、兵器運用に関する権限です」

「いいのか、そんなモノをもらっても」


「もとより、それは〈不死の子供〉が持つ権限です。だから問題ないでしょう」

「不死の子供が持つ?」


「そうです。不死の子の権限は現在、色々と制限されているようですが」

「俺が記憶を持っていない事と、何か関係があるのかもしれない」


 一瞬、ハカセの表情が変化したようにみえた。

「残念なことです」


「まぁでも、日常生活に支障はないんだ」

「そうですか、しかし悲観することはありません」ハカセの青い瞳が明滅する。

くしたモノは、いずれあるべき場所に戻ってくるモノなのですから」


「そうだな。ところでハカセ、俺はどうすればいい?」

「接触接続を行います。手を」


 ハカセはそう言うと、金属の手を差し出した。ハカセの手はあたたかかった。金属なのだから冷たいと勝手に思い込んでいたが、全然冷たくなかった。旧文明の不思議な鋼材で造られているからなのだろうか、それとも〈守護者〉と呼ばれる〈人造人間〉独特のモノなのだろうか。ハカセの手の柔らかさまで感じられた。


 静電気にも似た刺激のあと手を離した。

「カグヤ、今度は侵入できそうか?」


『うん、やってみるよ』

 ヴィードルに触れるとかすかな振動を感じた。すると搭乗員用ハッチが前方に倒れるようにして開いた。ハッチはそのまま搭乗する際の足場になる。どうやら環境に合わせて、横にも縦にも開くようになっているようだ。


「ミスズは……」

 周囲に視線を向けると、近くの廃墟に張り巡らされた糸を伝ってハクが近くまで来ていた。そのハクの脚に抱えられるようにして、ミスズは捕まってしまっていた。


『スズ、ここ』と、ハクは言う。

 青い顔をして項垂うなだれるミスズを見て、それから私はハクに言った。


「ミスズと一緒に乗り物の中を確認したいから、しばらくミスズを解放してくれるか?」

『ん。スズ、あそぶ、あと』

 ハクはミスズを解放すると、建物の壁面に飛びついて何処どこかに行ってしまう。


「大丈夫か、ミスズ」

 彼女の手を取ると、ミスズはふらつきながら立ち上がった。

「……はい、大丈夫です。でも、殺されるかと思いました」

「呼んでくれたらかったのに」


「端末を使って何度も呼びました……」と、ミスズは不貞腐れる。

「カグヤ?」

『だって、遊んでると思ったから』カグヤは言い訳を口にする。

「次からは通信が来たら、ちゃんと教えてくれ」


 溜息をつくと、ハカセがやってくる。

「しかし困りましたね。ハク様はまだ幼く、遊びかたを知らない。ましてや自分と違う生き物と遊ぶ経験というものがなく、初めてのことなのでしょう。ミスズさんが怪我をしてしまわないように、ハクさまにも忠告しておかないといけません」


「そう言えば、ハカセはどうして、ハクのことを様付さまづけで呼ぶんだ?」

「〈深淵の娘〉たちの〈女王〉は、神々に連なる存在だからです」

「神々か……それってハカセたちの創造主と同じ存在なのか?」

「あるいは」


「ハカセたちの創造主は旧文明期の人間なのか?」

 ハカセは頭を横に振るだけで何も言わなかった。

『ダメだったね』とカグヤがつぶやく。

 さりげなく情報を聞き出そうとしたが、ハカセは余計なことを言わなかった。


 気を取り直すと、我々は大型ヴィードルの内部に入っていった。清潔感のある車内は思っていたよりも広く、天井も高かった。それなりに背丈がある私とハカセが入っても、かがむことなく移動することができた。前方右側にコクピットの入り口があって、内部には操作パネルや全天周囲モニターが取りつけられていた。


 操縦桿やスロットルレバー、フットペダルは今まで使用していたヴィードルと違いがなく、操縦感覚も似たようなものになっていると予想できた。どうやらコクピットの隣は射撃管制系統の装置が収められていた。外から見た限りでは武装は見当たらなかったが、車体の何処どこかに収納されているのかもしれない。


「フカフカです」と、機嫌きげんが直ったミスズは乗員室にあるシートに座っていた。

 座席は向かい合わせに設置されていて、六人ほどの人間が余裕を持って座れるように設計されていた。その乗員室にもハッチがあって車両後部のコンテナにつながっているようだった。気密ハッチは、壁に収納されている端末で操作できるようになっていたが、電源が入っていないため、動作を確認することはできなかった。


「ミスズ、ヴィードルを動かせるか確認してくれないか?」

 彼女はうなずくとコクピットに入ってシートに座った。それからいつものようにヴィードルを動かす要領で操縦しようとした。

「ダメです」彼女は下唇を噛んだ。


『おかしいな』カグヤがつぶやく。

『レイとミスズの生体情報はさっき登録したから、問題なく動かせると思うんだけど……』


「えっと……カグヤさん、この装置はなんのために使用するのでしょうか?」

 ミスズの見ているモノが気になって、コクピットに身体からだを入れる。


 その装置には、球体状の物体をめ込むためのくぼみがあることが確認できた。装置は半透明の素材で作られていて、最初はなにかを接続するためのモノだと気がつかなかったが、それがただの置物のはずがなかった。コクピットに余計よけいなモノを設置できるように軍用車両は設計されていないはずだ。


『機械人形に〈ウミ〉のコアをつなげるときに使用した接続デバイスに似てるね』

 カグヤの言葉を聞いて、拠点にいる家政婦ドロイドの姿を思い浮かべる。


「たしかに見覚えがあるな……」

 ウミの人工知能は厳重に梱包されたケースに収められていて、目の前にある透明な装置に似た特別なデバイスが付属していた。


「人工知能の接続デバイスですか?」

 ミスズの表情が明るくなると、ひょっこりと顔を出したハカセが言う。

「めずらしいですね。それは〈ショゴス〉の制御装置です」

「なにか知っているのか、ハカセ?」


「はい。大昔に使用された兵器です」

「兵器……ですか?」と、ミスズは首をかしげた。


「そうです。ショゴスは人間に奉仕ほうしし尽くし、大いに役立ちました。しかし、上手うまく制御できなかった個体もいました。そういった個体は人類に反逆し敵対しました」


「まさか、そんなSF映画みたいな話が本当に起きたのか?」

「いいえ、そのような大袈裟おおげさな話ではないのです。しかし事態を重く見た首脳部は、ショゴスの使用を禁止しました」


『博士と話していると、旧文明の情報が色々と手に入るね』と、カグヤが言う。

「ああ。でもとにかく、ウミを連れてきて接続できるか確かめよう」

『そうだね。ウミなら反逆される心配はないし、ヴィードルを動かせるかもしれない』


「あの」と、ミスズが挙手きょしゅした。「ウミは私が連れてきます!」

 ミスズが張り切って車外に出ていった矢先やさきに、彼女の悲鳴が聞こえた。


 慌てて外に出ると、逆さの状態で糸にぶら下がっていたハクがミスズを抱えていた。

『スズ、いっしょ、いく』

 ハクの言葉にうなずいて、それから言った。


「ハクにお願いがあるんだ。ミスズの身体からだはやわらかくて、大切に扱わなければ壊れてしまう」

『スズ、やわらかい』ハクはペタペタとミスズに触れる。


「そうだ。だからミスズが怪我をしないように、注意して遊んでくれるか」

『ん。ハク、たいせつ、する』


 ハクはそのままミスズを連れて拠点の方角に向かっていった。あっという間のことで、すぐに廃墟の街に溶け込んで姿が見えなくなった。


『なんだかおもちゃを大切にするような、そんな理解の仕方だったけどいいのかな?』

 カグヤの言葉にうなずいたあと質問した。

「ハクの言葉は、聞き取れるようになったのか?」


『ううん、まったくダメ。だからレイの思考電位を拾って、それっぽい言葉に変換してる』

「それで分かるのか?」


『うん。わかるよ』

「ショゴスやら深淵の娘やら、おかしなのが沢山いるけど、カグヤも謎だらけだよな」

『そうだね。秘密のある女は嫌い?』カグヤは茶化す。


 光を一切反射しない真っ黒なコンテナを眺めていると、ハクが戻ってきた。

「ミスズはどうしたんだ?」


『おいた』

「そうか……周囲に危険なものはなかったか?」


『ない』ハクは腹部を振る。

『いと、さわる、わかる』


「糸は侵入者を見つけるのにも役立つのか」

『ん』

 巣の中を移動している間、我々はハクにずっと監視されていたのかもしれない。


 ミスズを待っている間、私は軍用ヴィードルの後部座席に座ると、プライベート用に使っている情報端末を取り出した。それからホログラムディスプレイを表示させると、途中まで再生していた音声メッセージを開いた。


『――権限により、閲覧許可が得られました』


【記録時期――標準時間 ■■2■年1月21日 日曜日】

【宛先 ■■■■所属 レイラ・■■■】


 ノイズのあと、女性の溜息が聞こえる。

 ―――

 ――

 昨日も言い争いになった。最悪な気分だよ。

 君は私が何も考えていないって思ってる。

 私が何も言わないから、だから……。

 でもね、違うんだよ。


 痛みや苦しみを全部、胸の奥に流し込んでいるだけ。

 ここでは苦しいことばかりだから。

 だから、私は自分じゃない誰かを演じているの。

 笑っているからって幸せなわけじゃない、レイには分かってほしい。


 だって私は他のやり方を知らないから。

 苦しみを乗り越える勇気が持てないのは、弱いからじゃない。

 これでも私は頑張ってる、自分の精一杯を。

 くじけてしまわないように。


 それでも苦しみを吐き出すのが、時々すごく怖くなる。

 だから……。


 だから私が笑っているのは、何も考えていないからじゃない。

 もしもそう見えているのなら、それはきっとレイが本当の私を見ていないから。


 ――

 ―――

 溜息ためいきのあと、沈黙が続く。

 ―――

 ――


 ……ごめん。今の嘘だ。素直になれないのは私だ。

 レイが望むなら、私は君に全てを打ち明けることができる。

 でも、今は他のやりかたを知らないから。

 だから、ごめんなさい。


 追伸、あの事故の所為せいでみんなピリピリしている。レイも気をつけて。なにかよくないことが起きているみたい。

 ―――

 ――

【再生を終了します】

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