第31話 不死の子供 re


 そっと息を吐き出すと、ライフルを構えて照準器を覗き込む。人喰いの略奪者が二人立っているのが見えた。カグヤの支援によって視界に適切な狙撃位置が表示される。距離や風の影響がほとんどないため、拡張現実で表示されるターゲットマークは略奪者の身体からだにピタリと重なっている。狙撃銃の残弾はこれで最後だった。銃弾を外すわけにはいかない。


 引き金を絞ると銃口から火球が出現して、騒がしい銃声と共に大口径特有の凄まじい反動が肩を叩く。銃弾を受けて血煙をあげる略奪者を視線にいれながら、ライフルを背中に回すと、もうひとりの男に向かって駆け出した。


 仲間が狙撃されると略奪者は驚き狼狽うろたえるが、自分に向かって駆けてくる人間の姿を認めると、出来損できそこないのパイプライフルを私に向ける。錆びた銃身の先に、若い男のおびえた表情が見える。その男に向かって間髪を入れずにナイフを投げ、ホルスターからハンドガンを抜いた。


 ナイフは男性の太腿に突き刺さり、その痛みで男の判断を鈍らせた。一瞬の判断ミスが死を引き寄せることになる。ハンドガンから発射された弾丸は、男の額に食い込み頭蓋を砕き、脳を破壊したあと脳漿と共に外に飛び出していった。


 出入口を塞ぐようにして警備していた男たちの死を確認したあと、略奪者に占拠された遊園地の廃墟に入っていく。周囲に敵の姿は見えない。上空を旋回していたカラスから受信する映像に間違いはなかった。


 遊園地の敷地に足を踏み入れた私はすぐに立ち止まる。誰かに見られているような奇妙な視線を感じる。それは例えば、大勢の人間に囲まれているときに背後から感じる視線に似たモノだった。


「カグヤ、この奇妙な感覚の正体が分かるか?」

『どうだろう……でもこの場所、なんかへんだよ』


 カグヤは上空のカラスに指示を与えると、周辺一帯の様子を確認していく。

「なにか見つけられたか?」


『ううん、やっぱりなにもないよ。カラスの索敵にも限界はあるから、たしかな情報だとは言えないけど……』


 ハンドガンを構えたまま、周囲に視線を走らせる。遊園地の廃墟は落書きと卑猥ひわいな絵で、建物本来の色が分からないほどに塗り潰されていた。赤茶色の錆が目立つ巨大な観覧車は横倒しになり、雑多なゴミに半分ほど埋もれていた。メリーゴーランドの馬はジェットコースターのレーンに頭から突き刺さり、胴体の半分ほどを失っていた。


 古臭いデザインの宇宙船をした乗り物の側に屈みこむと、装備の確認を行う。狙撃銃は残弾がなく、サブマシンガンの弾倉は三十二発入りがひとつだけだった。ハンドガンの弾倉を抜くと、側面についている半透明の小窓で残弾数を確認する。


『きびしいね。撤退を考えたほうがいいかも』

 カグヤの言葉に私は頭を振る。

「ここまで来たんだ、最後までやりげるよ」


『油断してないよね』

「まさか。命がかかっているんだ」

『なら、いいんだけどさ』


 私はゆっくり息を吐いた。緊張しているからなのか、息を吐き出す唇は震えている。それから警戒しながら建物内に入っていく。以前も侵入に使用した場所だ。なんとなく見覚えのある通路が見えた。


 拡張現実で視線の先に表示される地図を頼りに、薄闇のなかを進む。室内に略奪者の姿は見えない。それどころか、人の気配が全くしなかった。時折ときおり、多脚戦車から発射されるビーム兵器が空気を震わせる音が風に乗ってかすかに聞こえてくるだけで、建物内は静寂に支配されていた。


 略奪者たちが食糧庫として利用していた部屋の前にたどり着く。相変あいかわらず防火扉は施錠されておらず、簡単に侵入することができそうだった。この場所も以前に来たときとなにも変わっていない。


 気持ちを落ち着かせると、ハンドガンを構えながら部屋に入っていく。周囲に戦闘員の姿はなく、天井から吊るされていた人間の死体もほとんど残されていなかった。


 部屋の奥に向かい、地下にあるシェルターに続く入り口に触れる。接触接続が終わると、床下に収納されていた入り口が姿を見せる。階段を下りて重い鉄の扉の先に向かう。


 略奪者がさらった人間を監禁するのに利用していた部屋に人の姿はなかった。大量に保管されていた武器も、今はほとんど残されていなかった。戦闘を行うために持ち出したのだろう。前回の侵入時に時間稼ぎのために使用し、そのまま破壊されてしまった機械人形の残骸をまたぎながら、略奪者たちが使用してした檻の側に向かう。


 錆びの浮いた檻のなかには、悪臭を放つ錆びたバケツやら黄ばんだマットレスが放置されていて、何者かが収監された痕跡が確認できた。


「どう思う、カグヤ」

 しばらくの沈黙のあと、彼女の声が内耳に聞こえる。

『医療班がこの場所にいたのは間違いないと思う』


 地面に残された医療組合の外套がいとうに視線を落とした。薄水色のドクターコートはその場に捨てられていて、数人分の足跡で汚れていた。


「ずいぶんと慌てて出ていったみたいだな」

 何者かの血痕が外に続く天井の縦穴に向かって点々と残されていた。


『あとを追うの?』

「ああ、そのつもりだ」


『罠だとしても?』

 私はうなずいて、サブマシンガンを構える。


 天井から崩落していた瓦礫がれきの上を歩いて外に出て、横倒しになった観覧車の裏手に出る。周囲に人の姿はないが、作業用大型ヴィードルが建物の側に止められているのが見えた。操縦席の扉は開いていたが搭乗者の姿はない。ヴィードルの後部に取り付けられた大きなコンテナは、どうやら人を収監するためのモノで鉄格子の付いた小窓が確認できた。


 その小窓から薄暗いコンテナの内部を覗き込んでみるが、人の姿はない。ひどい臭いを放つバケツが転がっているだけだった。


『別の車両で連れ出したのかも』カグヤが言う。

「どういうことだ?」

『ほら、ヤンが言ったこと思い出して』


 周囲の動きに警戒しながら横倒しになった観覧車の側へと向かう。


「……捕らえられた人々は、二台の大型ヴィードルに収監された」

『そう。この場に人を収監できそうなヴィードルは一台しか残っていない。たぶんクレアたちは、戦闘の混乱に乗じてもう一台の大型ヴィードルで何処どこかに連れさられたのかもしれない』


「遅かったのか?」

 拡張現実の地図が表示されると、カグヤは捕らえられた人々が乗せられているかもしれない大型ヴィードルの移動経路を予測する。


『安心して、廃墟の街で大型ヴィードルが移動できる場所は限られている。ヤンたちに予測経路を送信しておく。もしかしたら――』 


「カグヤ、静かに」

 私はその場で身を低くすると小銃を構える。


 瓦礫がれきの陰に、ぼんやりとした幽霊のような人の影を見たような気がした。半透明で朧気おぼろげな影はひとつだけじゃなかった。


「囲まれているな……迂闊だった」

 小声でそう言うと、身を隠せるような場所がないか確認する。

『もしかして、環境追従型迷彩?』


 〈環境追従型迷彩〉は周囲の色相をスキャンして、衣類の表層に環境に適応したカモフラージュパターンを瞬時に生成する旧文明期の技術だ。おそらく敵は環境追従型迷彩に似たなにかしらの光学技術を搭載した装備を使用している。


 銃弾が飛んできて、私の耳元をかすめていった。風切り音に顔をしかめて横に飛び退くと、弾丸が飛んできた方角に向かってサブマシンガンを掃射した。けれど手応えがなかった。弾倉が空になったサブマシンガンを手放すと、ホルスターからハンドガンを引き抜いた。


 耳元で嫌な声が聞こえたのは、ちょうどそのときだった。

「やっと見つけた」



 遠くで誰かがブツブツと話す声が聞こえる。

「だから言ったんだ」と、聞きなれた声が言った。「お前がいる世界は、これまでの常識が一切、通じない世界なんだ」


 頭痛がした、ひどい吐き気も。

「レイダーギャングが光学迷彩に似た装備を持っていても、不思議でもなんでもない。忘れたのか、連中は教団と手を組んでいたんだ」


 ほおに冷たい汗が流れる。周囲は真っ暗でなにも見えない。

「不死の導き手は武器を豊富に所持していた。そうだろ? でなきゃ〈三十三区の鳥籠〉を襲撃しようなんて考えなかった」


『レイ! しっかりして。ねぇ、お願い。私の声、聞こえる?』

「ああ、聞こえているよ」

 聞きなれた声がカグヤに返事をした。そこで私はふと気がつく。そうか、今までずっと喋っていたのは私だったのか。


『よかった……』

 なんとか重いまぶたを開いた。


「よう、目が覚めたか?」

 視線を上げると、身なりのいい男が近くに立っていた。男の周囲には、薄汚れた格好に不釣り合いな、灰色のマントを羽織った数人の略奪者がいる。私に声をかけた男は、汚れて変色した赤いクッションのある豪華な椅子に座る。


「……まるで王様だな」

 私の軽口に男は鼻で笑うと、椅子にもたれてタバコに火を点けた。


「お前に拠点を襲撃されたあと、俺たちは必死にお前を探したんだぜ」

「それは知らなかったよ。でも貧乏暇なしって言うだろ? 俺も忙しかったんだ。同じことがないように、次からは連絡先を残して行くよ」


 男は苦笑いを浮かべて、濃い縮れた髪をかきあげた。彼は〈ジャンクタウン〉で見かけた教団の宣教師が着ていたのと同じ紺色のコートを身に着けていた。

「この状況でも強がるか……英雄にでもなったつもりか?」

 私は血が混じった唾を吐いた。口の中を切ったみたいだ。


「英雄になんて興味はない。まぁ、強くはありたいと思っているけど」

 男は喉の奥で音を立てて笑った。


「強くね……お前、まさか生きてこの場所から出ていけると思ってるのか?」

 急に視界が点滅して、顎と後頭部に強い痛みを感じた。いつの間にか仰向けに倒れていて、そこで初めて男に殴られたことに気がついた。


 空には灰色の厚い雲が立ち込めていた。今にも空が落ちてくるような気がして、私はうんざりして溜息をついた。上体を起こそうとして腕を持ち上げたが、上手うまくいかなかった。視線を動かすと、両手首に鉄のかせめられていることに気がついた。それは地面から伸びる鎖につながれていた。


 余裕を見せようとして無理に笑みを作り、それから声に出さずにカグヤに呼び掛けた。

『カグヤ、ミスズたちの状況を教えてくれ』

『多脚戦車との戦闘をけて、今は戦場から離脱した大型ヴィードルを追跡してる。もう少しでクレアたちを確保できると思う』


「気に入らないガキだ」と、男の声がした。彼はタバコの煙を空に向かって吐き出した。「こんな綺麗な顔をした糞ガキに、仲間が大勢殺されるなんて夢にも思わなかった」

「綺麗だって思ってくれているのなら、もう殴るのはしてくれないか」


 顔面に衝撃を感じたかと思うと、後頭部を強く打って身もだえる。痛む頬に手を伸ばそうとするが、短い鎖の所為せいで手が届かなかった。


「カルトの連中に売るために捕まえていた特別な女は盗られるし、街では仲間を大勢殺された。てめぇは疫病神のたぐいなんじゃないかって思っていたよ」


『レイ、大型ヴィードルを見つけたよ。誘拐された人たちが乗ってるコンテナも確認した』

 カグヤの声が痛む頭の中で反響する。


「聞いてるのか? おい」

 男は私のハンドガンを奪っていたのか、その銃口を私に向けた。

「聞いている」と私は答える。「不死の導き手はどうしたんだ。全員殺したのか」


「いや」と男は頭を振る。「最後まで残ってたえらそうな奴には逃げられたよ。俺は気にしてないがな。なんたって、連中には大層な本部があるみたいだしな。そこに行けば俺たちは腐るほど食料を手に入れられるってわけだ」

「よかったな」と、私は唾を吐いた。


「それで、てめぇはなにしにこの場所に戻って来たんだ?」

 男は怒りを隠そうと、素っ気無く言ってみせた。対照的に私は笑顔を見せながら言う。

「遊びにきたんだ。知らなかったのか? 遊園地は遊びに来る場所なんだ」

 男はハンドガンのスライドを引くと、銃口を私に向けた。


「お前を捕まえようとして、多くの手下を鳥籠に送ったんだよ。けど連れて帰った者はいなかった」

「俺だって来たくなかったさ」


「狙いは医療組合の連中か?」

「そうだ。無駄足だったけどな」

 男は鼻で笑うと地面に痰を吐いた。


「女はどうした?」と、男はニヤケながら言う。

「女? どの女だ」


 銃声が響いて肩に衝撃を受ける。私は顔をしかめて、熱を持つようになった傷口に視線を落とした。

「知らないか、そうだよな。女なんてお前は知らない。なら武器庫の監視カメラの映像に映っていたのは、一体誰だったんだろうな」

 男はそう言うと、略奪者たちと一緒になって下品な笑い声をあげた。


『レイ、よく聞いて』カグヤの言葉が頭に響いた。『レイの体内にあるナノマシンで痛みは制御できる。でも傷口の修復には、ナノマシンでもそれ相応の時間が必要になる。その間、止血しなければ血は流れ続ける。だからもうそいつのことは挑発しないで。ミスズたちの戦闘が終わったら、すぐにレイを助けるために遊園地に来てもらう。だからお願い』


 男は私の側に屈みこむと、私の額にハンドガンの銃口を押し付けた。痛みは感じないが、ぼんやりとした熱を銃口から感じた。


「おい、聞いてるのか? さっさと答えろ」

 私は顔をそむけながら答える。

「お前は口の中に人擬きでも飼っているのか? ひどく臭うぞ」


『レイ!』と、カグヤが声を上げた。

 男は立ち上がると振り向き、彼のことを笑った仲間の略奪者を撃った。そのあと男はゆっくり私に振り返った。


 腹を蹴られた。痛みはないが、血の混じった胃液を吐き出した。自分で言うのも嫌になるが、ひどい臭いがした。


「どうした? うん? 笑えよ、糞ガキ」男は抑揚よくようのない声で言う。

 私は口の中が気持ち悪く、唾を何度か吐いた。


「なんだ、その目は」男はおかしそうに言った。「そう言えば最近、捕らえた人間の中に、そんな目をする反抗的な女がいたっけな」


 私は黙って男に視線を向けた。いつの間にか降り出した雨が、錆びて折れ曲がった観覧車の鉄骨を叩いてきしませていた。


「たしか……赤髪の女だったな」と、男はニヤついた顔で言う。

 私は立ち上がり男に飛び掛かろうとしたが、鎖に拘束されていた所為せいで、そのまま地面に顔を打ちつけるようにして倒れた。


「クレアに何をした」

 濡れた土の匂いを嗅ぎながら、私は言葉を吐き出した。


「そうか……クレアっていうのか、あのお嬢ちゃん。いやね、言うことを聞かない反抗的な女がいたからな、俺らなりの調教をしてやったんだ」

 鎖が軋み、鉄の枷が手首に食い込むのを感じた。


『レイ、落ち着いて。そいつはレイのことを挑発して楽しんでるだけ、そいつの言うことは聞かないで』


 カグヤの言葉を無視して私は言う。

「何をした」

「想像通りのことだよ」と、男は笑う。「分かるだろ? 俺たちはそういうのが好きなんだ」


 力任せに鎖を引っ張ると、右手を拘束していた枷が鎖と共に弾け飛んだ。私が立ち上がると、略奪者たちは私にライフルを向けた。どいつもこいつも憎たらしい笑顔を浮かべている。


「動くなよ、糞ガキ。お前を簡単に殺したくないんだ」と、男は指を立てた。「まずは仲間たちに犯させる。安心しろ、ここには男が好きな奴が大勢いる。次に生きたまま皮をいでやる。失血死しないように傷口を焼きながらな。次にお前の女……クレアとか言ったな。そいつにも同じことを、てめぇの目の前でやる。もちろん、それでも俺の気は済まないだろうな。だから――」


 太腿を撃たれると、私は身体からだのバランスを失って倒れる。

「言ったよな、動くなって」


『レイラ、お願い。もう動かないで。それから聞いて、ミスズたちが大型ヴィードルを確保した。今からコンテナを開放する。きっとクレアも無事だよ。だから――』


 カグヤの声が頭に反響して痛む。

 頼むから黙っていてくれ。

『黙らない。ねぇ聞いて――』


 私は足に力を入れて立ち上がろうとする。怒りと憎しみで胸が締め付けられて苦しい。それでもなにかが胸の奥で渦巻うずまいている。それは今にも私の胸を引き裂いて飛び出そうとしていた。


 殺してやる。

 全員、殺してやる。

 誰も生かしてはおかない。


『うるさい!』と、カグヤが声をあげた。

『レイが黙って。クレアは大丈夫。そいつらも私たちが何とかする。だから――』


 私の拳が男の顔面を捉える寸前、私は後方に吹き飛び、壁に背中を打ち付けた。せき込み血を吐き出すと、視線を上げた。かすむ視界のなか、ショットガンを構える略奪者の女が見えた。彼女のショットガンの銃口からは煙が立ち昇っていた。


 そうか、撃たれたのか。私はボディアーマーを眺める。至近距離ではあったが、ボディアーマーは散弾を受け止めていた。けれどその衝撃はどうしようもなかったようだ。肋骨が折れているのかもしれない。開いた口から、粘度の高い血液が滴る

『レイ! 大丈夫なの? お願いだから答えて、レイ!』


 ぼんやりとカグヤの声が聞こえた。

 茫漠ぼうばくとした意識で、私は思考する。

 なんのために私はこんな世界で目を覚ましたんだろうか。

 崩壊した世界の果てで、こんな惨めな恰好で死ぬためだったのか?


 好きな物語があった。英雄の物語だ。

 彼は孤独な英雄だった。


 私は震える息を吐き出した。肺をやられたのか、ひどく苦しかった。

 いや、違うな。彼は孤独じゃなかった。彼の側には女神がいて……俺が死んだら、カグヤは悲しんでくれるだろうか、ミスズは……。


「ミスズは……」と私はつぶやいた。

「なんか言ったか、糞ガキ」


 男は私に言葉を投げかけた。けれど彼の言葉は私を通り過ぎていった。

 彼は私のすぐ側に屈みこむと、臭い息で言った。

「お前、死ぬのか?」


「死なない。お前を……殺すまでは……」

 私の言葉に男は立ち上がり、ニヤリと笑みを浮かべて銃口を向ける。


 すると特徴的な鈍い音が周辺一帯にとどろいた。


 それは男が手に持つ拳銃から発せられた音ではなかった。男の手は閃光に呑まれ、ハンドガンと共に融解ゆうかいして消失した


 男の悲鳴を聞きながら視線を動かすと、横倒しになった観覧車を乗り越えるように、多脚戦車があらわれるのが見えた。


 砲身が瞬くと閃光が発射されて、周囲に轟音を響かせる。高出力のビームが発生させる閃光がかすめると、私の目の前に立っていた男の身体が破裂する。煮立った血液を被った私がまぶたを開くと、戦車の上に立つ人影が見えた。けれどよく見てみると、それは人ではなかった。いつだったか廃墟で見かけた〈守護者〉だった。


 その守護者は、人間の骨格をした金属製の真っ白な身体からだに古びたロングコートをまとっていた。赤色のお面からは表情はうかがい知れなかったが、頭部から伸びる二本のシカのツノにはたしかに見覚えがあった。


 略奪者たちの悲鳴を聞いて視線を動かすと、黄色いレインコートを着た子供型の守護者が略奪者たちの身体を引き裂いているのが見えた。文字通り、人間の身体を軽々と引き裂いていた。


 守護者の集団が何処どこからともなく集まってくる。彼らは抵抗を見せる略奪者たちを瞬く間に制圧した。いや、虐殺していった、が表現としては正しいのかもしれない。


まがいモノ風情が、不死の子供に手を上ゲるとはナ……」

 シカのツノを生やした守護者はそう言葉を吐き捨てると、他の守護者と聞き取れない速度で会話を始めた。それが会話だったと認識できたのは、彼らの何人かが音に反応してうなずいていたからだった。


 シカのツノを持つ守護者が周囲の守護者に対して何事かを話すと、生きた骸骨のような姿をした守護者たちは何処どこかに行ってしまう。その場に残った守護者たちは、雨に打たれながら私を見つめていた。


「葬式には、まだ早い……」

 軽口を言おうとするが、私の声はかすれていて言葉にならなかった。


 守護者は私に向かってなにかを口にする。しかし言葉が早すぎて私には理解できなかった。彼は私の側にしゃがみ込むと、私の太腿になにかを刺した。それは見たことのない注射器だった。

「応急処置ダ」


 守護者は機械的な合成音声でそれだけ言うと私の側を離れて、多脚戦車の〈サスカッチ〉に飛び乗った。制御を失い暴走していた自律型の戦闘車両は、今は別人のように大人しくなっていた。


 どうしてだろうか、と薄い意識の表面で考えていると、いつか廃墟で遭遇した黄色いレインコートを着た子供型の守護者が私の側にやって来る。


「はい、落とし物」

 幼い女の子の声で守護者は言うと、握った金属の拳を突き出した。私が血に濡れた手を差し出すと、小石のようなものが手のひらにのせられた。確認すると変形した鉛玉だった。


「バイバイ」

 黄色いレインコートの守護者は私に手を振って去っていった。

 落としたんじゃなくて狙撃したんだよ。鉛玉は捨てようとも考えたが、せっかくなのでポケットにしまった。


 守護者たちがいなくなると、私は暗い空を仰ぎ見る。雨粒が血に汚れた顔を洗っていく。カグヤとの通信は先ほどから繋がらなかった。クレアは無事だろうか……。ヤンとリーはどうだろうか?


 ミスズは……。

 どうしてだろう。傷口から流れる血はやけどするほど熱いのに、身体は凍えそうなほど冷たく震えが止まらなかった。


「レイ!」

 女性のやわらかい声が近くに聞こえた。


「エレ……ノア?」

 彼女は私に抱き着くと、傷口を確かめるためにボディアーマーを外そうとする。


「生きてるか、レイ」

 声の主はイーサンだった。彼はミスズやエレノアが着ているような、高価なスキンスーツを着ていた。最初、彼が誰なのか分からなかった。でも別に不思議なことじゃない。傭兵団の隊長が戦地を草臥くたびれた背広でうろつくわけがない。


「どうして……ここに」と、私はたずねた。

「助けにきたんだよ」と、イーサンは略奪者たちを虐殺している守護者を見ながら言った。「その必要はなかったみたいだけどな」


「クレアは……」

「クレアの嬢ちゃんは無事だ。ミスズたちが助け出した」


「よかった……」

 意識が深く暗い闇のなかにストンと落ちていく気がした。そこには何も存在していないように感じられた。痛みも、怒りも、憎しみも。

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