第30話 市街戦 re


 廃墟の街に銃声が木霊こだまして炸裂音がとどろく。


 ヤンたちが搭乗する軍用ヴィードルから、立ち昇る砂煙に向かって無数のロケット弾が撃ち込まれる。上空を旋回していた〈カラス型偵察ドローン〉からのサポートを受けていたロケット弾は、人喰いの略奪者が操るヴィードルに向かって真直ぐ飛んでいくと、次々と着弾する。


 略奪者たちのヴィードルが爆発に呑まれたことを確認したカラスは、銃弾飛び交う空をゆっくりと旋回し、戦場から一時的に離脱する。


 凶悪な武装集団が占拠する廃墟の遊園地近くで、略奪者たちの待ち伏せ攻撃によって始まった戦闘がどれほどの時間、継続しているのかは分からなかった。我々がどれほどの敵を殺し、どれだけのヴィードルを破壊したのかも分からない。


 とにかく略奪者たちは死に物狂いで我々に攻撃を仕掛けてくる。たとえ略奪者たちの身体を重機関銃で八つ裂きにしたとしても、恐怖を抱かない壊れた精神が、痛覚をマヒさせ、痛みを知らない肉体が彼らを死地へと前進させた。


 略奪者たち死の恐怖を奪ったのは、安物の覚醒剤の類だろう。依存性が高く安易に入手が可能なモノで、快楽を求めて彼らが常用するものだった。そしてそれは、死の恐怖すら乗り越える偽物の勇気を彼らに与えていた。


『レイ、上空のカラスが狙われてる』カグヤの声が内耳に聞こえた。『一旦、戦場を離脱させる』

「了解」


 銃弾を避けるようにして飛んでいたカラスから視線を外すと、操縦桿のスイッチを押し込む。システムによって再現された重機関銃の鈍い射撃音がコクピット内に響いて、目前に迫っていた敵のヴィードルを穴だらけにした。


「攻撃、来ます!」

 騒がしい警告音が鳴り響くと、ミスズはヴィードルを的確に操縦して、建物の壁面に向かって飛んで敵の攻撃をやり過ごした。敵の数は増える一方で、我々に対する攻撃の手が止まことはなかった。


「ヤン、そっちはどうだ?」

 私の声に答えるように、ヤンの搭乗するヴィードルが廃墟の間から姿を見せた。その際、目の前に飛び出てきていた略奪者のひとりを鉄の脚でグシャリと踏み潰した。


『連中のヴィードルは大体潰せたみたいだが、もうロケットランチャーが――』

 略奪者の放ったロケット弾がヤンたちの搭乗するヴィードルに直撃した。ミスズはすぐに攻撃に反応すると、ロケットランチャーを担いだ女性の背後に移動する。あとは重機関銃の照準を合わせてスイッチを押し込むだけでよかった。


 鈍い音を発する短い射撃のあと、バラバラになった敵の姿を確認することなく私はヤンたちの軍用ヴィードルに視線を向けた。


 爆発の衝撃で立ち昇る砂煙から姿をあらわしたヴィードルは、無傷とはいえなかったが、それでも敵の攻撃に耐えていた。重量があり、それ相応の装甲を持つヴィードルは簡単に破壊されない。その分、速度が出せないことが弱点だったが。


 ヤンたちの軍用ヴィードルは前方の建物に向かって重機関銃の掃射を行った。こちらに向けてロケットランチャーを構えていた略奪者たちは、バラバラの肉片になって吹き飛ばされていった。


「まだやれるか、リー?」

 しばらくの沈黙のあと、彼の声が聞こえる。

『まだやれる。でも、考えなしにこのまま戦っていたらマズいことになる』

『この状況を打開する必要がある』とヤンが言う。


 私は空を仰ぐ。全天周囲モニター越しに見えた空は青くんでいて、雲ひとつなかった。けれど太平洋側の空に厚く暗い雲が立ち込めていて、空全体をゆっくり呑み込もうとしているのが見えた。


『俺たちがこの場で囮になって敵を引き付ける。その間にレイは遊園地に潜入してくれ』


 私は視線を落とすと、リーの言葉に答えた。

「そうだな……。けど遊園地には俺がひとりで向かうよ」

『ひとりは無茶だ。せめてミスズと一緒に行ってくれ』


「ダメだ」と、私は頭を振る。

「ヴィードルが動けば目立つ、ここで敵を二つに分けたくない。遊園地には俺ひとりで潜入する」


「本気ですか、レイラ」と、振り返ったミスズは不安そうな顔を見せた。

「ああ、本気だよ」


『なら、ここは俺たちに任せてくれ』

 リーの言葉を合図に我々は動き出した。


 ヤンたちの軍用ヴィードルが敵の注意を引き付けるために道路に出で、攻撃部隊に向かって攻撃を始めると、ミスズは廃墟の陰にヴィードルを移動させた。


 私は装備の確認を手早く済ませると、狙撃銃を肩に提げてヴィードルを降りた。

「ミスズ、敵の動きに用心してくれ。これで終わるとは思えない」


 彼女はヴィードルを降りると私に抱きついた。

「レイラも気をつけてください」

 軽い抱擁のあと、私はミスズを安心させるように笑みをつくる。


 ミスズがヴィードルに乗り込むのを確認すると、その場を急いで離れた。建物の間を縫うように駆けて、散乱する瓦礫がれきを飛び越えていく。人間離れした身体しんたい能力を遺憾なく発揮していく。途中、崩れかけた廃墟から〈追跡型〉の人擬きがあらわれて、私のあとを追ってきた。


 四足歩行のグロテスクな化け物を無視して、ヤンたちの軍用ヴィードルを攻撃しようとして待ち伏せしていた略奪者の集団の中に飛び込んだ。


 サブマシンガンを使って至近距離で掃射を行う。倒れた数人の略奪者の身体からだを飛び越えると、こちらに銃口を向けている男に向かってナイフを投げた。首元に突き刺さったナイフに男は驚き、銃を出鱈目に乱射した。


 銃弾は彼の仲間と、私を追跡していた人擬きに命中する。人擬きは怒りにも似た感情をみせると、男の腹にみついた。私は略奪者の無残な死を見届けることなく走り出す。


 建物の壁面に飛びつくと、錆びて崩れそうになっていた非常階段を駆け上がる。建物の屋上、腹這いになってライフルの照準器を覗きこんでいた略奪者の足首をつかむと、そのまま建物の下に投げ落とした。


 そして男が取り落としていた対物ライフルを拾い上げると、遊園地の方角からやって来る旧式の作業用大型ヴィードルに狙いを定める。


 銃声と共に肩に重たい衝撃を受ける。無骨な大型ヴィードルの脚が弾け飛ぶのが見えたが、尚も大型ヴィードルは前進を続ける。略奪者たちの手で改造されているのか、車両には装甲代わりの鉄板が溶接されていて、赤茶色に腐食した装甲の間から砲身が伸びているのが見えた。


 私は膝をついてヴィードルの脚を狙って射撃を行う。反対の脚が吹き飛ぶと、大型の車両は行動不能になった。ヴィードルは大きく姿勢を崩していて、瓦礫がれきに顔を埋めるようにして動きを止めていた。けれど車体上部に取り付けられていた砲塔は生きていて、こちらに向かって砲身が動くのが見えた。


 ライフルを手放すと、躊躇ためらうことなく建物屋上から飛び降りた。


 爆発音を聞きながら落下し建物の壁面に向かって腕を伸ばした。なんとか壁から突き出ていた瓦礫がれきふちを掴むことで、高所からの落下を逃れる。が、壁面に胸を強く打ち付けて、空気を求めてあえいだ。そのまま転がるようにして地面に落下するが、すぐに立ち上がって移動しようとする。しかし血溜まりに足を取られて倒れそうになる。


 路地裏に視線を向けると、物言わぬ死体となった略奪者に覆いかぶさる複数の人擬きが見えた。私の存在に気がついたのか、化け物は口の先から腸をぶら下げたまま私を見つめる。ハンドガンを素早く引き抜くと、人擬きに向けて発砲した。


 一発、二発、三発目の引き金を引き終えると、身体からだを捻るようにして人擬きの噛みつきを避けた。ひどい腐臭に顔をしかめ、両手でしっかり握ったハンドガンで確実に化け物の頭部を撃ち抜いていく。四体目を無力化すると、建物の影から新たな人擬きが飛び出してくるのが見えた。


 と、銃声があたりに鳴り響いて、無数の銃弾が人擬きの体内に食い込んでいく。振り返ると数人の略奪者が小銃を構えていて、こちらを狙っているのが見えた。もちろん彼らは私を救うためにあらわれたわけじゃない。


 私は略奪者たちから身を隠すように、錆びついてひっくり返っていたヴィードルの陰に隠れる。人擬きは私の横を通り過ぎて、建物に銃声を反響させていた略奪者たちに向かって飛び掛かる。


「カグヤ、ミスズはどんな感じだ」

 い殺される略奪者を横目に見ながら路地に入ると、敵の動きに警戒しながら狭い通路進んでいく。


『問題ないよ。順調に敵の数を減らしてる』

「ミスズは大丈夫か?」


『ちゃんと戦えてるよ、何も問題はない。ミスズはそんなに柔な人間じゃない』

「そうか……」


 目の前に急に飛び出してきた人擬きに銃弾を撃ち込むと、弾倉の交換を行う。

『大丈夫?』

「平気だ。けど少し手を貸してくれ。狙撃で敵の数を減らす」

『了解』


 旧文明期以前の崩れかけた建物を見つけると、外階段を使って屋上にあがる。そして素早く周囲の安全確認を行い、敵がいないことを確認するとライフルを構えた。


 狙撃で五人目を殺し終えるころには、略奪者たちも建物の屋上を警戒するようになった。七人目を殺し終えたとき、私に向かって銃弾が飛び交うようになっていた。


 私は物陰に身を隠して、敵の攻撃をやり過ごした。戦場から離脱させていたカラスを上空で旋回させると、カラスの眼を通して敵の姿を確認していく。彼らは手ごたえがないと感じ取ると、私が潜んでいた廃墟に侵入してきた。


 私はゴミと瓦礫が散乱する建物内に入ると、人擬きに警戒しながらいくつかの罠を仕掛けてその場を離れた。屋上に戻って数人の略奪者が建物に入ったことを確認すると、助走をつけてとなりの建物に飛び移った。そしてそこから狙撃を継続した。


 罠を仕掛けた建物内で何度か炸裂音が鳴り響くと、私は道路に飛び降りて、遊園地に続く路地に入る。


 周囲には略奪者と人擬きの戦闘が残した多くの死体が転がっていた。腹から腸を垂らす略奪者の死骸があれば、足を失い胴体だけになっても、もぞもぞと身体を動かしている人擬きの姿もあった。切断された首が動いていて、それを人擬きのモノだと思っていた。しかし切断面から見たこともない昆虫が顔を出して、私を驚かせた。


 しばらく走ると、先ほど狙撃して破壊した大型ヴィードルの側にたどり着く。ヴィードルの周囲には数人の略奪者がいて、なにやら作業を行っていた。


『車両の修理中かな』

 カグヤの言葉に私は疑問を浮かべ、それから納得した。


「修理できる奴らがいるから、ヴィードルを運用できる。レイダーの整備士は、この場で全員始末したほうがさそうだな」


 瓦礫から身を乗り出すと、サブマシンガンで辺りを適当に掃射し、また瓦礫に身を隠した。錆びた鉄板をボディアーマー代わりに使用していた略奪者たちは、大声で何かを叫んでいたが、反撃してくることはなかった。


 撃ち尽くした弾倉を交換し、カラスの眼をつかって敵の状況を確認する。動きがないことを確認すると、続けて射撃を行う。大型ヴィードルの陰に身を隠せていなかった数人の略奪者が倒れたことを確認すると、手榴弾を放り投げた。


 炸裂音と共に略奪者が飛び出してくるが、彼らは武器を持っていなかった。


 躊躇ためらうことなく射殺すると、逃げ出した女の背中に向かって発砲した。人喰いの略奪者たちに慈悲じひはいらない。ここで確実に始末していく。略奪者の生き残りがいないことを確認すると、遊園地の廃墟に向かって走り出した。損傷した大型ヴィードルは確実に破壊して、修復できないようにしておきたかったが、時間も装備も足りていなかった。整備士を始末できたので、それでヨシとした。


『レイ、そっちは大丈夫か?』

 ヤンから通信が入ると、私は物陰に入って身を屈める。

「もうすぐ遊園地だ、そっちはどうだ」


『相当な被害を出したあとだけど、やっと奴らも隠れることを覚えたよ』

「つまり膠着こうちゃく状態か」


『そうだな。レイダーの増援はないが、他に問題がある』

「なんだ?」

『騒ぎを聞きつけて、人擬きの数が増えてきている』


 私は身を乗り出して、遊園地の方角に視線を向ける。ここから遊園地まで高い建物は少ない。狙撃を気にすることなく、一気に走り抜けられそうだった。


 瓦礫に背中をつけると、ヤンに返事をした。

「厄介だな。レイダーと違って奴らは武器をもたないが、それでも数が数だ。囲まれたら身動きができなくなる」

『分かってる。だから、レイも急いでくれ』

「了解」


 そのときだった。廃墟に炸裂音がとどろく。視線を上げると、ヤンたちが戦闘を行っていた方角から砂煙が立ち昇るのが確認できた。


『戦車だ、レイ!』

 リーの焦った声が聞こえてきた。

「戦車? どんなやつだ」


『私とレイラが以前、襲撃された多脚戦車です!』と、ミスズの声が聞こえた。

 〈三十三区の鳥籠〉近くで戦闘になった多脚戦車のことを思い出した。あの戦車は完全自律型の戦闘車両だった。戦闘に介入してきたタイミングは最悪だが、少なくとも略奪者たちの増援ではないのだろう。


「サスカッチだな……。レイダーも攻撃目標にされているか?」

 ビーム兵器特有の鈍い発射音が街に響いていた。


『はい、無差別に攻撃しています』と、ミスズが答えた。

「ミスズ、サスカッチとは絶対にやり合うな。ヤンたちにもそれを徹底させろ。戦車はレイダーたちに相手してもらう。もしも戦車が向かってきたら、なりふり構わずそこから退却しろ」


『逃げろって、俺たちがそんなことしたら連中も遊園地まで引くぞ!』と、ヤンが怒鳴る。

「それは仕方ない、こっちは俺がなんとかする。問題は戦車だ。ヤンたちの軍用ヴィードルでも、サスカッチとはやりあえない」

『そうなるかもしれないけど――』


『了解した』と、リーの声が聞こえる。『レイダーたちと争うように、上手うまいこと戦車を誘導だけして、俺たちはそのまま戦場を離脱する』

「油断するなよ」


 通信が切れると、廃墟の遊園地に視線を向けた。


 略奪者たちの多くが戦闘を行うため街に出払っているのか、遊園地の周囲は静かだった。上空にいるカラスの眼で周囲を確認すると、数人の見張りが出入口に立っているだけだった。興味深いと感じたのは、〈三十三区の鳥籠〉で見かけたような、死体をつかった気味の悪いオブジェがいくつかあることだった。それは以前までなかったモノだ。


 オブジェは全部で十数体はあっただろうか、もしかしたら、これらは一部だけなのかもしれない。鉄骨に縛られた人々はいずれも焼死体だ。旧式のインプラントで身体からだが飾られ、グロテスクな死体を異形なものに変えていた。遺体は教団の謎の儀式で使用されたもので間違いないのだろう。


 不死の導き手の信者に生き残りがいると聞いていたが、本当だったらしい。


 私はもう一度、空を仰いだ。

 この戦地でどれほどの命が奪われたのだろうか。


 略奪者たちが積み上げた死体と、我々が積み上げる死体にたいした違いはない。それでも我々が積み上げる死体のおかげで、略奪者によって生まれるかもしれない死や悲しみが減るのならば、我々が行っていることにも意味はあるはずだった。


 そっと息を吐き出すと、これからの行動について考えを巡らせた。

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