第7話

 一時間ほどして真田さんと桃香さんのふたりが『ムーンストーン』にあらわれた。あたしの左隣に桃香さん、さらにその左に真田さんが座る。メニューを眺めていた桃香さんがシンデレラを頼んだ。お酒は苦手という伝言板の言葉を思いだし、あたしは自分の推理が間違いなかったのだと確信する。

「伝言板のひとって桃香さんなんですか?」

「うん。返事くれてたんはつぐみちゃん?」

「はい」

「やっぱり。うちも薄々そうやないかと思っとって、今度会うたら聞こう思っててん」桃香さんは微笑する。「ふたりの話を聞いてて、えらい楽しそうやなあって。うちも書いちゃえって」

「楽しかったです。読むのも話すのも」

 まぎれもない本音だったけど、「楽しかった」と過去形になるのが悲しい。駅員さんのことがなければ、これからも伝言板での会話を続けられたかもしれない。雪乃さんとはちがう形での交流ができたかもしれない。それができなかったのはとてもさみしい。

「ひとつ訊いていい?」と雪乃さん。「こっそりレシピを聞いたって書いてあったけど、そんな話してなかったよね?」

「それは嘘。こっそり聞いたんは、また別んところ。京都のお店なんやけど、マスターが友達でちょいちょい行くの。お酒弱いからノンアルコールのカクテルが多いんやけど」

 シンデレラが一番好きなのはほんま、ディズニー映画の影響かもしれへんけど、と無邪気に笑う。

「駅員さんには注意されなかったんですか?」

「駅員さん?」怪訝そうに桃香さんは首をかしげる。

「ブログのことは知らないんですか?」

「なんのこと?」

 とぼけている様子はなかった。そもそも桃香さんは滋賀のひとで、春休みで東京に遊びにきているだけ。どこかで駅員さんとつながっているとは考えられない。それを隠す必要もないはず。なぜあたしだけが注意されなければいけないのか、その理由がわからない。

「つぐみちゃんは伝言板のことで駅員に注意されたんだよ。桃香ちゃんはどうだった?」と桃香さんの前にシンデレラを置いてから細山田さんはいう。

「なんもいわれてへんよ」と首を振ってから「けど、おかしいよね。伝言板のことで注意するなら、まずうちちゃうん? うちが書かへんかったら、それで終いやし」

 雪乃さんと同じ指摘をした。思わず嘆息した。ふたりともすぐに気づいたそれを簡単に見落とすなんて、どれだけあたしは冷静さを欠いていたのか。

「その駅員さんってどんなひとなん?」

「背が高くて、四○代前後のひとで──」

「つぐみと較べたら誰だって背の高いひとになるけどね」

 雪乃さんの言葉に苦笑いをする。確かに一四七センチのあたしからみればそうなってしまう。

「あのさ」

 ずっと黙っていた真田さんが口を開き、携帯電話をあたしに差しだした。ディスプレイには年配の男性が写っている。真田さんによく似た、二○年後の真田さんはこんな雰囲気になるのかもしれないと思わせる男性。たぶん真田さんのお父さん。

「顔をよくみて」

「あっ」と小さく声をあげてしまった。私服姿で雰囲気がちがい、すぐにはわからなかった。驚いて真田さんのほうに振り向くと、やっぱりという風に肩をすくめた。

「その駅員は俺の親父だよ」

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