豆でっぽー!

 その後三日間、俺は部屋にこもって自分自身と戦った。


 ハトの羽の一枚一枚が鮮明に見えるような幻を見た。

 そして楽しそうにパンをまきまくる人々……息づかいまで聞こえてきそうなハトの集団……初めてパンをまいた、子どもの頃の思い出が、俺を襲う。


 パンをまくのをやめたくないという、魂の抵抗。

 ハトぽっぽタイムは俺の生き甲斐なんだ。それこそが幸せなんだ。せっかく手に入れた幸せをなぜ手放そうとする? 幸せを手放してまで何を求める? 別に今まで通りでいいじゃないか。大丈夫だって。もう一人の俺が囁いた。


 感情の濁流に流されそうになる。

 ……本当はやめたくない。

 だが負けない。好きなことに負けてなるものか。

 こんな形で負けてなるものか。


 今までのすべてが大切な思い出だからこそ……。

 パンはまけなくなったけど、俺は負けない!!


 むぎゅうっ。

 俺はしがみつくようにハトのぬいぐるみを抱きしめた。


 ……。


 そしてあの時の、壮絶な戦いから一年が過ぎた……。


 俺はあれから一度もハトにエサをやらなかった。公園で子どもたちが投げたパンを、拾って千切って投げなおすこともしなかった。

 最初のうちは、これはセーフだとか理屈を付けそうになった。ハトのエサならまいていいんじゃないかという気もした。でもそんなこと言っていたらまた逆戻りだと思ってやめた。


 今なら分かる。俺はハトぽっぽタイムに向いていなかったのだ。


 パンを手放した今、俺はもうハトに心をかき乱されることがない。

 ……と言っては嘘になるが、今までハトぽっぽタイムを愛するあまり、ハトを集めようとか、人にハトを奪われたくないとか、実に様々な感情に支配されていたことに気づいたのだ。


 ハトは俺の癒しであったが、その分、心をかき乱す原因にもなっていた。だからハトぽっぽタイムができない今、そのことでムズムズしたりはするが、逆に心穏やかになった一面もあると思うのだ。プラスマイナス0かもしれない。


 パンの切れ目が縁の切れ目……。それでもハトは相変わらず近くにいる。耳を澄ませば5キロメートルほど先から、クックゥクックゥとあの声がする。ハトに近づくことをやめた俺は、かえってもっと遠くからでもハトを感じられるようになった。


 今日も空を見上げればハトが飛ぶ。仲間と共にハトが飛ぶ。ぐるりと回って飛んでゆく。


 そこには自由があった。

 誰のものでもないハト。誰にも制限されないハト。

 手が届かないからこそ抱く、ハトの世界への憧れとノスタルジー。


 ハトを風景の中で見る時間、それは哲学や夢のようであった。

 ……今なら言える。ハトは俺のものではない。空のものだ。


 ある程度落ち着いた俺は、ズーム機能付きのカメラを買い、ハトの写真を撮るようになった。また新たな形でハトと向き合えるようになったのだ。


 俺を助けてくれたぬいぐるみは今でも部屋にある。辛くなったときはむぎゅっと抱きしめ、ハトに思いを馳せる。

 まだぬいぐるみからは離れられそうにない。でもいつか手放しても大丈夫と思えた頃に……このぬいぐるみを誰かにあげたい。誰かの支えになってほしい。


 俺と同じように苦しんでいる人が、きっとどこかにいると思うから……。

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ハトにパンを 月澄狸 @mamimujina

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