ごわ
「うーん……」
私は新たに加わった仲間キルオールの背中の上で、うんうん唸っていた。
「おいおい、泣くなよメアリー。元気出せって。泣くほどの事じゃねえだろ?」
キルオールが慰めの言葉を掛けてくれる。
見た目はまごうことなき化け物だが、話してみると案外優しいやつだったので、すぐに打ち解ける事が出来た。
しかし、そんなこの世界での数少ない癒しである彼の言葉さえ通じないほどに、私は思い悩んでいた。
その原因は、私の手の中にある数枚の手配書にある。
逃亡生活の途中で立ち寄った街に貼られていた物なのだけれど、とにかくそれに描かれている似顔絵が酷いのだ。
泣きながら私はキルオールの顔の前に手配書を掲げる。
「ちょ、危ねえ! 前が見えねえだろうが!」
「だって〜、私こんな顔じゃないもぉ〜ん……」
般若の様な険しい顔、口の端から滴る血、額から何故か生えてる二本の角、一致してるのは髪の色くらいだった。誰が描いたか知らないが、似顔絵と呼ぶにはあまりにかけ離れていた。
「手配書の顔が実際と全然違うってんなら、バレにくくてむしろ好都合なんじゃないか?」
「それとコレは別だもん!」
「意味が分からんのだが」
「うっさいわね! 何よ! 前向いてないと危ないんじゃないの? シッシッ!」
逆ギレしてキルオールを黙らせ、私は持っているのも嫌なので手配書をぐしゃりと丸めて放り投げると、肩に止まっているネイビィに声を掛けた。前々から気になっていた事を尋ねようと思ったのだ。
「で、これ今何処に向かってるのかしら? あの紙屑に気を取られた全然聞いてなかったんだけど」
「僕たちが今向かってるのは、妖精の森って場所だよ」
「へぇ、妖精ねぇ……何だかとってもメルヘンな響きじゃない? やっぱりメルヘンで可愛い妖精ちゃんたちがいっぱい居るの?」
「僕には物や生き物に対して可愛いという感情を生じさせる機能が備わってないから何も言えないけど、プレイヤーアンケートによると妖精の森で遭遇するピクシーというモンスターのグラフィックに対する評価は概ね好評だよ!」
……?
何だかサラッととんでもない事を聞いた気がする。まあでも、今は妖精の可愛いかどうかの方が大事だ。
「つまり……可愛いって事?」
「アンケートに答えた人の中ではそう考える人の方が多いみたいだね」
「何だかはっきりしない言い方ねえ……もっと確かな情報を持ってきなさいよ」
「メアリー、この世の中には確かなことの方が少ないんだよ」
「少なくとも、このゲームがクソの山である事は確かね」
「言えてる」
ネイビィが頷いた。
あなた、私が言うのも何だけど、仮にもこのゲームのナビゲーター役なんだからもう少し擁護とかした方が良いんじゃないの?
すると、キルオールが会話に入ってきた。
「やけに拘るじゃねえか。その、可愛いかどうかってのに。何か理由でもあんのか?」
「当たり前でしょ〜? 私には今癒しが必要なのよ、癒しが」
「鬱憤が溜まってることか?」
「そう! 王子の首は伸びるわ、お酒もろくに飲めないわ、挙句の果てに牢獄にぶち込まれて化け物の背中に乗せられるわ! この世界に来てからロクな事が無いのよ! もう気が狂う寸前って感じ!」
「お、おう。とにかく、そういう事なら、妖精の森はぴったりの場所だと思うぜ」
「ホントに? やった!」
それから程なくして私たちは妖精の森にたどり着いた。
「可愛い〜! えーもーマジ、か〜わ〜い〜い〜!」
興味津々に私の周囲に集まって来る妖精のかわい子ちゃんたちに、私は黄色い悲鳴が止まらなかった。
つぶらな瞳、あどけない顔、ちっちゃな体、綺麗な羽。
メルヘンな森の光景と、紛い物のネイビィとは違う、本物の愛くるしい妖精たち。楽園がそこにはあった。
「あー癒されるわ〜……もうここに一生住んでたいぐらい……」
「人が住むのにあまり適した環境とは言えないね。近くに食べるところも寝るところも無ければ医療施設も──」
「ネイビィ、黙って。私は今至福の時を過ごしているのよ」
「でもメアリー、そろそろレベル上げを始めないと、街に着く頃には門が閉まっちゃってるよ。そうなったら今夜を野宿して過ごすことになる」
「うっ……それは嫌かも。ところで、レベル上げって何?」
「それはやりながら説明するよ。キルオール、お願いね」
言って、ネイビィはキルオールの方を向いた。
そういえばこいつ、森に来てからやたらと静かだったけど、どういう風の吹き回しなのかしら。
というかお願いするって、何を?
次の瞬間、悪戯っ子のような笑みを浮かべて私の髪を引っ張っていた妖精の背中に二本の爪痕が走った。
血飛沫が妖精の背中から上がり、ひらひらと飛んでいた妖精はまるで吐き捨てられたガムのように地面に叩きつけられた。
舞った血が私の頰に付着する。
「……え?」
唖然と声を漏らした私の前で、それは恍惚とした息を吐き、ずしんと一歩を踏み出す。
「待ちくたびれたぜ……ようやく、ようやくだ……ようやく、この羽虫どもを握り潰せる。目障りだったんだ……ブンブンと飛び回りやがって」
「き、キルオール……?」
恐る恐ると私は彼に呼び掛けた。
あなたは今、何をしたの……?著しく倫理から外れた行いをしてない?
しかし残念な事に、私の思いは誤った形で彼に伝わった。
「
それから、恐ろしい虐殺が始まった。
キルオールが縦横無尽に爪を振り、その長い舌の先から謎の針を突き出して可愛子ちゃんたちの柔らかな肢体を貫いて真っ赤な地に染めていく。
一匹、また一匹と可愛らしかった妖精が苦悶の表情を浮かべ地面にパタパタと落ちていく様は、惨状というほかない。
惨劇の中心で、キルオールは高らかに嗤う。
「どうだ! 痛いかッ! 苦しいかッ!? 苦しいだろうなぁ……ククククッ、ウクククククッ、ヒヒッ、ハハハッ、ハハハハハハハハハハッッッ!! 死ねッ! 死ねッ! 苦しんで死ねッ! 貴様らは生まれてくる種族を間違えたんだ! その事を後悔しながら死ぬが良いッ! イーヒャッヒャヒャァァ!!」
私は目の前の人道的危機に堪らず叫んだ。
「ネイビィ! ネイビィッ! と、止めて、アイツを止めてッ! この虐殺を止めてぇっ !」
「止める? どうしてだい? メアリー」
「だってこんなの、こんなの間違ってる! 大人として、一人の人として!」
最初に犠牲となった妖精を私は拾い上げる。かろうじて死を免れたようで、妖精は私の手のひらの中で血を流しながら浅く苦しそうな息をしていた。
「何も間違ってなんかいないさ、僕たちはそもそもこのために来たんだから」
されど、ネイビィが言った。いつもと変わらぬ、フレンドリーな口調で。
「レベル上げとは、魔物を殺傷した際に生じる経験値と呼ばれる物質を体に取り込み、レベルアップという急激な身体能力の向上現象を引き起こす一連の作業のことだよ。つまり、殺して、強くなるんだ。こんなゲームの世界に迷い込むぐらいだから、君も知っているだろう?」
「でも、私はこんなことがしたくてこのゲームを買ったんじゃない! イケメンの王子様と甘い恋がしたくて買ったの!」
「今はゲーム業界にとって厳しい時代なんだよ、メアリー。パッケージで客を騙すか会社が潰れるのを黙って見ているか企業も選択を迫られているんだ。仕方ないだろう? 僕たちだってこんな事をしたくてしてるわけじゃないんだよ」
「そんな、酷い! お客さんの事は何も考えてないというの!?」
「説明を続けるよ。ここからが肝心なところなんだ」
ネイビィは私を無視した。
「実を言うと経験値はプレイヤー、つまり主人公である君が魔物に直接トドメを刺した時しか得られないんだ。さっき君はキルオールの虐殺を止めてと言ったけど、キルオールはその実一体も魔物を殺していないんだ。死ぬギリギリまで痛めつけてるだけだよ。戦闘経験の無い君でも、魔物を殺せるようにね」
「なん……ですって……?」
私は手の中に目を落とした。そこには血に塗れ、苦しげに浅い息を繰り返す妖精がいる。私と目が合い、助けを求めるように妖精が私に向かって手を伸ばした。
「で、できない」
私は首を振る。
「この子を殺すなんて、私には……」
「そいつだけじゃなくて、この辺に転がってる何十っていうヤツもだけどね」
「ちょっと黙っててッ! ってか、そうよ! よく考えたらアンタも妖精じゃない! 同族を殺す事に何の抵抗も感じないの!?」
「フフッ……滑稽だな、実に滑稽だよ、メアリー。君達人間以上に、同族を殺した生き物がいるのかい? 他ならぬ人間である君が、僕に同族殺しの咎を説くとは!」
それは邪悪な笑いだった。キルオールの戦いを純粋に楽しむ無邪気な笑いとは違った、悪意と軽蔑に満ちた笑い声。私は確信した。こいつは妖精なんかじゃない、悪魔なのだと。
「さあ、メアリー」
ネイビィが迫る。
「レベル上げの時間だよ」
「い、嫌ぁ……」
「どうせ放っておいたって死ぬんだ……それなら君に殺された方が、魔王討伐のために命を捧げたんだと、彼らも少しは浮かばれるんじゃないかなぁ?」
「ううっ、わた、わたしっ、私はあああああああああッ!」
おめでとう、メアリーはレベルアップした!
メアリーはファイアの呪文を覚えた! それと沢山のお金を手に入れた!
転移した乙女ゲームの世界はよりにもよってクソゲーでした スノーだるま @oliver0324
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