よんわ
よんわ
二度目の脱獄を果たしてから数分後、私とネイビィはある厳重な牢屋の前に居た。
牢屋の奥には何重もの分厚い鎖に繋がれた、バケモノがいた。
人間のそれによく似た病的に白い細く長い腕、指先に生えた鋭い獣のような爪。明らかに人間じゃない。足の方に至ってはワニとかトカゲとか爬虫類みたいなモロ化け物チックなぶっとい足してる。
何故かファンタジーな乙女ゲームの世界にも関わらず白いパーカーを身につけていて、フードの中身は妙に暗くて顔は見えない。でもフードの中から異様に長い舌がチロチロと突き出してるんだから、もう疑いの余地はない。
こいつはクソったれのバケモンである。
私はネイビィに聞いた。
「何こいつ。ラスボス?」
「新しいお友達だよ!」
どう見ても違うだろ。
「仲良くなる前に引き裂かれてアイツの夕飯にされる未来しか見えないんだけど」
「大丈夫だよ! このゲームの仲間キャラの中でも屈指の一番の常識人だから!」
「常識有る無し以前に。人じゃないでしょ!」
やんややんやと言い争う私たちの声が聞こえたのか、檻の中のバケモンが顔を上げて、こっちを見た。
「誰だぁ? オレの牢屋の前でうるさく騒いでんのは?」
「ヒィッ! バレちゃったじゃないどうすんのよ!」
「大丈夫だって〜」
と、ネイビィは言った。
「ほら、こんにちはー!」
「バっ!? ね、ネイビィっ……! あ、こ、こんにちは〜……」
乾いた笑顔を浮かべてヒラヒラと手を振る私。死んだわコレ。
しかし意外にも、化け物は普通に応対してきた。
「オレに何のようだ。お前ら、見たところ看守じゃあないみたいだが」
「うん! 僕達は君と友達になりに来たんだ!」
「あ? 何言ってやがる」
「ネイビィッ!? ごめんなさい何でもないです〜失礼しました〜!! ほらッ! 行くわよ!」
私はネイビィを握り潰すようにして掴んでそのまま連れ去ろうとしたが、ひらりとひらりとムカつく蚊の様に逃げ回るので捕まえる事が出来ない。
このハエっ! 明らかにヤバそうなのにちょっかい出して私を殺す気ッ!?
怪物が言った。
「やなこった。お前らと友達なんて、冗談じゃねえ」
「ほら、化け物さんもこう言ってるし、もう行きましょ。ねっ?」
千載一遇のチャンスだ!私はすかさずネイビィを促した。
だが、このバカな羽虫は恐れを知らずに続けた。
「もし彼女が、勇者の血筋を引いてるって言ったら?」
「何ッ!?」
何かバケモンが驚いてる。ってか、ユーシャって何よ。
「ねぇ、ユーシャって何?」
ネイビィに聞いてみる。そしたら、とんでもない答えが返って来た。
「勇者っていうのは過去にこの世界を脅かした怪物の王様『魔王』を封印した、神に選ばれし英雄の事だよ! で、主人公である君メアリーはその勇者の血を引いてるのさ!」
「え、何よそれ! そんなの聞いてないんですけど!」
「うん。本来ならこのゲームの最終章で明かされる秘密だからね!」
「サラッと物語の根幹に関わる重大なネタバレしてんじゃないわよ!」
仮にもゲームのナビゲーターキャラの癖にネタバレをかますとかとんでもないやつである。
「それは、本当か?」
すると、怪物が私達の話にめちゃくちゃ食いついて来た。
「お前が、あの伝説の勇者の子孫……? つまり、お前について行けば、魔物も、いっぱい……」
「うん、殺せるよ!」
「こ、殺せないよ!?」
魔物って要はコイツみたいなヤツの事でしょ!? 何でわざわざ乙女ゲームの世界に来てまでそんな事しなきゃならないのよ!
だがこいつらの耳には都合の良い言葉しか入らないらしく、化け物は大きく頷いてほざきやがった。
「なら、是非その仲間に加えてくれ! 魔物を殺せるなら、何だってする!」
「やったね! メアリー、凶暴なる異形の戦士『キルオール』(皆殺し)が仲間になったよ!」
「勝手に決めないでよ! めちゃくちゃ不穏な称号と名前じゃない!」
「まあまあ、メアリー落ち着いて。見た目はこんなだけど、キルオールは戦闘力がとても高いんだ!」
「でしょうね!」
逆にこの見た目でザコだったら驚きだわ!
良い加減ネイビィが捕まんないので彼を手招きして口元まで引き寄せ、私は彼とこしょこしょ話に移行した。
「ちょっと、私嫌よ! あんな化け物と一緒に行動するなんて。乙女ゲームの世界なんだからイケメンの一人や二人出しなさいよ」
「でも、彼が居ないと脱獄は不可能だよ。それに、彼にまつわるバグは一件も報告されてないから、行動を一緒にするリスクがとても少ないんだ」
「えっ、他の奴はバグにまみれてるってこと?」
「うん。現にこの辺りの牢屋にもう一人仲間になるイケメンのキャラクターが居たんだけど……」
「ちょっと待って、居た? 今は何処にいんのよ」
「え〜と、メアリーの手の中に?」
「手の中にって……」
私は自分の手を見た。さっき骸骨からもぎ取った腕の骨がそこには握られていた。
今まで辿って来た道を振り返る。大分歩いたから、さっきまで閉じ込められていた牢屋は当然見えないわけなのだけれど……
「つまり、つまりよ……さっきの、骸骨は…………」
「うん。まあ、君の想像通りだよ」
「何でこいつじゃなくてよりにもよってイケメンがバグって死んでるのよ……乙女ゲームなんでしょお…………?」
「少なくとも製作陣はそのつもりだったよ」
「もう嫌ぁ……」
泣き崩れる私。そろそろ女優みたいに涙の量もコントロールできるようになってきた。
すると、遠くの方からドタバタと足音が聞こえて来た。
「看守が来てる! 僕達の脱走がバレたみたいだ! メアリー、今ここで決めないと!」
「くっ……また捕まるか、こいつを仲間にしてここから脱走するか……?」
究極の二択とはまさにこの事だった。
だって、牢屋に入ってるこのバケモン、私が今まで歩んできた人生で見て来たものの中で一番気色悪いんだもん。
かと言って、もう一回捕まったら何年牢屋暮らしになるかも分からないし……。
ええいままよ!
「分かったわ。キルオール、一緒に……しばらく、ちょっとの間だけ、一緒に行きましょう!」
「その言葉を待ってたぜぇ!」
言うなり、キルオールは自分を縛っていた鎖を引き千切り、鉄格子をストローみたいに曲げて牢屋から出て来た。
「え、ええええっ!? それ出来るなら何でこんな所で大人しく捕まってたのよ!」
ってかよく考えたらこんな奥深くの牢屋に入れられてる時点でこいつとんでもない重犯罪者じゃない! 出して良いの?
ネイビィが疑問に答えてくれた。
「えーと、確か野生の魔物じゃ飽き足らず、闘技場の見せ物に使う為の魔物まで殺しちゃったから器物損壊の罪で入れられちゃったんだっけ?」
「おう。世間知らずだったオレはまさか世の中には殺しちゃいけない魔物なんてモノがいるとは露知らず、つい殺しちまったからこうしてここで反省してたんだ。でも、勇者の子孫サマに一緒に来てくれと頼まれたんだから、もう出ても良いだろ」
「それを判断するのは司法だと思うんだけど」
と、私は言った。
「メアリー、君も人の事言えないでしょ」
そうだった。私も脱獄犯だった。
いよいよ看守達がすぐそこまで近づき、私達を発見した看守が声を上げる。
「おい! 貴様ら、そこで何をしている!」
それを見て、キルオールが私に言った。
「さてと、楽しいお喋りの時間もそろそろ終わりのようだな。さっさとここからおさらばするとしよう。嬢ちゃん、オレの背中に乗りな」
「え、えぇ〜……」
乗るぅ? こいつの背中にぃ〜?
「モタモタしてるとまた牢屋に逆戻りだぜ! 急ぎな!」
「わ、分かったわよぅ……」
渋々とキルオールの背中によじ登り、白いフードの紐を手綱代わりに引っ張って持つ。ほんと、世界観に中指を突き立てるようなファッションである。
キルオールが気合の声を上げた。
「さあさあ、死にたくなけりゃあオレから離れるんだな! 勇者のご子孫サマのお通りだぜぇ〜!」
そうしてキルオールは私を乗せて立ちはだかる看守やら騎士やら兵士やらを蹴散らし、脱獄、ひいては街からの脱出に成功したのだった。
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