さんわ

「うえぇ〜えへぇへぇ〜〜ん……」


 私は牢屋の中で泣きに泣いていた。


 暴れジョッキにより引き起こされた器物損壊の罪で、地下牢に囚人服を着せられてぶち込まれたのだ。


「私はこれからどうすればいいの……?」


「大丈夫、ボクに秘策アリだ」


 私の呟きに対し、そう答えたのは私の肩に留まってるネイビィだ。失せろと言ったら私のスカートの中に戻ろうとしたので仕方なく肩にずっと乗せている。


「ほ、ほんとに……?」


 縋るように私がネイビィを見ると、彼あるいは彼女は体を前後に軽く揺らした。頷いてるつもりなのだろうか。


「まずは食事が運ばれて来るのを待とう。そうしたら、すぐにこんな所からはオサラバさ」


 程なくして、看守がご飯を持ってやってきた。


「食事だ、囚人」


 そう言って看守が渡してくれたのは、木のお皿にパン一つとコップ一杯の水だけだった。


 走りに走って喉が乾いていたのでコップの水をそのまま飲もうとしたら、ドンと物凄い力で私の手から離れて牢屋の向こうへと吹っ飛んで行ってしまった。


 畜生め。


 仕方ないので残ったパンを齧る。


「水が無くてパサパサするぅ……」


 私は泣いた。もう嫌だ。ブラック企業が待つ元の世界に帰してくれ。いや、やっぱり帰さないでくれ。代わりに私を養ってくれるまともなイケメンをください。首は短めで。


 涙が混入して何だかしょっぽく感じるパンをもさもさ私が食ってると、看守の動きを監視していたネイビィが言った。


「よし、看守は行ったよ。目的のブツも手に入ったし、早速ここを出よう!」


「えっ、でもパンは食べちゃったし、コップはフライアウェイしちゃったしで、もう何も残ってないわよ?」


「残ってるじゃないか。木のお皿が」


「へ? 木のお皿が何の役に……立つんだろうなぁ」


 これまでの経験から私は早くも学びつつあった。


 この世界の物理法則は文字通り深刻なバグに見舞われている。きっと、この木の皿もなんか暴れまわったりするんだろう。


「とにかく、この木のお皿が脱出の鍵を握っているのね」


「握っているというか、脱出の鍵そのものなんだけどね! まあいいや、木のお皿を縦に持ってみて!」


「た、縦に? こう?」


 言われた通りに木の皿を持つ。ただし超ビクビクしながら。今のところ、この世界の食器には良い思い出が無かった。


「うん。そんな感じ! じゃあそれを、今度は牢屋の鉄格子に押し付けてみて!」


「ええっ? 何でよ」


 木の皿を壁に押し付ける女って、側から見たら完全にキ○ガイじゃん!


 嫌がる私に、ネイビィが言った。


「良いから良いから! 説明するよりも実際に見てもらったほうが早いんだ」


「わ、分かったわよぅ……」


 渋々鉄格子に木の皿を押し付ける。ああ、神様どうか上手く行きますように、ラーメン……あれ、違ったかしら?


 そんな風に記憶を探っていると、唐突にフッと鉄格子の硬い感触が消え、気が付けば私は牢屋の外に放り出されていた。


「えっ、えっ? な、何? すり抜けたの? どういう原理? 届いたって事? 私のラーメンが?」


 バァン!


 不信心者にバチが当たったのだろうか、私の頭に暴れまわっていたコップが直撃した。


「う、うぅっ……何で、こうなるのよぉ……」


「木の皿壁抜けバグだね。このゲームの壁は大抵木の皿を押し付ければ通り抜けられるんだよ」


「そっちじゃ……なぁい……」


 どうやらコップの辺り所が悪かったようで、急速に目の前が暗闇に覆われていく。


「あ、ちょっとメアリー。寝たら──ダメ──」


 慌てたネイビィの声が聞こえるけれど、時既に遅し。


 私は意識を手放し……


 ガシャン!


「どうやったかは知らんが、もう二度とここから出られると思うなよ、囚人!」


 次に目覚めた時には、警備マシマシ、扉の厚さは倍増、部屋の隅には不穏なガイコツが転がっている厳重な牢屋の中に入れられてしまっていた。


「もうお終いよぉ…… 」


 当然、私は泣きに泣いていた。牢屋というのは入ってみると分かるのだが、案外やることなくて、半分暇つぶしに泣いていると言っても良かった。


 特別仕様の牢屋に入れられ、更には脱出の手段である木の皿まで取り上げられてしまったのだ。こんな状況で泣かずしていつ泣けばいいのか。


 しかし、私の希望の光、ネイビィはこんな状況でも明るく言ってのけるのだ。


「大丈夫だ、安心して! かえって好都合なくらいさ!」


「木のお皿、取り上げられちゃったし……」


「ああ、さっきは木の皿壁抜けバグなんて呼んだけど、あれはただの通称で、実は平べったい物なら大抵壁抜けに使えるんだ」


「そ、そうなの? で、でも、この部屋に平べったい物なんて……」


「あるじゃないか、そこに」


 そうやってネイビィが示した方向を見れば、そこには先述の人骨があった。


「手の骨をもぎ取って使えばきっと抜けれると思うよ」


「…………ほ、本気?」


「ん? あぁ、多分のどっちの手を使っても抜けれると思うけど……あ、それとも足の骨の方が良かった?」


「いや、私は人としての倫理を問うてるんだけど」


「んー、そうなると、メアリーの腕をもぎ取ってそれ使うぐらいしか方法が無いんだけど……」


「もぐわ。もぐもぐ。超もぐわよ」


 身の危険が迫れば、すぐに自らの哲学に例外を作るのが人間という生き物だ。自分の腕をもがれるくらいなら、嬉々として死体を冒涜し脱獄の道具として利用するのだから、私も一人前の人間らしい。


 などとかっこつけた考えを垂れ流していないとやってらんないぐらいに人骨の感触が気持ち悪い! そして意外に固い! 全然取れない!


「 うんとこしょ どっこいしょ 」


「どう?取れそうかい?」


「 まだ ぬけません 」


「手伝うよ!」


 そう言うや否やネイビィは体を赤く光らせ、謎のレーザー光線みたいのをぶっ放して骨を焼き切った。


「……え? 何今の」


「ふう、これで良しと!」


「なんで無視するの? 今のビームについては説明ないの? 世界観ぶっ壊してない?」


「メアリー、急いで! 時間が無いよ!」


「ご、ごめん……」


 世界観が云々だとかは、王子の首が伸び上がった時点で完全に乙女ゲームとして崩壊してしまったのだから、ビームの一本や二本が出たところで抗議するのも今更な話なのかもしれない。


 悲しみや虚しさの入り混じった感情を覚えながら、私はガイコツの手を扉に押し当てた。案の定、目の前の扉の物理法則が乱れ、私は幽霊の如く扉をすり抜ける。


 出た先は薄暗い通路。脱獄防止なのか、一見すると通路は複雑そうですぐに迷子になってしまいそうだった。


「ネイビィ、ここからどっちに進めばいいのか教えて」


「脱出ルートの案内は出来るけど……メアリー、君だけじゃ到底脱獄は無理だ」


「えっ? き、聞いてないわよそんなの! どうすればいいの?」


「君の力になってくれる仲間が必要だね! でも、安心して! ここからすぐ近くに一人……いや、一匹……? まぁ、どうでもいいか! とにかく、仲間になってくれるキャラクターが一体いるよ! 彼……彼女……アレならきっと、メアリーの力になってくれるよ!」


「ほ、ほんと? じゃあ、早速そこに向かいましょ!」


「うん! ついてきて!」


 この後私は、ネイビィの台詞に感じた若干の違和感を追及しなかったことに死ぬほど後悔するハメになる。

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