第10話 泥棒

――三年生になった。

 玄関の靴箱に新しいクラスの名簿が貼り出されている。

「……あった!私二組だ!明子ちゃんは?」

「私は、え~と……あった!三組だよ。残念だな。それより、サトちゃんと一緒なんだ」


 明子ちゃんが苦笑いをしている。一年生の遠足の日から明子ちゃんは私の味方になってサトちゃんを無視していたからだ。


 サトちゃんと別のクラスになって安堵したが、明子ちゃんと離れて不安になる。明子ちゃんとサトちゃんが仲良しになったらどうしよう。


――そんな時に、事件が起きた。


「三組の吉岡サトさんの上靴が片方ないそうです。みんな探して下さい」


 声をかける先生の横に、泣きそうなサトちゃんを見つける。右足だけ上靴を履いて、左足を浮かせている。


 いい気味だ。サトちゃんを横目でやり過ごし、明子ちゃんと教室に向かう。


「……みっちゃん先に行って。なんかかわいそうだから探してみるね」


「……ほっとけばいいよ。すぐに見つかるよ」


 明子ちゃんに少し怒れて、一人で教室に向かう。うつむきながら歩く。


 廊下を走る男子にぶっかった。

「……いたっ。危ないでしょ!あんた達」


 正孝まさたか友之ともゆき君がごめんのポーズをして走っていく。どうしてあんなに慌てて行ったのか、次の瞬間知る事になった。


 ふたのないゴミ箱が倒れて、中が散乱していた。ゴミ箱を元に戻し、拾って入れる。


[三年三組 吉岡サト]

 ゴミ箱の一番下……見つけた。見つけてしまった。「二」を「三」と書き直した汚れた上靴を見つけてしまった。

 

 どうしよう。今先生に言ったら私が疑われる。ずっと仲が悪かったんだから、私の仕業だと疑われる。


 見なかった事にしてその場を離れた。心臓がバクバクしている。


―――教室には正孝君と友之君がいて、消しゴム落としをしている。私と同じクラスなんだ。二人の目を見られなくて、余計に心臓がバクバクした。


「……おい、光子、お前アレ見ただろ!」

「……アレって何よ?……見てないよ!」

 むきになって答える。


「吉岡サトって生意気だよな。俺たちに命令ばっかしてさ。クラスが違ってせいせいしたよ」

「……そうそう、あいつ、新しい上靴が買えないんだって。まだ汚いの履くんだって。隠してやったら泣きそうな顔で探してたよ。ざまあみろ」


 クラス中に聞こえる声で二人が言う。いい気味だと思っていたのに心が痛い。……やっぱり上靴をサトちゃんに届けよう。上靴を取りに行こう。


――仲直りしたいわけじゃない。ゴミ箱の底にあった上靴がサトちゃんと重なって可哀想に思っただけだ。


「あいつんちって貧乏なんだってな!だから汚い上靴ずっと履くんだろ。貧乏で洗濯機も買えないんだってよ。……ハハハ。貧乏、ブスで貧乏なんて最低だよな」


 二人の悪口が続く。「洗濯機が買えない」聞いた事がある言葉。……思い出した。私の言葉。


 震えがとまならない。いい気味だって思っていたのに、私の遠足の日の悪口がいじめの材料になっている。私のせいだ。

「……うっ、うゎぁーん」


 机に突っ伏して泣くと、クラスがざわつき、女の子達が心配して近づいて来た。


「みっちゃん、どうしたの?何で泣いてるの?」

「……正孝君たち、泣かしたんでしょ!」


「こいつ、三組の吉岡サトの上靴盗んで、ゴミ箱に捨てたんだってよ!白状したんだよ」


「……みっちゃん、本当?そんなひどいことしたの?」

「……こいつ、サトの悪口いつも明子に言ってたらしいぜ。明子がもう聞きたくないってグチってたの俺ら聞いてるよ」


「……みっちゃん、……みっちゃん」

 女の子達が私の席から離れていく。


「……私、サトちゃん、ヒッ……サトちゃんの」


 涙で言葉にならない。サトちゃんの悪口がこんな形で自分に降りかかってくるなんて想像もしなかった。


 その日から、上靴泥棒うわぐつどろぼうというあだ名を付けられた。

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