第11話 絶交

 上靴泥棒というあだ名を付けられてから、クラスの中で一人ぼっちになった。


 学校も一人で行くようになる。小学校に上がった友子は、サトちゃんと妹のユキちゃんと三人で行くようになっていた。


 ある日の帰り道ヨシばあに声をかけられる。


「天に向かって唾を吐いてごらん。汚ないものを吐くと自分に汚ないものがかかるんだよ!」

 

――まるでサトちゃんの悪口を言っていたのを知っているかのように、ヨシばあが言った。


「……サトに嘘をつかれた事が悔しかったんだね。けど、悪口はダメだ。悪口は悪いもんしか生まん。姉妹の絆も、友達の絆も全部断ち切ってしまう。サトに謝りな。ヨシばあがくれてやった巾着袋持って謝りな」


「……だって、私盗んでないのに、みんなが勝手に泥棒って呼ぶの。……サトちゃんの悪口だって、サトちゃんのせいだ!」


「……ミツが盗んでない事は、ヨシばあがよおく知ってる。悪口言いたくなるのも分かる。けどこのままでいたら、サトも辛いと思うよ」


「サトちゃんも辛い?……何で?」


「ヨシばあには分かる。面と向かって言えなければ、手紙でも書いたらいい」


 ヨシばあの言葉なんて聞かないつもりでいたのに、翌日私は、手紙を書いて明子ちゃんに渡した。


 ――三時間目が終わった休み時間に、明子ちゃんに呼び出された。


「みっちゃん、これサトちゃんから」


 ノートを破ったような小さなメモを渡される。

 花のイラスト入りの便せんと封筒を使ったのに、こんなクチャクチャのメモで返してくるサトちゃんが憎たらしい。


「……わたし、みっちゃんがやっていないって信じてるから。……けど今、サトちゃんと同じクラスだから、みっちゃんとは仲良く出来ない!ごめんね」


 明子ちゃんの言葉は、ジェットコースターのように私の心を急降下させる。


 教室に戻る明子ちゃんの背中をサトちゃんが叩いているのが見えた。私に手を振ったから、サトちゃんに思いきり叩かれたんだろう。


 サトちゃんからのメモをもっとクチャクチャにして、スカートのポケットにしまう。今、一人で見る勇気がなかった。


――学校帰り、いつもの場所でヨシばあが待っていてくれた。


「……ミツ、お帰り。……どうだった?」

「これ、サトちゃんからの返事だよ」


 ポケットから取りだし、ゆっくりシワを伸ばしてヨシばあに見せた。鉛筆の殴り書きの文字だ。


『とび山みつこへ ぜっこうです』


「ぜっこう?……ぜっこうって何?」


 初めて聞く言葉に首をかしげて、もう一度メモに視線を落とす。名前が呼び捨てされている。


「……もう、友達をやめるってことだ」

「だって友達じゃなかったよ。……今さら?」


「……ミツは心の中ではサトが友達のままでも、サトはもう心の中でもミツは友達じゃない!」


 ヨシばあの言葉に悲しくなる。ずっと口をきかないようにしてきても、いつもサトちゃんが私の心の中にいたのに、サトちゃんは私を……。


「……泣け、ミツ。少しの間だ。辛抱しな」


 ヨシばあはそう言うと、私を思いきり抱き寄せてくれた。サトちゃんが憎たらしいとか、嫌いとかじゃなくて、ただ悲しくてヨシばあにしがみついて大泣きした。


――ひとしきり泣き終わると、ヨシばあがポツリポツリと語り始めた。


「まだいい。サトもミツも生きてる。……死ぬまでに仲直り出来りゃそれでいい。……ヨシばあにも仲のいい友達がいた。……十歳の時に戦争がひどくなってな。一緒に防空壕に避難したけど、友達だけ死んだ。ヨシばあを先に防空壕に入れてくれて……。サトもミツも生きてるで」


 ヨシばあの目に涙が浮かんでいる。


 サトちゃんに絶交だと言われたけど、仲直り出来るような気がした。

 

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