第9話 仕返し
次の日からサトちゃんと口をきかなくなった。
学校は近くの明子ちゃんと行った。幸いクラスも別だったので、サトちゃんと話さなくても良かった。……そう、遠足の日までは平和だった。
▣▣▣
五月の連休が終わると、すぐに遠足の日が来た。一年生は父兄参観を兼ねている。
「お母さん、お弁当に甘い卵焼きを入れてね。絶対だよ。私も早起きして一緒に作るからね」
約束通り、遠足当日は早起きして卵を割った。
おやつにのバナナをリュックサックに入れ、水筒の隣に置く。
「友子、おばあちゃんが来てくれるから、一緒に広場まで行くのよ。幼稚園から帰ったら、おやつも食べてね。三時頃にはお母さん帰るから」
お母さんと一日ずっと二人で行動できる。その事だけでも嬉しかった。
行き先はバスで一時間くらいの所にある動物園だ。クラス別にバスに乗る。サトちゃんの事はすっかり忘れていた。
「飛山さん、すいません。サトちゃんのお母さんが、来られなくなったみたいなんです。妹さんが熱を出してしまって」
バスに座って出発するのを今か今かと待っている時に、サトちゃんのクラスの先生が言いにきた。
「サトちゃんが一人ぼっちになってしまうので、一番仲のいい光子さんの隣に座らせていいでしょうか?」
「……ええ、どうぞ。サトちゃんおいで」
手招きをするお母さんの袖を引っ張って抵抗する。サトちゃんは同じクラスに仲良しの子がまだいないから、先生が勝手に私たちに押し付けるんだ。
「……、い、や、イヤだ」
消え入るような声がバスのエンジン音でかき消されていく。サトちゃんはお母さんを挟んで助手席に座った。私はサトちゃんと目を一切合わさず寝たふりをする。バス酔いがしてきても到着まで我慢した。
「……えっ、サトちゃんとお弁当も一緒に食べるの。明子ちゃんと一緒に食べるって約束したんだよ。同じクラスの子と食べる決まりだよ」
「みんなで食べたら美味しいんだから、いいの。さあ、サトちゃんはここに座って」
お母さんがサトちゃんを横に座らせた。
「おばさん、この玉子焼き甘くて美味しい」
「たくさんあるからもっと食べてね」
「玉子焼き?どうしてサトちゃんに食べさせるの。私の玉子焼きなのに」
玉子焼きを美味しそうにほおばるサトちゃんが憎たらしくて、お母さんに文句を言う。
「サトちゃんのお母さん忙しかったのよね。ウインナーも食べる?」
よく見るとサトちゃんはおにぎり二つしか持っていない。かわいそうなんて思えなかった。
「サトちゃんの家、貧乏だからおにぎりだけなんだよ!……私知ってるもん。サトちゃんち洗濯機も買えなくて、おばさんタライで洗ってるんだよ!ビンボー、ビンボー、サトちゃんち貧乏」
一気に話した。お母さんが今まで見たことのない怖い顔をして私を睨み付けている。
「そんな事言う子はうちの子じゃない!……サトちゃんに謝りなさい!光子、謝りなさい!」
お母さんは目に涙を浮かべながら、サトちゃんの頭を撫で、横目で私を睨み付けている。
「本当の事言っただけだもん!……私は嘘なんかついてない!サトちゃんの方がたくさん私を傷つけたのに!……サトちゃんの方が悪い事したのに、どうして私が怒られるの?バカ、お母さんのバカ」
バナナをわしづかみにして、走った。猿山まで走った。
猿が私のバナナに気がついたのかキーキー言っている。
「……サトちゃんにソックリ。私は悪くない」
何度も呟いて、猿に見せびらかすようにバナナを食べた。
仕返しは、半分気持ち良くて……半分苦しかった。
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