第5話 アオノリュウゼツラン
同じ団地に住んでいるのが災いして、夏休みは毎日、サトちゃんと遊ぶようになった。
「みっちゃん、あそぼ!」サトちゃんの声だ。 ――ドン、ドンドン。ドン。ドンドン、ドン。
同じ棟の二階に住むサトちゃんの足音が聞こえ、しばらくするとドアを乱暴に叩く音がする。
「サトちゃんじゃないの!お姉ちゃん」
二つ下の妹が、自分も靴を履こうと玄関に走っていく。妹はサトちゃんが大好きだ。
「光子、あんたもついて行ってね。
お母さんは、友子が四階から一階まで転ばないように降りられるかヒヤヒヤしている。友子を私に子守させて、お父さんが仕事に行った後は、お内職を始める。
「もぉ、私だってテレビ見たいのに!」
妹の世話なんかしたくない。というより、サトちゃんと遊びたくないのが本音だ。
団地の真ん中にあるブランコが、集合指定場所だ。
「みっちゃん、早く来てよ!もうみんな集まってるから。早く、早く」
私たち幼稚園組は八人。小学生が十二人いて、リーダーは三年生の哲也君だ。
哲也君は幼稚園組のリーダーをサトちゃんに決めている。サトちゃんに逆らう事は、哲也君に逆らう事になる。
友子の手を繋いで、ブランコまで急いだ。
「はい、ベリの奴、鬼ね。おい、サトが今日の鬼だ。……数を数えろ!」
二十人で缶けりが始まる。ベリだったのは友子と私なのに、サトちゃんが鬼になっていいきみだと思った。ムッとして缶に足をかけているサトちゃんが余計にブスに見えた。
――ブスと言ってしまったあの日から、私はサトちゃんの言うことをずっと聞いてきた。命令を聞かなければ、許してくれない気がした。自分に罪悪感もあった。
「みっちゃん、ボール取ってきて!」
おじさん
「これに砂を入れて!」
差し出された哺乳瓶。赤ちゃんの母親が目を離した隙に、サトちゃんが赤ちゃんのミルクを取り上げた。私は、中身をこぼして砂場の砂を入れた。
――苦虫を噛んだような不細工な顔をして、サトちゃんが缶を守っている。
友子と滑り台の裏に隠れて、サトちゃんの様子をうかがう。
キョロキョロして落ち着かないサトちゃんが、
「てつやくっ」と叫んだと同時に缶を蹴られた。
人質になっている子が一斉に走り出す。
顔を両手でおおって、サトちゃんがその場に座り込んだ。よっぽど悔しかったのだろう。
「おい、サトお前泣いてないで、早くしろよ!」
缶を蹴った哲也君が、サトちゃんに怒鳴る。
「なんで私ばっかり。もうやめる!」
今度はサトちゃんがヒステリックに怒鳴り始めた。
隠れていた友達が、哲也君の回りに集まった。
私も友子の手を繋いでサトちゃんの側に行く。
「――今度はあんたが鬼やんなさいよ!」
サトちゃんに缶を突き出された。サトちゃんは涙一粒も流してなんかいなかった。嘘つき。怒りに満ちた表情は、もっとサトちゃんをブスにする。
「おい、サト、勝手な事言うなよな!……それより、なんか臭くないか?――サト、お前しただろ。……サトのヘコキ虫、こいつヘコキだ」
哲也君の言葉にみんな、鼻をクンクンとさせた。
変な匂いがする。甘いような酸っぱいような、今まで嗅いだ事のない匂いだ。
臭いの正体は、花壇の横にある木だった。
「ヘコキ、サトはヘコキ虫。ヘコキ虫。ヘコキ」
「ギャー、みんな許さないからね」
サトちゃんが缶をその木に投げつけて、走り出す。
私は、慌ててサトちゃんの後を追いかけた。ヘコキ虫って言われたサトちゃんが可哀想だった。
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