第4話 ヨシばあ
幼稚園初日は最悪な日となった。でも帰りは、サトちゃんとは別の子と手を繋いでこられた。
集合場所の広場にはもうお母さん達が待っている。六歳の私は素直にお母さんに飛び付いた。
いつの間にか、五十一歳の私は、すっかり消えて六歳の園児の頭と体になっている。言葉もたどたどしい。
「お母さん、あのね、今日ね、幼稚園で絵を書いたの。これお母さんだよ!」
満面の笑みで近づき、絵を見せると、頭を撫でてくれる。お母さんの隣でおばあさんが微笑む。
「みっちゃん、あんたにいい物やるで、手を出してごらん。ほら、ヨシばあがいい物やるで!」
声の主は近くに住む、良美さんという独り暮らしのおばあさんだ。肥溜めのおじさんからいつもここで野菜を貰っている。ナスやトマトは夏野菜なのに、六歳の私は、不思議に思わない。
――夢を見ているから。意識の遠くの方で
赤い手拭いを首に巻き、白い割烹着のポケットからヨシばあは何かを取り出す。
両手で受け取った物は、期待していた飴ではなく、赤い巾着袋だった。青いヒモでキッチリと結ばれている。
「この中に飴玉入ってるの?」
中を取り出そうと、結び目をほどく。
「ダメ、ダメだよ!中を見たらダメ。誰かに取られたら大変だ。これを持ってると誰とでも仲良く出来るでな」
ヨシばあの大きな声に驚いて、急いで幼稚園カバンにしまった。
「サトも同じの持ってるのよ!ヒモはオレンジ色なんだけどね」
送迎当番だったサトちゃんのお母さんが、汗を拭きながら近づいて来た。後ろにサトちゃんがいる。目が合うと、おばさんの後ろにすっと隠れる。
「誰かとケンカしたら、その中に入ってる玉と玉を合わせてごらん。すぐに仲直り出来るで。もっとすごい事にな、月に照らせば、死んだ人にも会えるだ。けど、一度だけ、一人だけだよ」
ヨシばあが怖い顔で言った。その後、一本無い前歯を手拭いで隠しながら、ガハハと笑う。
「子供だましのお守りみたいね」
お母さんが笑いながら、サトちゃんのお母さんに言った。
「そうね、でも仲直り出来るお守りっていいわね。……これで、みっちゃんと仲直りしてね」
サトちゃんのお母さんが、優しくサトちゃんを諭す。私も聞いたふりをして、愛想笑いを返す。
――その巾着のお守りを使わなくても、私はサトちゃんと表面上は仲良くすることが出来た。
サトちゃんは、ブスなうえに性格も悪い。男の子だって泣かせてしまう。
サトちゃんに嫌われないように、私はサトちゃんの言うことを何でもするようになっていた。
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