第3話 ブス
ブスっていう言葉が突然頭の中をグルグル駆け巡っている。何が起きているか分からず、目を擦る。
いつもの指のカサカサ感がない。ムチャとした柔らかな指の感触に驚いて、手のひらを確認する。
「……?小さっ。何で?白い。キレイじゃん」
ヒェッ。六歳の頭、六歳の鼻の低さ、六歳の体になってる。花柄のワンピースじゃない。唯一持ってるブランドバックじゃない!
頭から爪先まで、五頭身の園児になっていた。――そしてものすごく視線を感じる。
サトちゃんだ。野良猫でも見るかのように細い目で、突き刺すように私を見ている。何で?さっきまで反応なかったじゃん。仕方なく愛想笑いで誤魔化した。
「もう、遅いよ!」
――しゃべった。サトちゃんが話した。
えっ、何が?何が遅いの?サトちゃんから視線を逸らして、大仏パーマのお母さんを見上げた。
「そんな事言ったらダメでしょ!ごめんね、サトちゃん。――今日から一緒に幼稚園に行ってもらうんだから謝りなさい!」
大仏パーマなのに、般若の顔で怒っているお母さんの言葉の意味が全く分からなかった。
「何で謝るの?私なんか悪い事をしたの?」――六歳の私がしゃべった。
「あんた、サトちゃんにブスって言ったんだよ!なんてひどい事を!謝りなさい」
ブス。さっき、脳内を駆け巡っていた言葉を私、発していたんだ。――てか私じゃなくて六歳の私のアスペ発言だもの。知らない。
いや、体は同じだから謝るのが筋かな。状況を把握する間もないまま、謝る。謝るしかない。
「サトちゃん……サトちゃんで合ってる?――ごっ、ごめんなさい。ブスって言ったみたいでごめんなさい!」
「もう、遅いよ!」吐き捨てられた。
このシチュエーション、記憶ある。確か、初めてサトちゃんに会った日の事だ。年長になったと同時に引っ越して来たんだよね。私の家族。
この広場から三分ほど歩いた所に、団地がある。団地住まいの園児は、ここに集まるんだよね。
「サト、みっちゃんと手を繋いでね。はい、仲直りのしるし」
サトちゃんのお母さんが、サトちゃんの手を私の手に繋げた。
春だけど手袋をしてこればよかった。怒っているサトちゃんの手は少し汗ばんでいて気持ちが悪かった。幼稚園まで四キロの道のりをずっと無口なまま歩く。
怪訝そうなサトちゃんが憎たらしい。
ブス。だってブスなんだもん。色が黒くて髪の毛もパッツンと切ったマサイ族みたいで、笑うとゴリラに似ていて……ブスじゃん。六歳のひねくれ者は、自分を正当化している。
今なら素直に謝れるのに。
サトちゃんの最初の出会いは、最低最悪だった。
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