第2話 六歳

 光が眩しくて目を覚ます。少しふらつきながら、家の門に手をかけようと立ち上がった。


 段々と目が開き、自分がいつの間にか、サトちゃんの家の前にいない事を理解した。しかも夜ではなく、朝日に照らされている。


「ここは何処?――あっ、来たことがある。どうして?誰かに運ばれたの?今まで意識を失っていたの?誰かー。誰か」


 私は辺りを見回して人を探した。倒れたのに洋服が汚れていない。少しでも若く見えるように、ピンクの花柄のワンピースを着てきた。ボーナス一括払いのバックも肩にかかったままだ。


 数メートル先に槇の木が見える。この細道の先に家があるはずだ。記憶の片隅にある情報をひねりだし、私は細道を走った。


(突き当たりを右に曲がると、一軒家があるはず。独り暮らしのおじさんが住んでいた家。あれから四十年も経っているから亡くなっているよね。もしかしたら家もとっくに無くなってるかも)


――家があった。建て替えたのか、まだ新しいし、昔と同じ平屋だ。玄関の戸を開ける。


「ヒイッ。ごめんなさい。勝手に入って」


 家主が突然後ろから現れ、声がうわずる。あのおじさんの息子だろうか?いや、同じ年格好からすると孫かもしれない。


「あの、少しお聞きしたいんですが」

 裏庭へ向かうおじさんに声を掛ける。耳が遠いのだろうか、全く反応がない。


「あの、すいません!おじさん」

 私は、スタスタと歩くおじさんの後を慌てて追いかける。

 

 裏庭は四十年前と同じ光景だった。畑には収穫寸前の茄子やキュウリがある。そして畑の奥には深く掘られた穴がある。肥溜めだ。


 おじさんが、柄杓ひしゃくでそれをすくい、畑の肥料にと撒いていた。全く同じ行動をする目の前のおじさんに驚きを隠せない。私はおそるおそるおじさんに近づいた。


「あのぉ、私、飛山光子とびやまみつこといいまして、以前この近くに住んでいた者なんです。今日は友達に会いに来たんですけど」


 大きな声を出して話しかけるも反応が全くない。私の知っているおじさんの孫であろう、その男性を不審に思った。


 と同時に、自分にも異変を感じる。あの強烈な肥溜めの臭いが全くしないのだ。そして音も聞こえない。気を失った時、頭を何処かに打ち付けたのだろうか?無臭無音の世界に不安になった。


 おじさんは、バケツにキュウリやナスを入れると、また歩き出した。もう付いていくしかない。


 裏庭から玄関に回り、細道を抜けていくと、ちょっとした広場がある。あれから四十年経っているのに、私の記憶のままの景色に驚く。この広場は幼稚園児の集合場所だった。今と違って母親は車の免許がない時代だ。二十人くらいの園児を、母親二人が当番で連れて行った。まだ四十年前と同じ事をしているなんて信じられない。


 しかし、広場にはなん組かの親子がいた。青い園服を着て、黄色い通園鞄を肩にかけている。全く変わらない姿の園児に懐かしさを感じた。

 

「ギャ、何で!」――悲鳴をあげる。広場にいる幼稚園児の顔に見覚えがあった。


――サトちゃんに似ている。手を繋いでいるのは、サトちゃんのお母さんに似ている。その後ろにも人がいる。


 目を凝らす。サトちゃん親子の後ろに私のお母さんに似ている人がいる。よく見ると、今では流行らない大仏パーマをかけている。


(世の中には似ている人が三人いるって言うし)


 胸元の青いネームバッジを確認するために近づいた。きっとキラキラネームに違いない。


 さとちゃん似の園児の胸元には『サト』そして私に似た園児の胸元には『みつこ』のバッジが揺れている。――昭和の名前?今時、こんなスタンダードな園児がいるの?偶然かもしれない。


――二人の顔を覗き込んだ。二人とも、幼稚園のアルバムで見た私と、サトちゃんに似ていた。そして目があったはずなのに、二人とも何の反応もない。

 

「私が見えていないってこと!ヒェッ」

 また目眩がして私は、六歳の私の体に吸い込まれていった。



 


 

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