第24話:争いの禍根

 屋敷を窓から抜け出した俺はその足で街へと向かった。


 深夜の街は昼間の活気が嘘のように静まり返り、路地を歩いている者は少ない。


 ちらほらと見られるのはフィーアと同じ吸血種の人々だろうか、混血であるフィーアからは分かりづらいが本来は夜行性らしい。


 そうやって夜の街を歩いているだけでも新しい発見はあるが、抜け出した目的は別にある。


 入り組んだ路地をいくつも曲がって裏へと進んでいく。


 そうしてしばらく歩き続けてようやく到着した。


 ノインさんからは絶対に行くなと念を押されていた場所。


 戦いで身体や精神に傷を負った者たちが暮らす区域『特別居住区』。


 その役割と言葉の響きだけを聞いてスラムのような場所を想像していたが、一目見た印象はそれとは真逆だった。


 清掃や整備も行き届いており、一見すると普通の居住区と大差はない。


 ノインさんの統治の下で福祉が意外に行き届いていることがよく分かる。


 しかし、居住者たちは人間との戦争で大きく傷ついた者たちが大半を占めている。


 こんなところを人間が歩いていると知られれば揉め事になるのは必死だろう。


 ノインさんが絶対に行くなと忠告を破って来た以上、正体をバレるわけにはいかない。


 フードを更に目深にして足を踏み入れる。


 中を少し歩いてだけで、立ち入りを許可されなかった理由を痛感した。


 道の脇に座り込むのは皮膚が火傷で爛れている者や四肢を大きく欠損している者。


 痛ましい戦争の傷跡を感じさせる者が至るところにいる。


 しかし、それらからも目を背けずに一人ひとりの姿を目に焼き付けるように歩いて行く。


 きっと、父も同じ光景を見たのだろう。


 いや、戦いがより苛烈だったあの時は今よりも凄惨な光景があったのかもしれない。


 更に戦争の当事者でもあった父の気持ちを俺には推し量ることもできない。


「いや、違うな……」


 父がかつて魔族の世界を見て歩いた時の足跡を辿るのは間違っていないはず。


 しかし、その時の父の考えにばかり思いを馳せても仕方がない。


 俺は俺で、自分の目でこの世界を見て自分なりの答えを出す必要がある。


 今も尚残る戦いの現状と禍根。


 どうして俺たちは争わなければいけないのかを。


 しばらく道を歩いていると角に酒場らしき店を見つけた。


 ここで客の世間話でも盗み聞きすれば色々と得られるものがあるかもしれないと入店を決意する。


 入り口の扉を開くとドアベルの音がカランカランと鳴る。


 座席が全て合わせて二十席も無さそうな程の広さ。


 まばらにいる客と愛想の悪そうな店主の視線が俺に集中する。


 顔が全く見えないくらいにフードを被っているが、ここではそう珍しくないのかすぐに視線が外される。


 カウンター席の端に座って店主に注文する。


「何か適当に一杯」


 明日も休みというわけではないのに、この時間から酒を頼むのは少し気が引ける。


 しかし、ここで妙に怪しまれるのもまずいので仕方がない。


 目の前に置かれたグラスに透明な液体がなみなみと注がれていく。


 表面張力でなんとか保っているそれを零さないように一口飲むが――


「……うっ!」


 喉が焼けそうなほどの強烈さに思わず噎せ返しそうになる。


 どうにか堪えて、カウンターの上に戻す。


 元々酒が得意な方ではないが、これは別格だ。


 周りは普通に飲んでいるところを見ると、これまで屋敷や城で出された酒類はかなり上品なものだったらしい。


 ……あれでも俺にはかなり強く感じたけれどな。


 そう考えながら今度は周囲の会話に耳を傾ける。


 前に一度、仕事で人間界にある似たような特別区域を訪れたことがある。


 そこはまるで魔族の憎悪が蠱毒のように濃縮されている場所だった。


 怪我人たちは皆が一様に大きな負の感情を抱えており、いつか再び魔族へと牙を向ける日を夢見ていた。


 しかし、しばらく話を聞いているとここはあそことは全く違うことが分かってきた。


 他愛のない雑談に、家族の話、将来の夢の話。


 誰も彼もが戦争での心身の傷に苦しみながらも、その痛みを癒やすために生きているように見える。


 もちろん、その心の内にある本心までは分からないが少なくとも表面上はそうだ。


 だからと言って人間が悪く、魔族が正しいというつもりはない。


 ただ、その違いに人と魔族の諍いを終わらせる糸口があるのではないかと朧気ながら思った。


 自分の進むべき道が少しずつだが見えてきたかもしれない。


 もう少しこの場所を見て回ろうと、勘定を済ませて店の外に出ようとしたところ……


「おい、待ちな」


 出入り口付近にいた客の一人が扉を塞ぐように俺の前へ立ちはだかった。


 昼間の案内人と同じくらいの巨体に、まるで岩のようなゴツゴツとした肌。


「……何か用ですか?」


 聞き返すと男が無言でフード越しに俺の顔をじっと見据えてくる。


 警戒心を露わにした鋭い目線。


 あまり穏やかな様子ではない。


「用がないんでしたら、急いでるので――」


 面倒なことになる前に避けて出ようとしたところ――


「お前、人間だろう?」


 男は俺を見てはっきりと言い切った。






◆◆◆あとがき◆◆◆


新作の投稿を始めました。

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魔王令嬢の教育係 ~勇者学院を追放された平民教師は魔王の娘たちの家庭教師となる~ 新人 @murabitob

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