第19話「召喚士、職を探す。」

「お前ら、俺たちのことを知ってんのか」


 私たちの反応を見て、彼は片眉を上げた。


「俺は【黄金の雄牛】の隊長をやってるアルブルだ。そこのメイロンは俺の妹でな。ロゼトニエルに帰ってきたときはこの宿を拠点にしてるんだ」


 そう言って彼は頭上の小ぶりな耳の裏を指先で掻く。【黄金の雄牛】のメンバーである印なのか、彼の耳には金のリングがぶら下がっていた。

 私とシスティナはそれぞれの名前を言って、ルティエルを目指していることを話す。


「ほう。確かに俺らはこの後ルティエルに行く予定だったが、よく知ってたな」

「ある人に教えて貰いまして」


 ベリトの名前を出しても、要らぬ混乱を招きそうだった。私が曖昧な答えをすると、アルブルは鼻を鳴らした。


「ある人ね……」


 なおも怪訝な顔をする彼に、私はさもありなんと頷く。

 その上でポケットの中から取り出したのは、情報提供者から譲り受けた空気製の金塊だ。


「報酬と言っては何ですが、こちらをお支払いしますので」

「ほう?」


 私から握りこぶしほどの金塊を受け取った彼は腰のポーチをまさぐり、その手には不似合いなほどに小さなルーペを取り出した。

 ルーペを金塊と目の間で前後させ、彼は眉間に深い皺を寄せる。ぬぬぬ、だとかむむむ、だとか低く唸った後、小さな目を大きく開く。


「こりゃ随分質の良い黄金だな! いいぜ、こんな上等なもん貰えるんなら、どこへだって連れてってやるさ」

「お、お兄ちゃん、そんな安請け合いしていいの?」


 真横でお盆を抱きかかえるようにして不安そうな目で成り行きを見守っていたメイロンさんがお兄さんに詰め寄る。

 そんな妹の様子に五月蠅そうとして、アルブルさんはそっぽを向く。


「はっ。女二人くらい増えたって、ちゃんと守れるさ」

「私たちは、護衛として付いていくつもりだった」

「はぁ!?」


 そこへ放たれたシスティナの言葉。

 アルブルさんは素っ頓狂な声をあげて私たちを見下ろした。


「お前らが俺たちの護衛? なんの冗談だ?」


 じろじろと私たちを見比べて、彼は鼻で笑う。


「私は吸血鬼」

「私は、まあ守って貰う方だと思います……ははは……」


 平然と言い返すシスティナ。

 吸血鬼だと聞いて、アルブルさんはまたしても驚いたらしく太い眉を上げた。


「吸血鬼? 珍しいな。ま、それなら納得できるか」

「うん」


 ほんとは吸血鬼は吸血鬼でも始祖オリジナルらしいけど、それを言う必要もなく納得してもらえたらしい。

 というより、今のところ私はシスティナが吸血鬼らしいところを見たことがない。

 太陽の下でも平気だし、大体の弱点は克服しているらしいし。


「おう隊長、どうしたんだよ長々と話し込んで」


 そこへむこうのテーブルで騒いでいた【黄金の雄牛】のメンバーらしい男の人たちがやってきた。

 杯を持っていたり、食べかけの料理の載った皿を持っていたりと、宴会の真っ最中といった出で立ちだ。

 全員がミノタウロス、という訳ではないらしく多様な種族が入り交じっている。


「良いところに来たな。ルティエルまでこの二人を送っていくことになった。こっちはメリアで、そっちがシスティナ。システィナは吸血鬼で、護衛もやってくれるとよ」


 リーダーらしくはっきりとした良く通る声でアルブルさんが言う。

 それを聞いて、メンバーはざわざわとどよめき、私たちの方へ視線が集まった。


「ほう、女の二人組か」

「吸血鬼がいるなら、護衛を雇う必要はないか?」

「もう片っぽは細いし弱そうだなぁ」


 何も反論できない。

 とはいえ概ね友好的な反応が見受けられて、私はひとまず胸をなで下ろす。

 システィナの名前までは知らなくても、吸血鬼の実力というものは有名なようで、彼らは頼もしそうな目を向けている。


「そうだ、アルブルさんは月光城主をご存じですか?」

「あん? ルティエルに行きたいのは、月光城に用があるからなのか」


 私の言葉を受けて、アルブルさんは目を丸くして言った。


「あそこに入って戻ってきた奴の話は聞いたことがねぇ。長生きしたけりゃ行かねえことをおすすめするがな」

「それがそうも言えない事情があって」


 月光城主が領地に立ち入った存在を問答無用に襲うことは有名らしい。

 アルブルさんもそれは知っているようで、私の肩に手を置いてそう言った。


「まあ俺が知ってるのはそこいらの奴らが大体知ってることだ。詳しいことが聞きたいなら、ルティエルに居る情報屋のところに行った方が良いと思うぞ」

「やっぱりルティエルにも情報屋さんがいるんですね」


 ロゼトニエルでも情報屋にはお世話になった。

 それなら、ルティエルでゆっくりと下調べをした方が効率もいいだろう。


「分かりました。えっと、【黄金の雄牛】はいつ頃町を出発するんですか?」

「さっき帰ってきたばかりで商品もまだ捌けてないからな。十日くらいはここに泊まってからだな」


 結構期間が開きそうだ。

 聞けば、アルブルさん率いる【黄金の雄牛】はそれなりに規模の大きい荒野渡りキャラバンらしく、竜車という馬車に似た車を七台も保有しているんだとか。

 今回はその竜車に荷物を満載して帰ってきたため、それをこの町の市で売り払い、新たな商品を買い付けるために少し日数を要すると彼は説明した。


「二人には少し待って貰う必要があるが、いいか?」

「私は構わない」


 尋ねるアルブルさんに、システィナは即答する。

 急ぐ旅というわけではない。私もそれに同意した。

 切迫しているのなら、システィナに抱っこされて空を飛んだ方が早いのだ。


「問題は、その間私たちが何をして時間を潰すかだけど……」


 何をしようと思っても、今の私には先立つものが何もない。

 今まではシスティナに全部立て替えて貰っていたけれど、この後の十日間は必要に迫られた出費というわけにはいかないだろう。


「そうだアルブルさん」

「どうかしたか?」


 突然声を上げた私に、彼は眉をぴくりと跳ね上げる。


「私でもできそうな稼ぎ方ってありますか? 私、魔力が少なくて買い物とかもできないんです」

「うん? ああ、確かにお前は魔力が殆ど感じられないな」


 てっきり隠しているのかと、と彼は少し驚いたように言う。

 力を持つ魔族は自身の魔力量を隠して、要らぬいざこざに巻き込まれないように対策するのが一般的らしい。

 しかし残念ながら私は生粋の人間族。魔界基準でみると吹けば飛ぶような些末な量の魔力しか持たない弱小な存在なのである。


「ギルドとかがあれば、仕事を斡旋して貰いに行くんだけどな」


 人間界では傭兵ギルドや商人ギルドなど、いくつもの同業者組合が乱立していた。

 それは職人や技術者を保護し、彼らに仕事を斡旋する役割があり、多くの人々の生活の基盤を支えている。かくいう私も、召喚士ギルドというものに所属していた。


「ギルドっていうのはなんだ?」


 私の独り言に、アルブルさんが反応する。

 簡単に概説すると、彼は感心した様子でしきりに頷いていた。


「人間界帰りの悪魔がそんなことを言ってたような気がするな。メリアは人間界に詳しいのか」

「あはは、まあそんなところです」


 嘘は言ってない。


「残念だがギルドなんてもんは魔界にはないからな。もし稼ぎたいなら、俺の所を手伝ってくれないか?」

「手伝い、ですか」

「市で商品を売るから、その手伝いをして欲しい。魔力じゃなくて現物、宝石なんかで支払ってやる」

「いいんですか!?」


 アルブルさんの申し出に、私は一も二もなく飛びつく。

 彼の大きな手の太い指先を握り、ぶんぶんと振る。


「おう! それじゃあ早速明日の朝の市からだな。日が昇る頃には起きて、ここに来てくれ」

「分かりました! ありがとうございます」


 そう言うと、アルブルさんは団員たちが囲むテーブルへと戻っていった。

 私とシスティナは彼を見送り、メイロンさんから鍵を受け取って部屋に戻った。

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召喚士、召喚される。〜少女と少女の魔界冒険譚〜 ベニサンゴ @Redcoral

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