お財布人間の明日スーパーマーケット

ちびまるフォイ

今年もよい1年になりますように。

お財布人間は明日スーパーマーケットに訪れた。


"恋にまつわる明日  2,480hp"

"仕事にまつわる明日  1,980hp"

"健康にまつわる明日  3,290hp"


"なんでもうまくいく明日  100,000hp"


棚に並んでいる明日の缶詰には目もくれず、

いつものコーナーへと足を運んでいく。


『特売明日コーナー』


"いつもの日常 980hp"


缶詰を手に取りかごに入れる。

レジを通して家で缶詰を開けると明日になった。


明日が始まると財布は今日も自分の財布をふくらませるためにhp(HaPpiness)を集める。


けれどいつもの日常である限り、いつもの日常以上のことは起きない。

集められるhpには限界がある。


今日1日の中でどれだけ幸せなことが訪れただろうか。


自分の体の中にたまる幸福度で「いつもどおり」の大したことのない日々だと感づいてしまう。


「いらっしゃいませ」

「いつもの日常をください」


「いらっしゃいませ」

「いつもの日常をください」


「いらっしゃいませ」

「いつもの日常をください」


「いらっしゃいませ」

「いつもの日常をください」


「いらっしゃいませ」

「いつもの日常をください」


 ・

 ・

 ・

 ・


明日スーパーマーケットにいくたびに、

いつもの日常の横に並ぶ"なんでもうまくいく明日"に目がいってしまう。


いつもの日常を過ごしている限り手に入ることのない明日。

きっとどんなに幸せな明日が待っていることだろうか。


幸せな明日をもとめてもうしばらく明日を買っていない。


ファスナーを開けて自分の体の中に貯まるハピネスを数えてみた。


「あれ!? 貯まっていない!?」


hpを消費しなければ体の中に幸せが溜まっていくものと思っていたが、

幸せには賞味期限があり「幸せな瞬間」をキープし続けることはできない。


あらゆる感動は時間とともに風化していってしまう。


貯めていると思い込んでいたハピネスは自分の体の中で熟成劣化させているだけだった。


せっかくハピネスを貯めるために可能性のある明日を諦め、

味の失ったガムを噛むように過去を反すうし続けていたのはなんだったのか。


「すみません! すみません!! 明日がほしいんです! 開けてください!」


「うるさいねぇ。明日スーパーはもう閉店だよ」


「お願いします! 明日が欲しいんです!」


「元日なんだから次の開店はあさってだよ。明後日にまたきな」


「それだと俺の中のハピネスがどんどん腐っちゃうんですよ!」

「知らないよそんなこと」


明日スーパーはシャッターを閉めてしまった。

明日を手に入れられなければ今日を明日にあてがうしかなくなる。

明日に起きたことも自分は知ることはできなくなる。


10年のうち5年は過去の繰り返しで、自分が成長できない日だってある。

これじゃコールドスリープしているのと一緒ではないか。


「はぁ……どうすればいいんだ……」


年末に明日を買えなかったことで自分だけ去年に取り残されている。

ふと、帰り道に財布が横たわっているのが見えた。


「う゛……う゛う゛……」


「あの、大丈夫ですか?」


「がま口がうまくしまらなくってよぉ……あんた、しめてくれないか」


「ええ、それくらいなら……」


財布の頭頂部を見てみると半開きのがま口が見えた。

中にはおびただしい量のhpがたまっている。

歳を取るとなんにでも幸福に感じてしまうというのは本当なのか。


「どうだい? 閉められそうかね?」

「……はい、終わりましたよ」


古い財布は自分のがま口からhpが減ったことにも気づかなかった。

大量のhpを持って明日スーパーマーケットに訪れた。


「またあんたかしつこいな。もう店じまいだと何度も……。ようこそ、さあどうぞ」


自分の頭のファスナーを開けてから少しかがむ。

中身に大量のhpが入っているのを見ると店員の顔色も変わった。


hpがたくさん消費されれば店員だってハッピーになる。お互いにメリットだ。


「これください」

「"なんでもうまくいく明日"ですね! ありがとうございます!」


明日を開くと、待ってましたとばかりに幸せが明日に色づき始めた。


「その……この間はフッてごめんなさい。また付き合わない?」

「君のおかげで新しい事業も大成功だよ、ありがとう!」

「君は財布界もインフルエンサーだ! こんなにもいいねがついているよ!」


「ああ、本当になんでもうまくいく!!」


良いことばかりなので幸せが貯まる。

幸せが貯まるから最高の明日をまた買うことができる。好循環だ。


財布はいつも幸せでパンパンに膨れていた。

それを見た他の財布は色めき立って声をかけてくれる。


これが自分の求めていた明日の形だ。



ぶちっ。



嫌な音が頭の中で聞こえた。


「今の音……なんだ?」


鏡で自分の頭をチェックすると頭についている財布ファスナーが壊れていた。


もともとわずかなhpしか許容できない自分の財布に、大量のハピネスを詰め込んだ結果

パンパンの状態が続いてファスナーが限界を迎えてしまった。


つまみ部分が取れてしまい、中のハピネスを取り出すことができない。


「くそ! 開け! 開けよぉ!!」


取り出すことができないと頭の中で幸せは劣化してしまう。

劣化するとまたあの安っぽい毎日しか買えなくなる。

今の好循環を絶対に壊してたまるか。


「よし! 開いた!!」


しっかり噛み合わされたファスナーをこじ開けることができた。

幸いにもまだハピネスは形を保っている。早くしなければhp価値が下がってしまう。


明日スーパーマーケットに向かう。


「いらっしゃいま……」

「明日を! 最高級の明日をください! 早く!!」


「お客さん、それはいいんですが……hpが足りてないですよ?」


「はぁ!? 出かける前はちゃんとありましたよ!」


「鏡を見てみなさいな」


開けっ放しのファスナーからは走ったことでボロボロと幸せを取りこぼしていた。

明日スーパーにたどり着く頃にはすでにhpはすっからかん。


「なんでこんな……こんな目に……。

 今日は"なんでもうまくいく日"のはずなのに……」


「お客さん、それは過信しすぎですよ。

 なんでもうまくいくといっても失敗がないわけじゃない」


「ふ、ふざけんな! そんなの不良品じゃないか!!

 こっちはなんでもうまくいくと思っているから選んでるのに!」


「ふざけんなと思うのはこっちですよ。

 もしもずっと成功しかしなかったら、成功は長続きしないでしょう。

 含有している10%の失敗が残り90%の幸福を際立たせるスパイスなんですよ」


「そんなのいるか!! くそぅ……もうだめだ……。

 せっかく何もかも上手くいっていると思っていたのに……」


「お客さんお客さん」

「これから一体どうすれば良いんだ……」


「お客さんお客さん」

「ああおしまいだ……」


「お客さんお客さん」


「なんだよ! うるさいな!!!」


「あなた、二つ折り財布じゃないですか?」


「……え?」


店員は俺の背中についている留め具を外す。

折りたたまれていた体が開いた。


「あなたは二つ折り財布。今までは小hp用のポケットだけで貯めていたんですね」


「お、俺が……?」


「それに見てください。まだ使っていないhpが残っていますよ。

 ファスナーの部分は壊れちゃったかもしれませんが、

 あなたにはこんなにも幸せを溜め込めるスペースがあるじゃないですか」


今日はなんでもうまくいく日だった。

10%の失敗が残りの90%の成功を際立たせてくれるスパイス。

その意味がわかった気がする。


「で、いかがしますか? "なんでもうまくいく日"を買いますか?」


「いえ、こっちのをください」


「え? そっち? いいんですか?

 あなたの二つ折りスペースにはもっとたくさんhpがあるのに?」


「こっちのほうが、きっと毎日失敗と成功がたくさんあって成長できる気がするので」


「はぁ……」


店員財布は首をかしげていたが後悔はなかった。

俺は買ってきた明日を開いた。



"お徳用 いつもの日常365日パック 100,000hp"

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