第5話 天上ロースト

 あくる朝、深陽は渇きを覚え、寝ぼけ眼でコップを手に取り片手を翳す。


「バリスタ」


 無意識に唱えていた自分に愕然として、瞬く間に目が覚めた。

 昨晩、大盤振る舞いしすぎたせいだろう。すっかり体に馴染んでいる。しかも、零さないようにコップ内に注ぐ制御までできるようになっている始末。

 腹立たしく思いつつも、無駄に味の上がった魔法ドリップ珈琲を堪能する。背に腹は代えられない。

 しかし味と香り度の上がった珈琲とはいえ、空きっ腹にブラックはつらいものがある。なにより深陽は、朝はカフェオレが一番だと思っていた。

 砂糖はなくとも、せめて牛乳が手に入らないだろうかと思い部屋を出ると、ちょうどデミタスが声をかけてきた。


「おはようミヨウ、寝心地悪かったろう」


 かなり眠そうだ。朝は弱いのか、深陽が知らないだけで他の仕事でもしていたのか。そう考えていたが、すぐに別の理由だと知れた。

 やけに眼が冴えて、なかなか寝付けなかったということだ。マグカップ一杯といった量を渡しただけだったが、飲み慣れない者にカフェインは刺激が強すぎたのかもしれない。

 他にもそういった者は多かったようで、おかげで戦いの後始末が進んだと言ってデミタスは力なく笑う。

 やはり、他の仕事もあったのだ。知らず寝入ってしまった深陽は、少し申し訳なさを覚えた。


 さて、今日からデミタスには、引き続きこの街を案内してもらうことになったのだが、深陽の口から出たのは別の言葉だった。


「他に、魔法使いはいないのか」


 珈琲を生み出すだけの融通の利かない魔法だと思っていたのに、変化があったことで、ますます魔法のことが気にかかっていたのだ。

 深陽の持つ魔法は、他とは系統が違いすぎるように思えてならない。できるだけ早めに理解を深めておくべきだろう。

 現状では魔法使いとされている深陽が、基本的なことを質問するのはおかしなことだろうと、まずは他の存在について絡めるところから取っ掛かりを探ってみたのだ。


「朝飯にありついてから話そう」


 今朝も、まだ兵舎は緊急時のようで、やはり食事は外だといって連れ出される。外にぼろいテーブルがあり、昨晩と同じだろう人々が、そこに椀を並べていた。

 中身は同じ穀物粥のようだが、昨晩とは違い、黒ずんだ丸太をスライスしたようなものが中に刺さっている。


「パンが喰えるとは、いい日に当たったな。誰かが奮発してくれたようだ」


 デミタスが、どこか辟易としたような笑みを浮かべて齧りつくのを見て、深陽も黒い板きれに噛みつき、呻いていた。


(硬っ……!)


「ははは! 慌てるなよ!」


 刺さってる方から少しずつ齧れとの助言に従い、非常にゆっくりとした食事となった。

 深陽は、目を細める。

 いつもは流し込むように済ませてしまうというのに、こんなにのんびりした食事はいつ以来だろうか。状況は別として、贅沢な時間だと思えた。

 しかしこれは、これから質問攻めするのにありがたい時間でもある。


 一息つくと、顎が悲鳴を上げる前に、再び先ほどの話題を持ち出したのだが、少しだけ聞き方を変えた。

 現在だけでなく近い過去にも、この街に他の魔法使いは来ていないだろうというのは、深陽への厚遇やデミタスの言葉から予想していたことだ。

 だから、他の魔法使いがいたとして、そいつはどの系統だったかと、さもただの興味本位といった風に訊ねた。


 一兵士である自分が知る限りではあるが、という前置きの後で、デミタスは改めて魔法について語る。


「ありがたい、神の気紛れさ」


 元の世界では、物語によっては精霊と契約して力を借りるといったものなどがあるが、なんとここでは神の力を直接借り受けているものという認識だった。

 だから魔法とは呼ぶが禍々しいものではなく、魔法使いも神官のように思われているようだった。道理で、よそ者に対するにしては人々の態度が柔らかであるはずだ。


 もちろん、鵜呑みにすることはできない。時代感的に、神がかり的なものだから、そう捉えるのが当たり前な感覚であるだけともいえる。

 しかし、深陽の持つ、これまで見聞きしたことのない魔法だろうと受け入れられたのだから、広く浸透している根拠があるのだろう。


 そう考えて、自分を納得させていたところに、意外な話が出た。


「ミヨウの魔法は、まるで噂に聞く、癒しの神殿から汲まれたもののようだな」

「それ! 詳しく!」

「お、おぅ」


 ついつい、無知をさらけ出すのも構わず食いついてしまったが、これを聞き逃していれば後悔するところだった。

 それだけ今の、なんの道標もない深陽にとっては啓示といってよいものだったのだ。


 癒しの神殿は、南方の峻険な山の上に建つ。

 青く霞む頂上に、命がけで登らねばならない場所となれば、神が建てたとしか思えないとの話だ。

 そして、その神殿の奥深くには、香り立つ黒い薬湯が湛えられているという。


「黒く、気力の漲る薬湯か。考えるほどに、ミヨウの魔法のようじゃないか?」

「噂というには、はっきりしてるな」


 まるで幻のような話だったが、辿りつけないわけではないらしい。それだけの効能があるというならば、是が非でもあやかりたい者は多いのは当然だ。

 時に国々の偉い方や、大商人などが人手を集めて向かうのだとか。だから、噂というには具体的な話もあるのだろう。


「それなのに、誰も持ち帰ったりしないのか」

「その場で熱い内に飲まねば、効能が消えてしまうのだそうだ」


 もしかしたらという気持ちを、デミタスが代弁する。


「ミヨウの魔法に結びつく神が、おわすのかもしれないな」


 魔法が、神の気紛れがよこしたものだという話が、事実なのだとすれば。


 そこに、元の世界に戻るための何かがある――そう深陽は、確信していた。


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