第19話 思わぬ再開
「えっと、すみませんでした。取り乱してしまって」
気恥ずかしそうな様子で俯くレオン。
「謝ることなんてないわ。正直びっくりはしたけど、こんな形で再開できるなんて私にとっても嬉しいことだったしね」
サリアは先程までとは打って変わって柔和な態度で、レオンに微笑みかける。
彼らは現在、壁外区の小洒落た喫茶店にてお茶を並べていた。
『ねえレオン。もし良かったらお茶でもしに行かない?』
レオンが涙を流してしまってからはとても交渉を続けられるような雰囲気ではなく、気を回したサリアがそう提案したことにより、彼らはこうしてお茶を楽しむに至ったのだ。
「随分と見違えていたから、全然気が付かなかったわ」
汚れた衣服を身に纏い、やせ細っていたかつてのレオンとは違って、現在の彼の姿は一端の
サリアがレオンのことを一目見て思い出すことが出来なかったのも、無理のないことであろう。そもそも、彼女にとってはレオンとの記憶が特別思い出深かったわけでもないのだ。
「でも驚いたなあ。まさか私の影響で探索者になった人がいるなんて」
既に事の経緯を聞き及んでいたサリアは、嬉しそうに微笑んでいる。
レオンの事情を理解しても、サリアが彼に恩着せがましい態度を取ってくるようなことはなかった。シルバーが当初抱いていた懸念は、完全に杞憂だったのである。
「あの時の俺にとって、サリアさんは本当に輝いて見えたんです。そんなサリアさんが外周区出身だって聞いて、俺も探索者になれば
恥ずかしそうにしながらも、レオンは実直に答えた。
「ふふっ、私がきっかけになれたなら、こんなに嬉しいことはないわ。……ねえレオン、探索者になってからどんな道のりを歩んできたのか、よければ教えてくれない?」
「はい。勿論です」
興味深そうに尋ねるサリアに対して、レオンはこれまでのいきさつを語った。
レオンとしてはシルバーのことすら話しても構わない心持ちだったが、シルバーに
「……レオン、あなたすごいのね」
レオンの話を粗方聞き終えたサリアは、真剣な表情で口を開く。
「探索者となって1ヶ月程度でその実力、普通だったら考えられないわ」
「お、俺は別にそんな……」
「いいえ。あなたはすごいわよ。きっと、あっという間に大物探索者になってしまうんでしょうね……」
サリアに真っすぐな賞賛を受け、レオンの全身に喜びが駆け巡る。
「……他の誰に言われるよりも、サリアさんにそう言ってもらえるのが一番嬉しいです」
「あら、どうしてかしら?」
「だって、サリアさんは俺の憧れですから」
「……私は所詮、大手ギルドの力を借りている探索者で、ランクは青タグよ。きっと、レオンには直ぐにランクも実力も追い抜かれてしまうわ」
「もしそうだったとしても、サリアさんは俺の憧れですよ。俺にきっかけをくれたあの日から、ずっと……」
「レオン……」
2人の間に、何とも言えない穏やかな空気が流れる。
(リンには気の毒ですが、思わぬ形でマスターの本命が現れてしまったようですかね……)
他の誰にも見せたことのないレオンの態度を見て、シルバーは人知れずそんなことを考えている。
「さて、嫌な話だけど、そろそろ本題に戻らないといけないわ」
「魔石と報酬の件ですね?」
サリアの意図していることに気が付き、レオンも真剣な声色となる。
「私はギルドの交渉役を務めているから、どうしてもレオンと話を付けなきゃいけないの。ごめんね?」
「構いません。さっきも言いましたけど、魔石ならただでもあげますよ?サリアさんの頼みですから」
「そういうわけにはいかないわ。ディーペストの沽券にも関わるしね。おかしなお願いになっちゃうけど、アレク達を助けてくれた報酬と魔石の譲渡料として、1500万エンを受け取ってくれないかしら?」
「そ、そんな大金をもらっていいんですかね」
「当然じゃない。これは正当な報酬よ。レオンにどの程度自覚があるのかは分からないけど、新種のモンスターを初めて討伐したなんてすごいことなのよ?その実績があれば、探索者としての経歴に大きな拍が付くわ。……なんて言っても、私がそれをこうして横取りしようとしてるんだけどね」
サリアの表情に陰りが差す。
「ディーペストが魔石を欲しがっているのは、ギルドとしての実績も勿論そうだけど、それ以上にメンツを気にしているからなの。くだらない話よね。ソロの探索者に助けを求めた挙句、新種討伐の実績まで持っていかれるのが、上層部はよっぽど気に食わないらしいわ。そんな理由で魔石を奪うことになって、本当にごめんなさいね」
「気にしないでください。サリアさんに受けた恩を少しでも返せると思えば、安いもんです」
「……はぁ。レオンには頭が上がらないわね。繰り返しになるけど、せめて報酬はきちっと受け取って頂戴。頷いてくれるまで、ここから帰さないんだからっ」
サリアは真剣な眼差してレオンを見つめる。
『マスター、すっかり想定外の経過をたどることになってしまいましたが、元々はできるだけ多くの報酬と魔石を交換する予定だったのです。サリアの言う通り、これは正当な対価なのですよ。素直に受け取った方が、サリアのためでもあります』
『……そうか』
シルバーの説得もあり、レオンはようやくサリアに頷いた。
「分かりました。それじゃあ、報酬はもらうことにします。ありがとうございます」
「お礼を言うのはこちらの方なんだけどね……それじゃあ、交渉成立ってことでっ!」
その後、レオンはサリアから報酬の受け渡しについて説明を受けた。
レオンの所持する
「手続きは探索者協会の支部で行わないといけないんだけど、今日はもう時間が遅いわね。後日改めて待ち合わせする形でもいいかしら?」
理由はどうあれサリアと再び会えることに喜び、レオンは是非もなしにと頷く。
「迷宮探索の前には支部に寄るわよね?どうせなら、レオンの次の探索のタイミングに合わせましょうか。その時、ついでに手続きを行っちゃうことにしましょう。いつから復帰するか、もう決まっている?」
レオンが病み上がりであることも考慮し、サリアが問いかける。
『大事をとって明日1日は休息日とする予定でしたので、探索再会は明後日からとなるでしょう』
『了解だ』
シルバーの提言も踏まえてレオンがサリアに答え、待ち合わせの日時は2日後の午前となった。場所は、いつもレオンが通っているマリーの勤める協会支部だ
諸々の話を終えたところで、レオンとサリアは席を立った。
「レオン、改めてお礼を言わせて。魔石を譲り渡してくれて、そしてアレク達を助けてくれて、本当にありがとう」
喫茶店を出たところで、サリアはレオンに対して深く頭を下げた。
「や、やめてください。サリアさんにそんな態度を取られたら、こっちが困ります」
「そういうわけにもいかないわ。私、アレク達とは少し関わりが深くてね。ディーペストに加入したばかりの彼らを、当時指導していたのが私だったの」
アレク達とサリアの意外な関係に、レオンは驚きの表情を浮かべる。
「だから、彼らを助けてくれたレオンには、個人的にも感謝しなくちゃいけなのよ」
「そうだったんですか……」
「私とレオンが知り合いだったって知ったら、アレク達も驚くでしょうね」
サリアはどこか楽しそうに微笑む。
いつまでも彼女と話していたい気分のレオンだったが、やがてサリアが別れの言葉を述べた。
「それじゃあ、またね。明後日、協会支部で待ってるわ」
「は、はい。またっ!」
レオンに手を振って、サリアは歩き始める。
遠くなっていく彼女を背中を、レオンはしばらくの間見つめ続けていた。
翌日、レオンはいつもの訓練場所に向かうために外周区を歩いていた。病み上がりだということもあり今日は迷宮探索を休むことにしたが、休息日であっても訓練は怠らないのだ。
いつにもまして機嫌よさげなレオンは、鼻歌交じりに軽い足取りをとっていた。その原因は言わずもがな、サリアと再び巡り合うことができたからである。彼をどん底から救い出してくれるきっかけとなったサリアは、レオンにとって恩人であり憧れの人なのだ。
『随分と上機嫌ですね』
『そうか?別にいつも通りだろ』
サリアとの再会で明らかに調子の良くなっているレオンだが、彼自身にその自覚は薄いようである。
『……マスター、マスターはサリアのことをどう思っているのですか?』
『なんだ突然?どう思うも何も、俺の恩人だよ』
『そうではなく、女性として魅力に感じているのかということです』
『女性として?』
『聞き方を変えましょう。サリアの恋人になりたいと思いますか?』
『サリアさんの、恋人……?』
レオンは思わず足を止める。
彼は間抜けな表情で何事かを夢想したかとおもうと、やがてその顔を真っ赤にしてブンブンと首を振った。
『い、いやっ。そんな、俺なんかがサリアさんの恋人なんて……』
その反応は、レオンがサリアを魅力的に感じている証拠に他ならなかった。
出会った当初ならまだしも、現状のマリーやリンに対する同じ質問をされても、レオンはこうはならないだろう。彼にとって、サリアは明らかに特別な存在であるのだ。
『……今の反応で大体理解致しました』
『な、なんだよ?』
『いえ、お気になさらずに。とにかく、良かったですね。サリアとの再会を果たすことができて』
『……ああ、そうだな』
レオンは素直に答える。
『思わぬ再会ってやつも、あるもんなんだな』
レオンが念話でそう呟いた瞬間だった。
ドサリッ。
そんな音と共に、彼の目の前に1人の少女が倒れ込むようにして姿を現した。すぐ脇の路地裏から走ってきたらしい少女は、息も絶え絶えといった様子で地面に這いつくばってしまっている。
突然の出来事に驚いたレオンは、反射的に飛び退くようにして距離を取った。
『マスター、新たに複数の人物が来ますっ』
やや慌てた様子で索敵機能をオンにしたシルバーが告げる。
『申し訳ありません。迷宮外とは言え、少々気が緩んでおりました』
シルバーがそんな謝罪を行うと同時に、少女が来たのと同じ路地裏からゾロゾロと複数人の男達が姿を現した。
這いつくばっていた少女は、やってきた男達を見上げてわなわなと震えている。
「ようやく追いついたわ」
苛立ちの混じったようなそんな声が、男達の後方から聞こえてくる。彼らの間をかき分けるようにして姿を見せたのは、外周区の人間とは思えないほど派手な恰好をした女だった。
女の顔立ちは非常に整っており、露出の多い服装からは凹凸のはっきりしている魅惑的な身体つきが強調されている。
「手間をかけさてくれたわね……あら?」
その姿を見た男達の衝動を激しく掻き立てるような、艶めかしい女がレオンに一瞥をくれる。
「何よあなた。部外者はどっか行ってくれる?」
元々レオンがいた所にやってきたのは彼女たちの方であるが、そんなことはお構いなしといった様子で女が述べる。
『何だこいつら?』
『恐らく、マフィアに所属している者達でしょう。様子を見るかぎり、この少女は彼らから逃げてきたのでしょうね』
自らの足元に這いつくばっているその少女を、レオンは見下ろす。
ボサボサの白髪が無造作に伸ばされ、布きれのような服を身に纏っている少女。年の頃はレオンよりも少し下程度に見受けられ、その体は痩せこけている。見るからに外周区の人間といった風貌だ。
震えながら男達を見上げていた少女は、やがてレオンの方へと視線を移す。その目には、明らかな怯えと微かな懇願が宿っていた。
「ちょっと、聞いてるのかしら?」
マフィアの女が、更に苛立った声を上げる。
「……あー、どうしてこの娘を追い回してたんだ?」
レオンはポリポリと頭を掻きながら、マフィアの女に尋ねた。
「そんなことあなたには関係ないし、教える義理もないわ」
「まあ、それはそうなんだけど……」
「早くどこかに消えてくれる?何度も言わせないで」
レオンは悩ましい表情を浮かべた。
彼に少女を庇う理由などない。だが、レオンが黙ってここを離れれば、この少女が悲惨な結末を迎えることになるのであろうことは想像に難くなかった。
『マスター、彼女を助けたいのですか?』
『うーん。このまま見捨てるのは何か寝覚めが悪いというか』
『敢えて申し上げますが、このような光景は外周区では日常茶飯事です。そのことは、マスターもよくご存じのはず。マフィアと少女の関係も不明ですし、面倒事に首を突っ込むことになります。たまたま出くわしたからと言って、マスターがこの少女を助ける理由もメリットもないかと』
『そうなんだけどさ……』
レオンは今一度少女を見下ろす。少女は、祈るような表情で彼を見上げていた。見つめ合う形となったレオンと少女。
その時、少女の表情に変化が現れた。何かに気が付いたかのように突然大きく目を見開くと、驚いたようにレオンの顔をまじまじと見つめ始める。
「……レオン君?」
少女が、初めてその口を開いた。
彼女の言葉を受けて、今度はレオンが驚きの表情を浮かべることとなる。
「ど、どうして俺の名前を?」
「わ、私よ。キャラットよっ!」
名乗りを上げた少女だが、その名前を聞いてもレオンは首を傾げている。
『マスター、お知り合いではないのですか?』
『いや、知らん。そもそも俺に知り合いなんて……』
難しい顔をしているレオンに向って、キャラットは必死に訴えかけた。
「お、覚えてない?ブレンダさんの所で一緒だった……」
「ブレンダ……?」
その名前を聞いて、レオンの奥に眠っていた記憶が呼び起こされる。
ブレンダ。
それは、周りに馴染めなかったレオンに見向きもしなかった女の名前。かつて、レオンの過ごした孤児院の養母の名前だった。
「あんた、孤児院の?」
レオンの問いかけに対し、キャラットは頷く。彼女は、レオンと同じ孤児院出身の少女だったのだ。
『思い出されたのですか?』
『この娘のこと自体は覚えてない。でも、同じ孤児院にいた娘なのは確かみたいだな』
周りに馴染めず孤立していたレオンは、孤児院にいた他の子ども達のことなど碌に覚えてはいない。
しかし、この少女がかつてレオンと同じ場所で育ったという事実は、この場においては大きな要因となった。
「あなた達、知り合いだったってわけ?」
2人のやり取りを見つめていたマフィアの女が、険しい表情で問いかけてくる。
「……どうやらそうだったみたいだ」
静かな声で呟いたレオンは、キャラットを庇うようにして前に出た。
「悪いんだが、とりあえずはこの娘のことを見逃してくれないか?」
先程までの迷いは消え、レオンはキャラットを庇う立場を取ることを明確に表明する。キャラットとの思わぬ接点が判明したことにより、レオンの中での決心がついたのだ。
『悪いな。勝手に動いちゃって』
『マスターの望みがシルバーの望みです。謝罪の必要はありません。ただ、戦闘になる可能性も考慮してください』
シルバーの言葉に頷き、レオンはいつでも戦えるように真剣な面持ちとなった。
マフィアたちがどの程度キャラットに執着しているのかは分からないが、最悪レオンを殺してでも奪い取ろうとするかもしれないのだ。
鋭い雰囲気を放ち始めたレオンを見て、マフィアの女は忌々しそうな表情を浮かべる。
彼女の目から見て、レオンが探索者であることは明白だった。その実力の程は分からないが、少なくとも手に持っている散弾銃が驚異的な武器であることくらいは理解できる。
「……いいのかしら?私達ブッチャーと揉めることになるわよ?これでも結構大きなマフィアなんだけど」
「脅しのつもりか?」
組織の名前を出して脅しを図った女に対し、レオンは一歩も引かずに答えた。
「……ちぃ」
憎悪のこもった目でレオンを睨み付けると、女はくるりと踵を返した。
「帰るわよ」
意外なことにすんなりとキャラットを諦めた女は、男達を引き連れてその場から離れていく。この場でレオンと事を構えることは、得策ではないと踏んだようだ。
「……あなた、この先外周区を自由に歩けると思わないことね」
レオンに背中を向けたままそう言い残すと、女たちは路地裏の奥まで歩き去って行った。
『……面倒なことになっちゃったかな?』
『肯定。外周区はガレリアの出入りの際に必ず通らねばなりませんし、訓練を行う場所でもあります。大手のマフィアに目を付けられたとなれば、その際に支障をきたすことになるでしょう。彼女達とは、早々にケリを付けなければなりませんね』
『そうだな……』
『とりあえず、今はキャラットを何とかしなければなりません』
シルバーの念話に頷きつつ、レオンはキャラットの方へと向きなおす。彼女は呆然とした表情をしていたが、やがて助かった実感が湧いてきたのか、ポロポロと涙をこぼし始めた。
「……うぅ……ぐすん……あり……ありがとう……本当に」
未だに地面に這いつくばったまま、溢れ出る涙を流し続けるキャラット。レオンは彼女を見下ろしながら、困ったように頭を掻いた。
「あー、とりあえず、飯でも食うか?」
こうして、レオンは同じ孤児院で育った少女、キャラットとの思わぬ再会を果たしたのであった。
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