第18話 あなたがいたから

 

 職も、金も、家も、何も持たない人々が流れ着く場所、外周区。

 人間らしさとは程遠い生活を強いられるスラム街の一角にて、黒髪の青年が生ゴミを漁っていた。

 青年の名はレオン。

 彼は何の感情も宿していない真っ暗な瞳を浮かべながら、腐敗した生ゴミに手を突っ込んでいる。やがて腐った果実の皮を見つけ出したレオンは、それを口に含んでボリボリと咀嚼し始めた。

 腐った生ゴミで今日を食いつなぐ。外周区では珍しくもない光景だ。

 しばらくの間夢中になって腹を満たしていたレオンは、やがてよろよろと立ち上がった。口元から腐敗しきった果汁を垂らしながら、目的もなく歩き出す。

 ふらふらと歩く彼の胸中には、人間らしい感情が宿っていない。

 自らの状況を憂う悲しみも、ガレリアの内側に住む人々への嫉みも、外周区ここから抜け出してやるという野望も、そのいずれもレオンは有していなかった。

 彼の中にあるのは、ただ日々を生き抜くための生存本能だけ。ただそれだけなのだ。

 そんなレオンはその日、外周区にしては珍しく多くの人々が一か所に群がっているのを目にした。

 集団の中には年寄りや子供の姿も多く見受けられ、どこか柔和な雰囲気が漂っている。


 「……なんだ?」


 低くこもった声で、レオンは呟く。

 おぼつかない足取りで人混みへと向かったレオンは、その中心にいる人物を目にして大きな衝撃を覚えることとなった。

 艶のある栗色の髪、血色の良い張りがある肌、健康的な体つき、凛とした佇まい、そして、身に纏っている上質な装備。その全てが外周区にはとても似つかわしくないような女性が、人々に食べ物を配っていたのだ。


 「みなさん。慌てなくて大丈夫ですからねー」


 透き通る美しい声をした女性は、優しい微笑みを浮かべて温かいスープを振舞っている。

 何だ?あいつは一体何なんだ?

 レオンの胸中に、形容しがたいような激しい感情が渦巻く。それは一言で表すなら、理解不能。

 あんな女性が平然と外周区にいることも、人々に食べ物を与えている理由も、その全てが彼にとっては理解不能だったのだ。

 気がつけば、レオンは炊き出しの列へと並んでいた。

 別に食べ物が欲しかったわけではない。彼はただ、自らの胸に渦巻く形容しがたい感情をどうにかしたかったのだ。

 長い列は少しずつ進んで行き、やがてレオンの順番がやってくる。


 「はい。どうぞ」


 女性は今までと同じように、笑顔で温かいスープをレオンへと差し出した

 差し出されたスープを受け取ることもせずに、じっと女性を見つめるレオン。彼の不可解な態度を受けて、女性はどうしたのかと首を傾げた。


 「……あんた、何なんだ?」

 「え?」

 「どうしてこんなことしてる?」


 どこか刺々しいレオンの言葉を受けても、女性が不快そうな表情を浮かべることはなかった。


 「私は壁外区に住んでいる探索者シーカーよ。あまり多くの頻度ではないけど、時々こうして炊き出しを行っているの」


 探索者。

 レオンも、その存在自体は知っていた。危険な迷宮に挑み、その対価として多くの富を有している者達だ。探索者として生活しているのであれば、他人に食べ物を配る程度の余裕はあるのであろうことも何となく理解できる。だが、その答えでは彼の疑問は解決されなかった。そんな別世界の人間が自分達を助ける理由が、ますますレオンには分からなくなっていく。


 「……分からない。こんなことして、あんたになんの得がある?」


 長年外周区で生活してきたレオンは、損得勘定でしか物を計れない。そのため、何の利益もないように見える彼女の行動にどうしても納得がいかないのだ。

 レオンの失礼とも言えるような問いかけを受けても、女性の優し気な態度は変わらなかった。


 「私も元々ここの出身なの」


 その言葉は、レオンに大きな衝撃をもたらした。

 ここ?ここってこの外周区のことか?この女が?

 高級そうな装備を身に纏い、凛とした雰囲気を醸し出している目の前の女性の言葉を、レオンは信じることができない。


 「探索者とは、そういうものなのよ。……迷宮探索に成功すれば、誰だって富と権力を手に入れられる。一か八かで挑んだ探索を、私は成功させたの。こうして炊き出しを行っているのは、私がここでの生活の辛さを知っているから。だから、少しでもここの人達の助けになればいいなと思っているの。……それじゃあ、納得してもらえないかな?」


 困ったように笑った女性の顔を見て、レオンの脳天を貫くような衝撃が襲った。

 今まで抱いていたものとはどこか違う、たかぶる様な激情が彼を包み込む。


 「……名前」

 「え?」

 「あんた、名前はなんていうんだ?」

 

 自分でも意外に思う問いかけを、レオンは投げかける。

 目の前の女性の名前を、彼はどうしても知りたいと思ったのだ。


 「サリアよ。よろしくねっ」


 笑いながら名乗ったサリアは、再びレオンにスープを差し出した。


 その後、レオンは気が付けばスープを持って外周区の路地裏に立っていた。動悸は激しく、どのような経緯でここに至ったのかもよく覚えていない。

 彼は差し出されたスープをひったくる様にして受け取った後、無意識のうちにここまで走り着いたのだ。

 道中でこぼしてしまったのか、手に持っている半分ほどになったスープを見下ろす。


 「……サリア」


 笑顔で自分にスープを差し出した女性の顔が、レオンの脳裏に深く刻み込まれている。

 レオンは、手に持ったスープを一気に口へとかき込んだ。碌に咀嚼もすることなく、ぬるくなった具材と汁が喉を伝っていく。

 食事と呼ぶにはあまりにお粗末な行為だったが、長らくまともな物を食べていなかったレオンにとっては、それはかなりの贅沢と呼べる行為だった。

 全身に血が駆け巡るのを感じ、体中から活力が沸き上がってくる。

 うまい。

 率直にそんな感想を抱いたレオンは、ふぅと一息を履いた。

 空になった紙皿を投げ捨て、空を見上げる。


 「……探索者、か」


 何の色も宿していなかったはずの彼の真っ暗な瞳には、確かな色が宿っていた。





 「はじめまして。私が、今日レオンさんを担当させていただくサリアです」


 ガレリア最大の探索者ギルドである、ディーペストの壁外区支部。

 そこで、レオンが探索者を目指すきっかけを作った女性探索者、あの日と変わらぬ姿をしたサリアが、彼の目の前に立っていた。

 レオンはサリアを前にして目を丸くし、口をパクパクさせている。


 「……あ、あの、レオンさん?」


 様子のおかしいレオンを見て、サリアは戸惑ったように声を掛ける。

 レオンは何か言わねばと思い、かろうじて口を開いた。


 「サ……サリア……さん」

 「は、はい」


 明らかに普通ではない様子のレオンに名前だけを呼ばれ、サリアは困惑した表情を浮かべたままだ。


 「えっと、そ、その……」


 レオンは思考がうまく働かず、口も回らない。

 てんやわんやになっている彼に、シルバーが声を掛けた。


 『マスター。落ち着いてください。彼女が、以前マスターがおっしゃっていたサリアなのですね?』

 『そ、そうだ』

 『すると、彼女がマスターを探索者にするきっかけを作った女性ということですか。随分と動揺してらっしゃいますが、それほどまでに再会が衝撃的でしたか?』

 『そ、そうだ。そうなのかな?そう、だと思う。そうだよな?』

 『落ち着いてください。マスター、大きく深呼吸するのです』


 シルバーの助言を受けて、レオンはその場で大きく深呼吸を始めた。サリアの横に控えているギルドの受付嬢が、訝し気な目でレオンを見つめている。


 『マスター、少しは落ちつかれましたか?』 

 『あ、ああ。大丈夫だ』

 『それは何よりです。さて、ある意味恩人とも言えるような人物と思わぬ形で再開し、マスターは激しく動揺している。と、いうことでよろしいですね?』

 『ああ。突然のことだから、すごいびっくりした』

 『恐らく、マスターは無意識のうちにサリアに対して並々ならぬ想いを宿していたようですね』


 レオンがシルバーと出会ってから現在に至るまでの間、彼がサリアに想いを馳せていたような瞬間は存在しない。

 彼女がレオンの人生における大きな分岐点であったことは確かだが、その後彼が歩んできた探索者としての目まぐるしい生活の中で、サリアに関する記憶は徐々に薄れ始めていたのだ。

 しかし今日、彼らはこうして思わぬ再会を果たした。

 現在のレオンは、かつてサリアと出会った時と比べて心身ともに大きく変化している。その結果、レオンは激しい動揺を見せたのだ。

 雨風のしのげる部屋、温かい食事、大切な友人、探索者となって多くのものを手に入れたレオンだが、その全てのきっかけとなったのがこのサリアなのである。そんな、忘れかけていた記憶と実感が一気に彼に押し寄せたのだ。


 『偶然の産物とはいえ、これは困りましたね』

 『困る?』

 『マスターは、ディーペストとの交渉を行うために来たのですよ?その交渉の相手がサリアなのです。マスターは、サリアを相手に強気の交渉を行うことができますか?』

 『それは……どうだろう』

 

 シルバーの問いかけに対し、自信なさげに眉をひそめるレオン。


 『いずれにしても、まずはサリアにきちんと言葉を返しましょう。どうやら、彼女はマスターのことを覚えてはいないようです。マスターも、初対面のように振る舞って下さい』

 『えっ、ど、どうしてだ?』

 『サリアがどのような人物なのかは分かりませんが、マスターが自分に恩があると分かれば、そこに漬け込んでくるかもしれません。いいように利用されてしまうかもしれませんよ?』

 『そんなこと……』


 無いとは言い切れなかった。レオンもまた、サリアのことをよく知っているわけではないのだ。


 『彼女はギルドの交渉役を務めるような人物なのです。ギルドの利益の為なら、手段は選ばないという可能性も否定しきれません』

 『……分かった』


 どこか納得のいかない気持ちを抱えながらも、レオンは改めてサリアに向き直る。


 「えっと、レオン……です。よろしくお願います」


 頭を下げたレオンに、サリアは困惑しながらも答えた。


 「は、はい。よろしくお願いします。えっと、大丈夫ですか?どこか取り乱されていたように見受けましたが……」

 「だ、大丈夫です。何でもありませんから」

 「そ、そうですか」


 レオンの態度を不審に思いながらも、サリアは気を取り直したようにして真面目な顔つきとなる。


 「それでは、まずは腰を落ち着けましょうか。ご案内します」


 そう述べたサリアに連れられて、レオンは支部内の一室へと通された。机を挟んで対面になる様に設置されている長椅子に、それぞれ腰掛ける。


 「まずは、わざわざ当ギルドまで足を運んでいただいてありがとうございます」

 「い、いえ!別にそんなっ!全く問題ないです」


 頭を下げたサリアに対して、レオンは慌てて腕をわなわなさせた。


 『マスター、交渉には毅然とした態度で臨まなければなりませんよ?』

 『そうは言われても……』


 向こうは覚えていないとはいえ、サリアはレオンにとっては恩人とも言えるような人物なのだ。その相手に対して強気な態度に出ることは、レオンにとってはひどく難しいことだった。

 一方、サリアもレオンの態度に違和感を覚えていた。

 彼の態度はとても交渉にやってきた探索者のものとは思えないし、何より事前に聞いていた人物像と目の前の青年の姿が余りにも異なるのだ。

 サリアはアレク達を通して、レオンに関する情報を予め精査していた。彼らの弁によると、レオンは探索者となって一か月程度であるにも関わらず、アレクをも凌駕しうる実力を有しており、性格は不愛想で相手の機嫌を取る様なタイプではないらしい。


 (何を考えているのかしら……)


 サリアは、事前情報とはかけ離れた態度を見せるレオンに対して、そんな疑問を抱いていた。


 「……それでは、早速ですが本題に入らせて頂きます」


 考えていても仕方がない。サリアはそう判断し、毅然な態度でレオンに向き合う。彼女の顔つきは、既に交渉人としてのそれになっていた。


 「今回、レオンさんがアレク達に協力して頂いたことに対する報酬ですが、金銭での受け渡しを希望されるということでよろしいですか?」

 「あ、はい。それで良ければ」

 「そうですか。では、ディーペストからは報酬金額として1000万エンを提示させて頂きます」


 サリアの言葉を受けて、レオンはギョッとした表情を浮かべた。


 『お、多くないか?』

 『確かに、アレク達を助けた報酬としては高すぎますね。恐らく、それ以上の意味合いを含めた金額化と』

 『……というと?』

 『お忘れですか?ディーペストは、恐らく新種体の魔石の所有権を欲しているのです。マスターがこの金額に食いついたところで、すかさず魔石を譲り受けることを提案してくるのでしょう』

 『えっと……どうすればいい?』

 『この金額に報酬以外の意味合いが含まれていないのか、尋ねてみてください。強気な姿勢で、です』


 シルバーの助言を受けて、レオンが口を開く。


 「え、えーと。もしかして、その金額には単なる報酬以外の意味合いも含まれてるのかなぁ、なんて思っちゃうんですけど」


 右手で後頭部を掻き、申し訳なさそうな顔で尋ねるレオン。


 『強気な態度でと申したはずですが?』

 『だ、だって……』


 この分では、有利な交渉は難しいかもしれない。レオンの様子を見て、シルバーはそんなことを考えて始める。


 「……流石ですね、ご明察の通りです。レオンさん、率直に申し上げますが、我々はレオンさんが討伐した未知なるモンスターの魔石が欲しいのです」


 意外にも素直に要求を表明したサリアが、より真剣な顔つきとなる。ここからが、交渉の本番なのだ。


 「レオンさん、例の魔石を探索者協会に売ったとしても、1000万エンもの値がつくことはないでしょう。順当に考えまして、私達の提案に乗って頂くことが賢明な判断であり、レオンさんが最大限の利益を得る道だと考えられます」


 サリアの言葉に対し、シルバーが念話で彼女の思惑を補足する。


 『確かに、金銭面だけを見れば彼女の言う通りでしょう。しかしそれは、未知のモンスターを討伐したという探索者としての名誉を無視したものとなっています。長期的な目で見れば、魔石を証拠として未知のモンスターを討伐したという勲章を手に入れる方が、よっぽど多くの利益につながるのです。そのことを指摘してください』

 『……最終的には魔石は譲るんだろ?ゴネる必要があるのか?』

 『より多くの報酬を手に入れるためです。相手の要求を交渉もせずに受け入れれば、探索者としてのマスターの拍が落ちてしまいますよ?』


 シルバーに諭され、レオンは苦い表情をしながらも答える。


 「その、それは金銭面だけの話ですよね?えっと、長期的に見たら、新種を討伐した功績の方が大事なんじゃ……」

 「確かに、未知のモンスターを討伐した功績は大きいでしょう。しかし、それは同時に多くの注目を浴びることにもつながります。その結果、思わぬ厄介ごとを招くことにもなるでしょう。レオンさんはソロで活動されていると聞きましたが、それらに対処は出来るのですか?」

 『マスター。ここは強気な態度に出なければなりません。俺の力を見くびっているのかと、そういった趣旨の発言をするのです』

 『そ、そんなの……』


 シルバーの提言を受けても、レオンはそれを実行することが出来なかった。俯いてしまったレオンを見て、サリアは好機とばかりに畳みかけてくる。


 「我々は、仲間を助けて下さったレオンさんのためを思って提案しているのです。我々が未知のモンスター討伐の成果を肩代わりすれば、レオンさんに厄介ごとが舞い込むことがはなくなり、レオンさんは本来以上の金銭的報酬を得るのです。もし金額が不満だというなら、1500万エンお出しします」


 これ以上ないタイミングでの、報酬のつり上げ。交渉人としてのサリアは、中々の実力を有している様だった。

 しかし、レオンは最早報酬のことなど気にも留めていない。

 あなたのためを思って言っている。そんな、サリアの交渉人としての上辺だけの言葉を掛けられ、レオンは歯がゆい気持ちを抱いているのだ。


 「……我々は、レオンさんとは仲良くしたいのです」


 敵意すら覚える眼光で、レオンに訴えかけるサリア。その言葉の裏には、最大規模を誇るギルドである我々とは敵対したくないでしょう?という意味が込められていた。

 サリアのやり方は、交渉人としては至極真っ当なものである。だが、レオンはますます彼女の言葉に対して気を落ち込ませていた。

 かつて、外周区にいた頃のみすぼらしい自分に向けてくれた優しい微笑み。そんな表情を見せてくれたはずのサリアが、今やこうして自分に鋭い眼光を向けているのだ。それはレオンを一人前の探索者として認めているからこその態度ではあるのだが、彼の中にそのことを喜ぶ心持ちは存在していない。


 「……レオンさん、あなたはすごい探索者です。探索者となってから一か月程度にして、ソロで強力なモンスターを倒せる実力を有しているのですから。しかし、出る杭は打たれます。早すぎる成功は、周りの者に疎まれてしまう宿命にあるのです。あなたはきっと、この先探索者として多くの功績を残していくのでしょう。慌てなくても良いはずです。自分ためだと思って、今回は我々に魔石を譲ってくださいませんか?」


 一度高圧的な態度を見せた後で、相手を褒めつつ諭すような言い回しを取る。交渉でよく用いられるオーソドックスなやり方で、レオンに揺さぶりをかけたサリア。

 

 (さて、どうくるかしら……)


 自分の揺さぶりに対して、レオンはどのような反応を見せるのか。あらゆるパターンを想定し、その全てに対応できるように身構えるサリア。だが、レオンが見せた反応は彼女のどの予想とも異なる物だった。


 「……もう、やめてくれ」

 「え?」

 「これ以上、あなたからそんな上辺だけの言葉を聞きたくない」


 レオンは、悲痛な面持ちを浮かべていた。

 予想外のレオンの反応に動揺しているサリアに対して、レオンは溢れ出る言葉をそのまま口にする。


 「全部、あなたのおかげじゃないですか」

 「な、何を言って?」

 「俺がすごい探索者?でも、そのきっかけを作ってくれたのはあなたじゃないですか」

 「きっかけ……?」

 「俺に、教えてくれたじゃないですか。外周区の人間だって、探索者として成功できるって」


 レオンの言葉を受けても、眉を顰めたままのサリア。彼女は、未だにレオンの言葉の意味を理解できずにいる。


 「あの時、あなたがいたから……。あなたがスープをくれたから……だから俺は……俺はこうして……」


 サリアの脳内を、凄まじい勢いで外周区での記憶が駆け巡る。彼女にとっては、さして思い出強いものでもなかった日常の一幕。かつて炊き出しの時に見た、真っ暗な瞳を宿した青年。結びつくはずのなかった面影が、目の前の探索者と重なっていく。


 「魔石が欲しいんですか?なら、そんなものただでもあげますよ。だから……だから……」


 レオンは、ポロポロと涙をこぼしていた。

 胸中に沸き上がる言葉を口にしているうちに、どんどんと感情が昂ってしまったのだ。


 「もう、そんな目で俺を見ないでください」


 そこで、サリアの記憶の中の青年と目の前の探索者が完全に一致することとなった。


 「あなた、あの時の……」


 サリアは驚いた様子で目を丸くする。


 『……ごめん、シルバー』

 『謝罪すべきはシルバーの方です。もっとマスターの心情をおもんばかるべきでした』

 

 俯いてつらつらと涙を流すレオンを、サリアはしばらくの間戸惑った様子で見つめ続けるのであった。

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