第9話 不運なのか幸運なのか


 シルバーを丸呑みにしてしまった黄金ミツメドリを、何とか撃ち落とすことに成功したレオン。しかしその落下地点にて彼を待ち受けていたのは、熊のような姿形をした巨体のモンスターであった。真っ赤な毛皮で全身を覆われ、鋭い爪と牙がこれでもかと主張するように伸びている。

 “ブラッドベア”。それがこのモンスターの名前であった。個体数こそ少ないものの、大森林の生態系の中でも上位に位置する恐ろしいモンスターである。

 シルバーがいない今、レオンはそうした情報を知ることが出来ない。しかし、キエンなどと比べれば目の前のモンスターの方が遥かに危険な存在なのであろうことを、彼はその肌で感じ取っていた。

 明らかな敵意に満ちた鋭い眼光に睨まれ、レオンはただ立ち尽くしてしまう。

 彼の目当てである黄金ミツメドリの死体は、ブラッドベアのすぐ足元に転がっている。ブラッドベアをどうにかしない限り、あれを回収するのは不可能であろう。

 レオンは頭を悩ませる。

 戦う?いや、シルバーのサポートもない現状では勝てる気がしない。一旦距離を取って様子を見るか?そもそも、ここから一歩でも動けば攻撃されてしまうのではないか?

 様々な考えが頭を巡り、身動きが取れないレオン。しばらくの間見つめ合っていた両者の均衡を破ったのは、ブラッドベアの方であった。

 痺れを切らしたかのように唸り声を上げると、レオンへ向かって飛び掛かってきたのだ。

 その巨体に見合わぬ素早い動きに驚かされるレオンだが、ある程度の距離が開いていたことが幸いし、横に飛ぶことで何とか攻撃を回避する。

 攻撃をかわされたブラッドベアは、その勢いのまま1本の大木に激突した。大木は太い幹にメキメキと鈍い音を響かせながら傾いていき、そのままドサリと音を立てて地に倒れ堕ちてしまう。

 大木をへし折るほどの力で激突したブラッドベアだが、その当人は何事もなかったかのように再びレオンに向かって狙いを定めようとしている。

 敵の持つ力に圧倒されながらも、レオンはこの隙を逃す手はないとばかりに複数発発砲した。今のレオンがその大きな的を外すわけもなく、複数の弾丸がブラッドベアの真っ赤な体に命中する。

 だが、その攻撃がブラッドベアにダメージを与えることはなかった。弾丸は確かに命中したにも関わらず、出血などしないどころか傷1つついている様子がない。分厚く頑丈な毛皮に阻まれ、弾丸が肉体まで届いていないのだ。

 何かしたか?とでも言い出しそうな様子のブラッドベアを目にした瞬間、レオンは走り出す。正面からまともにやりあっていては、万に一つも彼に勝ち目など無いのだ。

 あわよくば、そのまま逃げ切ってしまいたいというレオンの思いは儚くも打ち砕かれ、ブラッドベアは猛スピードで彼を追いかけてくる。

 真っ赤な巨体が凄まじい速さで迫ってくる光景に顔をしかめながらも、レオンは速度を落とすことなく走り続け、時折振り返りながら発砲を行う。以前と比べて、彼は探索者シーカーとしての地力を確実に伸ばしていた。

 一定の距離を保ちながら発砲。これまでに身に着けた基本的な戦闘方法を崩さないように、レオンは必死に走りながら射撃を続ける。

 だが、確実に命中し続けている弾丸がブラッドベアに効いている様子は全く見受けられない。焦りを覚えながらも他にどうすることも出来ず、レオンは現在の弾倉に込められている最後の弾を発砲した。弾丸は意図せずブラッドベアの眉間部分に真っすぐと飛んで行く。

 その時、ブラッドベアの行動に変化が見受けられた。

 それまでいくら命中しようが意に介していなかったはずの弾丸を、前足を前方に振りかざすようにして防いだのだ。その動きを止めたことにより、縮まっていた両者の距離が僅かに離れる。だがそれも一瞬のことで、ブラッドベアは再び凄まじい脚力で地を蹴り走り始めた。

 拳銃のリロードを行いながら、レオンは以前キエンの変異体と対峙した際のシルバーの言葉を思い出していた。


 『頑丈な毛皮に覆われた胴体にはいくら弾を命中させたところで意味がありません。確実に頭部に、それも数発撃ち込む必要があります』


 このモンスターも同じなのかもしれない。

 木々の間を縫うようにジグザグに走り回りながらも、レオンは振り返りつつ再び射撃を試みる。狙うのは目や鼻と言った顔のパーツが配置されている頭部の部分だ。その辺りであれば有効にダメージを与えることが出来ると信じ、レオンは発砲する。

 彼の予想を裏付けるように、ブラッドベアは明らかに頭部を避けるように左右へ動き回って弾丸を避けた。

 レオンは確信した。何とか頭部に撃ち込むことが出来れば、勝機を見出せるかもしれない。わずかな希望を見出したレオンだったが、事はそう簡単ではなかった。

 いくら彼が以前よりは幾分射撃の腕を上げたとは言っても、走りながら振り返るような形での射撃の精度はあまり高くない。的の大きい胴体部分ならともかく、小さな頭部を狙撃するのは至難の業だ。

 加えて、ブラッドベアも馬鹿ではなかった。レオンが自らの弱点である頭部へ狙いを定め始めたことに気が付くと、レオンが射撃の姿勢を取る度に左右へ素早く切り返すことで、彼の狙撃を難しくさせる行動をとる。愚直に真っすぐと突っ込んできていた先程までと比べれば、明らかな変化だ。

 結果的に、レオンは徐々に追い詰められていくことになる。

 的の小さな頭部に弾丸を撃ち込むことが出来ず、ブラッドベアとの距離がかなり縮まってきているのだ。

 距離が近くなった分狙撃がしやすくなるかと思いきや、更にギアを一段上げたようにスピードを加速させて動きまわるブラッドベアに、レオンはうまく照準を定めることができない。

 徐々に疲労を蓄積させていくレオンとは違い、ブラッドベアはむしろ調子を上げてきているように思われた。

 このままでは追いつかれて、背中から攻撃を受けてしまう。

 そう考えたレオンは覚悟を決めた。

 シルバーがいない今、キエン変異体の時のようなトリッキーな手段を取ることはできない。立ち止まって、真正面から愚直に頭部を狙うしかない。

 レオンはフルに弾の込められた弾倉を拳銃に装填すると、意を決して振り返りその足を止めた。

 真っ赤な巨体が迫ってくる迫力満点の光景に思わず悲鳴を上げそうになるのをなんとかこらえて、レオンは引き金を引きまくる。

 綺麗な姿勢から行われた射撃だが、それでも信じられない運動能力で動き回るブラッドベアの頭部を捉えることが出来ない。

 ブラッドベアはあっという間にレオンの目前まで迫っていた。彼を八つ裂きにするために、体勢を起こしてその大きいな腕を振り上げる。


 ここだ。


 レオンがそう判断できたのは、命のやり取りを行う極限状態の中で引き出された、彼の潜在能力の賜物であろう。上体を振り上げるようにして行われて攻撃モーションは、ブラッドベアにとっては大きな隙でもあったのだ。

 そのことを一瞬で判断したレオンは、自らを鋭い眼光で見下ろしているブラッドベアの顔面に素早い動作で銃口を向けると、そのまま引き金を引く。

 彼の一連の動作は、文句のつけようがない正に完璧なものであった。絶体絶命のピンチから状況をひっくり返す、逆転の一手であったと言えるであろう。

 ……だが、相手の方が一枚上手だった。

 引き金を引いたレオンが目にしたのは、何もない上空に向かって弾丸が飛んで行く光景であったのだ。そこには、先程まで自分を睨み付けていたはずのブラッドベアの姿はない。

 どうして。

 いつの間にか消えてしまった敵の姿。

 そんな事態を不思議がる暇も与えられず、レオンの右肩口を鋭い痛みが駆け抜けた。


 「ぐわぁあ!!」


 レオンは思わず悲鳴を上げて仰向けに地に伏せる。

 焼けるような痛みに悶絶しながら右肩を押さえると、そこにはべっとりとした血の感触が広がっていた。そこでようやく、彼は自分の右肩部分を引き裂かれたことを理解する。

 傷口を押さえつけたことで真っ赤に染まった掌を唖然として見つめていると、彼のすぐ脇に真っ赤な巨体が佇んでいることに気が付く。

 絶望に染まった表情でレオンが見上げると、そこには嬉しそうに口角を上げて彼を見下ろしているブラッドベアが立っていた。煩わしい獲物をようやく追い詰めたことに対する喜びが、その表情からは溢れ出ている。

 先程、レオンが逆転の一手を試みようと銃口を向けた瞬間、ブラッドベアは素早くその上体を左前方向に倒して体を回転させ、下から掬い上げるような動きでレオンの肩を引き裂いていたのだ。あまりに素早い動きで行われたその動作は、見上げるような姿勢をとっていたレオンの目から見れば、突然敵が消えたように映ったのである。

 だが、その詳細をレオンが知ることはない。彼に分かるのは、自分が死を迎えつつあるということだけだ。

 待ちきれないといった様子のブラッドベアが、腕を振り上げる。

 拳銃を握る右腕は傷の影響で思うように動かせない。今から立ち上がって走り出す隙などあるはずもない。そして、シルバーもいない。

 自らに迫ってくる鋭い爪がスローモーションのように感じられる不思議な光景を、レオンはただ眺めることしか出来なかった。



 熱気。

 その瞬間に感じたのは、凄まじい熱気だった。

 今まさに、レオンの人生を終わらせるはずだったブラッドベア。その真っ赤な巨体を塗りつぶすような真紅の炎が、ブラッドベアを包んでいたのだ。


 グオォォォォ!!

 

ブラッドベアが咆哮する。自らの身に纏りつく炎の熱に苦しんで地面を転がり回るものの、炎の勢いが収まる気配は全くない。

 一体何が起こっているのか。

 訳が分からないという気持ちをレオンが抱えていると、彼の耳に女性の声が聞こえてくる。


 「第一階層のモンスターの癖に、案外しぶといなぁ」


 レオンは声のした方へ振り向く。

 そこには、両腕に炎を纏った女が立っていた。派手な金髪を左右にまとめ、とても迷宮向きとは思えない露出の多い服装をしている。つり上がった目が勝気な印象を与え、不敵な笑みを浮かべる口元からは特徴的な八重歯をのぞかせていた。


 「さっさと死ね」


 女が炎を纏ったその腕をブラッドベアに向けると、そこから大きな炎の塊が飛んで行く。一際大きな炎の渦がブラッドべアを包み込んだ。肌に焼けつくような暑さを感じるとともに、真紅の火柱が天高くまで伸びていく。

 このまま辺りを火の海に包み込んでしまうのではないか、そんなことを考えたレオンだったが、女が再び手をかざした瞬間に、その炎が全てが消え失せる。

 一瞬の出来事だった。

 先程までの熱が嘘のように跡形もなく炎は消え失せている。だが、ブラッドベアがいたはずの場所に広がる真っ黒な地面だけが、あの火柱が確かに存在していたことを物語っていた。

 断末魔を聞くことすらなかった。最後の悲鳴を上げる暇もなく、ブラッドベアは莫大な炎の渦によって跡形もなく消え失せてしまったのだ。魔石など残っているはずもなく、僅かな消し炭だけが真っ黒な地面と同化してこびりついている。

 レオンは言葉を失っていた。

 自分が今まさに死を迎える直前であったこと、それをこの女によって助けられたこと、自らを追い詰めたブラッドベアが赤子の手を捻るように葬り去られたこと。

 様々な衝撃的事象が一度にレオンを襲い掛かり、彼は間抜けな表情を浮かべることしか出来ない。


 「ボク、大丈夫だったぁ?」


 どこかからかうような女の声。

 その声につられるように彼女を見つめたレオンの目は、意図せず大きく開かれたその胸元へと向けられる。そこには、ネックレス上に加工された探索者板シーカータグがぶら下げられていた。

 

 「……黒タグ」


 レオンは思わず呟く。

 彼女の胸元に掲げられていたのは、探索者達の最上位。他の誰よりもクラークの奥深くまで挑み、最前線で攻略を行っている探索者であることを意味する真っ黒なタグだったのだ。


 「せいかーい。そう言うボクは精々白タグってとこかな?」


 女はケラケラと笑いながら答える。

 現在は腕に炎を纏っておらず、その姿は場違いな恰好で迷宮に立っているただの女に過ぎない。

 恐らく、先程見せた彼女の能力は異能(スキル)によるものだったのだろう。そんなことを考えながらも、何も言葉を発せられずにいたレオン。彼はそこで、新たな声色を耳にする。


 「アミ、いつまで油を売っている?」


  そこに現れたのは、レオンと同じ黒髪を靡かせ、こちらに向かって歩いてくる男だった。

  男はレオンのことなどまるで眼中にないといった様子で、すまし顔のままアミと呼ばれた女の下へと歩いていく。


 「いーじゃん別に。雑魚を思いっきり燃やし尽くして少しはイライラが解消されたってもんだよ」

 「お前の気まぐれに付き合っていられるほど俺達は暇じゃないんだ。一刻も早く地上に戻って、話し合いを行うべきだろ?」

 「もー、シュージは冷たいなぁ。アタシのその気まぐれのおかげで、一人の若き探索者が救われたんだぞぉ?」


 アミは飄々とした態度でレオンのことを指さす。

 そこで初めて、シュージと呼ばれた男がレオンに視線を向けた。その凍てつくような冷たい視線にさらされてレオンの身体は固まるが、シュージはすぐに興味を無くしたようでアミの方に向きなおした。


 「黙れ。これ以上のお喋りは不要だ。すぐにガレリアに帰還するぞ」

 「はいはい。分かりましたよぉ。もう、そんなに急いだって見つかりっこないのに」


 シュージが振り返って歩きだすと、アミも追随するように歩き始める。彼女はレオンの方に振り返り、後ろ歩きをしながら彼に声をかけた。


 「ボクー!悪いけど手当とかまではしてあげられないやぁ。せっかく助けてあげたんだから、何とか生きて帰るんだぞぉ」


 アミはケラケラと笑みを浮かべながら、レオンに手を振る。だがシュージがすぐにその速度を上げると、彼女もそれに伴い踵を返して走り去っていった。

 取り残されたレオンは、呆然としたまま既に姿の見えなくなった2人が去っていた方を見つめ続ける。

 少しの間そうしていた彼だが、やがてハっとして立ち上がった。

 ここは迷宮なのだ。何の偶然か繋いだこの命、何としてでも生かさなければならない。

 レオンは痛む傷口を押さえながら歩き出した。向かっているのは、黄金ミツメドリの死体が落ちている場所だ。この状態で生きて地上に帰るには、やはりシルバーのサポートが必要不可欠であると考えたからである。

 無我夢中で走りながらブラッドベアとの戦闘を行ったため、黄金ミツメドリの死体の場所を正確には把握していない。恐らくこちらの方角であろうという感覚を頼りに進むしかないのだ。加えて、その間にモンスターに襲われない保証も、シルバーがきちんと機能してくれる保証もない。絶体絶命の危機を乗り越えたとはいえ、レオンは未だ窮地に立たされたままなのだ。

 ブラッドベアに追われながら走った道筋を懸命に思い出し、自らの進む方向が合っていることを祈りながら歩き続けるレオン。やがて、彼は見覚えのある茂みをかき分けることとなった。


 「……よかった」


 心から出た言葉であった。

 レオンは無事に黄金ミツメドリの死体の下へと戻って来れたのだ。

 道中でモンスターに襲われることも、再び別のモンスターが待ち構えているということもなかった。

 レオンは地に投げ出されている黄金ミツメドリに近づき、短刀を用いてその腹を切り開く。うまく動かせない右腕を庇い、レオンは慣れない左腕で何とか切開を行った。

 腹を裂いたレオンは、すぐに魔石を見つけ出すことに成功する。だが、当初魔石と並んでもう1つのお目当てであった黄金光石は、その原型をとどめておらずバラバラに砕け散っていた。

 一体何故?

 レオンの頭に疑問が浮かび上がる。黄金ミツメドリの腹に宿っていたこの光り輝く無数の結晶が、元は一つの黄金光石であったことは間違いないであろう。それが、何らかの理由でこうして砕け散ってしまったのだろうか。

 だが、レオンはそれ以上考えることはやめた。今しなければならないのは、シルバーを探すことなのだ。

 レオンは臆することなくはらわたに手を突っ込んで、目的の物を探す。嫌な感触が掌に伝わる中、彼はすぐに小さな硬い感触を感じ取った。

 あった!

 レオンは無事、黄金ミツメドリの体内からシルバーを取り出すことに成功した。


 「頼む……」


 レオンは思わず口にしながら、自らの指へとそれを通した。


 『システム起動』


 レオンの頭の中に、待ち望んだ声が響き渡る。


 『ユーザー情報を確認。……ユーザー、レオン。…………マスターっ!?ご無事ですか!?』

 『あぁ、良かった』


 シルバーと再び言葉を交わせたことに深い安堵と喜びを覚えたレオンは、思わず泣きそうになってしまうのを必死にこらえる。


 『マスターの右三角筋及び大胸筋からの出血を確認。現在位置情報を取得。索敵及びマップ機能を起動。……マスター、現状を詳しくご説明願いたいところですが、お怪我もされているようですので今すぐ地上へと向かうことを進言致します』

 『ああ。詳しい話は道中で話す。道案内を頼めるか?』

 『肯定。勿論です。現在のマスターの身体状況を考慮し、モンスターとの接敵を避けた最短ルートを表示致します』

 『……全く、お前は頼りになるな』


 レオンは急いで黄金ミツメドリの魔石と、バラバラに砕け散っている黄金光石の欠片をできるだけかき集めると、シルバーの示すルートに従って歩き出した。


 結果的に、レオンは無事にガレリアへと帰還することに成功する。シルバーのサポートにより、手負いの彼がモンスターと遭遇することはなかった。

 その道中、レオンはシルバーに事の顛末を話していた。黄金ミツメドリとの戦闘中に突然シルバーの機能が停止したこと。シルバーを飲み込んで飛んで行ってしまった黄金ミツメドリを何とか撃ち落としたこと。その落下地点にて巨大な熊型のモンスターと遭遇したこと。そのモンスターに殺されかけたところを、黒タグの女探索者に助けられたこと。

 レオンの話に対してシルバーが見解を示すことで、彼の疑問は幾分か解消されることとなった。


 『謝って済まされることではありませんが、突然機能を停止させてしまったこと、本当に申し訳なく思います』

 『結果的に生きてたからいいよ。お前のありがたさも改めて分かったしな。それより、どうして突然そんなことになったのかが重要だろ?』

 『……これは推測の域を出ませんが、恐らくマスターを助けた2人の探索者がシルバーの機能停止に関与しているかと』

 『なに?』


 シルバーの不在により絶体絶命の危機に陥ったレオン。そんな彼を救ってくれたのがその探索者達であるが、そもそもの原因を作ったのが彼女らかもしれないというシルバーの推測に、レオンは目を丸くする。


 『シルバーが機能を停止させてしまったのは、何者かから発せられた強力な拡散性不可視障害電波による影響を受けてしまったからです』

 『え、えっと?』


 聞き慣れない単語に対し、レオンは頭上に?マークを浮かべる。


 『分かりやすく言えば、シルバーを始めとする高度な技術製品を使えなくしてしまう電波を発する、何者かの接近を許してしまったということです』

 『それが、あの探索者達だってのか?』

 『恐らく、ですが』

 『その根拠は?』

 『先程も述べた通りあくまで推測ですので、確固たる根拠はありません。ですが、タイミング的には十分にあり得ることかと。近づかれれば機能を停止させられてしまうような存在が、大森林及び第一階層に生息しているというデータは持ち合わせておりません。なので、少なくとも原因は元から生息しているモンスター等ではなく、外部からクラークに訪れるような存在であることが考えられます。言うまでもなく、そんな存在は探索者をおいて他にありません。とは言え、並みの探索者がシルバーを機能停止に追い込むほどの能力を有しているとは考えづらいです。ですが、それが黒タグともなれば話が変わります』

 『……もしシルバーの言う通りだったとして、どうしてあの探索者達はそんなことをしたんだ?シルバーの機能を停止させることに、あいつらに何の意味がある?』

 『何も彼らはシルバーの機能を停止させる意図などはなかったでしょう。異能スキルなのか特別なアイテムなのかは分かりませんが、発せられていた電波は一定範囲内の技術製品の機能を停止させるという代物です。恐らくですが、クラーク深層の攻略に役立つ能力なのかもしれません。その範囲内に、マスター及びシルバーが入り込んでしまったというだけの話なのです。そもそも、彼らがシルバーの存在など知るはずもないでしょうし、シルバーの機能を停止させてマスターを追い込む理由などありません。マスターはたまたま彼らに近づかれてしまったことにより追い込まれ、同じく彼らが近くにいてくれたことで救われたのです』

 『……とんだ災難なのか、幸運だったのか』

 『少なくとも生きているのです。幸運だったと捉えるべきでしょう』


 その後も、シルバーの解説は続けられた。

 黄金ミツメドリがシルバーを飲み込んで飛び立ってしまった後、上空で急に体勢を崩したのは、シルバーの力によるものだったらしい。高度が高くまで上がったことにより、恐らく例の探索者達のものであろう能力範囲から抜け出したことで、機能を取り戻したシルバーが黄金ミツメドリに幻覚と幻聴をもたらしていたのだ。思わぬところで、レオンはシルバーのサポートを受けていたのである。


 『シルバーの力には、そんな使い道もあるんだな。モンスターを幻覚や幻聴で惑わせるなんて、考えもしなかった』

 『肯定。とは言え、使い所はかなり限定されるかと。今回のように、シルバーが丸呑みにされてしまうような事態は、そもそも避けなければなりません』

 『モンスターの体に、右手で触れるだけでもいいんじゃないのか?接触さえすれば、その相手に干渉できるんだろ?』

 『肯定。しかし、その方法はあまり現実的とは言えませんね。わざわざ敵に接近してシルバーの機能を用いるより、遠距離から射撃する方が余程効果的です』

 『まあ、それもそうか』


 シルバーの言葉に、レオンは頷く。

 あの黄金ミツメドリの異常な大きさや攻撃性についてだけは、シルバーも理由が分からないままだという。シルバーに分からない以上は仕方がないので、その件について考えるだけ時間の無駄であろう。

 黄金光石が砕け散っていたことについては、レオンの放った弾丸が丁度黄金ミツメドリの腹部に宿る黄金光石に直撃してしまったことが原因であると推察されるらしい。それ以外には考えられないだろうとのことだ。

 

 『全く、つくづく不運なのか幸運なのか』

 『多少価値は下がってしまったでしょうが、それでもまとめて売ればそれなりの値が付きます。そう悲観することはないでしょう』


 今回の迷宮探索にてレオンを渦巻いた様々な出来事に対し、彼はそれらが幸運であったのか不運であったのかを判断しかねる。

 だが、レオンは自分でも気づかないうちに、とある大きな幸運を発揮していた。

 マミとシュージと遭遇した際、彼は黒いベストを身に着けておらず、加えてシルバーも奪われている状態だった。それらは一見彼を窮地に追い込んだ要素でしかないように見えて、彼女らとの対面を果たすことになったあの場面においては、非常に重要なことだったのだ。

 黒いベストやシルバーを彼女らに見られなかったこと。

 それが何よりの幸運であったということを、今のレオンが知る由もない。

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