第8話 降りかかる災難
レオンがマリーとリンとの食事を行ってから、一週間が経過していた。彼が探索者となってから10日が経過したことにもなる。
この一週間の内、レオンはほとんどの日において迷宮探索を行っていた。キエンの大量発生は相変わらず続いているようで、討伐依頼を受けつつそれらの討伐を主に行っている。大森林においてキエンの討伐、夜寝る前に読み書きの練習、余裕のある日には街に出て外食を行うという生活サイクルが定まりつつあった。 なお、休みの日には以前と同じように外周区での戦闘訓練を行っており、レオンは探索者としてその地力を着実に伸ばしている。
ちなみに、依頼に伴うキエンの魔石の販売がレオンの主な収入源となっており、彼が現在使用可能となっている
既に延長の宿泊手続きを行っている宿を出て、レオンはいつもの様にマリーの勤める協会支部へと向かう。キエンの討伐依頼自体は継続的な依頼としての受注を済ませているが、他にも有用な依頼や情報があるかもしれないので、こうして探索前には支部に訪れるようにしているのだ。
たどり着いた協会支部は、いつも通り探索者の数が少ない。午前中から活動を行うような、規則正しい生活習慣を持つ探索者は多くないのだ。それが幸いして、午前中に訪れれば受付嬢として働いているマリーとほぼ確実に話ができるという側面も存在している。
「あ、レオンさん、おはようございます」
仲が深まったことにより、マリーのレオンに対する呼称は“様”付けから“さん”づけへと変化していた。
「ああ。おはよう」
「今日はリンと食事に行く日ですね。楽しみですっ!」
他の男性探索者が聞けば、レオンに怨嗟のこもった視線を向けることになるであろう発言がマリーの口から飛び出す。彼女の言葉通り、今日は前に約束した二度目の食事会の日であるのだ。
当初と比べればマリーに対する性の意識も大分落ち着いたレオンではあるが、それでも彼女のことを悪からず思っているのは間違いのないことであるし、何よりリンの連れて行ってくれるのであろう美味しいお店への期待が高いため、彼は今晩のことを楽しみにしていた。
マリーの言葉に相槌を打ちつつ、いつものように何か目ぼしい依頼や情報がないか尋ねる。
「そう言えば、気になる情報が入っていまして」
そう前置きしてから、彼女は続きを話す。
「大森林において、金色に輝く鳥のようなものを見たという目撃情報が入っているんです」
「それって、もしかして?」
「はい。恐らくは黄金ミツメドリのことかと」
黄金ミツメドリ。その名前を、レオンは一週間前に聞いたばかりである。それは探索者であったリンの両親が探し求めていたモンスターであり、彼らはその腹の中に生成される黄金光石と呼ばれる
「黄金ミツメドリは危険性こそありませんが、出現するのが非常に稀なモンスターではあります。探し出して討伐を目指してみるのもいいかもしれませんね。とは言っても、無理は禁物ですよ!」
その小さな手からピシリと人差し指を伸ばし、マリーはレオンに忠告する。
その仕草に、レオンは微笑ましいものを見るような笑みを浮かべた。
「ああ、分かってるよ」
「そうですね。レオン様は無理をなさらない人ですし」
「そういうこと。じゃあ、行ってくる」
「お気をつけて」
マリーの見送りを受けたレオンは、協会支部を後にする。
『お前の能力があれば、黄金ミツメドリを見つけられるんじゃないのか?』
『否定。他の探索者より有利なことは確かですが、広い大森林の中を飛んでいるたった1羽の鳥型モンスターを探しだすのは容易ではありません』
『そうか。難しくないなら探してみるのも悪くないかと思ったんだけど』
『確かに、黄金ミツメドリはその魔石自体も、腹に宿す宝物も非常に高値で売ることが出来ますので、討伐することが出来ればかなりの金銭的余裕を得られるかもしれません』
『へえー。ちなみにいくらくらいなんだ?』
『時期によって相場が異なることもありますが、魔石が500万エンで、黄金光石は650万エン前後でしょう』
「は?」
シルバーとの念話を行いながら歩いていたレオンは、立ち止まって口から声を漏らした。
『マスター、念話を忘れていますよ?』
『いや……いやいやいや。何だその金額。おかしいだろ』
『何もおかしいことはありません。確かに、第一階層を基準に考えれば破格の値段ですが、第二階層以降のモンスター達であればその程度の値がつく魔石も珍しくはありません』
『第二階層以降に行けてる探索者達は、全員億万長者か?』
『より深い階層に挑むには、その分高価な装備やアイテムをそろえる必要があります。そういった必要経費を考えれば、億万長者と呼べるほどの財産を所持している探索者は多くないかと。勿論、第一階層での活動を中心としてる探索者とは比べ物にならない財力を保有しているとは思われますが』
『……』
『探索者として、上を目指す気になりましたか?』
壁外区での生活にも慣れ始めてきたレオン。その先の生活を、彼が夢物語ではないものとして捉え始めるのも時間の問題だった。とは言え、現状ではやはりまだまだ別世界の出来事の様に感じられるレオンは、言葉を濁すように別の質問を投げかける。
『ってか、やっぱりおかしくないか?黄金ミツメドリって普通のミツメドリとほとんど変わらないんだろ?』
『その色が違うのは言うまでもなく、通常の個体よりは一回り大きいですが、ほとんど戦闘能力を有していないという点に関して言うのであればその通りですね』
『なんでそんなやつの魔石が500万もするんだよ?強力なキエンの変異体だった50万だったんだぞ?』
『強力なモンスターの魔石であるほど手に入りづらく、価格が高い傾向にあるのは事実ですが、その根底にある考え方は需要と供給です。手に入りづらく、求める人の多い魔石であるなら、その価格はモンスターの強さに関わらず高額なのです』
『……よく分からん』
『そういうものだと受け入れるしかありません』
納得のいっていないレオンだが、更に湧き出た疑問を続けてぶつける。
『そもそも、魔石って何に使われているんだ?売り払われた後はどうなる?』
『様々な技術を支えるエネルギー原として使われます。街を照らす明かりが良い例です。その他にも、銃火器を始めとした武器の生産にも用いられるそうですよ。探索者協会が探索者から魔石を買い取り、それをそのままそれぞれの業者に売りさばいているのですね』
『ふーん』
『分からない物事に関して疑問を抱くのは、非常に良い傾向と言えます。マスターが心身ともに健康的な生活を送られている証拠です』
『そうなのか?』
『肯定。迷宮内での事象を除いて、世界の全てには仕組みがあるものです。今後も、疑問に思ったことがあれば何なりとお尋ねください。シルバーの知っている範囲でお答え致します』
外周区にいた頃であれば、物事に関して疑問を抱く余裕すらなかったのだ。何となくそのことを理解したレオンは、これも成長なのだと割り切って、沸き上がるモヤモヤと付き合っていくことを決めたのであった。
今や見慣れた迷宮の入り口を進み、レオンは大森林へと足を踏み入れる。
『今日もキエンの討伐が主な目的ってことでいいか?黄金ミツメドリのことも気になるけど』
『肯定。本日もキエンの討伐を行いましょう。その過程で運よく黄金ミツメドリを見つけるようなことがあれば、状況を加味した上で危険でなければ討伐を目指すことに致します』
『了解だ』
レオンは大森林の奥へと足を進める。
何かあればすぐに帰還できるよう、入り口付近の探索しか行っていなかった最初の頃と比べて、現在のレオンは大森林の奥まで躊躇なく足を踏み入れることが出来るようになっている。シルバーのサポートが無い状態でも、複数匹のキエンを相手に勝利を収めることが出来る程度の実力を、今の彼は有しているのだ。
『そういえば、大森林を抜けた先には何があるんだ?やっぱり、第二階層に続く道があるのか?』
大森林をある程度自由に動きまわれるようになったことにより、レオンにはそんな疑問が芽生える。
『否定。大森林は第一階層の前半部分に過ぎません。その先には、足元のぬかるむ“沼地”が広がっています。奥に進むほど濃度が濃くなっていく霧が立ち込めている場所です。前半部分の大森林、後半部分の沼地。それら二つによって、第一階層は構成されているのです』
『なるほど。流石にクラークは広いな』
『世界一の迷宮ですので』
1つの階層だけで、通常の迷宮1つ分の大きさを有しているクラーク。その広大さを、レオンは改めて理解することとなった。
その後、いつもの様にキエン狩りを行いながら大森林を奥へと進む。繰り返されるキエン達との戦闘において、最早レオンが遅れを取ることはない。
『こうもキエンばっかり狩ってると、探索者と言うよりキエン専門の退治屋みたいだな。大森林には他に目ぼしいモンスターはいないのか?』
『本来、大森林にはキエンの他にも多数のモンスターが生息していますが、昨今の大量発生により生態系に変化が起きている様ですね。とは言え、マスターがそのように感じる一番の原因は、シルバーの索敵により意図的にキエン以外との接触を避けているからですが』
『やっぱり、キエン以外のモンスターと戦うのは厳しいのか?』
『否定。現在のマスターであれば、大森林に生息するモンスターの多くとそれなりに戦うことができると推測されます。ですが、討伐依頼を受けていることや元々の生息個体数が多いことを考えると、キエンの討伐を行うことが最も効率的に稼ぐ手段なのです』
『なるほどね』
現状、探索者としてのランクアップには重きを置いていないレオンではあるが、キエン討伐を繰り返す日々に若干の味気なさを感じつつあるのも事実だ。
そろそろ本格的に第一階層の攻略に乗り出してもいいのかもしれない。そんなことを考えているレオンに、シルバーが興味深い報告を告げる。
『マスター、索敵範囲内に黄金ミツメドリらしき反応を捉えました。今から向かえば、討伐も可能かもしれません』
『本当か!?』
討伐に成功すれば、今までとは桁違いの報酬を得ることができる黄金ミツメドリ。見つけるのは非常に困難であるとのことだったが、こうして索敵範囲内に捉えることかできたのは幸運なことであろう。
『向かっても問題なさそうか?』
『肯定。周囲にこれと言った弊害もなさそうです。ここは是非とも、黄金ミツメドリの討伐を試みるのが良いかと』
『勿論だ!』
『それでは、ルートを表示致します』
シルバーの示すルートに従い、レオンは急ぎ足で進み始める。
『現在、標的は木の枝に留まって休息を取っているようです。用心深い性格ですので、本来であれば大木の頂上付近にしか留まらないモンスターなのですが、正に好機と言ったところでしょう』
『……まあ、最近運の良さには自信があるんだ』
自らの身に着けている銀色の指輪を撫でながら、レオンは答えた。
『黄金ミツメドリの討伐が難しいのは、その用心深い性格のせいなのか?』
『肯定。それも大きな要因の1つです。加えて、そもそもの個体数が圧倒的に少ないこと、索敵が困難な空高くが主な行動範囲であることが理由として挙げられます』
レオンはその場で上を見上げる。天を覆いかぶさる木々の枝葉が邪魔をして分かりづらいが、その隙間からは地上と同じような空が高くまで続いているように見えた。
ここは地下なのに何故?などという疑問を、今更彼が抱くはずもない。
『そいつは厄介だな。むしろ、今まで討伐に成功した探索者達はどうやったんだ?』
『極めて高度な索敵技術を有していたり、同じく極めて高度な長距離攻撃手段を有していたという事例もあったでしょうが、多くの場合は黄金ミツメドリの習性を利用して討伐を成功させてきたものと思われます』
『習性?』
『光り輝く物に目がないのです。宝石や、アクセサリーなんかの類が主な好物ですね。黄金ミツメドリは、それらを見つけて丸呑みにしてしまうのです』
『丸呑みって……食べるってことか?』
『詳しいことは分かっていませんが、体内で生成される黄金光石の材料としているという説が有力ですね。探索者達はその習性を利用して、光り輝くものを囮におびきよせたり、罠を仕掛けたりして討伐を行ってきたのです。とは言え、やはり用心深い性格ですのでそれも簡単なことではありません。罠だと分かれば、すぐに逃げ去ってしまいますから』
『なるほどな』
シルバーの説明に耳を傾けつつも、最低限の警戒を保つように意識しながら速足で進み続ける。しばらくしたところで、再びシルバーが彼に声をかけた。
『マスター、間もなく標的の目視が可能になってくる距離です。感づかれないよう、体勢を低くしてゆっくりと進んでください。気づかれれば、その瞬間逃げ出されてしまいます』
シルバーの指示に頷き、その身を屈めて慎重に移動し始めるレオン。彼は、すぐにその姿を視界に捉えることとなった。
『……でかくないか?』
レオンの目にした黄金ミツメドリは、彼の想像よりも遥かに大きなものだった。
通常のミツメドリは精々全長80センチメートル程であるが、黄金ミツメドリはその倍以上の大きさがあるように思える。3つの大きな目がギョロリと辺りを見渡し、金色の羽を全身に纏い、風にその長い尾を靡かせて優雅に佇んでいる。こんなモンスターが戦闘力皆無で臆病な性格をしているとは、レオンには信じられなかった。
『肯定。通常のミツメドリよりは大きいとされている黄金ミツメドリですが、流石にあれは大きすぎますね。とは言え、大きさを除いた姿形は正に黄金ミツメドリそのものです』
『ただ単に黄金ミツメドリの中でもでかい個体ってことか?』
『そう考えるには、やはり少々大きすぎますね……』
シルバーは、悩ましそうな口調で答える。
今まで見せたことのないシルバーの様子に、レオンは驚きを覚えていた。彼は無意識の内に、シルバーに分からないことなど無いと思い込んでいたのだ。
『どうする?攻撃するのは止めておくか?』
シルバーに正体が分からないような存在であるならば、戦わないのが賢明な判断であるのではないか。そんな考えの下、レオンは問いかける。
『……安全を考慮すれば、そうするのが良いのは間違いないでしょう。とは言え、大きさ以外にあれが黄金ミツメドリであることを疑う要因が存在しないこともまた事実です。ただ単に、過去に例を見ない程成長しきった個体であるというだけの話かもしれません。そうなれば、シルバーの一存で決定するにはあまりにも大きな機会の損失となります。あれほどの大きさであれば、その腹に宿す黄金光石の額も跳ね上がるでしょうから』
ただでさえレアであるという黄金光石。それがあの巨体に比例して大きさで生成されていたとしたら、その報酬はいかほどのものなのだろうか。そんな想像をしたレオンは、ゴクリと唾を飲む。
『ですので、マスターが決めてください』
『俺が?』
『肯定。得られるかもしれない大きな報酬と、あのモンスターが持ち合わせているかもしれない脅威。両者を天秤にかけてシルバーが答えを導き出すのは、少々難しい事案であると言えます。ですので、マスターが決めてください。重要な局面での判断も、探索者に問われる資質です』
『うーん』
レオンは頭を悩ませる。
少しの間考えた後、レオンは決断を下した。
『攻撃してみよう。逃すにはあまりに惜しい存在かもしれない』
『かしこまりました。シルバーが全力を持ってサポートさせて頂きます』
討伐を決めたレオンは、シルバーの指示のもと更に標的へと近づく。
『安全面を考慮し、射撃可能距離ギリギリからの射撃を行います。とは言え、的が大きいこともあるので、現在のマスターであれば十分に命中させることが可能であると思われます。一発目で仕留めることが出来ずに、目標が逃亡ないしは敵対行動を取った場合はすぐさま状況に合わせて行動する必要がありますので、そのつもりでいてください』
『分かった』
シルバーの示す射撃地点まで到達したレオンは、その身を屈めたまま静かに狙いを定める。黄金ミツメドリはこちらに気が付いている様子はない。
『照準が定まったら、発砲してください』
『ああ』
レオンは引き金に手をかける。
軽く息を吐き出し、その引き金を引いた瞬間だった。
今までじっとしていたはずの黄金ミツメドリが突然羽ばたき、枝上から飛び立ってしまったのだ。大きさの割に素早い動きで飛び立った標的を弾丸が捉えることはなく、奇襲は失敗に終わる。
一体いつから気が付いていたのだろうか。
レオンがそんな疑問を抱いていられたのも一瞬のことだった。飛び上がった黄金ミツメドリが、そのままこちらに向かって真っすぐと空を駆けてきたのだ。それはすなわち、標的が逃亡ではなく戦闘を選んだことを意味する。
一応その可能性があるかもしれないと考えていたとはいえ、レオンはその突然の出来事にやはり面喰ってしまう。すぐさまシルバーの指示に従って動けるように身構えたレオンだったが、何故かその耳に次の行動に対する指示が聞こえてこない。
『シルバー?』
レオンが念話で声を掛けるものの、やはり反応はない。その間にも、黄金ミツメドリがこちらに向かって飛んできている。
『シルバー!?どうしたんだっ!?』
半ばパニック状態に陥りながら指示を請うレオンだが、どういうわけかシルバーが彼に話しかけてくる様子が全くないのだ。
そこでレオンは、先程まで左下に表示されていた円形のマップが消え去っていることに気がついた。
まさか、シルバーの機能が停止している?どうして突然?
レオンがそう考えたのも束の間、もう目前まで黄金ミツメドリが迫って来ていた。彼は咄嗟に対抗しようと、その手に持った拳銃を向ける。
だが、敵の方が上手であった。その長い尾を鞭のようにしならせて、レオンが手に持っていた拳銃を弾き飛ばしたのだ。まるで、それが武器であることを理解しているような行動である。
得物を失ったレオンは、慌ててそれを拾いに行こうと走り出した。だが、敵はその行動を許してはくれない。
背を向けて走り出そうとしたレオンの背中側から、彼の身に着けているベストを器用に足で掴んで、そのまま彼を空中へと持ち上げ始めてしまったのだ。
突然自らの体が浮かび上がったことに、レオンは激しく動揺する。何とか自らを掴む魔の手から逃れようともがくが、微動だにしていない様子の黄金ミツメドリはその高度を徐々に上げていく。
空高くから落下させ、自らの命を奪うつもりだ。そのことに気が付いたレオンは、必死になってベストを脱ぎ去った。するりと腕が抜け去ると、そのままレオンは地面へと落ちていく。既にある程度の高度まで達していたこともあり、落下に伴う衝撃は小さなものではなかった。
「ぐはっ!!」
地面に叩きつけられたレオンは、思わず叫び声を上げる。全身を駆け巡る痛みで、思うように体を動かすことが出来ない。
黄金ミツメドリは用済みとなったベストを放り投げると、のたうち回ることしかできないレオンに追い打ちを掛けるように、彼の下へと急降下してくる。そしてそのままレオンに飛び掛かると、彼を大の字の形に固定するようにして、その両腕を地面に押さえつけた。左右それぞれの腕を大きな足に押さえつけられ、レオンは黄金ミツメドリに見下ろされる形となってしまう。
身動きのとれないレオンにその大きなくちばしを何度も突き立てれば、彼の体は穴だらけになってしまうかもしれない。自らの運命を思い描いてしまったレオンは、瞳にはっきりと恐怖の色を浮かべる。
だが、次に敵がとった行動は意外なものだった。
ゆっくりとくちばしをレオンの右手部分まで近づけたかと思うと、繊細な動きで器用に彼の中指から指輪を抜き去ったのだ。驚いているレオンのことなど気にも留めていない様子の黄金ミツメドリは、そのまま指輪を飲み込んでしまった。
呆気に取られてしまうレオン。彼に対する興味も脅威も抱いていないのであろう黄金ミツメドリは、目的は果たしたとばかりに空へと羽ばたいて行ってしまう。
光り輝くものに目がない。
黄金ミツメドリに関するシルバーの言葉を、レオンは思い出していた。
本来であれば、人が身に着けているアクセサリーなど狙うはずもないのであろう。だが、あの大きな体を持つ個体にとっては話が別であったようだ。
離れていく黄金ミツメドリの姿を見ながら、一瞬のうちにレオンの脳内を様々な考えが駆け巡る。
命は助かった。だが、シルバーは奪われてしまった。追いかける?だが、あれに勝てるか?そもそも追いつけるのか?更に元を正せば、どうしてシルバーはいきなり機能を停止させてしまったんだ?
答えの出ないあらゆる疑問が沸き上がっては消えていくが、徐々に離れていく黄金ミツメドリの姿に急き立てられるようにして、レオンは立ち上がった。幸いにも近くに落ちていた拳銃だけを拾い上げると、全速力で走り出す。
もしここでシルバーを失えば、今後探索者として生きていくのは難しいだろう。そうなれば、待っているのは外周区での生活か死だけだ。
先程手も足も出なかったはずの敵の後を、必死になって追いかける。
しかし、相手は翼を持ち空を自由に飛び回る存在だ。その距離はどんどんと離されていき、高度も高くなっていく。完全に見失ってしまうのも、時間の問題であった。
一か八かで射撃を試みるか?いや、流石に遠すぎる。だが、手をこまねいていては取り返しがつかなくなってしまう。
自分の中での押し問答を終え、レオンが絶望的にも思える射撃を試みようとした時、黄金ミツメドリの様子に変化が表れる。
優雅に飛んでいたはずのその体をフラフラと揺らし、まるでバランスが取れなくなってしまったかのように高度を下げ始めたのだ。
敵に突然起こったその異変の原因など分かるはずもないレオンだが、彼にとってそれが好機であることは間違いなかった。
どんどんと下に降りてくる黄金ミツメドリに、必死に走って近づきながら照準を定める。敵がいつまたその体勢を立て直してしまうか分からない状況の中、ようやく有効射程範囲内にその姿を収めたレオンは、祈るような気持ちと共に引き金を引いた。
放たれた弾丸が、彼の狙い通りの弾道線を描いていく。そしてそのまま、弾丸は見事に標的を撃ち抜くことに成功する。
黄金ミツメドリは空中で鮮血をまき散らしながら、深い緑の生い茂る茂みの向こう側へと落ちていく。
沸き上がる歓喜が胸に満ちているのを感じながら、レオンはその落下地点へと走る。
後は、シルバーと共に魔石と黄金光石を回収して、地上へと一直線に帰還すればいい。とは言え、そのためにはシルバーが機能を取り戻している必要がある。
シルバーが無事にその機能を取り戻してくれることを願いながら茂みをかき分けたレオンが目にしたのは、地に堕ちた黄金ミツメドリの死体を見下ろしている大型の熊のようなモンスターであった。
全長2メートル以上はあるその巨体、鋭い爪、尖った牙。口元からはポタポタと垂れる唾液を溢れさせている。
その風貌に見合った鋭い眼光が、レオンを睨み付けていた。
彼に降りかかる災難は、まだ終わらない。
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