第7話 色気よりも食い気

 『2日ぶりだな』


 レオンはその足を外周区へと運んでいた。

 リンの書店で複数の本を購入し、その後ついでに衣服の購入も行ったレオンは一旦それらを宿に置いてきた後、戦闘訓練を行うためにここまで赴いたのだ。

 戦闘訓練を終えた後は宿に戻ってから服を着替え、マリーとリンと共に夕食に向かうことになっている。二度手間になるから先に服を着替えた方が良いのではないかと考えたレオンだったが、身体を動かして汗を流すのだからとシルバーに却下された。


 『なるべく人が少なく、十分な広さを有している開けた場所へと向かいましょう』


 場所の目星がついているらしいシルバーの案内の下、外周区を進む。

 治安の悪い外周区ではあるが、先程までは身に着けていなかった黒ベストと短刀に加えて拳銃も携えているので、レオンが身の危険を感じることはない。そもそも、ここは彼が長年暮らしてきた場所なのだ。

 路上に横たわっている、生きているのか死んでいるのか分からない人達。表情に影を落として、その身を縮めてじっと座っている子供達。ボロボロになった家屋が点在し、比較的綺麗な建物は荒くれ者達が占有している。

 そんな見慣れたはずの光景に、レオンは僅かに顔をしかめていた。彼の胸に宿っているのは同情か、或いはここに戻りたくないという恐怖か。その正体は彼自身にも分かりかねるものだ。


 『先客もいないようですし、ここで訓練を行うことと致しましょう』


 シルバーに導かれてやってきたのは、辺りに何もない開けた広場であった。外周区の土地柄を考えれば適した表現ではないが、強いて言うなら空き地とでも呼べる場所であろうか。


 『一昨日と同じような感じで訓練するんだな?』


 シルバーと出会った当初、レオンはシルバーの干渉能力を用いた射撃シミュレーションを行った。実在しないはずキエンが映し出され、射撃の際には弾を込めていないにも関わらず発砲音と衝撃が発生するというものである。レオンの視覚、聴覚に加えて、接触状態にある拳銃にシルバーが干渉することによって実現可能になっている訓練だ。


 『肯定。前回同様、シルバーの機能を利用して訓練を行います』


 シルバーがそう言葉を告げると、レオンの視界に映る光景が驚くべき変化を遂げる。何と、彼の周囲が大森林の内部であるかのような様相を呈していたのだ。まるで自分が大森林に立っているかのような錯覚を覚える光景に、レオンは大きく目を見開く。


 『これは……すごいな。もう滅多なことじゃ驚かなくなったと思ってたけど、これは予想外だ』

 『お察しの通り、シルバーの視覚干渉機能を用いて大森林の内部を再現いたしました。より実践的な戦闘訓練を行うためです。マスター、前回と同様に弾倉を空にして射撃訓練の準備を行ってください』


 レオンは言われた通りに行動し、軽くストレッチを行って訓練に備える。


 『それでは、戦闘訓練を開始致します。今回の仮想敵もキエンではありますが、前回とは違ってよりリアルな状況下を再現することに致しました。複数のキエン達がマスターを狙って迫ってきますので、それらを撃退してください。当然、自由に動き回って頂いて構いません』

 『なるほど。そりゃあ確かに実践的だな』

 『肯定。とは言え、実戦とは違いシルバーのサポートはありませんし、行動範囲も制限させて頂きます』


 レオンの周囲を囲うように、大きな壁が出現する。壁の内部は決して狭くはないが、複数のキエンを相手取るにはやや手狭であると言えるだろう。


 『マスターには壁の内部で戦って頂きます。より難易度の高い訓練を行った方が実戦では楽に立ち回れますし、広場の面積の都合もありますからね』


 レオンの目には周囲が壁で囲われた大森林であるかのように映っているが、実際に彼が立っているのは外周区の空き地なのだ。そのため、自由に動き回れる範囲にも物理的な限りがある。


 『了解だ。敵の数は?』

 『まず手始めに、10匹のキエンを相手取って頂きます』

 『……多くないか?シルバーのサポートがあった時ですら、精々5匹くらいだったろ?』

 『先程も述べましたが、優しい訓練では意味がありません。安全を最優先すべき実戦とは違い、これは練習なのですから』

 『まあ、それもそうか』

 『それでは、訓練を開始致します。戦闘態勢をとって下さい』


 レオンは銃を構えた。

 それとほぼ同時に、レオンの前方に10匹のキエンが出現する。異様に長い腕を器用に使って木々を飛び移り、それぞれが散開しながらレオンの方へと近づいてきた。

 とても幻だとは思えないその光景に、訓練だと理解しているはずのレオンの鼓動が速まる。

 彼は10匹ものキエンを前に照準を定めあぐねながらも、そのうちの1匹にむかって引き金を引いた。実戦と遜色のない発砲音と衝撃が響き、弾道線が伸びていく。そしてそれは、キエンを捉えることはなかった。

 

 「外したかっ!」


 今度こそは必ず命中させると意気込み、しっかりと狙いを定めてから再び引き金を引く。その結果描かれた弾道線は見事キエンを撃ち抜き、撃たれたキエンは地面へと落下していった。

 1匹目を仕留めることには成功したものの、その間に大分距離を詰められてしまっている。急いで距離を取ろうと振り返った瞬間、レオンの目は自らにむかって腕を振り上げている一匹のキエンの姿を捉えることとなった。

 いつの間にっ!?

 レオンは胸中でそんな叫びを上げる。予想外の光景を前にして咄嗟に動くことができない彼に向かって、キエンはその腕を振り下ろした。


 『訓練停止』


 シルバーの無機質な声が響く。

 気づけばレオンは尻餅をついていた。もしこれが実戦であれば、キエンの長い爪が自分の身体を引き裂いていたのだ。速まっている心臓の鼓動が、やけにうるさく聞こえる。


 『大多数のキエン達に気を取られ、忍び寄る一体のキエンに気が付かなかった様ですね』

 『……全く気が付かなかった。迂闊だったよ』

 『それでは、今回の訓練の振り返りを行いましょう』


 レオンの眼前に、先程までの彼の様子を上空から俯瞰したような映像が映し出される。シルバーが新たに見せつけた能力に今更驚くこともなく、彼は表示される戦闘の様子を見つめた。

 1匹のキエンの狙撃に夢中になっている間に、まんまと別のキエンが背後に回り込んでくるのを許している様が映し出されているのを見て、レオンは肩を落とした。

 

 『さて、反省点は見つかりましたか?』

 『ああ。嫌と言うほど分かったよ』

 『それでは、訓練を再開致しましょう』


 その後も、決められた範囲内で10匹のキエンを相手取る過酷な訓練は続いた。

レオンは傍から見れば、何もないところで走り回って拳銃を振り回している不審者だ。いくらここが外周区とは言っても、現在の彼はその土地柄とはまた違った異様さを醸し出していることだろう。

 しかしレオンはそんなことを気にする余裕もなく、何度も訓練を繰り返す。彼は訓練を通して、シルバーの意外な厳しい指導ぶりに驚くこととなった。


 『足を休ませている暇はありませんよ?迷宮で動きを止めた先に待っているのは死のみです』


 『射撃姿勢を意識しすぎです。正しい姿勢を保つことは重要ですが、時には這いつくばってでも射撃を行わなければなりません』


 『その短刀は飾りですか?リロードしている暇がないなら、接近戦に切り替えることも考えてください』


 足を動かし続ける気力、乱れた姿勢からの射撃、短刀を用いた接近戦。様々な課題を課されながら、レオンは必死に訓練に挑み続ける。

 それが幾度となく繰り返された頃、彼は大の字になって地面に寝そべってしまった。激しく胸を上下させ、その呼吸を乱れさせる。


 『さて、本日の訓練はここまでに致しましょうか。これ以上続けては、身体に疲労が残ってしまいます』


 結果的に、レオンは10匹のキエンを打ち負かすことができなかった。彼が倒すことの出来たキエンの最大数は5匹である。最大で半数しか倒せなかったことにレオンは落ち込んでいたが、実を言うとこれはシルバーが想定していた以上の結果だった。

 これまでも何度か感じてきたことだが、やはりレオンには探索者シーカーとしての大きな資質がある。そのことを確信していたシルバーであったが、彼の気を緩めないためにもその事実を伝えることはなかった。自信が無さすぎるのも問題だが、迷宮ではおごった者から死んでいくのだ。


 『な、何か……迷宮探索より、し、……しんどかった気がするんだけど?』

 『今晩の予定を思えば、そんな疲労も吹き飛ぶことでしょう』

 『他人事だと思って……』


 レオンはそう言いつつも、ようやく厳しい訓練を終えたという事実と、この後待ち受けている予定を思い出したことにより内心で笑みを浮かべた。


 『さて、いつまでもそうしていては待ち合わせに遅れてしまいます。宿に戻って準備を致しましょう』

 『分かってるよ』


 レオンがその場から立ち上がると、彼を取り囲んでいた大森林の風景は消えていき、そこが外周区であったことを彼に思い出させた。天に昇る日は傾き始め、辺りを夕暮れの赤色が染め上げている。

 いつの間にかかなりの時間が経過していたことに驚いたレオンは、やや急ぎ足で外周区を後にするのであった。




 宿に戻ったレオンはシルバーに促されて、一度入浴を済ませてから買ったばかりの服に着替える。

 下半身には黒色のパンツを履き、上半身は白いTシャツの上に長袖のベージュ色のベストを羽織る形となった。靴を履き替えることも忘れない。

 時間に十分なゆとりを持ち、宿を後にした。


 『そう言えば、せっかく本を買ったのに今日は勉強しなくてよかったのか?』


 シルバーの案内で待ち合わせ場所まで歩きながら、念話で問いかける。


 『読み書きの学習は今後いくらでも行えますが、マリーとの食事の機会はこれを逃せば今後訪れないかもしれません。最も、本日の機会を今後につなげられるかどうかはマスターにかかっていますが』

 『あんまり俺を追い詰めるなよ……』

 『事実を述べたまでです』


 シルバーの言葉に表情を引きつらせながら歩いているうちに、レオンは待ち合わせ場所へとたどり着いた。まだ約束の時間までには余裕がある。

 

 『心なしか、人が多い気がするな』

 『肯定。この辺り一帯には酒場や飲食店が多く点在しています。加えて夕食時である現在時刻を考えれば、当然のことと言えるでしょう』

 『なるほど』

 『そんなことよりマスター、しっかりと気を引き締めるのですよ?』

 『……まあ、努力する』


 そんな歯切れの悪い受け答えをした後、レオンはそわそわしながら近くを行ったり来たりするのを繰り返した。

 彼がそろそろ待ち合わせの時刻だと思い始めた頃、その目に待ちわびていた2つの人影を捉える。

 言うまでもなく、マリーとリンだ。

 マリーはこちらに気が付くと、手を振りながら小走りで近づいて来た。今朝も目にした柄入りのワンピースは、可愛らしい彼女の魅力を最大限に引き出している。

 一方のリンもまた、今朝と変わらぬ格好をしていた。とても外出用とは思えない、ダボダボの衣服をその身に纏っている。こちらに駆け寄ってくるマリーのことなど意に介していない様子で、俯きながらゆっくりとした歩調を保っている。その長い前髪と眼鏡の奥に隠された目元の表情は、相変わらず窺い知ることができない。


 「すみません。お待たせしてしまいましたか?」

 「少しだけな。別に問題ないよ」

 『マスター……、ここは自分も今来たところだと答えなければなりませんでした』

 『え、そうなの!?』


 レオンは早速シルバーからのダメ出しを受けてしまう形となった。


 「その服、とてもお似合いです。わざわざ着替えて頂いたのですね?もうっ、だからリンもちゃんと着替えろって言ったのに」

 

 遅れてやってきたリンに対し、マリーはその垂れている眉を僅かに釣り上げる。


 「そ、そうは言われても……」


 リンはただでさえ伏し目がちな視線を、更に足元へと落とした。彼女は外出用の服もまともに持っておらず、そもそも着替えること自体おっくうに感じるような人間である。


 「すみません、レオン様。この娘ったら本当にその辺りのことがなっていなくて」

 

 リンは今回の件について、自分のことはおまけ程度にしか考えていない。むしろ、本来であれば2人っきりを要求しなければならないはずのレオンがヘタレであったため、自分がこうして出張ってこなくてはならなくなったのだと考えていた。そのため、彼女にとって服装を気に掛ける必要性など皆無なのだ。

 ちなみに、現在レオンの胸中は服の購入を勧めてくれたシルバーへの感謝でいっぱいである。

 

 「まあ、服装なんて何でも構わないよ。それより、とっとと店に行かないか?」

 

 放っておいたらくどくどとリンへの説教を始めてしまいそうな様子のマリーをなだめ、レオンは店への移動を促す。

 その言葉に2人も賛同し、リンが先頭となって一向は歩き出した。

 飲食店にだけはやたら詳しいと言うリンに連れられて訪れたのは、カフェを拡大させてできたようなオシャレな小料理屋だ。その人柄からは想像しずらい小洒落た店へ案内してくれたことを、レオンは意外に感じる。


 「1人での食べ歩きが、読書以外で唯一リンが持ち合わせてる趣味なんです。むしろ、それ以外では私が誘った時しか外に出ませんけどね」

 「……美味しいものを探すのは好きだから」


 2人のそんなやりとりと共に、3人は席に着く。その後の会話も、マリーが中心となって行われた。お喋り好きらしい彼女の話に、レオンとリンが相槌をうつ。口下手なレオンにとって、マリーの明るい性格はありがたい。恐らくだが、マリーとリンが2人の時も同じような構図なのであろう。

 手慣れた様子である女性陣に注文を任せたレオンであったが、出された料理はいずれも彼を大層に満足させてくれる代物であった。まともな食事にありつけるようになったのすら最近の出来事である彼にとって、食通であるリンが選りすぐったお店の料理に感動を覚えるのも無理はないだろう。

 女性と食事に来ているというシチュエーションから来るレオンの喜びは完全に吹き飛び、全神経を使って食事を楽しむことを最優先にしている。

 そんな彼の様子に人知れず頭を抱えるシルバーであったが、幸いにもマリーはレオンの様子をむしろ微笑ましく感じていた。


 「レオン様は、あまりこういったお店には来られないのですか?」


 あらかたの食事を楽しみ終えた頃、マリーがそう口を開く。

 レオンがもの珍しそうに店内を見渡している様子や、出された料理に大げさに思えるほどの反応を示していたことから出た質問である。


 「あー、というか、飲食店にきたの自体初めてだな」

 「まあ、そうなのですね」

 「ああ。つい最近まで、外周区にいたから」

 

 食事への興奮で最早緊張感など消え去り、自然体となったレオンは答えた。

 外周区からの出自を明かすというのは、本来であれば避けたがる人が多い。周囲の人間が明らかに目の色を変える可能性があるからだ。とは言っても、それが探索者であればまた話は別である。装備などを整えずらいはずの外周区の人間が探索者として成功しているとなれば、その腕っぷしが確かなことの証明であるからだ。そんなこともあり、マリーもリンもレオンの出自を聞いて彼に穿った視線を向けることはなかった。

 

 「外周区の方が迷宮に挑むことは多いですが、生きて帰ってこられる方は少ないと聞きます。やはり、レオンさんはすごい探索者ですね」

 「何回も言ってるけど、運が良かっただけだよ。本当に」


 自らの右手中指に嵌められた指を撫でながら、レオンは苦笑気味に答えた。


 「2人の育ちはこの辺りなのか?」


 レオンの言葉を皮切りに、話題はマリーとリンについてへとシフトする。あまりに会話に入ろうとしないリンもマリーが強引に巻き込みつつ、彼女らについての話は進む。

 マリーとリンは、2人ともここガレリアの壁外区生まれであるらしい。

 マリーはごく普通の一般的な家庭に生まれ、両親に愛されながらすくすくと育った。その社交的な性格から友達も多かったが、家の近かったリンが一番の親友であるという。安定した給料の望める探索者協会職員を目指して数年程勉強し、先日遂に協会支部の受付嬢として働き始めることが叶ったのだ。

 一方、リンはそれなりに苦労のある生活を送ってきたらしい。と言うのも、彼女がまだ幼い頃に両親が迷宮探索中に命を落としてしまったのだ。そう、彼女の両親は探索者だったのである。

 両親を失ったリンは、気を回したマリーとその家族に定期的に面倒を見てもらいながら生きてきた。リンはマリーに恩義を感じており、マリーが協会職員を志した際にはそのための勉強に使えるいくつもの本を無料で貸し出したという。彼女らは、お互いに持ちつ持たれずの関係でやってきたのだ。

 リンを遺して逝ってしまった彼女の両親だが、2人は探索者だけではなく書店を営んでもいた。言うまでもなく、現在彼女が店主を務めている書店である。収入だけで見れば書店だけでも十分であったはずだが、彼らが探索者を続けていたのには理由があったという。


 「両親は、とある宝物トレジャーを探し続けていたんです」


 宝物とは、迷宮内でまれに見つかる様々な価値あるもののことだ。それらは数年に一度しか咲かない花であったり、解明不可能な技術を用いて作られた武器であったり、どのモンスターのものにも当てはまらない化石だったりする。いずれも、何故迷宮で見つけることができるのかは不明だ。

 

 「その宝物ってのは?」

 「“黄金ミツメドリ”がその腹に宿しているという宝石、“黄金光石”です」


 首を傾げるレオンに、リンが説明する。

 黄金ミツメドリは、その名の通り金色に輝く色をしたミツメドリであるらしい。通常の個体と同じく大森林に生息するが、その発見率は極めて稀である。そんな黄金ミツメドリは、腹の中に長い年月をかけて黄金色の宝石を生成すると言うのだ。黄金光石と名付けられているその宝石は宝物として知られており、非常に高価な値段で売買されるらしい。

 

 「でも、生活には困っていなかったんだろ?どうして危険を冒してまでその宝物を手に入れたかったんだ?」


 両親を亡くしているリンに対して、デリカシーに欠ける質問を平然としてしまうレオン。シルバーは内心でため息をついていたが、幸いなことにリンは気にしたそぶりもない様子で質問に答えた。


 「家族みんなで、黄金光石から作ったアクセサリーを身に着けたかったんですって」


 そう答えたリンの顔はどこか寂しそうで、そして同時に嬉しそうなものでもあった。

 正直、レオンにはその言い分がさっぱり理解できない。

 探索者とは本来、ロマンを追い求める人々であるのだが、命を懸けてまで金目的でもないのに宝物を追い求めた彼らのロマンを、外周区育ちの彼には到底理解できるはずもないのだ。

 

 「……そうか」


 流石にその旨をそのまま伝えるほどの阿呆ではなかった彼は、そう答えた。

 その後も少しの間世間話に花を咲かせた後に、3人は席を立つ。


 「もし良かったら、またこうして3人で食事に来ませんか?」


 どうやら今日の食事を楽しく感じてくれたらしいマリーの提案に、レオンは是非もなしと頷く。リンはやや微妙そうな顔をしていたが、どうしても嫌だというわけでもなさそうだ。

 またこうして食事会を開くことを決めた後、シルバーに促されてレオンが全員分の代金を支払い店を出る。マリーなんかは最後まで申し訳ないからと断ろうとしていたが、最終的には折れて2人とも彼に深く感謝を示してくれることとなった。3人合わせて6000エンほどであるので、レオンはキエンを一匹仕留めればお釣が来る程度の金額だと考えている。最もそれは探索者ならではの考えで、世間一般から見れば大分ずれた感覚だと言えるであろう。

 これまたシルバーの指示で家まで送ろうかと提案したレオンだったが、ここから遠くないからと断った女性陣2人をその場で見送ることとなる。

 軽く一礼してから去っていく2人の背が見えなくなると、レオンは宿に向かって歩き出した。


 『非常に甘めの採点ではありますが、ギリギリ及第点を差し上げます。マリーはそれなりに楽しんでいたようですし、次の約束を取り付けることができたのも大きいです』

 『そうだな。次もリンには美味しい店に連れて行ってもらいたい。ていうか、お前もいい店とか知ってるんじゃないのか?個人的にも行こうぜ』

 

 次の約束を取り付けたことも喜ばしいが、現在のレオンは色気よりも食い気の方に目覚めつつある。長い時間接していたことにより、大分女性に慣れてきたというのもあるのだろう。


 『そういう話をしていたのではないのですが……まあいいでしょう』


 確かな満腹感と充実感を覚えているレオンは、機嫌よさげに夜のガレリアを闊歩するのであった。

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