第5話 資質


 初の迷宮探索及びシルバーとの出会いを果たした日から一夜が明け、レオンは柔らかいベッドの中で目を覚ました。


 「……ここは?」


 見慣れない風景を目にしてそう呟くレオン。寝ぼけていた頭が徐々に覚醒してくると、ここが宿の中であることを思い出した。長年にわたって危険な外周区での夜を過ごしてきた彼は、心地よいベッドの中で朝を迎えたことに感動を覚える。


 『おはようございます。マスター』

 「あぁ、おはようシルバー」


 昨日から自分のパートナーのような存在となった、シルバーと挨拶を交わす。


 「お前は睡眠とか必要なさそうだな」

 『肯定。シルバーに睡眠は必要ありません』

 「それじゃあ、俺が寝ている間は退屈じゃないか?」

 『否定。シルバーが退屈などといった類の感情を感じることはありません。ご心配は不要です』

 「そうか、ならいいんだけど」


 レオンはいつまでも入っていたい欲求を抑えてベッドから這い出ると、大きく背伸びをした。


 「何だかえらく調子がいいな。体が軽い感じがする。ちゃんとした環境で睡眠をとったからか?」

 『一部肯定。それも一つではありますが、最大の理由は昨日多くのマナを摂取したからです』

 「マナって、迷宮に溢れてるっていう?」

 『肯定。継続的に迷宮内での活動及びモンスターの討伐を行ってマナを取り続けることで、探索者シーカー達はその身体能力を徐々に向上させていきます。昨日は疲労と緊張も相まって分からなかったかもしれませんが、初めてマナを体に取り込んだマスターはその効果を実感しやすい状態にあります。最も、変化を自覚できるのは慣れない最初のうちだけですが』

 「なるほどな」


 マナの摂取による己の肉体の変化は、新米探索者達が通る恒例行事とも言えるであろう。レオンに関しては強力なモンスターである変異体をいきなり討伐したことも相まって、初回の迷宮探索にしては実に多くのマナを取り込んだと言える。


 『マスター、本日はどのようにされますか?』

 「どのように、か」


 長年その日をどうやって生き抜いていくかばかりを考えてきたレオンは、あらかじめ予定を立てて1日を過ごしたことなどない。


 「……どうすればいいと思う?」

 『迷宮からの生還を果たした現在、シルバーはマスターの目標を把握しておりません。現在の目標を教えて頂ければ、今後の行動方針も検討しやすくなるでしょう』

 「目標って言われてもなあ……」

 『特定の目標が定まっていないのであれば、やはり探索者としてより上のランクを目指されては如何でしょうか?それが、シルバーを最大限有用に活用することにもなります』

 「やっぱりお前はそうしてほしいのか?昨日も何回かそんなこと言ってたし」

 『否定。シルバーが最も力を発揮できる道がそれだというだけです。あくまで、マスターの望みがシルバーの望みになります』

 「うーん」


 レオンが探索者となったのは、外周区での貧困生活から抜け出したかったからである。探索者として上を目指そうなどとは、とても考えていなかった。こうして宿に泊まれたことさえ奇跡であるように感じている彼は、その先の目標をうまくイメージできずに頭を悩ませる。


 「まあ、少なくとも探索者としての活動は続けていくよ。外周区での生活には戻りたくないしな」

 『では、マスターの目標を探索者としての生きていくための基礎能力を養うこと、に設定致します。今後、より明確な目標を見つけるまでの繋ぎと致しましょう』

 「ああ。それで頼む」


 シルバーの提案に納得し、レオンは頷く。


 「んで、改めて聞くが今日はどうすればいいと思う?」

 『それでは、本日も迷宮に潜られてはいかがでしょうか?継続的に探索を行いマナと経験を得続けることが、探索者として生きていくうえで重要なことなのです』

 「了解だ。そうすることにしよう」


 今日の活動方針を定めたレオンは、食堂で朝食に舌鼓を打った後に宿を出た。


 『マスター、迷宮に向かう前に、武器屋と協会支部に立ち寄ることにしましょう。武器屋で拳銃の弾を補給し、支部で張り出されている依頼を確認するためです』


 自らの装備を整えることも、迷宮探索の前後に協会支部を訪れることも探索者であれば当たり前のことである。そう告げたシルバーの言葉に従うことにしたレオンは、シルバーの案内で武器屋を訪れた。

 決して大きいとは言えない店内のカウンターでは、仏頂面の中年男性が肘をついている。愛想のない店員を横目に、レオンは商品を物色し始めた。


 『武器にも色々あるんだな』

 『肯定。探索者によって、用いられる武器は様々です。とは言え、異能スキルを持たない中級以上の探索者達の多くは銃を使用しています。価格も高く、メンテナンスや弾の料金も必要となる武器ですが、その性能は抜群ですからね。金銭的余裕さえあれば、誰もが欲しがる武器と言えるでしょう』


 店頭に並べられている数種類の銃を目に、レオンは顔をしかめる。


 『た、高いな。俺のやつと同じような拳銃が100万で売られてるぞ。それにこっちのでかいのなんか1000万だ。……目が回りそうになってきた』

 『まだ安価な方ですね。高価なものは億単位が当たり前ですから』


 レオンは途方もない金額に絶句しつつ、予め弾の込められている拳銃用の弾倉10個と、新しい短刀をシルバーの指示の下で購入した。

 弾倉が一つ1万と、短刀が10万で計20万エンの出費である。昨日までの彼であれば、決して考えられない額の買い物であるだろう。


 『前に買った短刀は5000エンだったのに……』

 『そのような代物では、本来とても迷宮活動など出来ません。それ一本で迷宮に挑んだ昨日のマスターは、あまりに無謀であったと言わざるを得ないでしょう』


 シルバーの言葉に苦笑いしつつ、レオンは次に協会支部へと向かった。昨日訪れたのと同じその協会支部はまだ営業を開始し始めたばかりのようで、彼の他に探索者は見受けられない。


 『依頼を確認するんだったか?』

 『肯定。特定のモンスターの討伐等をはじめ、協会を通して様々な依頼が日々発注されています。依頼を達成すればそれに応じた報酬料金を得ることが出来ますので、積極的にこなした方が良いと言えるでしょう。あちらの掲示板に、現在受注可能な依頼が張り出されているようですよ』

 

 レオンは掲示板の前まで足を運ぶと、張り出されているいくつもの紙を眺める。


 『……読めん』

 『申し訳ありません、失念していました。本日はシルバーが代わりに適正な依頼を探してみることにします。今後、少しずつ読み書きの練習も行うこととしましょう』

 『やっぱり、読み書きができなきゃだめか?』

 『読みに関してはシルバーが代わりに行うことはできますが、マスター自身ができるようになった方が勝手が良いはずです。書きはシルバーが代わることもできませんしね。時間を掛ければ、必ずできるようになりますよ』

 

 掲示板をボーっと眺めながらシルバーと念話を行っていると、聞き覚えのある声の女性が彼に話しかけてきた。


 「レオン様、もしよろしければ私が代わりに依頼をお探ししましょうか?」

 「あっ、たしか昨日の……」

 「申し遅れました。マリーと申します」


 昨日レオンの受付を行った人物であるマリーが、彼に気がついて話しかけてきたのだ。レオンが代筆を必要としたこと踏まえ、気が利く彼女が取った行動である。


 『せっかくなのでお願いしては如何ですか?昨日の今日でマスターが文字を読めるのも不自然ですし、顔なじみの協会職員を作っておくのも悪くありませんよ』

 「じゃあ、よろしく頼む」

 「かしこまりました。どのような依頼をお探しですか?ご希望に沿うものから、いくつか提案させて頂きます」

 「えっと……」

 『植物類の採取、あるいはそこまで討伐難易度が高くないモンスターの討伐依頼がないか尋ねましょう』


 レオンはシルバーの助言に従い、それをそのままマリーに伝える。要望を把握した彼女は、八の字の眉を僅かに近づけながら掲示板を精査し始めた。その表情からは真剣さが感じられる。


 『いい女性ですね。唾をつけておくなら早い方がよろしいですよ』

 

 何の気なしにマリーの顔を眺めていたレオンに対して、唐突にシルバーがそう告げた。


 『い、いきなり何言ってるんだお前!?』

 『おや、マスターの好みではありませんでしたか?可愛らしい方だと思いますが』


 まともな生活を送ってこなかったレオンは、女性との交際経験など持ち合わせていない。それどころか、男女の性というものをあまり意識する機会もなかった。そんな彼にとって、シルバーの発言は少々刺激が強かったのである。


 『受付嬢と探索者が結ばれるというのは、よくある話なのです。危険な迷宮から帰還したばかりの男性探索者が、受付嬢を前に胸を高鳴らせるのも必然です。受付嬢からしても、稼ぎの良い探索者を捕まえることができれば内地での豊かな生活が望めますから』


 何の気なしに眺めていたはずのマリーに対する意識が、レオンの中で変化し始める。

 慢性的な栄養不足で男性にしては身長が低めのレオンですら、見下ろすことができる小さな背丈。女性らしい丸みを帯びつつも、凹凸のはっきりしている身体つき。幼さの残る愛らしい顔立ち。そのマリーの全てに急激に性を感じ始めてしまったレオンは、どんどんとその胸の鼓動を速まらせていく。


 『心拍数の急激な上昇を確認。彼女を気に入ったのなら、アプローチは早い方がよろしいかと。ただでさえ外見が魅力的なことであるのに加えて、受付嬢としても優秀であると思われます。どうやら新人のようですが、彼女が男性探索者達から人気を得るのも時間の問題です』

 『い、いや。俺は別にそんな……』

 レオンはそう答えながらも、明らかにマリーのことを女性として意識してしまっていた。


 「レオン様」

 「はっ!はい!?」

 

 夢想していたレオンは名前を呼ばれ、思わず大きな声を上げる。


 「ど、どうされました?何だか顔が赤いようですが……」

 「な、何でもないっ!大丈夫だ!」

 「そ、そうですか?」


 レオンの態度に疑問を抱きつつも、マリーは続ける。


 「依頼ですが、こちらのキエンの討伐依頼は如何ですか?持ち帰っていただいたキエンの魔石の数に応じて、報酬が支払われます」

 『どう思う?』

 『マスターに最適な依頼ではありますが、妙ですね。キエンは大森林にのみ生息する、言わば最下級のモンスターです。わざわざ討伐依頼が出されるようなものではないと思うのですが。それとなく尋ねてみてもらってもよろしいですか?』

 『分かった』


 シルバーの疑問を踏まえて、レオンは口を開く。


 「えっと、キエンの討伐依頼ってよくあるのか?あんまり必要性を感じられないんだけど」

 「それが、今朝から大森林においてキエンが大量に発生しているとの報告が上がっているんです。キエン自体は強いモンスターではありませんが、増えすぎれば十分脅威になりえます。それを防ぐため、依頼という形で探索者の方たちに積極的な討伐を促しているんですよ」

 『だそうだけど、どうする?』

 『大量発生の原因は気になりますが、依頼自体は受けて損になるものではないので受注しましょう』

 「いかがいたしますか?」

 「じゃあ、それを受けることにするよ」

 「かしこまりました。手続きを行いますので、カウンターまでどうぞ」


 マリーに促されて、そのまま依頼受注の手続きを行う。


 「これで手続きは完了となります。本日も迷宮に向かわれるのですよね?くれぐれもお気をつけてくださいね」


 マリーはレオンのことを、運が良い新米探索者としか認識していない。

 初回の探索にして強力なモンスターを倒したことと、死体からシルバーや銃等を手に入れたことでレオンが余計な注目を浴びることを懸念したシルバーの指示により、彼女に事実をぼかして伝えていたからだ。当然そんなことを知る由もない彼女は、純粋に新米であるレオンの身を案じた。


 「あ、ああ。ありがとう」

 

 人から心配された経験など持ち合わせていないレオンは、どぎまぎしながら答える。


 「それでは、またのご利用をお待ちしております」


 マリーの言葉を背に、レオンは協会支部を後にした。

 これでガレリアでの用事を終えたレオンは、その足で人生二度目となる迷宮探索へと赴くのであった。




 大迷宮ガレリアの第一階層、大木が所狭しと生い茂る大森林の入り口に、レオンはたどり着く。


 『依頼も受けたことだし、今日の目標はできるだけ多くのキエンの討伐ってとこかな?』

 『肯定。キエンは複数体で行動する習性を持ちますので、シルバーの索敵でなるべく数の少ないキエンの集団を見つけ出し、それらを討伐していくという形をとりましょう。戦闘経験を積むと同時に、マナの摂取も行えます。とは言え、何かあればすぐに帰還できるよう、森の深くまでは入らないように致します』

 『了解だ』


 シルバーの示すマップを横目に見つつ、レオンは慎重な足取りで歩みを進める。大森林に足を踏み入れたばかりの彼に、すぐさまシルバーが声を掛けた。


 『マスター、5匹のキエンの集団を発見しました』

 『早速だな。戦うってことでいいのか?』

 『肯定。5匹程度であれば問題ありません。昨日と同じ手順で、確固撃破していきます』

 

 早くもキエン達との戦闘を迎えることとなったレオンだが、彼の心に昨日感じていたような恐怖はない。適度な緊張感のみを持ちつつ、敵の索敵範囲内に足を踏み入れる。


 『キエン達が動き始めました』


 その言葉を合図に戦闘が開始された。

 シルバーの示すルートに従って移動した後、表示されている目印に向かって銃口を構える。


 『5、4、3、2、1、今です』


 指示通りに発射された弾丸が、キエンの胸を撃ち抜く。

 その間に迫りくる他のキエン達に焦ることもなく、レオンは示されたルートに沿って再び走り始めた。

 本来であれば、複数で取り囲むようにして狩りを行うキエン達は、シルバーの的確な指示に沿って移動を続けるレオンを中々追い詰めることができない。数の利を活かせない確固撃破を徹底される形となったキエン達は、順番にその体を撃ち抜かれていく。どちらの方が上手であるかは、最早明白であった。

 ルートに沿って走り、目印に向かって発砲する。

 その動作を繰り返し続けただけのレオンは、気づけば戦闘を終えていた。あっという間に5匹のキエン討伐を完了したのである。


 『なんだか呆気ないな』

 『マスターが心理的余裕を有している証拠です。とは言え、油断は禁物ですよ?』

 『ああ。分かってるよ』


 切れ味の良い新品の短刀を用いてキエン達の魔石を回収した後、レオンは再び大森林の探索を開始した。


 大量発生しているというのは本当らしく、その後も幾度となくキエンの集団をシルバーの索敵範囲内に捉える。その中から適度な数と距離のものを選択し、臆することなく戦闘行為を行ったレオン。いずれも5匹前後の集団を相手に、彼は結局計3度もの戦闘を行うこととなった。結果から言えば、レオンはその全てにおいて危なげのない勝利を収めることとなったのである。

 つい昨日、涙を流して必死に逃げ回ることとなった相手であるのが嘘の様だ。最も、シルバーという存在がいて初めて成立する結果であることは言うまでもない。

 3回目の戦闘を終えた後、レオンは魔石を回収しながら胸中で呟く。

 

 『自分が強くなったみたいに錯覚するな』

 『事実、マスターは昨日と比べて大きな身体能力の向上が見受けられます。やはり、昨日変異体を討伐して多くのマナを取り入れたことが要因でしょう』

 『そうなのか。この分なら、案外サクサク強くなれるんじゃないか?』

 『否定。初探索にして変異体を倒したことで、その前後のマスターのマナ保有量は天地の差となっています。そのため、今回に限って顕著な変化が表れているに過ぎません。今朝も少し話しましたが、今後自覚できるほどの変化を一度に感じるのは難しいでしょう』

 『なるほど』

 

 レオンはシルバーの説明に相槌を打ちつつ、魔石の回収を終えた。危なげない戦闘を行っていたとはいえ、適度な緊張感を保ち続けていたレオンは若干の疲労を覚え始める。


 『マスター、そろそろ地上への帰還を提言しようと考えていたのですが、近くに単体のキエンを発見致しました。集団からはぐれた個体だと思われます。丁度良いので、シルバーのサポートを抜きにして戦闘を行ってみませんか?』

 『シルバーのサポートなし?』


 思いもよらぬ提案に、レオンは顔をしかめる。


 『肯定。いずれマスターの地力が試される場面が訪れないとも限りません。少しずつで構いませんので、シルバーなしでの戦闘経験を積んでおくべきです』

 『そうか……』


 現状、シルバーなしでの戦闘など考えられないレオンはその胸に不安を覚える。


 『ご安心ください。危険だと判断した時点で、即座に介入致します。好機ともいえる単体のキエンの存在を、是非とも活かされることを推奨します』

 『まあ、シルバーがそう言うなら……』


 決して不安が拭いきれたわけではなくとも、シルバーの言葉に多少の安堵感を覚えたレオンは頷く。

 彼はシルバーに導かれて多少重たい足を動かし、単体のキエンがいるという場所へと向かって歩き始めた。


 『何かアドバイスとかはないか?』

 『そうですね。シルバーの指示がなくとも、先程までと同じような戦闘方法を意識してください。銃火器を用いる最大の利点は、遠距離から一方的に攻撃できることに他なりません。遠距離からの攻撃手段を有しているモンスターも存在しますが、少なくともキエンに関してその心配は不要です。そのため、一定の距離を保ち続けてこちらの強みを活かすのです』

 『了解だ。あとは俺の射撃の腕次第ってとこかな?』


 今までの戦闘でレオンが狙撃に成功し続けていたのは、言うまでもなくシルバーの力によるものである。動かない的に対して合図されたタイミングで発砲するだけで、丁度良くそこに敵が突っ込んでくるのだ。シルバーがモンスターの行動を、完璧に予測している証拠である。


 『確かに、先程までの様にはいかないでしょう。しかしご安心ください。マスターは、極めて高い射撃の才能を有していると言えます』

 『……そうなのか?』

 『肯定。いくら動かない的に対してとはいえ、初めて銃を手にしたばかりで正確に狙撃を行えるのは当たり前のことではありません。マスターはこれまで、シルバーの示した目印を確実に撃ち抜いてきました。練習とは異なる、実戦においてです。自覚はないかもしれませんが、それは誰しもに行える芸当ではないのですよ』


 思わぬ絶賛を受けたレオンは、ポリポリと頭を掻いた。


 『そう、か』

 『ですので、自信をお持ちください。シルバーがいなくても、きっと大丈夫です。……さて、間もなくキエンの索敵範囲内に入ります』


 無自覚に笑みを浮かべていたレオンは、その言葉を受けて気を引き締める。


 『マップ内にキエンが表示された時点で、シルバーからのお声掛けを停止致します。当然、移動ルートや狙撃目印が表示されることもありません。マップだけは残しておきますので、そちらはご活用ください』


 シルバーの言葉に頷く。

 それと同時に、マップ内に赤い点が表示された。


 『それでは、ご健闘を』


 その言葉が、レオンのみによる戦闘開始の合図となった。

 既にこちらに気が付いているらしいキエンが、真っすぐとこちらに向かってくる。


 「ふぅ……」


 レオンは軽く息を吐く。

 マップ上の赤い点の動きに気を配りつつ、キエンが現れるであろう方向を凝視する。そしてすぐに、彼の視界はキエンを捉えた。巨大な木々の枝を飛び移りながら、こちらへと一直線へ向かってきている。

 レオンは拳銃を構えた。

キエンが有効射程範囲内に入るまで十分に引き付けると、胴体部分を狙って発砲する。弾丸は概ね狙い通りの場所へ向かって放たれたが、それは敵の体を貫くことなく、僅かにそれて木の幹を撃ち抜くこととなった。

 射撃を外してしまったレオン。しかし彼は冷静だった。

 近づきすぎてしまった距離を一旦話すため、すぐさま走り出す。今までの戦闘と変わらず、一定距離を保って発砲という手順を繰り返すのだ。

 ある程度走ってから振り返り、再びキエンに狙いを定める。

 レオンは先程の一撃で、動き回る標的を狙う難しさを感じていた。それなら、考え方を変えればいい。

 拳銃を構えたまま狙いを定め、キエンが近づいてくるのを待ち受ける。先程よりも長い間そうしていたことにより、レオンとキエンの距離はかなり接近していた。

 これ以上の接近を許せば、自らが介入しなければならない。シルバーがそう考え始めた瞬間、レオンの放った弾丸がキエンの腹部を撃ち抜いていた。

 彼は動き回るキエン本体ではなく、キエンが次に飛び移るであろう木枝の上に狙いを定めて発砲したのである。シルバーの指示の下行ってきた行為を、自らの力だけで成し遂げたのだ。かなりの接近を許すまで発砲しなかったのは、キエンの行動予測を行っていたためである。

 撃ち抜かれたキエンはドサリと音を立てて木から落下し、少しだけその体をよじらせた後に完全に動きを止める。


 『……お見事です。マスター』


 シルバーの告げたその言葉が、レオンの勝利を意味することとなったのであった。

 

 『……ふぅ。何とか勝てたか。一匹仕留めただけなのにかなり疲れた。改めてシルバーのありがたさが分かったよ』

 『シルバーに価値を抱いていただけるはありがたい限りです。ですが、今はマスター自身の手で掴み取った勝利を喜ぶべきでしょう』

 『できればもうやりたくないな』

 『否定。今回の戦闘を経て、マスターはシルバーが予測していた以上の資質を有していることが判明致しました。今後はより積極的にマスターのみによる戦闘も行っていくことと致しましょう』


 シルバーの言葉に嬉しさと不安の両方を感じたレオンは、その顔に微妙な笑みを浮かべたまま歩き出す。

 

 そうして、二度目の迷宮探索を無事に終えたレオンは、10個以上もの魔石をその手にガレリアへと帰還するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る