第97話 緊急事態だった

「まずは礼を言わせてもらいたい。お陰で悪魔メフィストを再び封印することができた。もし貴公がいなければ、人類は暗黒の時代を迎えていたかもしれん」


 結界魔法で周囲と遮断されると、教皇のおっさんの態度が一変した。

 相変わらず仏頂面ながら、感謝と謝罪を口にする。


「そして本当に申し訳なかった。聖メルト教の教皇としては、災厄級のアンデッドの脅威を取り除くため、最も確実な方法を取るしかなかったのだ。それが次元聖獄に閉じ込めるということだった。結果として、何の意味もなかったどころか、あの悪魔を解き放つという、最悪な事態に陥ってしまったわけだが……」


 まぁ確度の高いやり方を選ぶというのは、組織のトップからしたら当たり前なことだしな。


「断っておくが、リミュル聖騎士には伝えていなかった。無論、アンデッドに操られている可能性を考慮してのことだ」


 やはり聖騎士少女は知らされていなかったようだ。

 俺を騙していたわけではないらしい。


 ……少しほっとした。


「先ほども失礼な態度を取ってしまったように思う。アンデッドの存在を容認しているなどと思われるわけにはいかなくてな。どうか許してほしい」


 どうやら周囲の目もあって、意図的に敵対的な態度を取っていたのだという。

 確かに教団のトップとして、教義に反するようなことをしては信者たちに示しがつかないだろう。

 ……教皇という立場もなかなか大変だな。


「そ、そうか……それは、仕方ないな……」


 ぼそぼそと返事をする俺。

 聖騎士少女が見かねて割り込んでくる。


「猊下、見ての通り、このアンデッドはコミュ障なだけで危険はありません」

「うむ、どうやらそのようだな。実を言えば、ロマーナ王にも親書で強く言われていたのだ。絶対に敵対するような真似はしないようにとな」


 親書……手紙のようなものだろうか?

 しかし、即座に船で旅立った俺たちよりも先に届くなんて……この時代には、何か遠距離間の連絡を容易にするような方法があるのかもしれない。


 ……残念ながら、その親書とやらでの忠告は無視されてしまったわけだが。


「あの男とは腐れ縁でな、今でもよく連絡を取り合ってはいるのだ」


 どうやら教皇と英雄王は、かつて共に旅をした仲らしい。

 互いに国のトップになった現在でも親交が続いているそうだ。


「貴公の境遇についても書かれていた。俄かには信じがたいが……エマリナ帝国が存在していた時代の人間か……。当時はまだ我が教団の教えも、大陸西部のごく一部の地域で信仰されているだけだったはずだ。もしかすれば開祖がまだご存命だった可能性もある。はっ、当時を生きた者の知識があれば、開祖や教団初期の謎が解明するやも……?」


 英雄王と言い、俺を歴史の生き証人として期待するのはやめてほしい。

 冒険者とはいえ、まだまだ世間知らずの若者だったし、記憶も曖昧だったりするし。


「――ということのようです、猊下」


 俺の代わりに聖騎士少女が伝えてくれると、教皇は神妙に頷いて、


「なるほど。しかし冒険者というならば、一般人よりは詳しいだろう」


 まぁ一応、あちこち旅をしてはいたからな。

 待てよ……これを条件にすれば……。


「……俺の知っている範囲でいいなら……当時のことを話しても構わない……だがその代わりに……」


 俺は当時の知識を提供することを条件に、ある交渉を持ちかけた。

 それは他でもない、わざわざこの国にまでやってきた目的、すなわちアンデッドである俺の浄化だ。


「ふむ……そうだな。結論から言うと、貴公の浄化はかなり難しいと考えている。もし簡単にできるのであれば、最初からやっているところだ」

「……そうか……」

「だが、貴公が望むのであれば、できるだけのことはやってみよう」

「っ……」


 交渉成立のようだ。

 もちろん教皇が言う通り、結果的にどうにもならない可能性もあるが……そのときはそのときだ。

 どうせ他に当てはない。


「ただし世間的には災厄級のアンデッドとされているのが貴公だ。あまりよい扱いはできぬ。少なくとも表面的にはしっかり拘束しているように見せる必要があるだろう。……拘束具など、貴公ならば簡単に破壊できると思うが」


 俺は両手両足をガチガチに拘束され、その状態で普段は地下牢へと押し込まれることになるそうだ。


「……構わない。自分がめちゃくちゃ怖がられているというのは、自覚している……ちゃんと捕まってるフリをしておかないと……」

「随分と物分かりのいいアンデッドだな……」


 教皇は呆れたように苦笑する。


 そうして教皇が結界を解いた、そのときだった。

 血相を変えた男がこちらへ駆け寄ってきたのは。


「げ、猊下っ! 大変です!」

「どうした?」

「魔族がっ! 魔族の大軍がっ、海からこの国に向かって押し寄せてきているとの情報が……っ!」

「何だと?」

「船の数は少なくとも五百隻以上……っ! 乗っているのは獣人と思われる魔族たちで、こちらの警告にも応じず、真っ直ぐ港へ向かって来ているのです……っ!」

「馬鹿な……獣人が攻めてきたというのか……?」


 どうやら緊急事態らしい。

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