第98話 便利屋扱いされた
魔族。
それは人族とは似て非なる存在だ。
エルフだったりドワーフだったり、比較的人間とも友好的な関係を築いている者たちもいるが、好戦的な性格の獣人は人間と昔から敵対関係にあった。
南の大陸を拠点としている彼らとは、俺が生きていた時代、頻繁に小競り合いを繰り返していたものだ。
「しかし今から二百年ほど前、人間の国々と獣人国との間で、領土不可侵の条約を結んだ。それ以来、大きな戦争は一度もなかったのだが……」
それが突然、何の事前連絡もなく、海から大軍で港へ接近してきているらしい。
「す、推定では、軽く一万を超える獣人が船に乗っているとのことです。それに、魔獣の姿も確認できたと……」
獣人はその呼称の通り、獣の特性を持つがゆえか、魔獣の調教と使役に長けている。
そのため戦場に強力な魔獣を動員するのは珍しいことではなかった。
さらにそこへ、別の男が駆け寄ってきた。
「げ、猊下っ! たった今、獣人国からの宣戦布告があったとのこと……っ!」
「なに? やはり奴ら、条約を破るつもりか……」
「軍を率いているのは、獣王メリアデル……っ!」
「獣王が自ら軍を率いてきたというのか……どうやら本気のようだな。しかし、メリアデルだと? 獣王バルデラはどうした?」
「そ、それが、どうやら革命により、過激思想の獣王に取って代わられたらしく……」
「まさか、あの獣王バルデラが破れたというのか……?」
うーむ、なんというか、俺の浄化どころではない事態になってきた気が……。
「すぐに港へ援軍を派遣しろ。何としてでも上陸を阻止するのだ!」
教皇が大声で叫ぶと、皆が慌てた様子で走り出す。
「まったく、何という日だ……次から次へと……。リミュル聖騎士、すまぬが非常事態だ。この者については貴公に任せてしまってもよいか? このままでは我が国が滅びる。すぐに他国にも援軍を――」
「ご心配には及びません、猊下。相手が獣王率いる強力な軍勢であろうと敵ではありません」
「……なに?」
至って冷静に予想外のことを口にする聖騎士少女に、教皇が怪訝な顔をする。
「お忘れですか? ここに便利な最強のアンデッドがいるということを」
……え、俺?
◇ ◇ ◇
「クエエエエエエエエエエエエエッ!?」
甲高い悲鳴が辺り一帯に響き渡った。
先ほどまで悠々と大空を飛翔していた巨鳥が、力を失ったように地上へと落下していく。
そのまま勢いよく地面に激突してしまうと、それで事切れたのか、二度と起き上がってくることはなかった。
『うーむ、こやつも大したことなかったのう』
『ん。これは貢物として失格。ぬし様が喜ばない』
『まったく、もっとまともなのにせぬか。貴様が薦めるやつは、どいつもこいつも雑魚ばかりではないか』
『その言葉、そっくりそのまま返す。そっちこそ毎回、微妙』
残念そうに言い合いながら、絶命した巨鳥の傍へと降りてくる二つの巨大な影があった。
一体は黄金の鱗に、もう一体は漆黒の鱗に身を包み、それぞれ全長五十メートルにも迫る最上級のドラゴンたちである。
とあるアンデッドの眷属となった、雷竜帝と闇竜帝だ。
あれからずっと新たな貢物を探して、世界中を飛び回っていたのである。
二体の足元に転がっているその巨鳥は、そんな彼女たちの犠牲者。
大陸最高峰の山の頂上に棲息していた伝説の巨鳥ガルーダであり、突如として襲撃してきたドラゴンたちを前に懸命に応戦したものの、力尽きてしまったのである。
『しかし、我のみが戦ったにも関わらず、たったの五分しか持たぬとはの。それに最後は尻尾を撒いて逃げ出す始末……伝説の巨鳥が呆れるわ』
『この間の馬はもっと弱かった』
『スレイプニルか。あれもダメじゃったの』
大きさだけなら二体のドラゴンにも匹敵するこの恐るべき怪鳥であったが、どうやら彼女たちの御眼鏡には適わなかったようだ。
……いきなり襲撃されて命を奪われた挙句、微妙などと切り捨てられるなど、堪ったものではないだろう。
『ええい、どこかに最低でも我らと対等に渡り合えるような者はおらぬのか!』
『次の候補は……フェンリルとか』
『ほう、フェンリルか。我も聞いたことがあるの。確か巨大な狼じゃな。どこにおるか知っておるのか?』
『隣の大陸?』
『なんじゃ、曖昧じゃの。まあよい、こうなったらとことん探すのじゃ』
『ん』
そうして二体のドラゴンたちは空へと飛び上がる。
目指すは隣の大陸だ。
そうして海上を飛行していた二体だったが、あるものを発見して速度を緩めた。
『あれは何じゃ? ゴミみたいなものが海に浮かんでおるぞ』
『船?』
『ほう、あれが船か。脆弱な人間どもは船がなければ海も渡れんらしいの』
『ん』
『どうしたのじゃ? あんなゴミは放っておいて、さっさと……ほう』
雷竜帝が感心したように鋭い牙を剥き出した。
『悪くない気配が交じっておるの。人間の中にも時々、力を持つ者がいるからのう』
『人間というか、あれは獣人』
『獣人? 人間とは違うのか?』
『獣人は魔族の一種。人間と似ているけど、少し違う。人間より強いことが多い』
『まぁ、そんなことはどうでもよい。あの中心におる者の気配は、間違いなく先ほどのガルーダ以上じゃ。せっかくじゃし、近くへ様子を見に行ってみるかのう』
雷竜帝が方向転換し、それを闇竜帝が追う。
突如として現れた二体のドラゴンに、船団がパニックに陥るのはそれから間もなくのことだった。
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