第80話 乗っ取られてた

「ひゃっはーっ! 豪華客船だ!」

「金持ちがいっぱい乗ってるぜぇぇぇっ!」


 海賊たちが奇声を上げながらリミュルたちのいる客船へと乗り込んでくる。


「くっ! やつらを撃退しろ! 絶対に船内に入れるな!」

「「「おおおおおおっ!」」」


 それを迎え撃つのは冒険者たちだ。

 すぐにあちこちで激しい戦闘が巻き起こった。


「ひゅう! 女だ! ぎゃっ!?」

「聖騎士だ! 私も加勢する!」


 もちろん正義感の強いリミュルに、傍観などしていられない。

 襲い掛かってきた海賊を刺突で吹き飛ばし、戦場のど真ん中へと躍り込んだ。


 人数では海賊側が有利だが、この客船に雇われているだけあって冒険者側は熟練ばかり。

 装備の質でも、明らかに海賊側を大きく凌駕している。


 だが、最初こそ海賊を圧倒していたものの、徐々に苦戦し出した。


「ぐっ……眩暈が……」

「お、おかしい……調子が……」


 負傷していないにもかかわらず、ふらふらとよろめき、今にも倒れそうになる冒険者が続出したのだ。


「おい!? 何をしている!? ちゃんと戦え!」


 雇い主であるポポル船長が怒鳴りつけるが、冒険者たちの劣勢は変わらない。

 一方、獅子奮迅の戦いを見せていたリミュルも、次第にその調子を落としていった。


「い、意識が……っ!」


 油断すると即意識を失ってしまいそうなくらい、眠いのである。

 よく見ると、倒れた冒険者たちが鼾を掻いていた。


「これは一体……」

「睡眠薬ですよ、船長」

「っ!?」


 背後からの声に振り向いたポポル船長が見たのは、この状況で顔に満足そうな笑みを張り付けた部下だった。


「ペイン!? どういうことだ!?」

「皆さん、私が差し上げた紅茶を何の疑いもなく飲んでくださいましたよ」

「なっ……まさか、砲撃班も……っ?」

「ええ、仲良くおねんねされてます」

「な、なぜこんなことを!? お前のような優秀な船員が、海賊に与するなど……」

「ははは! 海賊に与する? それは根本的に認識が間違っていますねぇ」

「何だと……?」

「つまりはこういうことです」


 次の瞬間、ペイン副船長の姿が変貌していく。

 気づけばそこに、ペイン副船長とはまったくの別人が立っていた。


「これは……っ? 貴様、ペインをどこにやった!?」

「お前の知る部下ならとっくに死んでるよ」

「なんだとっ……」

「俺が殺したんだ。そいつに成り代わるためにな」


 姿どころか、口調も一変していた。

 その様を必死に眠気と戦いながら見ていたリミュルは、目の前で起こっている事態の真相を理解する。


「変化の魔法か……っ!」

「ご名答だ、お嬢さん」

「だが、姿のみならず、中身まで完全にトレースするなんて……」


 通常、変化の魔法で可能なのは姿形を別の人物へと似せることだけだ。

 しかし目の前の男は、外見に留まらず、性格や口調、下手をすると知識や技術などまで本物のペイン副船長に成り代わっていた。

 なにせ、上司であるポポル船長でも気が付かなかったほどである。


「くくく、それが俺の変化の魔法の真骨頂だ。そうして船に何食わぬ顔で忍び込み、仲間たちを迎える準備を進めていく……そうやって幾つもの船を奪ってやったぜ。どんな重武装していようと、内側から崩されたら一溜りもないからなァ」


 どうやらここ最近、頻繁に商船や客船が襲われていた背景には、この男の働きがあったらしい。

 確かに熟練の船員に完璧に成り代わられていたなら、対策のしようがないだろう。


「くくっ、この客船の客どもは良い金になるだろうぜ」

「そ、そんなことさせるか!」

「へぇ? 船長さんよ、今さらどうやって阻止するつもりだ? 頼みの冒険者どもは見ての通りだぜ?」

「っ!」


 気づけば冒険者たちは全滅していた。

 眠気に耐え切れなかったのか、無傷のまま甲板の上にひっくり返っている者も多い。


 リミュルも限界を迎えていた。

 唇を噛み切って血が流れ落ちているが、それでも眠気が痛みを凌駕し、今にも睡魔に負けてしまいそうだった。


 あのとき紅茶を口にしていなければと後悔するが、もはや遅い。


「へっへっへ、後はそこの嬢ちゃんだけだな」

「随分な上玉じゃねぇか」

「こりゃ楽しめそうだなァ」


 海賊たちが下卑た笑みを浮かべて近づいてくる。

 どうにか槍を振るおうとするが、朦朧として前後すら分からなくなってきた。


 それどころか一瞬意識が飛んでいる間に、手にしていた槍が地面を転がってしまう。


「安心しろ! 嬢ちゃんが眠ってる間に終わってるからよ!」

「やめろ! 客には手をぐはっ!?」

「せん、ちょ、う……」


 船長が殴り飛ばされるのを目にした直後、リミュルはついに眠気に敗北し、夢の中へと落ちていってしまった。



    ◇ ◇ ◇



「どうなったんだろう?」


 海賊が襲ってきているとは思えないほど、船内は静寂に満ちていた。


 二、三回ほど、恐らく大砲を発射した音だろう、轟音が鳴り響いてきたのだが、それ以降は静かになってしまった。

 もしかしてすでに撃退したのだろうか?


 副船長が差し入れてくれた紅茶はすっかり空っぽだ。

 美味しかったので、また持ってきてくれないかな。


 海賊が逃げていったなら、そろそろ聖騎士少女は戻ってくるだろう。


『あー、聞こえているか、船の客ども』


 そのときまたあの声が聞こえてきた。

 だが口調は先ほどとは似ても似つかない、随分と粗野なものだった。

 別の人かな?


『端的に言うが、この船は俺たち海賊が乗っ取った。残念だが快適な船旅はここでお終いだ。おっと、騒ぐんじゃねぇぞ? 大人しくしてりゃ、別にてめぇらの命を取るつもりはねぇからな』


 ……え? マジで?

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