第79話 海賊船だった
船が出航してから半日が経った。
「……暇だ」
人に見られるわけにはいかない俺は、ずっと部屋に籠っていることしかできない。
一方、聖騎士少女はというと、甲板に出て海を眺めたり、船内を探索したりして時間を潰していた。
「想像以上に船内が広いぞ! まるでダンジョンだ! 甲板も広くてちょっとしたスポーツができそうなほどだ!」
「カモメに餌をやってきたぞ! 手に持っていると直接食べに来てくれるんだ! 人懐っこくてなかなか可愛かったなぁ。それに魚釣りもできるんだ! 私も少しやってみたが、見事なタイが釣れたぞ!」
「特等室の客専用のマッサージルームがあって、身体をほぐしてもらってきた! 日頃の疲れが取れてとても気持ちいいぞ!」
……船旅を楽しんでいるようで何よりだ。
子供のようなはしゃぎようだなと思っていると、本人も我に返ったのか、
「う……す、すまない。貴様が外に出れないというのに、一人だけはしゃいでしまって……これほどの豪華客船に乗るのは私も初めてで、つい浮かれてしまったようだ……」
「いや、別に構わないぞ。俺の分まで満喫してくれ」
ずっと部屋に居られるよりはいいしな。
「それはそうと、少し気になる噂を小耳に挟んだのだが」
「気になる噂?」
「ああ。どうも最近、この辺りの海で海賊の動きが活発化しているらしい。商船や客船が狙われ、何隻も船ごと海賊に乗っ取られてしまったそうだ」
だから乗船する際、船長がこの船の防衛力の話をしてくれたのか。
乗客の不安を解消するためだろう。
と、そこへ来客があった。
出てみると、そこにいたのはペイン副船長だ。
「失礼いたします。紅茶をお持ちいたしました」
「頼んでいないが?」
「サービスです。遠い異国産の希少な紅茶ですので、ぜひお客様にも味わっていただきたいと思いまして」
そう言って、紅茶セットが乗ったワゴンをリビングまで運び入れてくる。
そうして慣れた手つきで、二人分の紅茶を入れてくれた。
しかもお茶菓子付きだ。
「なかなか良い香りだな。……む、美味しい」
「気に入っていただけたようで何よりです。……お客様もぜひ」
フードを被って大人しくしていた俺にも促してくる。
仕方ないので一杯いただくことにした。
……確かに美味しいな。
「それでは失礼いたします」
俺が飲んだのを確認してから、副船長は部屋を出ていく。
「それにしても至れり尽くせりだな」
お茶菓子に手を伸ばしながら、俺はこの好待遇ぶりに苦笑する。
一方、はしゃぎ疲れて眠くなったのか、聖騎士少女は欠伸をしながら、
「ふああ……そうだな。この菓子も良いものだし、英雄王には後でお礼の手紙を送らねば」
そのときだった。
ジリリリリリリリリリリリ、という、けたたましい音が船中に鳴り響いたのは。
何か焦燥感を掻き立てるような音だ。
それが三十秒ほど続いたかと思うと、続いてどこからともなく声が響いてくる。
『皆様、お寛ぎ中のところ大変申し訳ございません。たった今、遠方から接近してくる正体不明の船を発見いたしました。この船には万一に備え、計十二門もの大砲を有し、専属の冒険者が乗船しております。従って、いかなる脅威を前にも何ら心配いただく必要はございませんが、念のため皆様におかれましては、客室にお戻りいただけますと幸いです』
え?
この声、どうやって聞こえてきたんだ……?
内容的にすべての客に向けて言ってるようだったが……。
何かの魔法だろうか?
「正体不明の船、か。こうして警戒を促しているということは、恐らく海賊の船なのだろう。しかしこれだけの船だ。今の自信に満ち溢れた放送からも分かる通り、そこらの海賊にこの船をどうこうできるとは思えない」
この時代の人にとっては普通のことなのか、聖騎士少女は今の謎の声について気にしている様子がない。
「む? ああ、今の声か? 声を増幅して大勢に伝える魔道具だな」
「そんなものが……」
「遥か離れた場所に声を伝える魔道具だってあるぞ?」
「えっ?」
もしかしてそのせいで俺の情報が先回りしてたんじゃ……。
「……恐ろしい世界だ」
「そんなことより、少し様子を見に行ってくる。これでも聖騎士だからな。万一のときには力になれるだろう」
聖騎士少女はまだ眠そうにしながらも、布に包んだ槍を手にして部屋を出ていった。
◇ ◇ ◇
船室へ戻っていく客の流れに逆行し、リミュルは甲板へと出てきていた。
冒険者たちが準備を整え、海の向こうを睨んで警戒している。
そちらへ視線を向けると、それらしき船が見えた。
海賊船だ。
この船と比べると半分以下の大きさだが、それでもかなりの規模である。
そのときだった。
ドーン、という轟音が鳴り響く。
やや遅れて、海賊船のすぐ手前の海から巨大な水飛沫が上がった。
さらに二射目、三射目と続いた。
「接近される前に大砲で追い払うつもりか」
まだ射程距離に入っていないのか、いずれも海賊船には届かなかったものの、相当な威力の大砲を積んでいることは印象付けることができただろう。
まともに浴びたらあの規模の船でも危ういはずだ。
普通なら撤退すると思われた。
「あの海賊船、どういうつもりだ……?」
だが海賊船はこちらの様子を窺うようにその場に留まったままだ。
「ふん、海賊ごときが舐めやがって。おい、こっちから接近して沈めてやれ!」
船長の怒鳴り声が聞こえてくる。
すぐに船が海賊船に向かって走り出した。
と、その振動で、リミュルは大きくよろめいてしまう。
「……?」
そこで自身の身体に起こっている異変を悟る。
身体がふわふわとしていて……やたらと眠いのだ。
聖騎士として鍛えている彼女だ。
普段ならこの程度の揺れで倒れそうになるようなことはない。
「疲れが溜まっているのか……? しかし、このような緊迫した状況で眠気が収まらないなんて……」
厳しい聖騎士の訓練では、夜通しの行軍を経験したこともある。
だがどんなに寝ていなくても、信仰と気合で吹き飛ばすことができるはずだった。
気が付けば海賊船は目と鼻の先だ。
だが先ほどの砲撃以降、まったく大砲が放たれる気配がない。
「何が起こっている!? 砲撃班はどうした!?」
船長の焦る声が轟く中、結局そのまま海賊船と激突してしまったのだった。
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