第78話 豪華客船だった

「こ、この船のようだな……さ、さすが、英雄王が手配してくれただけのことはある……随分と立派な船だ……」


 聖騎士少女がぎこちなく言う通り、それは凄まじく立派な船だった。


 全長は二百メートル近く、高さは見えている部分だけでも五、六階建ての建物を大きく超えているだろう。

 一体どれくらいの人を乗せられる想定なのか、その巨大さに圧倒されてしまう。


 俺が生きていた頃にこんな大きな船はなかったはずだ。

 それどころか、こんな金属の塊の船、見たこともない。


 俺が知っている船はすべて木造である。

 だいたい重たい鉄の塊が海に浮かぶなんて、どういう理屈だ。

 何らかの魔法を使っているのかもしれない。


 大勢の人たちが並んで船に乗り込んでいる中、俺たちはそこから少し逸れていく。

 英雄王が特等室を用意してくれたため、乗り場も一般の乗客とは別なのだ。


 ちなみに上から特等室、一等室、二等室と、三つのグレードに分かれているらしい。


 乗り場では並ぶ必要もなかった。

 チケットを見せると、日焼けした恰幅のいい五十がらみの男と、細身で神経質そうな四十がらみの男が、恭しく挨拶してくる。


「おお、お待ちしておりました。リミュル様にジオン様ですな。わしが船長のポポルと申しますぞ」

「わたくしは副船長のペインと申します」


 どうやら船長と副船長らしい。

 英雄王が手配してくれたためか、わざわざ乗り場で俺たちを出迎えてくれたようだ。


 いかにも海の男といった印象のポポル船長が、自信に満ち溢れた顔で断言する。


「この客船には十二門もの大砲に加え、専属の冒険者パーティが護衛として乗船しておりましてな。文字通り大船に乗ったつもりでお過ごしくだされ」

「安全で快適な海の旅をお楽しみいただけることを、お約束いたしましょう。では、こちらへどうぞ」


 洒落たデザインの制服をきっちり着こなしたペイン副船長がそう付け加え、俺たちを先導するように船内へと入っていく。

 俺たちはその後へ続いた。


 フードを被った怪しい格好なのに、特に改められることもなく、すんなりと乗船することができたな。

 英雄王のお陰だ。


 それにしても船の中とは思えない床の安定感だ。

 かつて俺が乗った船はどれもこの十分の一もなく、波で大きく揺れたため、めちゃくちゃ酔ってしまった記憶がある。


 もし魔物が現れれば、海の魔物に慣れた冒険者たちが対処してくれるそうだが、そもそもこの巨大な船体である。

 ちょっとやそっとの魔物では手を出すことなど不可能だろう。


「こちらがお部屋になります」


 ペイン副船長に案内されたその部屋は、昨日泊まった宿の一室よりも広かった。


 これって何人かの客でシェアする感じだろうか?

 最初はそう思ったが、どうやら違うらしい。


「さすがは特等室だな……この広いリビングに加え、奥には寝室まである。それに浴室やトイレまで……」


 え、この部屋、丸ごと使っていいってこと?


「ルームサービスもご用意しております。何かございましたら、お気軽に専属スタッフにお申し付けください。それでは、ごゆっくりどうぞ」


 俺が立ち尽くしていると、ペイン副船長はそう言い残し、深々と礼をして出ていった。

 専属スタッフとかいう信じがたい言葉も聞こえたが、とりあえず聞かなかったことにしよう。


 それにしても、また聖騎士少女と同じ部屋だ。

 昨晩のホテルよりも広いため、幾らかマシではあるが……。


「……」

「……」


 き、気まずい。


 あのGの一件があってから、ロクに会話をしていない。

 もちろん俺は元からあまり喋らないのだが、聖騎士少女の方も口数が少なくなり、たまに喋るときも非常にぎこちない感じなのだ。


 苦手なGが出て裸のまま男に抱き着いてしまったが、きっと後で冷静になってから恥ずかしさが湧き上がってきたのだろう。


 これならまだ複数人と部屋を共有する方がよかったな……。

 俺がこんなじゃなければ、この巨大客船の中を探検したり、甲板に出て海を見に行ったりするのだが。


 しばらく気まずい時間を過ごしていると、大きな汽笛の音が響いてきた。

 どうやら出航するらしい。


「……き、昨日のことはっ」


 すると聖騎士少女が不意に口を開いた。

 恐る恐るそちらへ視線を向けると、頬を赤く染めつつも意を決したような表情でこちらを睨んでいた。


「わ、忘れてくれ……っ!」

「あ、ああ……」

「いいな!? 絶対だぞ!? 忘れなかったら承知しないからな!?」

「わ、分かったって!」


 あまりに必死に訴えてくるので、俺はぶんぶんと頭を縦に振って何度も頷いた。

 それからぼそりと付け加えてみる。


「そもそもこれから浄化されに行くんだから……心配しなくても、すべて消去されるって……無事に死ねたら、の話だが……」

「っ……そ、そうだったな」


 ……あれ?

 てっきり安心してもらえると思って言ったのに、なぜか聖騎士少女は悲しそうに眉を伏せてしまった。


 だがすぐに気を取り直すように咳払いして、


「ともかく、およそ五日の船旅だ。その間、昨日のようなことが絶対にないよう、あらかじめしっかり対策をしておきたい」

「……対策?」

「そうだ! まずは……奴がどこにもいないか、部屋の隅々をチェックしてくれ! 特にトイレと浴室は念入りに調べておいてもらいたい! その間、私は外で待機しておくからな!」


 ……なんか俺、扱き使われてないか?

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