第81話 人質を取られた

「見てくだせぇ、この紋章。どうやらこの女、聖王国の聖騎士みたいっすね。しかもこのデカい槍、きっと高く売れやすぜ」


 手下の言葉を受けて、副船長に化けていた海賊のリーダーは嗤う。


「くくく、こいつにも飲ませておいて正解だったな。聖王国の聖騎士と言えば、士気も練度も高く、厄介な連中だって話だからな」


 少女はすっかり眠ってしまっていた。

 海賊の男たちに囲まれたこの状況で、起きる気配はまったくない。


「ひひひ、聖騎士ってことは間違いなく処女ですぜ。せっかくですし、祝杯代わりに楽しみましょうぜ」

「おい待て。そんなことしたら売値が下がっちまうだろうが」

「いやいや、サリテのお頭。こんな豪華客船を丸ごと手に入れたんすから、そんなケチケチしなくていいと思いやすぜ?」

「くくっ、それもそうだな。せいぜい妊娠しないように気を付けりゃ十分か」


 サリテと呼ばれたそのリーダーは、下卑た笑みを浮かべて聖騎士の少女へと近づいていく。


「や、やめろ!」


 叫んだのは、縄で縛られて床に転がされた船長だった。

 全員の視線が集中する中、彼は脅すように言った。


「いいのか? その少女はロマーナの王家から乗船を依頼された賓客だ。王国を敵に回すってことだぞ? その覚悟がお前たちにあるのか?」

「くははは! 一体、王家に何ができるってんだ? この俺を捕まえられるものなら捕まえてみるがいい。……そう言えば、確かお前には娘がいたな? お前に似合わず随分と美人な娘だ。くくく、そうだ、次はお前に化けて、その娘を……」

「貴様っ!? 家族に手を出してみろ!? ただじゃ済まぐあっ!?」

「ただじゃ何だって? どうせお前はここで死ぬんだよ! 娘が自分の姿をした男に犯されるのを天国で指くわえて見てるんだな!」


 ぐあああっ、という悲鳴が聞こえてきたのはそのときだった。


「何だ?」


 振り返ったサリテが見たのは、宙を舞い、甲板の上に叩きつけられる手下の姿だった。


「おい、どうした?」

「す、すいません、お頭! 客と思われる男が甲板にっ……」

「なに?」


 視線を転じると、そこにいたのはフードを深く被った男だった。


「お前は確か、そこの娘と同室の……はっ、心配になって探しに来たか。だが残念だったな。この船はすでに俺たちが乗っ取った。船室で大人しくして……ん? 間違いなく紅茶を飲んでいたはずだが……なぜまだ起きている?」


 一杯でも飲めば、半日は起きなくなるくらいの強力な睡眠薬だ。

 効かないはずはない。


 サリテは首を傾げるが、しかし船はすでに完全に制圧している。

 たった一人では何もできないだろうと高をくくっていると、


「「「やっちまえ!」」」


 武器を手にした海賊たちが一斉に男を取り囲む。

 だが男は動じる様子もない。


「はっ! この数を相手に随分と余裕だなァ! 死ねやァ!」


 海賊の一人がサーベルを手に斬りかかった。

 フードの男は武器も持っていない。


 ぱしっ!


「え?」


 驚くべきことに、男は片手でサーベルを掴み取ってしまった。

 そのまま逆の腕を無造作に伸ばすと、相手の腰のベルトを掴む。


「うあああああああっ!?」


 そしてその海賊を片手で軽々と投げ飛ばしてしまった。

 どぼん、と海面から水飛沫が上がる。


「なっ……」

「ひ、怯むんじゃねぇ! 相手は一人だ!」


 その後も襲い掛かってくる海賊たちの悉くを、海へと放り捨てていく。


「ば、化け物だ……」

「何なんだよ、こいつは!?」


 味方が次々とやられていくこの状況に、多勢のはずの海賊たちは騒然となった。

 彼らが怯えて後退る中、フードの男は真っ直ぐサリテの方へと近づいてくる。


「な、なぜだ!? お前は間違いなくあの紅茶を飲んだはず! なぜ起きている!?」

「……」


 男は無言だった。

 それがかえって、サリテを恐怖させた。


「そ、それ以上近づくな! この女を殺されたくなかったらな!」


 慌てて眠る少女の傍に近づき、その首筋にナイフを突きつける。


「……っ!」


 男が足を止めた。

 明らかに怯んだこの隙に、サリテは配下へ命じた。


「やれ! 殺しても構わん!」

「「「おおおおおっ!」」」


 形勢が完全に逆転した。

 無防備の男一人を全員で取り囲み、容赦なく斬りつけていく。


「くはははは! 残念だったな! どういう関係か知らんが、この娘は俺たちがたっぷり可愛がってやるよ! ……は?」


 勝利を確信して哄笑したサリテだったが、すぐに異変に気が付いた。


「て、てめぇ、何でまだ立ってやがる!?」


 全身をズタズタにされたはずの男が、いつまで経っても倒れることなく立ち続けているのだ。

 海賊たちも気味悪がって思わず距離を取る。


 身に付けていた衣服はボロボロで、もはやフードも紙切れ同然と化していた。

 海風を受け、辛うじて頭に引っかかっていたそれが空を舞う。


 露になった男の正体は、赤い目と白い髪を持つ青年だった。


「な、何だ、こいつ……?」

「意外と若ぇぞ……」

「か、顔も斬ったはずなのに、無傷なんだがっ……」


 荒くれの海賊たちはどうやら知らないようだが、サリテだけはその男の特徴を見聞きしたことがあった。


「っ……そ、その目、その髪……ま、まさか……っ!」


 少女に突きつけていたナイフを思わず取り落とし、その場に尻餅を突いてしまう。


「の、の、の、ノーライフキングぅぅぅぅぅぅぅっ!?」

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