第73話 魔剣がまったく通じなかった

「おい、ベルエール! どうすりゃいいんだ!? オレたちは今、どういう状況なんだよ!? どんな幻惑を見せられてんだ!? でかい剣が降ってくるわ、魔剣喰いが現れるわ……」

「幻覚など……見ていません……っ!」

「ああっ? 何言ってやがる!?」

「これは幻覚ではないのです! 見ている光景はすべて真実! ノーライフキングはっ……幻惑魔法など使っていない!」


 地面から這い出してきたノーライフキングを前に、推定銀等級の冒険者たちが何やら言い合っている。


「来い、魔剣〝カニバリン〟ッ!!」


 だけど僕はすでに次の攻撃を繰り出していた。

 こうした場面で狼狽えるなど愚の骨頂で、すぐさま次の一手に移る切り替えの早さこそが生死を分ける。


『ギャギャギャギャギャギャッ!!』


〝カニバリン〟はありとあらゆるものを喰らう暴食の剣だ。

 漆黒の刀身の先端付近にワニのそれに似た口部があり、生えそろった鋭い牙で噛みつく。

 その咬合力は、岩をも軽々と砕いてしまうほど。


〝カニバリン〟はノーライフキングの腹に喰らいついた。

 ……硬い。

 牙がなかなか通らないほどだ。


 それでも〝カニバリン〟はノーライフキングの腹の肉を強引に噛み切り、そのまま呑み込んでしまった。

 さらにその食欲は収まらず、次々と肉に喰いついては引き千切っていく。


 だが信じがたい光景を目の当たりにしてしまう。

 たった今、噛み千切られたはずの部位が見る見るうちに再生し、気づいたときにはもう、何事もなかったかのように元通りに修復していたのだ。


 途轍もない再生力……っ!

 なるほど、先ほどもこうやって瞬時に肉体が再生したというのか……っ!


 ――バギンッ!!


『ギャアアアアアアアアッ!?』


 ノーライフキングが苛立ったように〝カニバリン〟の刀身を掴んだかと思うと、そのまま握り潰してしまった。


 そのまま暴食の剣は消えてしまう。

 と言っても、再び魔力で顕現できるので問題はない。


 これでは幾ら相手の身体を損傷させたところで意味がないと考えていいだろう。


「出でよ、魔剣〝絶氷〟ッ!!」


 続いて僕が顕現させたのは、無色透明の刀身を持つ魔剣だ。

 顕現させただけで、吹き荒れる猛烈な冷気に肌が焼け付くように痛い。


永遠氷獄コキュートスッ!」


 すぐさま放つは、この魔剣で繰り出せる最強の必殺技。

 敵を絶対に溶けることのない氷の牢獄に閉じ込め、永遠の氷漬けにしてしまうというものだ。


 一瞬にしてノーライフキングの全身が凍り付く。

 さらにはノーライフキングを内包したまま、横幅五メートルを超す巨大な氷塊がその場にできあがった。


 透明な氷の奥の奥に、辛うじてノーライフキングの姿が見える。


 これならばあの異常な再生力など無関係。

 このまま奴は停止した世界の中に幽閉され続ける――


 パリイイイイイイイイイイイイイインッ!!


「ッ!?」


 氷塊が弾け飛んだ。

 四散する破片の中から、何事もなかったかのようにノーライフキングが姿を現す。


 これでも無理なのかっ!?


 心が折れそうになりながらも、絶望を押し殺して僕はすかさず新たな魔剣を顕現させる。


「魔剣〝ダンタリアン〟ッ!」


 刀身に禍々しい血管が浮き上がり、それが集約する部分には悪魔めいた瞼のない瞳。

 どちらも装飾などではない。


〝カニバリン〟と同じく自我を持つ魔剣で、この瞳が見た相手を、意のままに操ることが可能だった。

 以前、災害級の魔物すらも操ってみせたほど強力なため、さすがに恐ろしくなってそれ以降、封印していた代物だが、


「奴を支配しろ!」


〝ダンタリアン〟に命じる。

 すると刀身に浮かぶ血管が脈打ち、眼球がぎょろりとノーライフキングを睨んだ。


 災害級には効果があったが、果たして災厄級にはどうか――


 ブシュアアアアアアアアアアッ!!


 次の瞬間、刀身から真っ黒な液体が噴き出していた。


「…………は?」


 さらに、〝ダンタリアン〟は暴走するように激しく震え出し、僕の手から勝手に飛び出していってしまう。

 こんな異常現象は初めてだ。


 まさか、精神操作が効かないどころか、操作しようとした方の精神がやられてしまったというのか……っ!?


 放っておいたら手当たり次第に誰かの精神に干渉しかねないが、幸いここは街から少し離れた人通りのない場所だ。

 それに今はいちいちあれを処理している余裕はないし、どうせしばらく経てば勝手に消えるため放っておこう。


 そんな判断を頭の片隅で行いつつ、僕はまた別の魔剣を顕現させていた。


「魔剣〝カイム〟ッ!」


 呼び出した直後にはもう、僕は空へと飛び上がっていた。

 先ほどここに来たときにも使っていた、空飛ぶ魔剣だ。


 僕はその上に両足で乗っかり、全速力で離脱を試みる。

 ……要するに敗走だ。


「あんな化け物、倒せるわけがないだろう!」


 僕が使えるどの魔剣を使ったところで、倒せる気が微塵もしない。

 災厄級の魔物を討伐したという実績は欲しいが、それよりも自分の命だ。


「……にしても、まったく追ってくる気配がないね?」


 振り返って地上を見てみるが、すでに豆粒ほどの大きさになったノーライフキングの姿があった。

 移動している様子すらない。


 ちなみに、いつの間にかあの推定銀等級の冒険者たちの姿がなかった。

 恐らく僕が戦っている間に逃げたのだろう。


「いや、そもそもノーライフキングは攻撃してくる素振りすら見せなかった……。もしかして、驚異の再生能力と状態異常耐性があるだけで、実は大したことなかったり……?」


 そう考えてから、僕は即座に首を振った。


「そう言えば、ティターンソードを落とす前、拳一つで地面にクレーターを作っていたっけ……〝カニバリン〟も握力だけで砕かれたし……うん、本気で攻撃しにこられてたら、たぶん普通に殺されてる……」


 つまり、僕は見逃された?

 ……もしかして本当は悪いアンデッドではないのだろうか?


 結局、あの三人組だって無事に逃げおおせたようだし、そう言えば今までの報道でも、ノーライフキングによって人や街に大きな被害が出たという話は聞いていない。


「ま、もう僕には関係ないか。他の倒せそうな災厄級を探すとしよう」

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